-12『あるべき光景』
「ご挨拶が遅れました。私はジョシュア=ライネン。この町の商工会で代表を務めております」
「おお、これは丁寧に。ジュノス殿の後見だな」
「はい。クランク様の自治のおかげで領地内の交易路も非常に安全に機能しております。この旅館も商工会に非常に協力的で、ご息女ともども、お世話になっており感謝の極みでございます」
畏まった風に腰を屈めたジョシュアがお父様にお酒を注ぐ。
一瞬にして多くの部屋を埋めるほどの来客となった旅館の夕食は、大宴会の様相を呈していた。二つある宴会場のうち一つを行商人達一行が。もう一つをヴェル達の職人組が使用し、飲めや歌えの大騒ぎだ。
正式に婚約を取り結んだアンジュもヴェルのところへ同席しており、その保護者のような形でお父様も一緒に、畳の大広間に腰掛けてお膳をつついていた。
そんな集団に混じり、挨拶としてジョシュアやジュノスも同席し、お酌をして交友を深めていた。
どうやらお父様とジュノスさんは古くからの知り合いではあるらしい。まあ元々はこの町の商業を取り纏めていた人物なのだから面識くらいはあってもおかしくないか。今は後を継いだジョシュアがへこへこと腰を低くして接待し、良い交友関係を結ぼうと頑張っている。そんな姿を、孫を見るようにジュノスが見守っていた。
それからお父様は、挨拶にやって来たヴェルと言葉を交わしていた。アンジュも腰巾着のようにヴェルと一緒にくっついていて、すっかり仲の良い二人を見て、お父様はまんざらでもないような顔を浮かべていた。
更には領主であるお父様が来ていることを知ったのか、隣の行商人達も顔を出してきて、もはや隔たりも何もない大宴会へと変わっていた。
大賑わいすぎて、さっきからフェスや他の仲居たちは新しいお酒などを運ぶのにてんやわんやと走り回っている。
「こら。お客様がみているところでは走るんじゃないよ」
「す、すみまひぇんっ!」
ミトに厳しく注意されたフェスが、舌を噛みながらも足だけは忙しなく動かしていく。料理の配膳の人手が足らず、グリッドまで、厨房から宴会場に台車で料理を運ぶのを手伝わされてるほどだ。
「何で俺まで」とぼやいていたが、母親であるミトに尻を叩かれ、泣く泣く手伝ってくれていた。
常備していた食材もお酒も底を尽きそうだが、どうにかやりくりできている。厨房の獣人達も一段と張り切ってくれていて、元々予定になかった料理まで作ってやろうと息巻くほどだった。
この旅館全体が、一つになっている。
全ての従業員が心からお客様を楽しませるために動いている。そんな一体感を覚えた。
そんな賑わいのうねりを掻き分けて、やがて旅館の羽織を着たロロがお父様のお膳の前にやって来た。畏まって膝をつく。
「この度は当旅館をご利用くださり誠にありがとうございます。当館の若旦那を務めさせていただいていおります。ロッシェ=ローエンでございます」
そう言って丁寧に頭を下げたロロに、お父様は表情をまっさらに改めて向かい合った。
「キミか。シェリーの婿になるという男は」
「はい」
お父様はまるで相対したロロの本質すらも見抜こうとするように、執拗に彼を見つめていた。それに対してロロも決して怯まず、律儀な所作はひとつも崩さずに笑顔を浮かべている。
「言いたい事は山ほどある」
「はい」
「だが、今は宴の席だ。せっかくの興に冷や水をかけることもなかろう」
お父様はとても冷静でいるようだった。
実のところ、私はてっきり、お父様は随分怒っていると思っていた。なにしろ彼がわざわざとってきた縁談を蹴り、何も言わずに家出をして、そのうえ勝手な婚約を結んだと言っているのだ。呆れられても仕方はない。
しかしロロを見つめる
毅然と振舞う若旦那の姿を、彼はいたって静かに見定めていた。
――私は恐くてとてもじゃないけど前に出れないけれどね。
今後の人生が決まっているのだ。
お父様と話すだけで胸が苦しくなりそうで、私は物陰から様子を覗き見ることで精一杯だった。正直ここに居たくないくらいドキドキしているけれど、二人が何を話すのかも気になって、足はどうしても大広間から離れられなかった。
お父様は私を認めてくださるだろうか。
それとも、実家に連れ帰ると言い出すだろうか。
「ひゃうっ! し、シェリーさん。フェスの尻尾を引っ張らないでくださいっ」
「ご、ごめんねフェス。ちょっと落ち着かなくて」
通りかかったフェスに無意識にちょっかいまで出してしまっていた。
「これ。わしの髭を引っ張るんじゃない」
「ああ、ごめんなさいジュノスさん」
私を気にして傍に寄って来たジュノスの髭すら引っ張ってしまう始末。心ここにあらずといった感じだ。
私らしくない焦燥を募らせながら、言葉を交わす二人の男達を眺め続ける。
そんな私に、
「何を心配しておる」とジュノスは諭すような優しい声で言った。
「ここにおる者。ここにある物。ここに響く音。ここに満ちる全てのものが、お前さんの成果の証じゃ。後は胸を張るだけじゃろうて」
「ジュノスさん……」
ああ、そうだ。
時間は足りなかったけれど、やれるだけのことはやってきた。ロロのおかげで、その足りなかった時間すらも埋め合わせてくれたように、今のこの旅館は盛り上がっている。
私はもう、後はただ待つのみ。
「――シェリーはいかがなものだろうか」
お父様は酒の入った杯をお膳に置き、ふとそんなことを言い出していた。
「シェリーはとてもよくやってくれています。ここに来たときから誠心誠意、この旅館を更に向上させようと、上向きな視点を持って新しい風を吹き込んでくれています」
「ただの、わがままなじゃじゃ馬娘だ。どうせあの子が頑張っていたというのも、私が来るから、私の機嫌を取ってやろうとでも考えていたためだろう」
ぎくり。
やはり実の親であるお父様は騙せないか。もしかしたら婚約の嘘にすら気付いているのかもしれない。
もうバレて駄目か、と私が顔をしかめた瞬間、
「いいえ!」
しかし気前良くロロは首を振っていた。
「当旅館の人間は皆、お客様を最高の状態で迎え、最高の時間を過ごしていただき、最高の思い出を持って帰っていただくことをよしとしています。それにおいて、シェリーの『クランク様を最高の状態で迎えたい』と考えるのは、当館の従業員としましては当然の判断です」
ロロの顔がにっこりと笑う。
「それゆえに、彼女は根っからのこの旅館の一員となってくれているわけです。だからもう、僕はシェリーがもうこの旅館にいてくれないとぽっかり穴が空いたように寂しくなってしまうほど、すっかり僕達の家族になってくれているのだと思っています」
清々しいほどにロロはそう言ってのけた。
その言葉はまるで。
――な、なんかそれじゃあ、今までどおりの嘘じゃなくて本当にロロが私を嫁に迎えてるみたいな言い方じゃない。
そう思った途端に私の顔は真っ赤になり、茹ったように熱くなってしまっていた。
「……そうか」
顔色一つ変えず、お父様は短く頷く。
何を思ったのかもわからない。
けれど、この賑やかな席に無粋を突き刺すような表情ではないように見えたのは、そうであってほしいという私の願望からだろうか。
お父様はそれから、お膳に並べられた魚のお造りなどに手をつけ、舌鼓を打ちながらロロといくつか言葉を交わしていた。
のぼせたように顔を上気させた私の耳にはその内容は届いてこなかったが、どうやら他愛のない話なのだろう。にこやかに話すロロとお父様は楽しそうで、和気藹々とした空気を漂わせていた。
そこにジュノスが酒瓶を持って割って入り、近くにいたジョシュアまで引き寄せ、無理やり酒を飲まそうとしたりで大騒ぎだった。それとロロがやんわり引き止めたり、配膳の手伝いをしていたグリッドがこっそり酒瓶を追加して悪戯笑いしてたり、もうてんやわんやで手がつけられない。
けれどそこにいる誰もが楽しそうで、宴会場のどこを見ても、幸せそうな笑顔の華が咲いていた。




