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レコードによると Another Side  作者: 朝倉春彦
Chapter1 空想世界のニューフェイス
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3.空想世界の放浪者 -Last-

「ここももうダメかもしれない。一誠、こっち」


前田さんがそう言って小野寺さんを電話ボックスの方へと引っ張っていく。


「蓮水、驚かせてごめん。襲撃は僕達の仕業じゃない。今は黙って付いてきて。それと、白川紀子。確か3軸のレコードキーパーだ…君もだ」


彼女は冷徹さすら感じるロボットのような声色でそう言った。

私と蓮水さんは一瞬顔を見合わせると、前田さんの後について電話ボックスの中へと入っていく。


「一体どこの世界に繋ぐ気?」


中に入るなりダイアルを回し始めた前田さんに蓮水さんが問う。


「ターミナルだ。蓮水なら良く知ってる209号室」

「冗談でしょ?僕と彼女が訪れたらどうなると思ってるの?」

「どうも…何時かの一件は、偶々その場に居合わせたポテンシャルキーパーに示しがつかなかった。それに口火を切ったのはそっちの銃声でしょう?そのおかげで騙しやすくなったから感謝してたところ」


前田さんは、蓮水さんのプレッシャーに一つも感情を揺らげることなくそういうと、ダイアルから手を離して電話を繋げた。


「ま、僕の周囲のパラレルキーパーくらいしか君達を歓迎しないだろうが…パラレルキーパー達には君達に手を出すなと言ってある。保証するよ」


前田さんはそういうと、周囲が砂嵐で覆われていく中で煙草の箱を取り出した。

だが、それは直ぐに小野寺さんに取り上げられる。


「せめてあと10秒ちょっと待ってよ」

「半日吸ってないのに」


小野寺さんに、少し拗ねたように返した前田さんは溜息を一つ付く。


砂嵐が去って、電話ボックスの周囲は私が最初に訪れた駅舎のような…真っ白い壁に囲われた空間となっていた。


小野寺さんが扉を開けて外に出る。

次に前田さん。

私と蓮水さんはその後をついていく。


真っ白い空間を進み、扉を一つ抜けた先…この前のように薄暗い通路に入っていく。

そして、その通路の一番奥の扉を越えた先。

真っ白い空に覆われた、昭和の景色が色濃く残る商店街の裏路地に出た。


私と蓮水さん、前田さんはそろって煙草の箱から一本取り出して口に咥えると、それぞれのライターで火を付ける。

その様子を横目で見ていた小野寺さんは少しだけ引き気味の苦笑いを浮かべながら肩を竦めた。


「千尋に蓮水さんはまぁ…わかるけどさ、白川さんまで吸うようになったのかい?」

「こうなってから半日後には…自分でも不思議なくらいに吸い慣れましたね」


私は小野寺さんの問いに何気なく答えると、彼の眉がピクッと動いた。


「半日…一つだけ確認させて欲しい。君は蓮水さんと行動しだしてからどれだけ経った?数えきれないならそれでも良いけど」


私は急に真剣になった彼の表情を見て少しだけ驚くと、片手で今まで訪れた世界と、過ごした時間を計算していく。


「まさか…片手で足りるほどなのかい?」


私は一旦煙草を口から離し、煙を吐き出すと小さく頷いた。


「ですね。蓮水さんと出会って、さっきの東京で3つ目の世界…1日っていうのが曖昧だけど3日4日程度ってところです」


私はそう言って煙草を咥え直す。

その横で、小野寺さんは童顔のせいで大きく見える目を更に見開いた。


「冗談だろう?」

「まさか、彼女は嘘を言ってない。僕達はまだ出会ったばかりさ。そこから数日。空想世界を放浪してきたってわけ」


驚く小野寺さんに、蓮水さんはそう言って私の方を見る。


「ここ以外じゃ、ポテンシャルキーパーの連中しか見てなかった。千尋と一誠はせめてどこかで話が出来れば良いなんて思ってたけど、案外会えなかったものさ」


蓮水さんはさっきまでの緊張感は何処へやら。

普段通りの声色で言うと、小野寺さんは少しだけ大袈裟な身振りで両手を広げた。


「僕達も蓮水にばかり構ってられない。軸の世界は相変わらず不安定だし、可能性世界はポテンシャルキーパーの手に負えないんだ」

「相変わらず休みも無い?」

「無い訳じゃない。俊哲に手が掛からなくなってからは随分と暇も増えた。それで君を探せたってのもあるけど、ちょっと時間が掛かりすぎたな。始祖の世界ですら20年進んだってのに」


小野寺さんが何気なく言うと、今度は蓮水さんが驚いた。

思わずといった形で咥えた煙草に指をかける。


「20年も?なら…この子…紀子の世界は何年進んでる?……ああいや、違う。始祖の世界以外じゃ時間がどれだけ経ったかなんて関係無いか…」


蓮水さんはそう言って再び煙草を咥えた。


「ま、そうだね。その気になれば白川さんが消えた次の日に彼女を送り戻す事もできるけど…彼女の存在事態がイレギュラーなお蔭で、それも無理ってわけだ」


小野寺さんはそう言って口元に苦笑いを浮かべると、足を止めて向きを変える。


だいぶ商店街を進んだ先。

何の変哲もない煙草屋の扉を開けて中に入っていった。


前田さんが無言でそれに続き、蓮水さんは私に手招きをして入っていく。

私は蓮水さんの後について扉をくぐると、扉を閉めてから先に進んだ。


映画のセットに出てきそうな煙草屋の狭い店内を抜けて、店舗の裏側に出て、建物の2階以降に繋がる階段を上がっていく。


2階以降はアパートになっているようで、小野寺さんは209号室の鍵を開けて中に入っていった。


「ここは…?」

「一誠の隠れ家だよ。3畳一間で…小さな下宿みたいなものさ」


蓮水さんは私の問いにそう答えると、靴を脱いで部屋に上がっていく。

綺麗に掃除されているけれど、どこか寂れた雰囲気の部屋。


小野寺さんが窓を開けて…前田さんが窓枠に腰かける。

蓮水さんと私は、入り口に近い方に…適当に座った。


小野寺さんは1人ちゃぶ台の周りに敷かれた座布団に座ると、そこから手を伸ばして、古いカラーテレビの電源を入れる。


テレビから流れてきたのは、何処の世界かも分からないが…昭和の日本のニュース番組。

ダイヤル式のチャンネルが画面の横にあって、チャンネルは「3」を指していた。


「1985年8月11日午前6時37分…3軸の時間だよ。白川さんが消えたのが1978年だから…7年経ってる」

「7年………」

「君が消えて、そんなに騒ぎにならなかったな。君が消えて、レコードが一部改変されて…君は文字通り3軸から消えたんだから」


小野寺さんは淡々と言うと、テレビから私の方に視線をずらす。

私はどんな顔をしていいのか分からずに、曖昧に表情を歪めた。


「1人を覗いて、だけど」

「え?」


小野寺さんはそういうと、彼のレコードをちゃぶ台の上に置く。


「さて…ここからが本題だ。僕達としては、一旦白川さんを軸の世界…3軸に送ろうと思ってる」


小野寺さんはそう切り出して蓮水さんの方を見た。


「送って何をするつもり?この子はもうレコードキーパーに戻れないのに」

「確かに…レコードがそうなった以上、無理だ。ポテンシャルキーパーに消される際に施された処置のせいで3軸に存在しなかったことになってるけど…1人例外が居る」

「例外…もしかして、レナのことですか?」

「ああ。彼女だけ君の記憶が消えてない。彼女がレコードキーパーで助かったよ」


小野寺さんはそういうと、前田さんを傍に呼び寄せた。


「蓮水と白川さんが僕達を信じられるのならば、だけど。千尋と白川さんで3軸に飛んで…僕と蓮水はここに残って調べものの時間にしたい」


彼はそう言って私を見つめる。

私は首を縦に振りかけたが、横目で蓮水さんの方を見て一旦答えから逃げた。


「……良いんじゃない?そんなに家を開けていたのなら、顔を出してもいい頃だ」


蓮水さんはそういうと、床に置いていた銃を置いたまま立ち上がる。


「ちょっとの間だけ任せるよ。レコードキーパーの方の平岸さんに宜しく言っておいて」


蓮水さんはそういうと、私の方を見て口元を小さく笑わせて見せて、煙草を咥えながら玄関の方へと歩いていった。


小野寺さんがその後を追うようにして部屋を出ていく。


2人が部屋から出ていった後、前田さんは暫くしてから動き出した。

テレビのスイッチを消すと、ゆっくりと視線を私の方に向ける。

その表情はポテンシャルキーパーの彼女よりも無機質で、同じ無表情でも、蓮水さんのように人間味を感じさせない無表情。


「行こう。丁度3軸は何時ものように世界危機の真っただ中」


彼女はそういうと、蓮水さんの置いていった古いマシンガンを手に取った。

弾倉を引き抜いて、薬室に入った弾も抜いて細部を見回すと、抜き取った弾を弾倉に詰めなおして銃に挿し込む。


「麻酔銃…か」


彼女はそう言って、マシンガンをちゃぶ台の上に置く。

そして、そのまま玄関の方に歩き出した。


私は彼女の後を追いかけるようにして部屋を出るていく。

靴を履いて、玄関先にあった小さな姿見を一目見てから外に出ると、前田さんが廊下のど真ん中でこちらを向いて待っていた。


「今の3軸は、さっきのニュースだけで見れば平和そのものだけど、レコードキーパー達の目線から見れば…厄介な世界」

「……まだ、どこかの世界が紛れてたりするんですか?」


私は前田さんの歩調に合わせながら廊下を進む。


「いいや。違う。今、彼らの世界はレコードを信じ切れる世界になっていない」


彼女はそう言って、階段を降りていく。

階段を降りた先、煙草屋を抜け出て商店街に出ると、彼女は建物脇の暗く狭い路地に入っていった。


「原因は、中森琴。1977年、君が消える直前に起きた1件がまだあの世界を蝕んでいる。特に…彼女が居るあの街で…」


彼女はそういうと、路地の奥に見えた見慣れた電話ボックスの扉に手を掛けた。


「今の3軸は、その騒ぎが再び静まり返った直後…さっきレコードで確認したら、平岸レナは丁度…日向の展望台に居る…転移先はその展望台の1階にあるから、丁度いい」


彼女はそういうと、電話機のダイヤルに手を伸ばした。


「丁度よかった。僕もあの世界に行きたかった所だったから」



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