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 -4 『仲間』

 ただ気疲れだけして戻ってきた私に、ちょうどお客様の送り出しを終えたフェスがお茶を持ってきてくれた。


「……すみません、シェリーさん。フェスも手伝えなくて」

「いいのよ。フェスにはフェスの仕事があるもの。それに、この旅館をなんとかするのが私の役目だわ」


 ロロがいなくなった以上、本当に、どうにかできるのは私しかいない。私が頑張らなければならないのだ。


 自分がただの小娘だとはわかっていても、もう、私がやるしかない。


「……あの」

「なに?」


 私と目が合うと、フェスの顔ははっと伏せられた。


 またか。さっきも同じようにことがあった気がする。

 どうやら、まるで睨まれてしまったように感じて怯えたらしい。いや、実際に睨むような目つきになってしまっていたのかもしれない。


 あまりの気分の悪さに、私の心はぐらぐらと不安定に揺れている。その切羽詰った気持ちが無意識に出てしまっていたのかもしれない。


「なんでもないです」

「そう。まあいいわ。とにかく、次のことを考えてみるから。フェスは変わらず今の業務をこなしていてちょうだい」

「わかりました。お気をつけてくださいね」


 フェスはそう言うと、また自分の仕事へと戻っていった。


 それから私は事務所の宿泊者名簿を眺めた。

 やはり客数はまだ多くはない。埋まっている部屋も半分ほど。


「……はあ、まだまだ足りないわ」


 溜め息と共に頭を垂れる。

 心なしか頭が思い。胸が浮ついたような感じもする。


「おーい、大丈夫かー?」


 ふと、いつの間にか事務所にグリッドが顔を出していたことに、彼の間延びした調子の声でやっと気付いた。


 ふと事務所の窓を見れば、そとはすっかり日が落ちている。

 どれだけそこで悩んでいたのだろう。気を失っていたかのようにあっという間に時間が経ってしまっている。


「グリッド。どうしたの」

「いや、なんかさっきから事務所から唸り声聞こえるからさー。怨霊でもいるのかと思って」


 無意識にそんな声まで漏らしていたとは。


「ごめんなさい。なんでもないわ」

「そっか」


 端的にグリッドはそう頷くと、あっさりと事務所を出て行った。


 気を取り直して、もう一度私は宿泊者名簿などを見る。とはいえ、これを見ていたところで何かが変わるわけではない。これまでやって来た宿泊者の中から比較的近くに住んでいる常連さんはいないか。すぐに来てくれそうな人はいないか。そんなことまで考え始める。けれど馬では遠方から来てもらうにも時間がかかる。なにより便りが届くのを待つ時間すらない。


「……どうすれば」


 頭を抱えて悩ませていると、またグリッドがやって来た。今度は手元に大きな桶を抱えている。いったい何かと思ったそれを、グリッドは私の机の足元へと置いたのだった。


 中に入っていたのは液体だった。

 少し濁っていて、とても温かくやんわりと湯気がのぼっている。


「温泉?」

「ちょっと失礼するぞー」

「……きゃあっ」


 不意に屈んだグリッドに片方の足首を掴まれたかと思うと、靴下を剥ぎ取られ、裸足になった片足をそこへとつけられた。


 じんわりと、ぬくもりのある温泉が私の冷えた足を温める。痺れるような気持ちよさが足元から全身に伝わるように広がっていくのがわかった。


「……貴方ねえ。私だって一応は乙女なのよ。きゅ、急に足を掴んで、あまつさえ靴下を脱がすなんて失礼じゃない?」

「そうかー?」


 さすがに辱めを受けたようにどきりとして私の気も知れず、グリッドは特に何も思っていないように返事をする。乙女の衣服を剥ぎ取り柔肌を触ったのだから、男なら多少なりどぎまぎしてほしいところだ。反応がないのもそれはそれで傷つく。


「おっかないとこが女将さんにそっくりだから、全然女の子って感じしなかったなー」なんてグリッドが言うものだから、ちょうど目線くらいの高さにあった彼の頭を思い切り殴ってやった。


「いてえ」

「自業自得よ」


 頭を押さえて痛がるグリッドに、私はつい口許を綻ばせていた。


「足湯は血行が良くなるんだぜー。考え事に思い詰まって血の巡りが悪くなった時には、こうやって気分転換が一番さ」

「そうね、ありがとう」


「マッサージも得意なんだよなー。よくお袋にやらされててさー」

「あ、こら。また勝手に足を」

「足くらい別にいいでしょ」

「よくないわよ! ……あ、でもそれ、確かに気持ち良い」


 悔しいが、揉み解すようなグリッドのマッサージは全身の力が抜けていくほどに気持ちよかった。


「シェリーさんまだいますか?」と、ひょこりとまたフェスが顔を出してくる。仕事が一段落着いたのだろうか。


「接客の合間に、また厨房を借りてクッキーを作らせてもらったんです。ぜひともこれを――はっ!」


 ちょうどやって来たタイミングが悪かった。

 裸足になった私の足をグリッドが握っているという状況に、フェスは顔を真っ赤にさせながら言葉を詰まらせていた。


「あの、その。お邪魔、しましたか?」

「あ、いや! これは違うのよ!」


 私は大慌てで否定した。

 グリッドは気にしないという風に何も言わないものだから、フェスの誤解を解くのに数分かかってしまった。


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