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 -5 『魔法使い』

 ヴェルの作業場は旅館からやや離れた場所にある。


 商工会に加盟している工房だ。

 しわくちゃ顔の年老いたお爺さんが営んでいるそこを間借りさせてもらい、金属の加工などを行っていた。


 古くなった金具の代わりはお爺さんが。その装飾などの仕上げはヴェルが担当するようだ。


 工房には鉄を溶かす炉の他に、鉄板などに押しつけて凹凸の絵柄を刻むタガネ、鉄を引き延ばすトンカチなど、様々な工具がそろっていた。ヴェルの自前の物もあるという。


「すごいわ。こんなにたくさん」


 ヴェルに連れられてやって来たアンジュは、物珍しそうに見回しながら興奮の色を浮かべていた。


 確かに、いつも屋敷や店先では完成品の綺麗なものばかり見ている。しかしその輝きの裏には、煤だらけの地面の上で汚れることもいとわず、炉の火でやや熱くなった部屋で汗をかきながらも作り上げている職人の努力があるのだと、ここに来ると肌身に感じさせられた。


 がらくたのように見える、転がっているただの鉄の端材すらも、一つの芸術品からこぼれた一粒の汗のように思えてくる。


「すごいわね」

「お姉様も気になったから来たの?」


 仕事中で旅館を出られないフェスに代わり、付き添いのために一緒に来た私にアンジュが言ってくる。


「貴女がまた変なことをしないか見張るためよ」

「もう。大丈夫だってば」


 アンジュはすっかり調子を取り戻しているようだ。塞ぎ込まないのは良いことだが、楽観過ぎるのも良家の娘として良いものか。


「ここで鉄とかを溶かしてるんだ。そうして溶かしてから熱いままの金属を、冷めて固くなりきる前に望む形へ成形する。そうしてある程度形作ったら、それを向こうの部屋で削っていくんだ」


 ヴェルに案内されるがまま、隣の部屋へと移る。


 そこは工房とはやや違い、煤で汚れたりはしていない場所だった。カウンターのような机が壁沿いに繋がっていて、そこには鉄を切断する装置のような物や、大きな車輪を回して削る研磨機のようなものが並んでいた。


 机上には先ほど見かけたたがねなどが転がっている。


「へえ。ここで細かく作るのね」

「そうだよ、オカミさん」


 だから女将じゃないってば。とは話の腰を折るのも躊躇って今回は抑えとく。


 ヴェルは作業台の前の椅子に腰掛け、置かれたあった一枚の鉄板を手に取った。真四角というよりもやや縦長だ。非常に薄っぺらく、少し力を加えただけでも簡単に曲がるほどのものだ。


 ヴェルはそれに、唐突にハサミを入れ始めた。金属加工用のハサミなのだろうが、薄い鉄板をまるで紙切れのように切り裂いていく。


 更にはペンチなどで前後に何度も折り曲げたりしながら、しばらくしてヴェルはそれを私達へと差し出した。


 ただの鉄板だったはずのそれは、あっという間に立体的な小鳥の姿へと変貌を遂げていた。


「す、すごい」とアンジュから感嘆の声が漏れる。


 実際、この短時間でたいしたものだ。造形こそはさすがに作り込まれてはいないが、つい先ほどまでただの板切れだったとは思えないほど、それはしっかりと鳥の形をしていた。


「こんな感じで作るんだよ。まあ、折り紙みたいなものだね。あとは翼の羽を刻み込んだり、目を描いたり」


 その完成系が、アンジュの壊したあの鉄細工というわけだ。


 ――いやいや。どう見ても手間のかかるものじゃない。


 素人目の私でも、さっきのがヴェルの優しい気遣いだったのだと簡単にわかる。


 しかしアンジュはというと、そんなことなどとうに頭にないのか、ただただ目の前で作られたその鳥の細工に目を奪われ続けていた。


「磨いたりすると光沢も出て綺麗になるよ」

「これだけでもとっても綺麗だわ。貴方は魔法使いなのね」

「まほう、つかい?」

「ただの石ころを宝石に変えちゃう、すごい魔法だもの」

「……魔法」


 目を輝かせて言うアンジュに、ヴェルは驚いた顔で受け止めていた。まるで彼女からの言葉を反芻しているかのようだった。


 そんなヴェルの口許が、ゆっくりと微笑に変わる。


「それじゃあ他のも見せてあげるよ。ここに来てから、練習もかねていろいろ作ったんだ」

「ぜひとも見たいわ!」

「こっちだよ」


 それから二人は、一つ一つ鉄細工を取り出しては、その感想やら、どうやって作ったかなどを話し合っていた。


「あら、これも鳥さん?」

「ああ、そうだよ。鳥は見た目が綺麗に仕上がるから作っていて楽しいんだ」

「他のよりもずっと作り込まれていて綺麗ね。本当に羽が一本一本あるみたいだわ」


 次々に作品を眺めていく二人。

 アンジュが目を留めたのは、鉄の籠に入れられた小鳥の鉄細工だ。


 おそらく籠と鳥を別々に作り、くっつけたのだろう。

 色味は味気ないが、本当にその小鳥が籠の中で生きているかのように見える。籠の大きさは手の平に乗るくらいに小さく、その模様を刻み込む彫金は緻密だ。


「あーあ。私も鳥になれたらいいのに」

「鳥に?」

「だって、鳥だったら何にも縛られることなく自由に飛べるでしょ。どこにだって行き放題。いつでも、どこでだって暮らしていけるわ」


 籠の小鳥の鉄細工を手に取り、しかしアンジュはそれよりもずっと遠くを見ているように呟く。


「……でもこの子は私とそっくりね。お屋敷に詰め込まれてどこにも飛び出せない私と」


 ぼそりと漏らしたその言葉がヴェルにまで届いているかはわからなかった。彼女はそれから、ふっ、と苦笑を漏らし、


「なんでもないわ。次は何があるのかしら」となるたけ明るくしたように言って、他の作品たちを見ていった。


「あれはなに」

「あれはね――」

「これはなに」

「これは――」


 二人の会話に花が咲く。

 アンジュはもう鉄細工に目を奪われてばかりだ。

 それに対してヴェルも、彼女の関心が嬉しいとばかりに受け答えていく。


 すっかり二人だけの間で熱が高まりすぎていて、私は見ているばかりで入り込む隙もない。けれど二人が楽しそうに笑顔を見せて話しているものだから、邪魔をする気にもなれず、そのまま立ち去ることにしたのだった。


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