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 -3 『彫金師』

「貴女の世話はこの子が担当するわ」


 アンジュを部屋に案内する仲居にフェスを指名し、ひとまずは任せることにした。


 宿泊は一名だけだ。執事のエヴァンスは屋敷へ戻り、退館予定の七日後にまだやってくるという。それまで世話をしなければならない。


「お嬢様。アンジュ様のこと、どうかお願いいたします」


 エヴァンスはそう言って私に深く頭を下げ、そのまま馬車を率いて去っていった。


 残されたアンジュは、担当となる仲居の獣人少女を興味津々とばかりに見入っていた。


「アンジュよ。よろしくね」

「ご、ご丁寧に、あ、ありがとうございます! フェスです!」

「元気な獣人ね。可愛らしいじゃない」


 それは私も同感だ。

 うちの看板仲居である。

 たまに今でもドジをしてやらかすが、愛嬌もあって評判はいい。近頃はフェスを担当に指名したがる客も出てきているくらいだ。


「お荷物、お運びしますね」

「ありがと。それで、部屋まではどれくらい歩くの?」

「すぐですが、お二階ですのであちらの階段で――」

「ええ、わざわざ登るのはイヤよ。七日もいるんだし。一階が良いわ」

「え、いえ、あの。もうお部屋が決まってまして……」


 ――ああ、早速出ちゃったわね……。


 アンジュはどうもお屋敷で甘やかされて育てられてきたせいか、わがままなところがあるのが玉にきずだった。


 できれば逗留期間で屋敷の外を知り、少しはそんな性格も減らしてくれればいいのだが。


「どうしてよ。お部屋はいっぱいあるんでしょう?」

「こら、アンジュ。部屋はどれも予約が入っていたりして簡単には変えられないの。一階の良い部屋なら特によ。どうしても変えろって言うなら、三階のはじっこの部屋があいてるからそこにしてあげましょうか」


 怒気をまじえて私が言うと、アンジュは怯えたように顔を青ざめ、つままれた猫のように大人しく聞き入れていた。


 気を取り直してフェスはアンジュを部屋へと案内していった。妹がまた文句を言わないかと心配ではあるが、私もつきっきりというわけにもいかない。


 アンジュに言ったとおり、今日は部屋の多くが

埋まるほどお客様がやって来ている。

 それも商工会と企画した宣伝のお陰だろう。


 あれからロロを代表として何度も商工会のジョシュアやジュノス達と話し合いを繰り返した。


 その中で決まったものの一つとして、この町にやって来た行商人達に旅館の宿泊プランなどを記した広告紙を持ち帰ってもらい、無料で配ってもらうということを行った。


 幸い、先の森での一件以来、懇意になってくれている行商人もいる。その中には宴会場で獣人を馬鹿にしていた男もいて、彼も相変わらず悪態をつきながらも、私達の町を度々訪れてはここに立ち寄ってくれていた。


「ふん。獣人どもに恩を売られたきりではイヤなだけだ」というのが口癖だが、その恩以上には宣伝してくれていると思う。


 おかげで町外での知名度も少しずつだが上がってきている。この近辺では珍しい温泉旅館というものを求めに、はるばる足を運んでくれる客は着実に増えていた。


 真新しいものを見ると新鮮な刺激がわき上がってくるものだ。


 それを求めて訪れる客も少なくない。


 赤い絨毯が敷かれた広々としたロビーの一角で、昔からある巨大な古時計を前にした褐色の青年もその一人だった。


 紺の髪の上に白いターバンのようなものを巻き、肩から水色の布を袈裟懸けした異国風な出で立ちをした若者だ。体格がよく背も高いが、顔立ちは柔らかく優しい目許をしている。


 その青年の手には工具箱が提げられていた。


「ああ、オカミさん。こんにちは」


 ふと、青年が私に気づいて会釈をした。


「言ったでしょ、ヴェル。私は女将じゃないって」

「あれ、そうでしたっけ」


 ははっ、とその青年――ヴェルは笑う。

 彼もつい昨日やって来たここの宿泊客だ。


 ヴェルトニクス=シュライン。

 ここから遙か遠く、王都に工房を構える高名の彫金師シュライン家の子息だ。シュライン家の作る細工芸術と呼べるような金具はとても有名で、繊細な彫金の施された鍵や小物などは高価で取引されているほどだ。


 そんな名家の跡継ぎである彼は、しかし未だ修行中の身だという。日々勉強をしている最中、師である父親の手筈によって、新しい刺激を得るためにこの旅館へやって来ていた。


「どうかしら。大時計の修理はできそう?」

「どうだろう。傷んだ金具を取り替えるだけならそう難しくはない。本体はそれほど傷んでないから、たぶん大丈夫だとは思う。ただ時間はもうちょっとかかるかな」


「それは大丈夫よ。それまでの宿泊費はこちらで受け持つわ。依頼させてもらったのだからね」

「ありがとう、オカミさん」

「だから女将じゃないってば」


 もともとただの旅行としてやって来ていたヴェルに、私はある依頼をした。


 ロビーにある、私達の背丈よりも大きな立派な古時計。上質な木の箱の中で振り子を揺らし、何年も時を刻み続けてきた、この旅館の歴史を知る時計だ。


 ある意味ではここの象徴的なものでもあったが、しかしさすがに老朽化して金具などの錆びや緩みがひどくなっていた。修理が必要だということで、名工の子であるヴェルに修繕を頼んだのがつい昨日のこと。


 金具を付け替えるついでに、彫金の飾りでその時計を豪奢に彩ろうと考えた。


「いや。でもボクはまだ見習いだし、全然いいものは作れないよオカミさん」と自信なげに言っていたヴェルだが、私はそれでも良いからと食い下がった。


 まだ未熟とはいえ、将来は有名になるかもしれない有望株だ。そんな彼の作品を手元に置けるなら、後々すばらしい評価を得られるかもしれない。


 そんな打算的な部分もありつつ、しかし本心としてはもう一つ理由がある。


「ボクは父さん達みたいな凄い作品を作れない。きっと才能がないんだ」と思い悩む彼の、少しでも自信の後押しになればとも思って、ちょうどよく依頼させてもらったのだ。


 きっと良い作品が仕上がれば、彼もここから更に成長できる。そうすれば順調に経験を積み、仕舞いには立派な職人として名声を得ることになるだろう。


 ――結局打算的なんだけどね。


 相互に利益があるからきっと良いだろう。


 実際ヴェルの腕は、彼の判断こそ厳しいが素人目で見れば間違いなく一級ものだ。


 彼の足下に置かれた鞄の中には、鳥や蝶を象った鉄細工が入っていて、そのどれもが細部まで精巧に作られていた。


 銀板や銅板にたがねを打ち込んで凹凸だけで絵柄を描いたものや、細い鉄の線を幾重にも折り曲げたような鉄細工など様々だ。


 細かく刻まれた羽の一枚ごとの分け目や毛並みのしわ。決して金属の平坦さを感じさせない巧みな加工技術による施しが存分に見受けられる。


 これだけでも十分な価値がつきそうだが、ヴェルはこれでも「まだまだ粗いんだ。父さんはもっと自然に、本当に生きているようなものを作る」と言っていた。


 職人のこだわりは素人にはわからない。

 だが彼なりに譲れない一線、認められない部分があるのだろう。


「わあ、なにこれ。凄く綺麗だわ!」


 ふと、私達の後ろからアンジュが顔を出してきた。どうやら荷物だけを置いてすぐ戻ってきたらしい。


 アンジュは前屈みになって鞄を覗き込むと、中にある細工品を見てきらきらと目を輝かせていた。


「すごいわ。本物みたい。これはウサギかしら。猫の絵が描かれたものもあるわね」


 勝手に中の鉄細工を取り出しては、手のひらの上に乗せて眺めていく。


 鉄板をくりぬいた切り絵のように、細かく、かつ繊細な作品達。中には銀で作られた看板のような鉄細工もあり、その光沢は見る者の目を奪うほどに綺麗だった。


「……あ、ありがとう」


 純朴な称賛を受け、ヴェルはやや照れくさそうに頬を染めた。


「貴方が作ったの?」

「ああ、そうだよ」

「すごいわ! とっても手先が起用なのね」

「そんな……このくらい、すごくなんてないよ」


 苦笑を浮かべたヴェルに、ずん、とアンジュが顔を詰める。


「いいえ、すごいわよ!」と。


 押しつけるように強い彼女の勢いに、ヴェルは気圧されながらも、


「――うん。ありがとう」と微笑んでいた。


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