-3 『提案』
「ごめん、お母さん、もうここ何年も寝込んでて元気がなかったから。少しでも喜んで元気になってくれたらって思って」
旅館へと戻ってきたロロは、私に申し訳なさそうに謝っていた。
確かにいきなり婚約者だと紹介されるなんて思っていなかったが、私も同じことをしたのでお互い様だ。
「別にかまわないわよ」と返すと、ロロは安堵したように口許を綻ばせた。
なんというか、ロロは真面目で誠実な子だ。
出会ってまだ半日も経っていないのに、その正直ぶりがよく伝わってくる。けれど優しすぎるが故に穏健派で、この旅館がこれだけ廃れてしまっても、強硬な経営改革へと乗り出せない部分があるのかもしれない。
現状維持に慎重さは必要だ。
だが現状打破を目指すには、枠から飛び出して新しいことをやってみる勇気も必要だ。
それが経営者に必要な素質なのだと、領主として多くの成功者や失敗者を見てきたお父様は言っていた。
おそらく旅館が最も栄えていた時は、あのハルという女将さんがうまく舵を取っていたのだろう。ロビーの片隅に埃被って置かれているショーケースには、しゃんと背筋の立った女将さんと多くの従業員、そして客と思わしき人たちの並んだ古い写真が飾られていた。
かつては山向こうへ向かう街道の休憩地として栄えていた旅館。
おそらく昔はそれなりの客数で賑わっていたのだろうが、それはここが山越えに通らなければならない道すがらだったからだ。しかし今は近隣に大きな直通のトンネルが開かれ、わざわざここへ足を運ぶ者は少なくなっている。
「受動的に客足が得られる状況じゃなくなった以上、能動的に呼び込めるようにするしかないわね」
通り道だから立ち寄るのではなく、その旅館のために来てくれる客を捻出しなければならない。
「……まずはこの旅館を知ることからね」
下手に考えるよりも先に行動あるのみだ。
「ロロ。他の従業員にはまだ私の事は知られてないのよね?」
「う、うん。たぶんね」
「じゃあ、一つ提案があるのだけど」
にっと笑った私を見て、ロロはいったいなんだろうと言いたげに眉をひそめていた。