-2 『姉妹』
「お姉さま!」
玄関先を訪れて早々に飛び込んできたのは、意表を突かれるような大声だった。
私は思わず耳を疑った。
いや、そんなはずはないと。
しかしそこには、停車された馬車の前でずいぶん綺麗な洋服をめかし込んだ少女がいた。その少女は私と目が合うと、その少女はたちまちこちらへ駆け寄り勢いよく抱きついてきたのだった
「アンジュ?!」
倒れそうになる体を踏ん張りながら、私はその飛び込んできた少女――アンジュを押し返す。
青みがかった白髪で、私と同じ色の赤褐色の瞳をしている。まだ歳は十四で、背も低く幼さを多分に残しており、よく年下に間違われるあどけない顔立ちだ。彼女はつり目気味な目許を柔らかく曲げ、満面の笑顔を浮かべて私を見てきた。
「お、お知り合いですか?」とフェスが横から覗き込んでくる。
知り合いもなにも、よく見知った顔だ。
「…………妹よ」
「ええっ?!」
嘆息混じりに答えると、フェスは大げさなくらいに驚いていた。
「妹さんがいらしたんですね」
「……まあ、ね」
フロントで受付をするアンジュをフェスは興味深そうに眺めていた。ふさふさの尻尾が激しく左右に揺れている。
その隣で、事務所からやってきたロロも私とアンジュを見比べながら、
「ちょっと似てる……かな? どうだろう。なんだかお人形さんみたいで可愛らしい子だね」と感想を述べていた。
ロロも男のくせに外見は中性的すぎて、女物の着物を着れば人形のように可愛そうだが、それは言わないでおいた。
実のところ私とアンジュは異母姉妹なのだが、勝ち気そうな目許は父親譲りでよく似ている。
二人とも楽しそうにアンジュを眺めていたが、しかし私としては非常に気まずい思いだった。
旅館のみんなには私の家のことを話していないからだ。だから私が領主の娘であることを知らない従業員も多い。
しかしアンジュの洋服は見るからに一級品で、高貴な家の出身だと一目でわかる。それに、昔から私達を世話してくれている執事のエヴァンスまで一緒だ。隠していたつもりだが気づかれるかもしれない。
「ほえー。やっぱりシェリーさんって良いとこのお嬢様なんですねぇ」
「い、いや、違……やっぱり?」
「みんな思ってますよ。シェリーさんも綺麗なお洋服着てますし、普段の物腰もどこか気品があるなって思っていたんです。きっとどこかのお城のお姫様なんじゃないかって……」
いや、それはさすがに言い過ぎだ。
「シェリーさんのお家ってお金持ちなんですねー」とフェスは心底うらやましそうに言っていた。
どうやら領主の娘とまでは気づかれていないようだ。
「なんだい。貴族様はお金があっていいもんだねえ。こんな辺境の旅館で、余った札束で投資ごっこのおままごとかい」
通りがかったミトが嫌みったらしく小言を言って去っていく。
あはは、とフェスは苦笑した。
「そういうつもりで言ったんじゃないんですけど……」
「わかってるわ。ありがとう」
だがまあ、お金持ちが気まぐれで投資遊びしてる、だなんて思われても仕方がない。実際、私の理由もくだらないものだ。私としてはくだらなくないけれど。
私達が話していると、フロントで受付を済ませたアンジュが振り返った。彼女の二つに結った髪が一緒にくるりと翻る。
「お姉さま、お会いできて嬉しいです!」
「久しぶりねアンジュ。急にどうしたのよ」
「だってお姉さま、急に家をいなくなるんだもの。寂しくて仕方がなかったから、エヴァンスに場所を問いつめて、ビックリさせようと思って」
本当にビックリだ。
幸いなのは、お父様が一緒ではないことか。
この旅館も最近は少しずつ盛況になってはいるものの、前にエヴァンスに豪語してみせたほどではない。現状を見せたところでまだまだ納得はしてもらえないだろう。
当の嘘をつかれたエヴァンスは、しかし最初から把握していたかのように黙り込んでいる。
「ねえお姉さま、ビックリした?」
「それはもちろん。でも名簿にはなかったわよ」
「偽名を使ったのよ。かしこいでしょ?」
「ややこしいから使わないで」
あとで名簿を書き換えておこう。いや、でもファミリーネームを見せると領主の娘と気づかれる可能性もあるから、そこだけは残すとするか。
「それにしても、どうして一人なの?」
「エヴァンスもいるわ」
「それはどこにいっても勝手に付随してくるじゃない。数える必要はないわ」
私が家でしたときだって気づけば追いつかれていたし。
とはいえ、アンジュはまだ子供だ。たとえ執事つきとはいえ一人っきりでこんな遠方まで出かけるなんて、過保護で厳粛なお父様が許すとは思えない。
「なにかあったのね」と私は察した。
案の定、私にじっと見つめられたアンジュの表情がかげり、顔が伏せられる。
「実は……お父様に縁談を組まされたの」
――うわあ、なんだか聞き覚えがある気がするのは気のせいかしら。
「でも貴女はまだ十四でしょう? まだ結婚には少し早いわ」
「ええ。でも、早いうちに婚約しておいて仲を深めておくべきだって、お父様が」
「……それ、たぶん私のせいね」
知もしない相手との婚約なんてイヤだと突っぱねた私を例に予防線を張るつもりなのだろうか。
「それで、イヤになって貴女まで家出してきたと?」
「……いいえ」
予想外にアンジュは首を振った。
てっきり同じと思っていたからビックリだ。
「アンもいつかは嫁入りするけど、アンは色恋がよくわからないの。お屋敷では、お父様が用意した女性の先生ばかりだったわ。家庭教師も、他の習い事も。だから男の人がどんなものかわからなくて、恐くなったの……」
なるほど。
お父様はとりわけ幼いアンジュには甘く、過保護だった。変な虫が寄りつかないようにしていたのだろうが、それが男性への免疫を削いでしまったのだろう。
――って言っても、男性なんて特に気構えるようなものでもないって一目見ればわかるでしょうに。
そう思ったが、今ここにいる男と言えばロロくらいで、やや女顔の童顔の彼を見ても男とは伝えづらくてやめておいた。
ふとロロと目があったが、愛想笑いで誤魔化しておく。小首を傾げる彼は、カッコウ以外はどう見ても少女と遜色ない。下手すると私より可愛いまである。
それはともかく、婚約ともなれば人生の今後を左右する大問題だ。アンジュなりに不安なのだろう。
「それで私のところまで来た、と」
「はい、お姉さま!」
……困る。
アンジュは生粋のお姉ちゃんっ子だ。お屋敷の中で一緒だったのが私ぐらいだったこともあって、困ったらすぐ私に頼る。
でも、今回ばかりは私も困る。
「私は……特に何も言えないわ」
私はそもそも、その縁談すらからも逃げ出してここにいるのだから、何を言っても説得力に欠けるだろう。
「でもせっかく来たのだからこの旅館を満喫しなさい。そうすれば次第に気持ちも落ち着いてくるかもしれないし」
「……はい、お姉さま」
少ししょぼくれた様子でアンジュは頷いていた。期待を裏切ったようで申し訳ないが、今回ばかりは難しいかもしれない。
と、ふと彼女の後ろに立っていた執事のエヴァンスが手招きをしてくる。不思議に思いながら近づくと、彼はアンジュには聞こえないように私の耳元であることを囁いたのだった。




