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レコードによると Another Side  作者: 朝倉春彦
Chapter1 空想世界のニューフェイス
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4.空想世界の模範市民 -2-

「平岸レナ。君が白川紀子に関する記憶が無くならなかったのは、彼女が消える時、ポテンシャルキーパーによる改変半径に入っていなかったからだ」


レコードに書き込みながら、前田さんは独白するように口を開く。


「それは…もう一人の私の傍に入れたから…?」

「そう。あの時は、彼女のような"混ざり物"が大勢いた時代だったから、ポテンシャルキーパーでも軸の世界を改変出来た…改変コードは、ポテンシャルキーパー及びパラレルキーパーを除いて、コード実行者の半径5メートル以降全てに適用される…これはその逆を行うためのコードだ」


前田さんはそういうと、書き物が終わった直後のレコードをテーブルの上に置いて私達の方に見せる。

日本語、中国語ともに使わないような漢字のような変な文字の羅列が、レコードの白紙ページ1枚に渡って書き込まれていた。


「これは何語なんです?」

「始祖の世界と…2軸の世界で使われている日本語。生憎、改変コードを作った人間が2軸の人間で…彼らの言葉で設定されてしまったせいでこうなっている。僕にも文字の意味は分からない」

「2軸って、3軸の横なのに随分と違う世界なんですね…」

「2軸は歪だから。3軸以降は大差が無い」


前田さんはそういうと、私達の方から、居間の入り口の方へと視線を向ける。

私達も前田さんにつられて目線を逸らすと、レンを先頭に私の元同僚達が眠たげな目を擦りながら起きてきた。


香苗に澪に佳祐…一治に南奈…皆、私の学友…私の親友と呼べた人達。

彼らは、眠たげな眼で私を見ると、不思議そうに首を傾げた。


「さて…さっき言ってた5m。この部屋なら絶対に5m以内に収まるよね?」

「え?ええ…」


私は前田さんの問いに答えて首を縦に振ると、彼女は躊躇することなくレコードに最後の一文字を書き込んだ。


「確」によく似た不思議な漢字。


その直後、レコードからは眩いほどの光が発せられて、私達は全員眩しさに目を瞑る。


「……」


この前まで持っていた、コルトの擲弾銃から放たれた閃光弾のような真っ白い光。

音はしなかったものの、視界を奪われた私達に外の世界の音を気にするだけの余裕は無かった。


やがてゆっくりと視界が晴れて行き、私はレナと目を合わせた。

それからゆっくりと視線を周囲に移していくと、皆が私の方を見て固まっている。

最後に見えた前田さんは、レコードを閉じると、徐にポケットから煙草を取り出した。


「紀子…なの?」


静寂に包まれた空間で真っ先に声を出したのは、香苗だった。

それから俄かに彼らは私の方に歩み寄ってきて、眠気も忘れてざわつき出す。


私はポカンとした顔を浮かべながら頷くと、前田さんの方に視線を向けた。

彼女は手にしたジッポーライターで煙草に火を付けて咥えると、直ぐにふーっと煙を吐き出す。


「さて…あれこれ説明する手間は省けた。」


前田さんはそういうと、私達は全員揃って彼女の方に向き直る。


「君達に仕事の依頼をしにここに来たんだ。君達の記憶から抜けてた彼女を連れてね」


前田さんはそういうと、呆然と…まだ現実を理解できていなさそうな皆を見回すと、右手に持った煙草の灰をポケットから取り出した携帯灰皿に落とす。


「ちょっとした宝探しみたいなものだよ。君達には彼女のように消されてしまった人間の痕跡を辿ってほしい。忘れられて、そのまま放置されていた彼らの痕跡を…」

「…痕跡って、辿ってどうするんです?」


前田さんの言いだしたことに、私はポツリと言った。

前田さんは一瞬私の方を見ると、それからレコードを見下ろして、私達にレコードを見せる。


「レコードがある人間の痕跡を辿るというと、ちょっと僕達の仕事からは外れるけれど…消えていった彼らのレコードにこんな痕跡が無いかを探してほしいんだ」


前田さんはそういうと、レコードに表示された誰かのレコードの一部分に指を指す。

全員で集まって、彼女の指の先に目を向けると、皆が目を丸くして見せた。


指の先に見え文字には、"前田千尋"の記載。


「僕が彼らに関わっていないか…それを知りたい。この僕は、僕でもなく、ポテンシャルキーパーの僕じゃない。平岸レナ。君には何時か言ったよね。"存在し得ない"僕の痕跡が無いかを辿ってほしい」

「その…前田さん、構わないです。けど…何故か教えてもらえませんか?紀子も何で私達の記憶から消えてたのかも…朝から色々と起きすぎていて付いていけないです」


佳苗がそういうと、周囲の皆は全員首を縦に振る。

前田さんは煙草を吸って煙をゆっくりと吐き出すと、私達をジロッと見回した。


「そうだね。まずは白川紀子が消えた理由から話そう。とても単純なことだよ。彼女は本来、この3軸に存在し得ない存在だったからだ。だからポテンシャルキーパーに消された。それだけのこと」

「存在し得ない?って、ここ軸の世界ですよね?なのにどうしてそんなことが?」

「単純。この世界は1999年から十数年間、可能性世界と混ざり合っていた過去がある。その時のレコード改変の影響。彼女は3軸にしかいない人間と、可能性世界にしか存在しない人間から産まれた存在だから」


前田さんはそういうと、私の方を見る。


「だから…消された?でも、紀子はレコードキーパーになれたんですよね?」

「ああ…だから僕も消す必要は無かったと思っているが…ポテンシャルキーパーはそうしなかった。彼らの任務は可能性世界が軸の世界に影響を及ぼさぬように監視すること…あの時みたいな事態は彼らの失態だから…過剰に反応したんだと思ってる」


前田さんはそういうと、短くなっていく煙草を携帯灰皿にもみ消す。

佳苗は私の方を見ると"本当?"とでも言いたげな顔をして見せる。

私はそれを見て小さく頷くと、彼女の補足をしようと口を開いた。


「そうみたい…なんだよね」


私がそれ以降も続けようとすると、前田さんは何も気にすることなく口を開く。


「彼女の主観では、まだこの世界から消されて1週間。レコードキーパーからも外れ、真っ白いレコードを持つだけの存在になった」


私はちょっと驚いて前田さんに目を向けると、彼女は表情を崩すことなく私を見ていた。


「真っ白いレコード。もう一人それを持つ人間は居るけれど…何故それを持っているかわからない。僕の周囲にいるパラレルキーパーとその謎を追いかけているけれど、手掛かりはまだつかめていなかった」


前田さんはそういうと、全員の顔を見て回る。

前田さんの次の言葉が出てくる前に、一治が口を開いた。


「その手掛かりが…俺達に調べろっていう前田さん?」

「そう」

「……どういう繋がりがあるんです?」

「ポテンシャルキーパーから報告に上がっていた…3軸に存在する歪な存在…彼らのレコード全てに僕の名前を確認できたから…そして、その僕と接触したことによってレコードが改変された人間もいる…彼らに僕が何をしたのかを知りたい…何故、白いレコードの謎を追うのに僕のことを調べるのかは…確証が無い今は話せない」


前田さんはそう言うと、ソファからゆっくりと立ち上がる。


「もう一か所、行かなきゃダメな場所があるから…これで僕達はお暇するけれど…今言ったこと…お願い」


去り際、前田さんはそう言って新たな煙草を一本取り出して咥えた。

私は彼女の言葉を聞いてソファから立ち上がり、前田さんの横に付く。


「あれ…紀子も?」

「ゴメンね。澪…私はもうレコードキーパーじゃないから」


私が残るとでも思っていたのか、少しだけ悲し気な顔を浮かべた彼女に、私は苦笑いを浮かべてそういうと、皆に小さく手を振った。


「じゃぁ…前田さん…また何時か来れるんですよね?」


レコードキーパーじゃなくなったけれど、これで皆に会うのは最後だ…などとは思わなかった私は、横で煙草に火を付けた前田さんに尋ねる。


彼女は振り返って全員の顔を見回した後で、私の方を見て首を縦に振った。


「今回の結果次第では…だけどね。最後じゃない。最後にはさせない。君のレコードが緑に…レコードキーパーに戻ることは無いけれど、何時かはこの場所に君を戻すつもりでいる…」


前田さんはそういうと、煙草を咥えて歩き出した。

私はもう一度、皆の方を見て手を振ると、前田さんを追いかけるようにして家を出ていく。


窓から全員がこちらを見ている中、私と前田さんは車に乗り込んだ。

エンジンがかかり、家の前の道に出て走り出す。

私は窓を開けて全員に手を振って別れを告げると、直ぐに窓を閉めて前田さんの方に首を向けた。


「もう一か所って…もしかして勝神威?」

「そう。この街と勝神威のレコードキーパーは君のことを知っているはずだから」


前田さんはそう言って車の速度を上げていく。

日向のロータリーを過ぎて、街から離れた頃。

ようやく私は煙草の箱から一本取り出して煙草を咥えた。


「我慢してた?」


シガーライターで火を付けた私に、前田さんが言った。

私は苦笑いを浮かべながら最初の煙を吐き出すと、窓を少しだけ開けながら小さく頷く。


「きっとバレてたでしょうけどね。服から少し煙草の臭いがしてますし」

「気にせずに吸えば良かったのに」

「そうも思ったんですけど、レナが煙草嫌いだから」

「そういえばそうだった」


日向を出てまだ数分。

私は久しぶりに見る…それでも初めてのように感じる1985年の景色が窓の外に流れていく。


私は煙草を咥えたままボーっとしていた。

前にも後ろにも一般車。


暫く走り続けて、もうすぐ町を3つ越えようかというところで、前田さんが不意に私の腕を突いた。


「はい?」

「そのレコードは3軸の情報が映る?」


私はそう言った彼女の言葉を聞いて、不思議そうに首を傾げたが、言われた通りにレコードに3軸…この世界のレコードが表示できるかを試してみた。


灰が溜まり短くなった煙草を灰皿に捨てると、上着からレコードを取り出して、適当なページを開いて…真っ白なページを手でたたく。


すると、この世界の情報がズラリと表示された。

とりあえず、このレコードはまだ私がレコードキーパーだった時と同じように動いてくれる。

私の"ページを手でたたく"動きに対して、1ページ分にその近辺のレコードを映し出してくれるのを確認すると、私は前田さんの方を向いてOKサインを出した。


「問題なく出ます」

「なら、2台後ろにいるグリーンのRX7はこの世界の人間か分かる?」


サイドミラーを見ると、2台後ろに緑色のスポーツカーが見える。

2台後ろにいるせいで乗っている人間までは見えないが…助手席側に人影が見えるあたり、2人で乗っているのは違いなかった。


私はレコードに適当に言葉を書き進めると、その車はこの世界のレコードに存在しないことが直ぐに分かった。


「レコードには出ていませんよ」

「そう…」


私の言葉を聞くなり、彼女は右にウィンカーを上げると、大きな幹線道路から狭い山道の方へと車の鼻先を変えた。

ギアを下げて、一気にアクセルを踏み込むと、エンジンの唸りが大きくなって車内に飛び込んでくる。


「え?何を?」


私が前田さんに尋ねる前にその理由は分かった。

この車の真後ろには緑色の車が付いてきている。

前田さんの車のエンジン音を掻き消すほどの甲高いエンジン音が背後から迫って来た。


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