2.空想世界の異端者 -5-
蓮水さんはそう言って、棚を開けて何かを取り出した。
私はそこらへんにポツリと置かれた椅子に座って、彼女の様子をじっと見る。
「一体何を?」
「何も…さっきのことが妙に引きづってて…」
「…仕返しします?」
「出来るわけないじゃないか。僕は平和主義だよ」
蓮水さんは、そう言って少しだけ口角を上げる。
「さっきは運がいいからって直ぐにハイパワーを麻酔銃に改造しちゃったけど、失敗だったなって」
彼女はそう言って、戸棚から取り出した物…黒いケースを開いて中身を取り出した。
「だからもう一つ新しいのを呼び出したって訳ですね?」
私は彼女の手にした拳銃を見てそう言った。
細かなシルエットはさておき、遠目に見えた黒い物体は、彼女が持っていた拳銃と同じだったから。
「これは僕が持ってるのよりも新しいやつだけどね。80年代後半のモデル。僕が使ってるのは戦時中の中国製」
「そんなに長い間作られてるんですね」
「100年ちょっと経っても普通に作られてる銃だってあるんだから、不思議じゃない」
「へぇ……」
私がそういうと、彼女はもう一丁。彼女が使っていた薄い青に輝く拳銃を浴衣から取り出した。
彼女はそれをいとも簡単に、手際よくバラバラにして見せると、外した部品の代わりに、机の上に乗っていた部品を組付けて行く。
「こっちは改修。まさか麻酔弾がここまで精度が悪いだなんて思わなかった」
そう言った蓮水さんは、ほんの少しだけ長くなった拳銃を頭上に構えて見せる。
「麻酔弾自体は9mmパラベラム弾ベースで有効射程が60mあるかどうか…だけど、撃ちだす銃がちょっと悪い。数メートルだったのに、狙いを外した。だから銃身を長くとってみようと思ってね。根本的には解決しないけど、暫くはこれで誤魔化すしかないかな…」
彼女は淡々とそういうと、スッと、倉庫の壁に目掛けて銃口を突き出した。
そして躊躇なく引き金を引くと、そこまで大きくない銃声が鳴り響き、直後にカン!と壁に何かが当たった音がする。
本物の銃弾を放っていた銃。
拍子抜けするほどに弱々しい物になり替わった。
「これで少しは改善出来てる。引きつけない限り使い物にならないのは変わらないけど。これじゃエアガンと同じじゃないか」
彼女はそう言って苦笑いすると、拳銃を机に置いた。
「さて…今は2018年6月14日午後19時32分。これからどうしようか」
「5日後に消える世界ですよね?それまでは…ここにいるつもりですか」
「まぁ、そうなんだけど。可能性世界にありがちな事はもう起きてる世界だから、最期までいるかどうかは分からない」
彼女はそういうと、レコードを開いて私に見せる。
私はレコードに目を向けると、真っ赤に染まったページが目に入った。
レコードキーパーだった時に目にした、レコード違反者の表示。
この世界は、可能性世界だけれど…それでもレコードは何時ものように、レコードを違反した人間を表示している。
「違反者で溢れかえってる。可能性世界だとどうなるんでしたっけ?ポテンシャルキーパーさん方が何とかしてくれるの?」
「そう。誰がここにきてるかは、僕に把握できないけど、ポテンシャルキーパーが配置されて対処してるはず。この数は結構な数だから、彼らは今頃寝る間も惜しんで仕事だろうね。ご苦労なことだよ」
彼女はそういうと、レコードを私に渡す。
そして、そのまま部屋の隅まで歩いていくと、何かの機械?を制御していそうな…配電盤のような物の前に立って、それのスイッチを幾つか押した。
スイッチが押されると、どこかのシャッターが閉まる音が聞こえてくる。
ガシャン!という音が聞こえた直後、カチャっという音と共に、鍵が掛かった音が聞こえてきた。
「平成後期。戸締りは大事だからね」
彼女はそういうと、私の方まで戻ってきて、私が持っていた彼女のレコードを手に取る。
「この数をポテンシャルキーパーが対処するのは中々骨が折れる。ま、偶にしか来ない繁忙期。頑張ってもらうとするとして…」
蓮水さんはそこまで言って、煙草を咥えた。
「この世界に来ているポテンシャルキーパー…この規模だとパラレルキーパーも来ているか…彼らの特定から進めよう。この関東にいる人間だけで十分だ」
彼女はそう言いながら、レコードに何かを書き込み始めた。
手持ち無沙汰になった私は、フワフワと浮いてきたような感覚に身を任せる。
椅子に座ったまま、目を瞑ると、そのまま意識は暗い闇に沈んでいった。
暫くの間、夢も見ずに熟睡していた私は、蓮水さんに肩を叩かれて、揺さぶられてようやく目を覚ました。
椅子に座ったまま寝ていた私は、重く鈍くなった体の動きに少し顔を顰めつつ…そして、まだ眠いせいで働かない頭を動かして蓮水さんを見上げる。
ポカンとした顔で彼女を見上げると、蓮水さんは若干の苦笑いを浮かべて私の手を引っ張った。
「まだ1時間も寝ていないけれど、その姿勢じゃ具合を悪くするよ」
「1時間……?」
彼女に成されるがままに引きずられている私は、ポヤポヤした頭の再起動を試しつつも、思ったことをそのまま口に出す。
「そ、1時間しか寝てないけど、随分と良い眠りだったらしい。ホラ…ベッドあるんだから…っと」
彼女は最初にあった時のような、嘲笑うような笑みではなく、若干親しみの籠ってそうな薄笑い顔で私を抱え上げると、ベッドの上に私を寝かせる。
カチャカチャと、浴衣の中に仕込んだ物が擦れる音がしたが…蓮水さんが片っ端から私の持ち物を取り去ってくれる。
「これだけ持っててそんなに軽いの?何キロなのさ?」
「35キロ」
「……道理で…っと。これで良し」
彼女は最後に、拳銃を抜き取ってそういうと、タオルケットを掛けてくれた。
「おやすみなさい。明日の朝まで…ゆっくり休むといい」
その声を聞いた私は、ゆっくりと目を閉じた。
・
・
・
・
「んー……」
まだまだ眠気の勝る頭が動き出す。
半目になってボーっと横に向いたまま、前に手を伸ばすと、やわらかい何かに手が触れた。
半目になった目に映るものは、肌色の何か。
気にせずにそれを掴んだまま離さないでいると、何かが私の目の前にやって来た。
「寝ぼけてる?」
「……」
耳にハッキリと聞こえてきた声を聞いて、ようやく目をパッチリと開ける。
ハッキリと映し出された光景は、私の横で寝ている蓮水さんの顔と、彼女の肩と腕を掴んだままの私の腕だった。
「うわ!…ごめんなさい…」
「いい。気にしなくて。ついさっきのことだし」
驚いて手を離して謝った私に、彼女は苦笑いを浮かべながら答える。
浴衣を脱いで下着姿になっていた蓮水さんは、体を半分起こすと、じっと私を見る。
私は横になったまま、蓮水さんの目をじっと見返していた。
「…どうかしました?」
「いや…随分眠ったなって。今は10時だよ。朝の10時。普段なら、僕は4時起きだから」
「随分と早いんですね。私は、休みの日はこれくらい寝てますよ…二度寝もしたりして…晴れている日に、カーテンを開けて二度寝すると気持ちよくって…」
「フフ…平和なものだね。こっちは久しぶりに熟睡できたってのに」
蓮水さんはそういうと、私の腕を引っ張り上げて体を起こす。
蓮水さんの横に座る形になった私は、貧血気味になりながら彼女の方に倒れ込んだ。
「頭は動くんですけどね。貧血なので…寝起きはしばらく動けないんです」
「成る程。分かった。朝はパンでいいかい?…僕が準備するから」
「あ…お願いします…すいません」
私がそう答えると、蓮水さんはベッドから降りていく。
私は再びベッドに倒れ込むと、何もせずにじっと天井を見つめた。
久しぶりの平成。
久しぶりの現代。
私が生きているはずだった時代。
東京の端の工場の中で、それを感じることはそうそうないけど。
ジワジワと、体が動くために必要な血液が体中を巡っていくような感覚を感じながら…私は再び起き上がる。
頭に手を当ててみると、ショートカットにしてある髪がボサボサになっていた。
鏡を見ないとわからないけど、きっと酷い寝癖だ。
よたよたとした動きでベッドの隅に移動して、ペタッと裸足を床に付ける。
掃除が行き届いているコンクリートの床は、ヒンヤリと冷たかった。
力を込めて体をベッドから離す。
ゆっくりと立ち上がると、目を瞑って…両腕を上に伸ばして…体を伸ばす。
んー…っという声が自然と口から出ていた。
ベッドから降りて、蓮水さんが去っていった方へ体を向けると、トースターの音が鳴り響く。
ペタペタと、コンクリートの打ちっぱなしである床を進んでいくと、部屋の奥の台所のようなスペースで、さっきの下着姿ではなく、何処かに居そうな私服姿になった蓮水さんが見えた。
お盆には目玉焼きが乗ったトースターが2人分。
彼女はコーヒーカップに挽きたてっぽそうな熱いコーヒーを注いでいた。
「おはよう。目は覚めた?」
蓮水さんが私に気づくと、そう言ってお盆にコーヒーカップを乗せる。
「はい…」
私はそう言いながら小さく欠伸をする。
そのままお盆を持った蓮水さんに付いていった。
眠っていたベッドは、昨日最初に入った大きな部屋のすぐ横にあったらしい。
開いたままの扉を潜り抜け、昨日入った大きな倉庫部屋に入った。
蓮水さんは、大きすぎる部屋には小さく見えるダイニングテーブルにお盆を置くと、椅子に腰かける。
私も彼女の向かい側に座ると、お盆の上のトーストが乗った皿とコーヒーを取った。
「ありがとう…いただきます」
そう呟くように言ってから、トーストを持って一齧り。
カリッと焼けたトーストに、目玉焼きの味が混じる。
「一気に時間を飛ばせば、ただのトーストもこれだけ美味しくなったんだって実感できるよね」
私の目の前で、同じようにトーストを食べている蓮水さんが言う。
「昭和に戻った時は暫く苦労しましたからね。ああ、あんなに大変だったんだって」
「もっと未来に行ったら、どうなってるんだろうね?昭和のあの時代ですら、僕はもうこれ以上進んでどうするつもりなんだろう?って思ってたけど」
蓮水さんはそう言ってコーヒーカップに手を付ける。
「ブラックのままでも美味しいコーヒーが飲めるなら、それも有りかなって思えてきたんだ。昭和の頃は角砂糖3つとミルクが欠かせなかったから」
そう言ってコーヒーカップに口を付けた蓮水さん。
私は小さく苦笑いを浮かべると、半分ほど食べたトーストをお皿の上に置いた。
「そういえば、今日はどうするんです?後5日の世界で、昨日は何もしてないから…あと4日ですけど」
「ああ…それだけど、着々とポテンシャルキーパーが対処してるよ。僕達はレコードを持っていれど、レコードから指図を受ける立場じゃないんだから見守ってるだけでいい。飽くまでこの世界にはトランジットしに来たようなものだし」
蓮水さんはそう言って、中身が半分ほど無くなったコーヒーカップをテーブルに置く。
「あと2日はゆっくりしてよう。東京にいるわけだし、行きたい場所はある?」




