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 -3 『人望』

 それから、ロロがいなくなったという報せが私の元に届いたのはしばらく経ってのことだった。


「ロロがどこかにいった?」

「み、みたいです。私はジュノスのおじいさんに『しばらく留守にするらしい』と聞いただけなので、詳しい事は……」


 報告してくれたフェスも戸惑っている様子で、詳細はわからず仕舞いだった。


 ロロが急に行方をくらますなんて初めてのことだ。


 どうやら商工会での会合の後、そのままどこかへと行ってしまったのだという。詳しい話を聞こうにも、フェスに言伝をしてくれたジュノスはもう帰ってしまっていて、状況がまったく飲み込めないままであった。


「信じられないわ」


 よりにもよってこんな時に。


 これからこの領地を治める領主がやって来るのだ。言うなれば旅館としても最高のもてなしの見せ所である。私の事情を抜きにしても、権力者にアピールできる絶好の機会なのだから。


 それなのに事実上の旅館の長であるロロがいなくなったという事実は、私を動揺させるには十分すぎることだった。


 ――まさかこの旅館を捨てたというの?


 いや、そんなはずはない。

 しかしそんなことが一瞬でも私の脳裏に浮かんでしまったことが悔しく、苦しかった。


「いったい何で……」

「一応、人攫いとかそういうのではないらしい、とは言っていましたが」

「そう……。わかったわ。まあ、どのみちロロがいなくても私がどうにかしなくちゃいけないんだから。うん、どうにかやってみる。フェスは自分の仕事に戻っていてちょうだい」


「……シェリーさん」

「なに?」

「あ、いえ……なんでもないです。がんばってくださいね」

「当然よ」


 私はなるたけの笑顔を作って、心の隙を見せないように取り繕った。



 天頂を通過する太陽に見下ろされながら、私はフィルグの町を駆け回った。


 胸には大量に刷られた広告が抱かれている。

 旅館の割引券が添えられたそれを、町でも人通りが多い場所を巡って配っていった


 外からの商人が出入りする村の入り口。住民達が憩いに集まる中央広場。同業者のいる商工会に商店街。


 思いつく限りに足を動かし、配れるだけの広告を配りまわった。


 あいにくフェスはお帰りのお客様の見送りに引っ張られ、他の従業員も手が空いていなかったせいもあり、たった一人で駆け回る他なかった。


 それでも成果は芳しくなく、広告の受け取りはあまりしてもらえていない。行き交うのは町内の住民ばかりだ。彼らにとってもう旅館は目新しくはなく、良くも悪くも身近に馴染んでしまっていた。急に宿泊して欲しいと頼まれても、取り急ぎ興味を持つ人はそうそういない。


 ならば町の外に喧伝するべきなのだろうが、期限が明日ともなればその準備すら間に合うはずがないのだった。


 私の奔走は、本当に、些細な空しい抵抗のようだった。


「旅の疲れを癒します。よければ泊まってください」と行商人に声をかけるも、多くはその日のうちに町を発つ人ばかり。そうれなくても、お父様がやって来る明日まで急遽連泊してもらえる人など皆無に等しかった。


「また日帰りの温泉を無料開放させる……いや、でもそれじゃあかえって、夜の客の少なさが悪目立ちするかもしれない。商工会にかけあって無理やりサクラを動因させてもらって……でも、そんな太いコネは持ってない。仲が良いのもせいぜいジュノスさんくらいだし」


 必死に頭を働かせるも、どれも現実味にいまひとつ欠ける付け焼刃の案しか思いつかない。


 結局、数時間粘ってもまともな成果を得られず仕舞いだった。



 もう駄目だ。

 何も打開策が思いつかない。


「お?」


 思いつめた表情で商店街を歩いていると、ふと声をかけられた。


「旅館の嬢ちゃんじゃねえか」


 干した魚や肉を売っている乾物屋の店主だった。確か彼も商工会に属しているはず。以前に商工会議所で見かけて事はある。


「おうおう、どうしたんだ。さっきの若旦那と同じような顔をして」

「ロロと?」

「おうさ。ついさっきも、若旦那の兄ちゃんがなんだか考え込んだような顔で歩いてて。なにか景気の悪いことでもあったのかと気になったもんだぜ」


 ロロも気にかけていたようだ。

 今はどこでなにをしているのか。姿が見えないことが寂しい。あの優しい笑顔を、朗らかな声を、幻覚のように脳裏で思い浮かべた。


「そうだ。今日は上物の乾物が手に入ったんだ。これを食わせてやってくれよ」


 そう言って乾物屋の店主は小奇麗に包装された乾物を手渡してくれた。かと思えば向かいの八百屋のおばさんも顔を出し、


「あら。だったらうちの野菜も持っていきな。何があったかしらないけど元気だすんだよ。あんたも、若旦那くんもね」

「お、旅館の。なんだ、若旦那が落ち込んでるって? じゃあうちの美味い茶葉で心を休めば良いさ」

「それじゃあうちのいちごも持っていきな。採れたてさ。いちごはいいぞぉ、心が病んだときには甘いものが最高だ」


 そう言って彼らから口々に私へと手渡され、気づけば私の手元は、ロロへと宛てられた手土産でいっぱいになってしまっていた。


「こんなに……」


 さすがに気が引ける量だ。

 しかしお店の人たちは少しも遠慮させないような清々しさで私へと渡してくる。


「若旦那の兄ちゃんには最近よく商工会に顔を出すだろ」

「あの子、なんだか働きに町を出た孫を思い出すのよね。なんだか放っておけないっていうか」

「ああ、わかるぞ。うちの息子も、小さい頃はあんな風に優しく声をかけてくれたもんだ。それを思い出すんだよな。愛嬌があるっていうか」


 彼らは口々にそんなことを言っては、ロロのことを心配した顔で私を見てきた。


「あの子は、あそこの女将によく似とる良い子じゃ。女将も人に良く好かれておった。あの旅館が盛況じゃった頃は、あの女将に会いに来るだけの客もおったほどじゃよ。それほど気遣いもできて、愛想も良い、素晴らしい人じゃった。その一人息子となるとわしも心配になってしまうんじゃ」


 女将さんがそれほど凄い人だったなんて。

 いや、女で一つでこの旅館をずっと切り盛りしてきていたのだ。言われればそれが自然だろう。しかし今となっては床に伏せてしまい、女将さんが接客することもできなくなってしまった。だから余計にお客様も減ってしまったのかもしれない。


 そんな凄い人の一人息子であるロロ。

 彼の持ち前の親しみやすさは、そんな女将さんから継いだものなのかもしれない。


 ロロが商店街の人達とこれほどまで仲を深めていたなんて。


 私は所詮、この町にやって来たばかりの余所者だ。

 町中で必死に訴えかけても誰にも届かなかった。


 けれど、あれがロロならば、もっと気さくに話しかけて、仲良くなって、色んなところから繋がりを引っ張ってこれるのだろうか。


 ――何よ。私は考えるだけで、結局なにもできてない。ただの無力じゃない。


 自分の非力さをただただ嘆いた。

 私にはない、ロロの親しみやすさに嫉妬した。


 彼はそれだけ頑張っているのに、私はその頑張りすらも無駄にするような結果しか得られない。お父様を満足に迎えることもできず、情けなく屋敷へと連れ戻されてしまうのだ。


 自分の不甲斐なさに心が痛く沁みた。


 ――私はどこか天狗になってたのかもしれない。


 そうだ、あまりに調子が良すぎるのはおかしいと思った。


 私は、所詮はただの小娘。家出してきただけの我侭娘だ。


 そんな小娘に何ができるというのか。私一人で、あの旅館をどうにかできると思っていたのか。


 思いあがりも良い所だ。

 ちょっと良い具合に景気が良くなったからといって、ここでお父様に認められなければなんの意味だってない。


 結局、私がやって来た事は無駄だったのだ。


「…………」


 ――私にロロのような、みんなに好かれる人望はない。そうか、経営者として、私は最も必要な物を持ってはいなかったんだ。


「ありがとう、みなさん。これはちゃんとロロに渡しておくわ」


 私はそう言って、陰鬱な自分をひたかくしながら旅館へと戻っていったのだった。


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