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レコードによると Another Side  作者: 朝倉春彦
Chapter1 空想世界のニューフェイス
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4.空想世界の模範市民 -Last-

「……身体がどこか悪いとかはある?」

「特にないです」


さっきまでの、普段の口調から、どこか刺々しい真剣な声色に変った彼女は、私の身体をそっと起こすと、さっと私の身体を見回した。


腕や足…首元…そして目元。

きっと、真っ赤な右目は蓮水さんの方をじっと見ていることだろう。


「……そう。でも、その分じゃきっと…2日後には私みたいに真っ白い肌をして…瞳が真っ赤に染まるでしょうね。だからどうしたというわけでも無いのだけれど」

「……蓮水さんも、もしかして…こんな経験を?」

「ええ。僕だって元々はこんな白くなかったよ。肌だって黄色人種そのものだったし。髪は茶色がかった黒髪だった」

「そう…ですか」

「身体が白くなる。それ以上に害は無いはずだ。僕と同じ症状だったのなら……」


彼女はそういうと、ベッドから降りて箪笥の引き出しを開けた。

中から取り出したのは、特殊な作りをした浴衣だ。

この前みたいに、体中に何を仕込むことなく、普通に浴衣に袖を通して帯を締めると、私の方に振り返る。


私の分の浴衣を取って、ヒョイと私の方に投げると、彼女はテーブルの上に置いてあった彼女のレコードを拾い上げた。


「さて…準備して…次の世界に行くから…」


彼女にそう言われた私は、ゆっくりとベッドから降りて、浴衣に袖を通す。

帯を締めて溜息を一つ付いて前に向き直ると、蓮水さんは私の分の持ち物を私に手渡した。


「話は歩きながらで良い?」


そういう彼女に、私はコクリと頷いて答える。

手渡された物はポケットにもなる帯の中に…唯一、拳銃だけは帯に挿し込んだ。


靴を履いて部屋を出ると、3軸と何も変わり映えのしない廊下に出た。


「昨日は眠ってしまったからね。この世界のことを話すことはできなかった」


エレベーターの方へと向かいながら彼女は言った。


歩いている最中。窓の外を眺めてみると、そこから見える景色は、平成の世に見える勝神威の街並みだった。


私はその景色を見て、少しずつ頭の回転を上げていく。


「この世界は3軸に近似する可能性世界。これからの僕達は容赦無くこういった可能性世界を消して回る事になる」

「……え?寿命までは、何も手を出せないんじゃ…」

「どうせ可能性世界にいる僕達を感知したポテンシャルキーパーが、ここにきて世界を壊していくんだ。そうやって不安定にするよりは、端から壊して回った方が良いってことさ」


エレベーターまでやってきて、下矢印のボタンを押す。


「一誠には、僕達の当面のやることは伝えたんだ。君の創造した"空想世界"を壊して回るって。でも、それは後回しにした方が良いことが分かった」

「後回し…」

「ああ、君の"空想世界"を知れる限り調べたんだけど、"可能性世界"にしか作用しないことが分かったんだ。そして、空想世界はそこから何も派生しない。影響を与える可能性世界が消えても、その空想世界は消えることがない。今のところ、空想世界を創り出しているのは君だけだから…存在する空想世界が影響を与える可能性世界を全て破壊しつくしてしまえば、あとは空想世界が崩壊するまで見張るだけで良い」


彼女がそう言い終えた頃、エレベーターが到着して私達は中に入っていく。

私は煙草を一本取り出して咥えると、ふと疑問が頭に沸き起こった。


「私の分だけの空想世界なら、そんなに多くないはずですよね?どうせ私一人ですし。そこから別の世界も出来ないのなら、そっちの方がいいんじゃ…」


私はそう言った直後に煙草に火を付ける。

古いエレベーター内に煙草の煙が舞う中で、蓮水さんは小さく首を横に振った。


「いいや。それがそうでもない」


そう言った直後に、エレベーターが地下1階に到着する。

エレベーターを降りて、駐車場に出ていく。


「君の空想世界には利用価値がある。だから壊さない」


そう言った彼女は、浴衣の帯の中から車の鍵を取り出した。

若干機嫌が良いのか分からないけど、キーホルダーを指に引っ掛けて、クルクル回している。


彼女に付いていった先。

あったのは、やっぱり真っ赤なフェアレディZだった。

もう慣れたもので、ドアのロックが外されると同時に私は助手席のドアを開けて車に乗り込む。


地下駐車場に2回、ドアの閉まる音が響き渡った。

同時に窓を少し開けて、そこから2人分の煙草の煙が流れていく。


少ししてからエンジンがかかると、蓮水さんは車を駐車場から出していった。


「さて…ここから時間は無いものだと考えた方が良い。レコードから掻き消えた"前田千尋"と違って、僕達はまだレコードで探し出せるらしい」


どんよりとした空の下、勝神威の中心街の流れに乗った頃。

蓮水さんは煙草を灰皿に置くとそう言った。


「……え?どうやって?」

「条件は3つ。僕達がその世界の人間と"一定時間"接触すること。彼らの記憶に"強く"残ってしまうこと。そして、その世界に12時間滞在すること。それが重なり合った時、ポテンシャルキーパーは、存在しない人間として僕達をレコードに映し出すらしい」


蓮水さんはそう言ってから、私の方を見て、小さく口元を笑わせた。


「もっと若く見える17歳と白髪の18歳の女2人がスポーツカーを乗り回して、オマケに色違いなだけで同じ意匠の浴衣を着てる。これで目立つなって方が無理だ。レコードを持っていて、最早レコード監視下の人間じゃなかったとしても、接触した人間の深層意識の中には残るらしい」

「……でも、どうしてです?私が来るまでの永い間は?」

「基本的にこのスタイルだったよ。そして、訪れた世界も2,3年はそこにいた。それが出来なくなったのは、君の世界が原因だって」


丁度赤信号になったので、車をゆっくりと止めた蓮水さんは、そう言って灰皿にくすぶっていた煙草の灰を落として咥えた。

代わりに、私は吸っていた煙草を灰皿にもみ消すと、最後の煙を吐き出す。


「私のいた世界が?まさか、私が居たせい?」

「だったら君はハリウッドの主人公だね。でも、違うよ。君のいた世界は短期間に2回、タイムトラベルを起こしてしまっている。しかも、2回目の直後には中森琴のお蔭で、その世界で将来的に産まれるはずだった人間が幾らか消えてしまった。それだけさ」

「たったそれだけで?レコードって脆いんですね」

「そう感じるのも無理はない」

「1回目の時間跳躍から見れば…部長さんの事件まではほんの2年くらいのものですよ?永い永い歴史の中の2年で、こうもレコードが変るとでも?」


私は窓を開けた窓枠に、頬杖をついて首を傾けながら言った。

横目に見えた蓮水さんは、ロボットのようにじっと前を見ているだけだったが、彼女はゆっくりと口を開く。


「得てして歴史が変るのは短期間で十分。この2年があったから、3軸はおろか、全ての世界が変ったんだ。レコードも併せて強化された。そのおかげで、僕や君のように、管理者から外れたレコード保持者がレコードで感知できるようになったというわけ」


蓮水さんはそう言って、丁度青になった信号を見て車を発進させる。


「ただ、それを感知できるのはポテンシャルキーパーの持つレコードのみ。何故かは分からない」

「……だから、あえて先に可能性世界を壊して回ると…私の世界が可能性世界に影響を与えなかったら、ポテンシャルキーパーは手出しする理由も無くなるから?」

「そう。とりあえずは、彼らに手出しをさせる理由を無くせばいい。一誠に聞いたんだけど、この前、君の空想世界に入って来たのは、彼らが管理する可能性世界に空想世界の…よりによってあの島の人間が紛れ込んだからだそうだ」


そう言った彼女は、車の鼻先を、市の郊外へと向けていった。

通り過ぎていった看板を見ると、向かっている先は空港だ。


私は蓮水さんを横目に見ながら、彼女の次の言葉を待った。


「だから、君の世界から繋がる可能性世界を消して回る。空想世界のレコードを守る…空想世界の模範市民になるのは、その後だ」


彼女はそう言って、私の方に一瞬目を向けた。


「この世界をあと、30分以内に破壊させる。ポテンシャルキーパーが来ても。彼ら諸共破壊して、次の世界に跳ぶんだ」


彼女はそう言って、シフトレバーを握っていた左手を離すと、鉄砲の形を作って私に見せた。


「25分後に到着する飛行機の最後列。そこにこの可能性世界の主が居る。彼を"消す"事が出来れば、そこからこの世界は崩壊への一途を辿る」

「それは…殺すってことですか?」

「それは……」


私が尋ねると、彼女は口を閉じた。

それを見た私は、じっと彼女の方を見たまま、ある程度彼女のことを理解できた。


きっと、それしか手立てが無いのだろう。

そして、それは彼女の矜持に掛けて出来ないことなのは間違いない。


「消すっていうのは、この世からじゃないとダメなんですか?死をもって消えるってこと?」

「そう。そう」


私が尋ねると、彼女は普段のハッキリとした口調ではなく、少しだけ掠れた、小さな声で言った。


「その…そうですか」


私はそんな彼女を見て、それ以上いうのを止めた。

代わりに、帯に引っかけた拳銃を取り出して、ひざ元に置く。


蓮水さんは気を紛らわすように煙草を一本取り出すと、咥えてシガーライターで火を付ける。


そうこうしてる間にも、流れよりも数段速いペースで走る車は空港に近づいていた。


「覚悟は、もうとっくに終わってる」


窓の外に、離陸していく大きな飛行機が見えた頃。

蓮水さんは普段の口調で言った。


飛行機の轟音が、開いていた窓から入ってくるせいで少し聞こえにくかったが…そう聞こえた。


「弾は実弾じゃないですよ?」


そう答えた私に、彼女は帯から取り出した拳銃を私に寄越す。

濃い青色の拳銃ではなく、マットブラックに染め上げられた拳銃。

スライドを少しだけ引いてみると、麻酔弾ではない、実弾が金色に鈍く輝いていた。


私はそれを見て、小さく頷く。


「なるほど」

「一瞬で終わらせて、空港の公衆電話の1つからこの世界を脱出する」


彼女はそう言って、もう近くに見えてきた空港の駐車場に合わせて、車を減速させ始めた。


「人を殺したことはあるんですか?」

「無い。ただ、壊したことなら幾らでも」


そう言った彼女は、車のウィンカーを出して、駐車場の中に入っていく。

そこから一番近い、空港への入り口の目の前に車を止め、私達は直ぐに車から降りた。


「アーユーレディー?」


自動ドアをくぐった直後。

私は不意に、何時かレナが口ずさむように言った合図を思い出して、つい口に出す。

それは、昭和の世界で一時期流行った曲の歌いだしたった。


「イエー……」


蓮水さんにも通じたのか、彼女は何時かの私のように乾いた声で返してくれる。

小さく、不気味に嘲笑するような笑みを口元に浮かべた彼女は、手に持ったマットブラックの拳銃の安全装置を切って見せた。


「9番カウンターから、62番ゲートに入ってくる飛行機」

「了解」


短い確認の後、私達は小走りで空港の奥に入り込んでいった。


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