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レコードによると Another Side  作者: 朝倉春彦
Chapter1 空想世界のニューフェイス
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4.空想世界の模範市民 -1-

電話ボックスを抜けると、涼し気な浜風が私の髪をかき混ぜた。

周囲を見回すと、そこは私が良く知っている光景。

薄っすらと木々の隙間から見える空は、夜明け直後の澄んだ色をしていた。


ここは3軸…1985年8月11日の早朝。

私が消えてから7年後のなんてことのない1日の始まりの時だ。


一緒に外に出た前田さんは、煙草を一本咥えると、私の方を見て展望台の上の階を指さした。


私は小さく頷くと、彼女より先に進み、展望台の階段を上がっていく。

木でできた急な階段をゆっくりと上がっていくと、やがて見慣れた大海原と青空が混ざり合う景色が見えてくる。


階段を上がり切って、大抵の人が心を洗われたように感心して見入ってしまう景色が私の目に映り込んできた。


その景色の手前。

展望台の柵に寄り掛かっている2人の男女は階段から上がって来た私の方に向いている。

レナと…彼女の相方…レンだ。


レナの方は、現れた私を見て目を丸くして驚き…レンの方はレナを見て首を傾げる。

私は、どんな顔をして良いかもわからずに、曖昧な苦笑いを浮かべた。


「レナ、何時か言ってた白川さん?」


風と波の音しかしなかった空間に、レンの声が響く。

レナはレンの方を見て頷くと、私の方に駆け寄って来た。


「紀子…だよね?今まで一体何処に……?」

「うん…そうだよね。心配させてゴメン。色々あって……」


何時もよりも数段テンションの高いレナに手を取られた私は、今までのことをどう伝えようか迷いながら答える。


そんなやり取りをしていると、煙草を煙らせた前田さんがゆっくりと階段を上がって来た。


「前田さん…?」

「そう。平岸レナに、宮本簾。君達に用事があって来た。正確には…この子、白川紀子に関わった人間に。だけど」


彼女は私の横に立ってそういうと、煙草の灰を地面に落とす。


「その…レナはよく覚えているみたいなんですけど…ここの街のレコードキーパーだったはずなんですよね?」

「そう。1977年のある時点までは、君も彼女と仕事をしていた。だけど、それはポテンシャルキーパーの暴走で壊されることになる。ちょっと長い話になるだろうから…場所を変えたいし…彼女のことを知っているはずの人間も揃えたい。ここのレコードキーパーは今どこにいる?」


前田さんは無機質な口調でそういうと、レナとレンが顔を見合わせた。


「速水さん方なら…今日は家に居るはずだよな?」

「ええ…丁度仕事も終わって…パラレルキーパーの人が後処理に入ってくれたから、暫くは暇なはずですよ…って、前田さんはこの世界で起きてたこと知ってますか?」

「一応…俊哲達に任せっきりだけどね。僕は彼女のことで一杯だったから…」

「そうですか…ま、全て終わって安定しだしたので、問題は無いんですけどね。そういえば、小野寺さんは?一緒じゃないんですね」

「ああ…一誠とは別行動。それも彼女のことに関わってるんだけど」


前田さんはレンとレナから受けた言葉を返しながら、2人を手招く。


「色々あるけど、何よりも全員いることが先決…デート中の2人には悪いけれど、家まで戻りたい」


前田さんはそう言ってレンとレナに目を向ける。

2人は揃って小さく同じような笑みを浮かべると、小さく頷いた。


空想世界の日向でも行かなかった展望台。

私の主観としては1週間しか経っていないけれど…異様なまでに懐かしく感じる細い獣道を降りていく。


「話は前田さんから聞いてる。私が消えて…私のことを知ってるのは、レナ以外に居ないって」

「そう…随分と前のことだけどね。もう…7年も前だ。部長が壊れかけた一件の直後。今でも鮮明に思い出せるよ。もう一人の私が現れて…レコードで"処置"するみたいに紀子を消し去ったんだ」


レナはそういうと、ちょっと目付きを鋭くさせる。

私はその瞬間のことを覚えていないから、イメージが湧かなかった。


「レナと分校に居る男の子の処置をしに行ったまでは覚えてる。でも…行ってからのことは覚えてない。気づけば…3軸の世界から離れてた」

「こっちは…紀子を消し去ったもう一人の私と少し離した直後に、撃たれたよ。傷一つない綺麗な肌をした私に」

「大きな拳銃を持って?」

「……そう。何故それを?」

「話すと長いんだけど…3軸から消えてから、ポテンシャルキーパーのレナに会ったんだ」


私がそういうと、彼女は目を丸くした。

蓮水さんや前田さんほどではないが、レナも表情が乏しい。

それでも、彼女はほんの少しだけの驚きを顔に表すと、私の手元に目を向けた。


「消えてからのお話は私の7年よりも長いのかな」

「きっと、全然短いよ。私の主観だと、レナと離れ離れになってまだ1週間なんだ」

「1週間?」

「そう…ポテンシャルキーパーのレナに3軸から"退場させられて"まだ1週間」


レナは私の言葉を聞くなり、溜息を一つ付いて肩を竦める。


「俄かに信じ難い。7年前の昔の私ならそう言ったんでしょうけど…この7年で何度も驚いたから、もう驚かないって決めたんだ」


彼女はそういうと、私の方を見て小さく笑って見せた。



獣道を下り切ると、大きなトンネルの脇に出る。

そのトンネルの丁度手前。

道路脇には、真っ黒いフェアレディZが止まっていた。


前田さんは、鍵がかかっていなかった車のドアを開けると、乗り込む前に私達3人の方へと振り返る。


「車、家の前に止められる?」

「止められますよ。俺の車がある場所に…行けば分かります」

「分かった…ちょっとだけ"所用"を片付けてから行く…ここのレコードキーパーは8時過ぎにならないと起きてこないから、丁度いい」


前田さんの問いにレンが答えると、彼女は車に乗り込んでエンジンを掛けた。

窓の奥で、私達に指で"行け"と合図を送ると、彼女のZはトンネルの奥へと走り出した。


私達は、車を見送ってから、家までの道を歩き出す。

ここから5分と掛からない道のり。

レナとは他愛の無い会話を…レンとは何処か他人行儀な口調で探り合うような会話をしているうちに、懐かしの家までたどり着いた。


家の前の空き地には、レンの乗っている背の低い黄色いスーパーカーがポツリと置かれている。

私はそれを見て、そして家に目を向けた。


「まだあの車に乗ってるんだ。冬とか大変そうなのに」

「冬は別のがあるんだよ」


私は車を見て何時も言っていることを言うと、レンが驚いた表情を浮かべて見せる。


「それに…相も変わらず佳苗達は朝に弱いんだ」


私はそう言って、まだ人の気配がしない家を見ながら言うと、玄関の扉に手をかける。

どうせ鍵はかかっていない。

ノブを回して押すと、ガチャリと何の抵抗もなく開く扉。


懐かしい雰囲気と匂いに包まれた私は、ほんのちょっとだけ顔を綻ばせた。

それと同時に、色が変わってしまったレコードを思い出して、自分がもう二度とこの家の主として迎え入れられることは無いことを思い出す。


曖昧な表情を浮かべたまま、玄関で靴を脱いで中に入ると、居間の…私の定位置であったソファの隅っこに腰かける。


「やっぱりそこなんだ」

「ここで1日中本を読んでた時が懐かしく感じるよ。そういえば…私が消えてから…私の持ってた本はどうなったの?」

「本?ああ、何故か速水さん方の部屋にあるバカでかい本棚の本か?それって白川さんのだったのか?」


レンはソファに座った私を見下ろしながら言うと、まだ彼らが眠っているはずの2階の方を指さした。

私はコクリと頷くと、私が居た痕跡まではすべて消えていないことに少しだけホッとする。


「消えたのは記録と記憶だけ…痕跡までは消えてないんだ。なら、私が持ってた物って残ってて…不思議なアイテムと化してない?」


私がそういうと、レナは私の顔をじっと見つめてハッとした顔をして居間から出ていく。


「どうした?」

「足りない…」


レナはレンの問いかけにそう答えると、ダダダっと足音を立てながら廊下に出て行って、階段を上がっていく。


居間に残された私とレンは、何とも言えない微妙な空気の中、何も会話せずにレナを待った。

レンはテーブルをはさんで向かい側のソファに座ると、私の方を見て首を傾げる。


階段を駆け下りる音がして、居間の扉が開きレナが戻ってくる。

彼女は私の横に座るなり、何かを持った片手を私に突き出した。


手に持っていたのは、大きな丸眼鏡。

私はそれを受け取ると、少しだけそれを見回してから眼鏡をかける。


レコードキーパーじゃなくなって、記憶が曖昧だった頃は視界がぼやけていたのだが…私が創り出した可能性世界に行ってからは、裸眼でも視界がくっきり見えていたので存在を忘れていた。


「結構、目が悪い方じゃなかったっけ?良くそれで過ごせてたよね」


レナはそういうが、眼鏡をかけた私は余りの度の強さに頭がクラっとしてよろけてしまう。

苦笑いを浮かべて眼鏡を外すと、折りたたんだ眼鏡を上着の胸ポケットに挿し込んだ。


「…あれ?」

「なんか視力が良くなっちゃって…」


私が曖昧な返事を返すと、レナは気に留めることもなく、私の横に腰かけた。

丁度、窓の外から車のエンジン音が聞こえてくる。

レンは窓の外に目を向けると、前田さんの車であることを見止めて…それから2階の方へ指を指して居間から出ていった。


鍵のかかっていない扉を開けて…それから玄関の引き戸を開ける音がする。

そこから直ぐに前田さんは居間に上がって来た。

ソファに並んで座った私とレナを無表情で見つめると、そのままテーブルを挟んで向かい側のソファに腰かける。


「他の人は?」

「今に降りて来ると思います。レンが起こしに行きましたから」

「そう…」


前田さんはそういうと、彼女のレコードを取り出して何かを書き込み始めた。


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