3.空想世界の放浪者 -5-
「お眼鏡に叶う物って?」
「9mmパラベラム弾を使った10発以上の拳銃と、30発以上あってそこそこ軽いサブマシンガン」
「無いんですか?」
「20世紀後半なら幾らでも…でも第二次世界大戦くらいだとそうあるものじゃない…ブローニングは死ぬ前から使ってたから、拳銃は直ぐ決まるんだけど、マシンガンの方が問題でね」
「……結果がそれ?」
「そう。ドイツ製のもあったけど、同じ弾の数でこっちの方が軽い…最後に使ったのは、まだパラレルキーパーだった頃だよ」
「へぇ……」
「そうやって選んだものにちょっと手を入れる。1951年以前でも使える手立てでね…結構長い間、使いながら改良してきたから、性能は現代の銃にだって引けを取らない」
「……そういえば、どうして行った先の世界によって銃を変えたりしなかったんです?パラレルキーパーなら、出来たはずでは?」
「そういう人間も大勢いたね。前田千尋だって、拳銃以外はそうしてたっけ…でも、僕は常にこの2丁だったな…これで目的を補えなくなったときとかには別の使ったけど」
「どうして…?」
「これで十分だからさ。大抵は室内…市街地…入り組んだ場所しか銃は出てこない。新しいのとかに変えなかったのは、使い慣れた物を変えたくなかったから」
蓮水さんは手を動かしながらそういうと、口元に小さく冷たい笑みを浮かべる。
「1980年以降の世界って、あんまり好きじゃないんだ。古い人間だよね」
「それは…そうですね。でも嫌いじゃないですよ。そういうの。新しいものを追いかけるのって大変ですから」
「そう?……さて…ブローニングの方はこれで上がりかな…ステンも単純だからすぐ終わるよ」
彼女はいつの間にか銃の形に戻っている拳銃を手に取ると、私にそれを手渡した。
私はさっきとあまり変わり映えしない銃を手に取ると、右手で持ってそれを見回す。
チャキ…っと音を立てながらスライドを引くと、薬室に弾は入っていなかった。
ダークブルーの地肌…触ってみて気づくのは持ち手やレバー…引き金が私の手でも使いやすく、滑らず、小さくなっていることだ。
弾の入っていない弾倉を抜いて挿し込むときには、挿入口が少しだけ広がっている事にも気づく。
構えてみると、照準器には丸く黄色い蛍光塗料が塗られていた。
「軽い…」
「僕のより150gは軽いはずだ。どうせ弱装の麻酔弾だし、それで十分」
「麻酔弾…弾は沢山あるの?」
「ああ。問題ない」
私は彼女の言葉を聞くと、机の上に置かれていた弾の入った箱を手に取って射撃場のテーブルに置いた。
「20メートルまでは人間大に収まるくらいが理想だ」
拳銃の弾倉を抜き取って、本体を箱の横に置く。
箱の中に乱雑に詰め込まれた弾を、弾倉に詰め込んだ。
13発の弾丸を詰め込むと、銃本体を手に取って弾倉を入れる。
カシャン!と音を立てて薬室に初弾を入れ、撃鉄を起こした。
煙草を灰皿に置いて、ゆっくりと銃を構える。
さっきよりも持ちやすく、狙いの分かりやすい照準器を的に合わせて引き金を引いた。
バン!という射撃音…反動はさっきの実弾よりも軽い。
私は風穴の開いた的に更に弾を撃ち込んでいった。
あっという間に13発。
的の中心付近にはぽっかりと大穴が開けていた。
煙草の灰を落として口に咥えると、マシンガンの方も作り終えていたらしい蓮水さんが小さく手を叩いている。
「見事…ステンの方も撃ってほしかったけど…今日はここまでだ」
彼女は出来上がった2丁のマシンガンのうち、1丁を私に手渡すと、彼女は部屋の隅についていたモニターに親指を指した。
「嗅ぎつけるのが早い…仕事熱心なパラレルキーパー達だ。だけどこっちは準備が出来ている…行こう」
彼女はそう言って私に背を向けた。
私は煙草を灰皿にすり潰すと、慌てて彼女の後を追う。
丁度撃ち尽くした拳銃に新たな弾倉を詰め込み、麻酔弾の詰まった拳銃とマシンガンの弾倉をそれぞれ3つ手に取る。
弾倉はクローゼットから取り出したトレンチコートの内ポケットに詰め込んで、私達は地下の部屋を後にした。
「1階じゃないんですか?」
私は部屋を出て直ぐのエレベーターに乗って、11階のスイッチを押した蓮水さんに尋ねる。
「幾つか忘れ物を取りにね。1階で済むのなら、ステンは持ってないさ」
彼女はそう言ってマシンガンのを構えて見せる。
「まだ扱い方は教えて無かったよね。1弾倉使い切るようなことがあれば、直ぐにブローニングに切り替えて」
「分かりました」
私はそう言って、今日初めて触ったマシンガンを見下ろす。
「ケーキ、まだ1切れづつ食べて無かったよね。今から行けば一口分位なら残ってるかな?」
蓮水さんはそんな私を見てか素なのか、何時もの嘲笑うような声色でジョークを飛ばした。
私は小さく鼻で笑って首を横に振る。
「丁度食べごろでしたし、無くなってますよ」
「なら、"ケーキ泥棒"さんにはお代を請求しないと…背中は任せる」
彼女がそう言った直後、エレベーターのチャイムが鳴る。
蓮水さんは流れるような動きでエレベーターを飛び出すと、一気に廊下を駆けだした。
私も直ぐにあとから続き、彼女の言う背中…部屋とは逆の方に銃口を向ける。
誰かが居そうなものだと思ったが、誰も居なかった。
私は数秒間、部屋と反対側…非常階段から誰かが来ないのを確認すると、直ぐに身体を反転させて蓮水さんを追う。
「一旦誰も居ない…!」
先に部屋に入っていた彼女の後に続いて部屋に駆けこんだ直後、銃声と共に私の首筋を弾丸が通り抜けていった。
「嘘!後ろから来てる!」
私は間一髪はずれてくれた弾丸に感謝しながら玄関扉を閉めて鍵を掛ける。
先に部屋に入っていた蓮水さんは既に"忘れ物"を取っていたらしい。
玄関にいる私に、私のレコードと手持ちの細々とした物を寄越すと、私の手を引いてリビング…ベランダまで出ていった。
「登り棒ってやったことある?」
「え、はい」
「なら、そこの雨どいに捕まって下に降りれる。行って」
「え?」
「早く!」
私は尋ねる暇もなく、彼女に急かされるがままに雨どいに手を掛けた。
紐で肩に下げたマシンガンが邪魔になったが、気にせずに下に降りていく。
上を見上げて、蓮水さんが雨どいにしがみついた直後、部屋の方から扉を蹴破る音が聞こえてきた。
私はその音にビックリしながら、何も考えないようにして下を目指す。
11階から1階まで…
そこそこの長さのあった"登り棒"を降り切った私は、後から降りてきた蓮水さんについて東京の路地を駆けだした。
トレンチコートは降りしきる雪と雨どいにしがみついていたせいでずぶ濡れだ。
私は肩に下げたマシンガンを再び手に持つ。
「地下鉄に?」
「ノー!東京の地下奥深く」
そう言った彼女は、さっきケーキを買ったモールの裏手側に回っていく。
クリスマスの深夜。綺麗なホワイトクリスマスに包まれた都会の裏路地は真っ白に染まっていた。
彼女はさび付いた扉を開けて中へ入っていく。
私は後から続いて入り、扉を閉めて鍵を掛けた。
中は白く無機質な明かりが照らす、少しだけ寂れた廊下。
「…向こうもこの世界に手出しするつもりがないらしい。それも当然…か、まだ1年以上寿命がある世界を潰して良いことは無い」
「見たいですね…扉も蹴破ってましたし」
「だけど…ここから先はレコードを持った人間くらいしか入らないような場所…注意するに越したことは無いかな」
彼女はそういうと、急な階段を降りていく。
私は一瞬背後に振り返って確認した後でついていった。
「誰も追ってきてないです」
「ああ…今のところはね」
階段を降りて曲がり角の壁に背を当てた私達は、短く言葉を交わす。
蓮水さんは一瞬、彼女が持ったマシンガンに目を落とすと、一つ溜息をついて角の向こう側に銃口を向けながら出ていった。
後を付けていく私は、廊下の隅に付けられた監視カメラのようなものを見上げて…直ぐに蓮水さんの背を追う。
「監視カメラはお店の?」
「…ああ、そうだよ」
私は彼女の答えを聞いて小さく頷く。
階段を降りて…地下の廊下を進んでいった一番奥。
クリーム色のペンキで塗られた扉を開けた蓮水さんは、ゆっくりと中に入っていった。
入っていった部屋の先には、最早見慣れた電話ボックス。
そして、2人分の人影。
一人は白髪の少女。
蓮水さんと同じ拳銃をこちらに向けている。
もう一人は顔に深い縦傷が入った童顔の青年。
彼は銃も何も持たずに薄っすらと小さな笑みを浮かべていた。
前田さんと小野寺さん。
パラレルキーパーの2人しか、私は知らないが…彼らはどちらなのだろうか?
蓮水さんは無言のまま前田さんに銃を向ける。
私も銃は持っていれど、見慣れた2人に直接銃を向けるのは気が引けてしまった。
「千尋。そんないきなり銃を向けてもいい結果にはならないよ」
緊張の走る空間で、最初に声を出したのは小野寺さん。
彼は銃すら持たず、薄っすらと感じの良い笑みすら浮かべて銃を向けあった2人の間に割って入る。
「第一、どれだけ会ってなかったか…せっかく久しぶりの再会なのにさ」
そんな彼を見た蓮水さんは、少しだけ目を見開くとゆっくりと銃を下ろしていく。
前田さんも同じように銃口を下げていくが…それでもまだその先は蓮水さんの方を向いていた。
「蓮水さん、僕達は何も撃ち合うために待ってたわけじゃないんだ」
「だったら部屋を襲ってきたのは君達じゃないの?」
「え?部屋を?」
「襲ってきただろう?」
緊張を解いた蓮水さんは少しだけ戸惑いを見せながらそういうと、銃口を完全に下ろした前田さんが小野寺さんの腕を掴んだ。




