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レコードによると Another Side  作者: 朝倉春彦
Chapter1 空想世界のニューフェイス
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2.空想世界の異端者 -4-

「わ!」


そこそこ強い力で引っ張られた私を、彼女はハグするように包み込むと、そのまましゃがみ込んだ。


ビシ!キン!


何も周囲が見えなくなった直後、聞こえたのはガラスの割れた音と、何かが金属に跳ね返った音。


目を見開いて、抱え込んだ蓮水さんを見つめていた私は、彼女の目ががハッキリと見開いたのを見た。

周囲の…電話ボックスのガラス張りは、この世界に来た時のように砂嵐になっている。

音もなくなり、世界はただただ電話ボックスの中だけになった。


暫くの沈黙。

電話ボックスの隅で、彼女に覆いかぶせられるようにして座り込んだ私の腕に、少しだけ生温い液体がしみ込んできた。


「蓮水…さん?」


私は目を見開いたまま、何かを耐えるように歯を食いしばった表情のまま動かない彼女に声をかける。


だけど、彼女は何も言わない。

私に目さえ合わせない。


気づけば、電話ボックスの周囲の砂嵐は晴れ渡っていて…夕日が挿し込んできていた。

反応のない蓮水さんから目を逸らし、外を見ると、私がレコード違反をしなかった頃の様子が見て取れた。


何処かわからないけど、日向のような田舎ではない。

どこか…都市の隅っこにある電話ボックスらしい。


私は血に濡れた右腕で彼女を除けて、膝立ちになって…非力な自分を恨みながら力を込めて彼女を電話ボックスの壁に寄り掛からせた。


座り込む形になった彼女はガックリと頭を下げる。

まるで死んでしまっているかのような反応だが…私が話しかけた時からずっと、小刻みに呼吸はしているようだった。


自分じゃ打つ手は無い。

浴衣を破って止血しようにも、そもそもこの浴衣は破れるような素材ではないから…


私はそう思って、周囲を見回す。

すると、さっきは気づかなかったが、路駐する車の列の中に、この時代ではとても古く見える赤いスポーツカーの姿が見て取れた。


私はそれを見つけると、直ぐに壁に寄り掛からせた蓮水さんを両手で抱え上げる。

車までの数十メートル。


相当な苦労と筋力を使って車までやってきたころ。

不意に彼女が力を取り戻す。


驚いた私がパッと手を離すと、彼女は何事もなかったかのようにそこに立っていた。

いつの間にか、私に滴り落ちていた血も消え去っている。

レコードキーパー…レコードを持つ者が死んだ後に起こる現象だ。

木端微塵になろうと"それ"を構成していたものが元に戻り、再構成される現象。


「蓮水さん…大丈夫…ですか?」


私は恐る恐る声を掛ける。

暫く項垂れるように地面をじっと見つめていた彼女は、私の声にピクッと反応すると、ゆっくりと私の方に振り返った。


「ああ…すまないね。僕は死に慣れてないから…」


蓮水さんはほんの少しだけ強張った表情を浮かべたままそういうと、煙草を咥えて、それに火を付けた。

彼女は自分の車が止まっている事を見止めると、直ぐに運転席の方に回ってドアを開けて中に入っていく。

私も、開いたままの助手席に座り、ドアを閉めた。


「ハァ……久しぶり貰うと結構痛いものだよ。ねぇ?君は死んだことはある?」

「それは…結構な回数ありますよ」

「え?」

「まぁ…私の周りが無茶する人ばかりだったから…つられてというか、巻き込まれて…」


蓮水さんはほんの少しだけ呆れたような顔をして私の方に顔を向けた。


「いくら死なないからって、それは無いよ…」


彼女は一度死を迎えてから、どこか心はブルーみたいだ。

さっきまでの、ちょっと余裕のある口調ではなく、少しだけしおらしい声色でそういうと、車のエンジンを掛ける。


「それで…ここは何処なんでしょう?」


車が道路に出て、流れに乗った頃。

私はそう言って煙草を咥えた。


見る限り、道行く車はどれもこれも平成の時代で見かけたツマラナイ形ばかり。

歩道上の人々も、どこか奇抜な格好だった昭和から比べれば、見飽きたような格好の人ばかりだった。


どこかの町の、それなりに発展した都市のど真ん中。

道脇に所狭しと建っているビルを眺めてみれば、ここが札幌であるとは到底言えなかった。


私が煙草に火をつけた頃、蓮水さんはハンドルを握っていた左手で、前方を指さした。

火をつけて、最初の煙を煙を吐き出す次いでに、彼女の指した方を見る。

所狭しと並んだビルを抜けた先に、何処までも伸びていきそうな塔が見えた。


「東京スカイツリー…今は2010年代後半…君が生きてた時代よりもちょっと先かな」


蓮水さんは、まだ調子が戻らないらしい。

暗い声色でそういうと、迫った赤信号を見てブレーキを踏み込んだ。


車が止まると、蓮水さんは咥えていた煙草を灰皿にひっかける。


「ここは…3軸によく似た可能性世界。君のいた世界と殆ど変わらない。残り寿命は5日だけど」


彼女は淡々とした口調で言う。


「とりあえず…この世界が消滅する手前まで、ここに居続けたい。だから、多少は無茶でも貴女の世界の近くにしたの」

「それはどういう…?私達の存在がバレたら…こっちに来るんじゃ…あんなに派手じゃなくても…ジワジワと…」

「何も考えてないならね。この世界はほぼ3軸の世界に平行な世界。5日後に消滅するとあって、この世界は今最も3軸に近い世界なんだ。2度も時間逆行した世界の近くで騒ぎは起こさないはずだよ」


彼女はそう言い切ると、ようやく口元に薄っすら笑みを浮かべた。


「気持ちは分からなくもないけどね。彼らは底抜けの間抜け共と違う…に、しても東京に繋がるなんて思ってもいなかった。君は東京に来たことはある?」


私は彼女の言葉に首を縦に振った。


「一度だけ。2度目の時間逆行の事件の時に…まだレコードキーパーに成りたての頃だったから、嫌な思いでしかないけれど」


私は脳裏にあの事件の時の様子がチラつく。


「そう…あの時、君も東京にいたんだ」

「蓮水さんも?」

「ああ。レコードキーパーとしてでもなく…パラレルキーパーとしてでも無いけど…今みたいに、追手から逃げてる最中に迷い込んだんだ。本物の3軸に。そしたら東京の町が大変なことになってた」


彼女はそう言いながら、青になった信号を見上げて、アクセルを踏み込む。

車内に少しだけ煩いエンジン音が聞こえてきた。


「パラレルキーパーに…レコードキーパー…滅多に集まらない連中がいそいそと仕事してたのを見てたんだ。あの事件の最期は呆気なかったよね」

「最期…?終わった時には…私も、私の仲間も散々…何度も殺されて…誰も立てなかったので…」

「そう?ま、成りたててあの事件はハードだったか…さて…これから行くところなんだけどさ」

「はい」

「ここから高速に上がって…ちょっといった所で降りた先にある倉庫なんだ」

「はぁ……」

「広いし、快適だよ」


蓮水さんはそう言って、車を走らせた。


狭い土地に、所狭しと立ち並ぶ建物の合間を縫って高速道路へと上がっていく。

周囲を行く、新しい車の車列に紛れ込んだ旧車…この車は小さく感じた。


外を見ると、空は夕日が落ち込んだ直後で…町は薄い青色に染まっている。

ビルの窓の明かりが絶妙に混ざり合った、不思議な感覚になる色合い。

私と蓮水さんは、特に何の会話も重ねずに車に揺られ続けた。


ほんの一瞬の薄青の世界が終わり、街が夜の闇に包まれる頃。

高速道路を降りて、直ぐの所に見えた倉庫群に車の鼻先が向く。


彼女が無言で指さした先には、ぱっと見廃墟にしか見えないボロボロの倉庫が見えた。


「見た目は廃墟。レコードでも、ここは廃墟になってる。でも、ここはレコードの管轄範囲外。中身は僕が手を回しておいた。あの綺麗なマンションとまではいかないだろうけど、快適なのは保証する」


彼女は倉庫の敷地内に車を入れた。

少しの振動の後、弱ってグラグラする舗装に車が揺らされる。

車は開きっぱなしだった大きな扉の間を潜り抜けて、倉庫の中へと入っていった。


蓮水さんは、何もない倉庫内のど真ん中で車を止める。

辺りは真っ暗。

外も、夕日が消えて、闇が支配する夜になってしまったから、車のライトが照らす先以外、何も見えなかった。


彼女はエンジンを掛けたまま、車を降りる。

私も後に続いた。


彼女の後ろに付いて歩いていくと、ライトで照らされた先。

倉庫の扉の横に付けられていたスイッチを、彼女は躊躇することなく押す。


すると、先ほどまでの暗さが嘘のように、倉庫の中に明かりが灯った。

今いる場所も、扉の向こうも…全てに白い光が灯る。

今まで…昨日までもそうだし、こうなる前も昭和の世界に居たものだから、久しぶりに体感する"平成の光"は思っていた以上に明るかった。


一瞬目を瞑った私を尻目に、彼女は車まで戻ってZのエンジンを止める。

ライトも落ちて、直後にこの時代では華奢な車のドアが閉まる音がした。


「そのドアの先がリビングさ」


彼女はこちらに戻ってくるときに、私にそう言った。

私は彼女がこっちに来る前に、扉に手を掛けて扉を開く。


すると、広い会議室のような空間が現れた。

小上がりになっていて、良くビルとかに敷かれている四角いマットがチェッカー柄になるカーペットが敷かれている。

広すぎる会議室の一角…隅っこの壁には、何か大きな作業台と、戸棚が見えた。


ちょっと目線を上げると、キャットウォークがこの部屋を取り囲んでいる。

そこへは、作業台などがある一角とは真逆の方にある階段で上がっていけるらしい。

キャットウォークからも繋がる扉があるが、その先まではスイッチの範囲外なのか、真っ暗なままだった。


私はキョロキョロと周囲を見回しながら中に入るが、蓮水さんは慣れた様子でスタスタと作業台まで進んでいった。


「秘密基地…男の子みたいだけど、こういうの好きなんだ」


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