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 -11『転換期』

 突然騒がしくなったことに、「なんだい?」と首をかしげるミトにならうように、私や他のその場にいた従業員達もその喧騒の聞こえてくる方へと首を向けた。


 音の方角は玄関。

 その引き戸の扉が開いたかと思うと、外から何人もの人影が旅館へと雪崩れ込んできた。


 先頭を歩くのは見知った顔の行商人達。いつか森で助けた彼らだ。


「おう。予約はしてないが、部屋は空いてるか?」と先頭の男が私へと言う。彼は以前、獣人に悪態をついていたあの行商人だ。


「また美味い飯を食いにきたんだ。用意できるか」

「え、ええ……」

「よし、部屋を用意してくれ」


 はきはきと詰め寄るように言ってきた彼に、私は気圧されて相槌を打つことしかできない。しかし彼らはさも自然な足取りで受付へと向かい、部屋の予約をしていく。


「お客様だよ。空いている部屋にお通ししてあげて」


 ロロがそう指示を出し、受付の獣人も言われるがままに手続きをしていった。


 行商人達は全部で六人。これだけでも二部屋は使う。


「ちょっと。案内する仲居は――」


 はっと気付いた私が慌ててそう割り込もうとしていると、


「こんにちは。部屋は空いていますか、オカミさん」


 大人しい声が私を遮る。

 ふと顔を向けると、穏やかな笑顔を浮かべたヴェルが私のすぐ傍にやって来ていた。


「ヴェル、貴方まで?!」

「お久しぶり。いや、まだそれほどかな。なんだかここが恋しくなって、今度は師匠達を連れてまた来てしまったよ」


 彼の後ろを見れば、ヴェルに良く似た体格の良い色黒の男達の団体が並んでいる。その数おおよそ五人ほどか。ヴェルも合わせて六人だとすると、最近増築したばかりの大部屋ならどうにか入るだろうか。


「いや、でも――」


 やっぱり仲居は足りないし、と思わせてくれる暇もなく、ふと私の腰に小さな人影が抱き付いてくる。まさかと思ったが、その通り、私の懐には良く見知った少女の顔があった。


「こんにちは、お姉様!」

「アンジュまで……」


 にっ、とアンジュは笑顔を浮かべ、私の顔を見上げてくる。驚いたでしょ、とも言いたげな悪戯じみた表情だ。


 実際、前に実家へと帰ったはずの彼女が何故またここにいるのか、私にはさっぱりわからなかった。アンジュだけではない。行商人達も、ヴェルも。


「どうして。急に集めるにしたって、ここまで来るのに時間はかかるはずなのに」


 困惑を隠せない私に、ロロが得意げな表情を浮かべて私を見ていた。そんな彼の元へ、やや遅れてジュノスがやってくる。ジョシュアも一緒だ。


「やれやれ。まったく、うちの可愛い子に無茶をさせるものじゃ」

「ですが貴重な情報は得られた。あの脚ならば半日もかからずに領地の隅から隅まで走ることができるということがわかった。これは人や物資の運搬の常識が変わりかねない」


「まさか、竜馬?!」

「そうだよ。ジュノスさんに力を貸してもらって、昨日から領地の中を走り回って、みんなに声をかけて回ったんだ。ぜひ、この旅館に遊びに来てね、って」


 いや、だからと言って一晩で来られるものではないはずだ。

 いくら竜馬を使ったとはいえ移動には時間がかかるし、そもそも急な出立など予定が合うはずもない。


 信じられないといった顔で私が呆けていると、


「いやはや。若旦那さんがどうしても言うものだからね」とヴェルはおどけ調子にそう軽く言って笑っていた。そんなヴェルの後ろにいた一際体格の良い職人顔の男が、気前良く笑いながらヴェルの肩を叩く。


「がははっ。ここには、うちの息子が世話になったらしいからな。小心者の馬鹿が自信付けて帰ってきたもんだから、そのお礼も兼ねてよ」

「は、はあ……」


 おそらくアンジュとの関係が上手くいったことを言っているのだろうか。


「おや、シュライン殿。こんなところで奇遇ですな」

「おおお、なんだ。領主殿もいらっしてたか。がははっ。こりゃあ面白い」


 私のお父様とヴェルのお父様とで挨拶を交わし、それから二人で話し始める。そんな二人を眺めながら、腰にくっ付いたアンジュが私を見上げる。


「アンのところにもロロさんがやって来てね。お姉様のために、旅館に来てくれないかってお願いされたのよ」


 まさか、ここにいるみんなにロロは頼みまわったとでもいうのか。それも、全員に承諾させて。


 更にはまたしても旅館の入り口が賑わいを見せ始める。今度は何事かと注目が集まる中、やって来たのはフィルグの町の人たちだった。近所の生意気な子供から、昨日手土産を渡してくれた商店のおじさんまで。


「おー、怖いねーちゃん! 遊びに来たぞー!」

「ふう。一仕事終えたし、俺達も休憩がてら風呂でも入るかー」

「随分と贅沢な休憩だな」


 一様に笑顔を浮かべながらやって来ては、ぞろぞろと列を成して受付に並び、それから大浴場の方へと向かっていく。


 まさにこの一瞬だけでも、旅館は大賑わいの大盛況だった。


「凄いわね、ロロ。貴方の人望は……」


 そうそうできる芸当ではない。

 彼の、持ち前の人当たりのよさあってこそだ。


 浮き立った私に、しかしロロは首を振る。


「僕が凄いんじゃないよ。シェリーがこれまで頑張ってきてくれたからさ。僕一人じゃ無理だった。でも、シェリーが来てくれたから。シェリーがいてくれるから、僕は僕にできることを精一杯やれてるんだ」


 ロロが私へと歩み寄り、手を握ってくる。

 彼の手はとても温かかった。なんだかほっとするくらいに。


「これはみんなで頑張った成果だよ。僕だけでもない。シェリーだけでもない。この旅館のみんなが、たくさんのお客様を迎えようと努力してきたんだ。この旅館で働く家族として、一致団結してね」


 そう。私だけでは駄目だった。

 ロロがいなくなった途端に何もできず、かといって誰にも頼れなかった昨日までの自分。


 けれど今は違う。

 私が一人で背負い込むことなんてない。目的はみんな同じなんだ。


 困ったらロロがいる。フェスもいる。グリッドや他のみんなも。


 私にできないことはみんなに頼る。

 協力し合うのは当然だ。だって私達は、同じ場所で働く家族なのだから。


 私もいて、ロロもいて、みんなもいて、それでやっと、この旅館は生きている。


「……なによこれ。もう、お祭り騒ぎみたいじゃない」


 私は呆れた風にそう言って苦笑を浮かべた。それに、ロロも合わせて笑う。


「活気があって良い旅館でしょ?」

「ふふっ。そうね。私は嫌いじゃないわ」


 もう私の頭の中からは、お父様との約束なんてことはすっかり抜け落ちていた。ただただ今目の前にある活気溢れたこの旅館の景色が楽しくて、私まで物見遊山にやって来たような高揚を覚えていた。


「なにやってるんだい」


 ふと、私の肩をミトが叩いてくる。むすりと、不機嫌そうな顔を相変わらずに。


 また何か嫌がらせでもして水を差すつもりかと思ったけれど、彼女は作務衣の袖をまくって紐で止めると、


「お客様を待っているだろう。さっさと手の空いている仲居を振り当てて案内させな」

「……ミトさん」

「ふん、勘違いするんじゃないよ。あたしはあんたを決して認めたって訳じゃあないよ。けど今はお客様が優先だ」「そうね」


 ふん、と相変わらず不機嫌そうにミトは鼻息を荒げていた。そうして彼女は事務所に戻ると仲居頭として仲居達を掻き集め、それぞれに機敏な指示を出していった。


 私も急いで事務所に戻り、お客様の部屋の割り当てなどを考えていく。


 状況は一変した。

 また目まぐるしく頭を働かせる。

 けれど、さっきまでのような切羽詰った忙しなさではない。


「ミトさんはヴェルのお部屋をお願い。シュライン家は名家の賓客よ。ぜひとも仲居頭に上手く接客をしてもらいたいわ」

「ふん、仕方ないねえ」


 頼れる人がいる。


「あそこは二部屋あるから、もう一部屋はフェスに行ってもらうわ。担当が増えてきつきつになるけれど、元々予定の入っていたお客様が到着する前に手早く済ませて戻ってちょうだい。大丈夫、貴女ならできるわ」

「は、はいですっ!」


 頼らせてくれる人がいる。


「後の部屋は他の仲居の子達に頑張ってもらうしかないわね。アンジュは……まあ、私が行くわ」


「わかりました!」

「がんばります!」と、他の獣人の仲居少女達も元気良く応えてくれる。


 みんなが応えてくれている。


「料理長に夕食の調整を伝えて。この後、すぐに献立とかの確認の会議をするわ。仕込みが必要なものは今すぐに。足りない材料の確保はグリッドにでも馬車を走らせてもらいましょうか」


 私が言葉を飛ばすたびに、誰かが応えて事務所を飛び出していく。まるで号令の汽笛のようだ。


「なんだか楽しそうだね」

「え?」


 ふと、ロロが私にそう言う。純朴な目を向けながら。


 確かに。

 忙しく口許を動かしながらも、その口角はあからさまに持ち上がっていた。


「板についてきたのかもね」


 ロロがそう言って笑ってきたのを、私は苦笑で返した。


「そうね。そうかも」と。


「さあみんな、お仕事よ! ここは疲れた心を癒す最高の温泉旅館。やって来た全てのお客様に、この旅館の最高のお持て成しを!」

「おおお!」


 威勢の良い従業員達の声を受けながら、私はひたすらに充たされたこの一瞬の賑わいを肌身に感じていたのだった。


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