3.空想世界の放浪者 -3-
1発は私の身体を貫き、1発は辺りを真っ白な閃光で染め上げた。
真面に銃弾を受けた私の意識は一瞬で消え失せて、そして一瞬で復活する。
目を開けると、私の手を引いた蓮水さんが駆けていた。
生き返った私は、直ぐに彼女がレナの脇を通り抜けて先に進んだことを理解する。
「レナは?」
「育ち盛りだから寝かしつけたよ」
私の問いに、そう答えた彼女は左手に持った拳銃を一回、クルっと回転させた。
「妹の顔は見れた?」
「すぐ真っ白になったせいで見れてません」
狭い通路を駆け抜けながら言葉を交わす。
遠くで散弾銃の派手な銃声が鳴り響いた。
「起きたみたい。今度はかなり早起きだ」
蓮水さんはそう言うと、突き当りの扉を蹴飛ばして開いた。
バン!と音を立てて開いた扉の向こう。
何かの制御室?か管理人室のような狭い部屋の隅っこに不自然に置かれている電話ボックスの中へと飛び込んでいく。
蓮水さんは、私に何の意見も聞くことがなくグルグルと回転させるダイアルを操作し始めた。
直ぐに電話が掛かり…直後にけたたましいダイアルの音が鳴り響く。
蓮水さんは、この世界に来た時と同じように、私の肩を掴んでボックスの隅っこにしゃがみ込んだ。
「え?」
「今に分かる」
撃たれてすらいない彼女の取った行動に驚いた私に、彼女はそう呟いて口元を笑わせる。
「電話が掛かった時点でこっちの勝ちなんだ。この中にいる以上、死体でも良い。けど、死ぬのは御免だ」
そういう蓮水さん。
周囲は徐々に、テレビ画面に映る砂嵐のようにブレてきた。
直後に響き渡る銃声。
散弾銃と拳銃の音。
丁度私と蓮水さんが立っていた付近のガラスが砕け散り、破片が私達に降り注いだ。
「ひゃ!…」
それでもお構いなしに、周囲の景色が砂嵐に掻き消されていく。
それでも鳴りやまない銃声。
変わりゆく外の景色を見つめていた私は、世界が完全に砂嵐に埋め尽くされる直前…部屋の中に飛び込んできた2人組の少女と目が合った。
2人は私達の居る電話ボックスが認知できていないらしい。
レナは普段見せないくらい呆然としている様子で部屋を見回していた。
もう一人…レナの妹?の方は…レナよりも年齢を上げているのだろうか?少しだけレナよりも背が高い。
彼女は手に持った長い散弾銃に、大きな散弾を幾つか詰め込んでいた。
2人の姿を確認した直後、電話ボックスは完全に砂嵐の中に埋もれる。
ザーっという音が辺り一面を支配したのち…直ぐに砂嵐は晴れていった。
砂煙が晴れると、そこは代り映えのしない部屋の中。
置かれているものも何も変わらない。
レナと…その妹さんが居なくなっているから、別の世界に来ている事は分かるのだが…
蓮水さんに手を引かれて、移動してきた世界に足を踏み入れる。
「ここは…?さっきの場所?」
「そう…世界もそんなに変わらない。第4軸ベースの可能性世界だよ」
蓮水さんは手に持っていた拳銃の弾倉を抜きとって、中身を確認すると、再び弾倉を拳銃に込めた。
「4軸…君が居た3軸の近似世界。だから、殆ど変わらない…っと、その前に」
蓮水さんはそう言って着ていたサマーコートを脱ぐと、私に寄越した。
私は首を傾げながら受け取ると、彼女にそそのかされるままにコートを羽織る。
「これは…?」
「今は12月24日。年の瀬だ…東京に大寒波が押し寄せてきて…外は大雪で大混乱。箱崎のマンションまで、ここから歩ける距離だけど、君の格好じゃ寒いからね」
そう言ってはにかむ蓮水さんのコートの下の格好は、黒いハイネックのノースリーブ…どう考えても半袖のシャツを着ている私よりも寒そうだ。
「僕は平気。産まれてこの方人より感覚が鈍いらしい。年がら年中コートを着なくてもいいんだけど…ほら、コートってポケット多いから色々便利でしょ?だから夏でも着てたのさ」
「てっきり寒がりなのかと…」
「全然…5分程度だし、それは夏用コートだから寒いだろうけど」
「いえ…私も寒いのは慣れてますよ」
「そうか…北海道の田舎に居ればそうだよね」
蓮水さんはそう言って小さく笑うと、前に向き直って歩き出した。
私は彼女の右に並んで付き従う。
「この世界は何時まで…?」
「ちょっと長いよ。崩壊するまであと1年」
「…大丈夫ですか?また私達がいるせいで早まったら……」
「その時はその時さ。軸の世界に影響を出さないように済ませればいい…それに、この世界は使い捨ての感覚で来たんだし」
「え?」
私は蓮水さんの言葉に驚くと、顔一個分高い所にある蓮水さんの顔を見上げた。
「どういうこと…です?」
「そのままの意味さ。使い捨て…実験といってもいいかもしれない。ま、部屋に着いたら話そう。その前に、この世は大混乱してるといえど、世の中はクリスマス・イブ。ケーキとチキンでも買っていこう」
・
・
・
・
結局、雪が舞い散る東京の町を散策して、両手にケーキとチキンとシャンパンの入った袋を持ってマンションの部屋に着いたのは、世界を移動してきてから2時間後の事だった。
「ふー……」
大きなテーブルに、袋を置いて一息つく。
それから、蓮水さんに借りていたコートをコート掛けに吊るして、濡れた髪を適当に拭って…と、色々とやっているうちに、時計の針は夜9時を指していた。
「火、ある?」
テーブルについて、煙草を咥えていた蓮水さんが言った。
丁度私も煙草を吸おうと、ライターを取り出しかけていた所だったから、そのままライターを取り出して彼女の煙草に火を付けた。
「サンキュ」
そう言って煙を吹かした彼女は、ケーキの入った箱からケーキを取り出して、シャンパンを台所から持ってきていたグラスに注いだ。
私は別の袋から、大きな七面鳥を取り出してテーブルに添える。
「お酒は二十歳になってから。蓮水さんは何年産まれでしたっけ?私はまだ未成年ですよ?」
「8軸の1958年だったかな?でも、僕の生年月日を聞いても無駄だと思うよ。レコードを持って、幾年たって数えるのを止めたから」
「……結構なおばあちゃんですね」
「失礼な。まだ僕の設定年齢は18歳のままだよ」
「他の年にしたことは無いんですか?」
「無い。一度たりともね」
彼女はそう言ってシャンパンの入ったグラスと、ナイフとフォークが載ったお皿を私の方へと滑らせた。
煙草を一旦灰皿に置き、煙を吐き出すとそれを取って自分の前に並べる。
「あ、ありがと」
「ケーキは最後で…これでいいかな?」
「オッケー」
私はそう言ってシャンパンの入ったグラスを持った。
蓮水さんも同じようにグラスを持つと、私達は目配せをしただけでグラスを交わらせる。
カラン…という落ち着いた音色が聞こえる。
すぐ後で、グラスを口元まで持って行き、冷え切ったシャンパンを一口飲み込んだ。
「3日前までは夏の昭和に居たから、どうも雪が降ってると感覚が狂う」
そう言って、灰皿に置いていた煙草の灰を落として咥えた。
「慣れっこだよ。僕にとってはね」
「何時もこんな頻度で世界を変えてるの?」
「ああ、そうさ。長くても2年と同じ世界に居ない」
蓮水さんはそういうと、短くなった"別世界の昭和で買った"煙草を灰皿にもみ消す。
私はナイフとフォークで七面鳥を綺麗に切り分けると、彼女のお皿によそった。
彼女によそってから、自分の分もお皿に盛る。
「私が起きたあの電車…行先がパラレルキーパーの棲み処だったのに、よくそんな電車に乗っていたよね。久しぶりに行くとしても、危険すぎない?」
「それは…偶々だったんだ。僕だって行きたくて行ったわけじゃないけど…同じような境遇の君と会えるだなんて思ってもいなかった」
彼女はそういうと、一口大に切り取った七面鳥を口に入れる。
少し熱かったのか、彼女は片目を瞑ると、そのまま黙り込んだ。
「行きたくて行ったわけじゃないって、あの電車、元々何処に行くはずだったの?」
私は構わずに尋ねる。
それから私も一口大に切った七面鳥を食べだすと、やがて蓮水さんが口を開いた。
「この世の終わりまでだ。まだ僕にその権利は無かったらしいがね」
「へ?」
大真面目な顔して言った彼女から放たれた言葉を聞いた私は間抜けな声を上げた。
「自分でもおかしな事言ってるのは自覚してるよ。だけど、本気さ」
彼女はそういうと、新たな煙草に火を付けた。
「僕だって闇雲に世界を漂流してるわけじゃない。"向こう側"に行くために漂ってるんだ」
「向こう側?」
「ああ。"向こう側"」
蓮水さんはそこまで言うと、少しだけ肩を竦めて見せた。
手に持った火のついた煙草を咥えて、少しした後に口から離してふーっと煙を吐き出す。
「レコードを外れた人間が永遠と仕事してるとでも思ってた?」
「え?…」
「思ってた?」
蓮水さんはそう言って再び煙草を咥える。
私は小さく頷くと、彼女はふーっと煙を吐き出した。
「だったら今頃人手不足に悩んでいないよ。特にポテンシャルキーパーなんて」
「……だったら…?」
「考えてもみなよ、芹沢俊哲や前田千尋が古参扱いされるんだ。もっと前にも人はいたはずなのにね」
「…確かに……」
「僕がパラレルキーパーだった時代…僕が管理していた世界は膨大だった。だけど時代は何時だって一定なんだ」
彼女はそういうと、煙草を灰皿に置いて、シャンパンのグラスに口を付ける。
一口シャンパンを飲み込むと、そのまま私の目をじっと見据えた。
「気づいたのは…こうなる直前だった。そういえば、1951年より前には行けないし、2050年より未来には行けないなって」
「……100年?」
「そ、100年。最初は…見ている可能性世界の数のせいだと思った。パラレルキーパーの観測する世界は膨大で、それでいて時空はバラバラだから、時の流れなんて一定じゃない。だけど、観測できる世界は何時だって20世紀後半から21世紀前半なんだ」
蓮水さんはそういうと、窓の外に指を指した。
「不思議な事に、それを不思議に思っている人間は居ないみたいだった」
「でも、騒ぎにならないってことは、中には1951年以前からレコードを持ってた人がいるんじゃ…ほら、蓮水さんよりも上の人とか…」
「そんなの居ないよ」
「え?」
「居ない。レコードを見てみたら、1951年以降で初めて…初めてレコードを犯した人間が僕だった」
蓮水さんがさも当然のように言った一言に、私は思わず口を開けた。
彼女は表情を一つも変えずに、少しだけ首を傾げる。
「8軸で、僕がレコード違反を起こしたのは1970年代前半。それまで、レコード違反は出ているはずなんだけど……不思議な話さ、それも真相は分かってない」




