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 -11『常連』

 予約の客がやって来た。


 紅葉などの見所がない今の時期では数少ない客だ。


 やって来た男性三人組を、私はロロや獣人たち従業員一同揃ってロビーでお迎えした。


「この度は当旅館にお越しくださいまして誠にありがとうございます」


 ロロが前に出てお辞儀をする。

 そんなロロに、お客様の男の一人は気だるげそうに「おう」と答えていた。


「ご予約いただいたゲローテ様ですね」

「ああ、そうだ」

「ではこちらにて記帳を」


 フロントで宿泊者名簿に筆を走らせる男は、体格がよく、目つきの鋭い顔をしていた。他の二人も人相は悪く、ガムを噛んでいたり煙草を吸おうとしていたりと、どうにも柄の悪い連中だった。


 見るからに荒くれ者だが、お客様はお客様だ。


「お客様。館内は禁煙となっていますのでお煙草は……」と、咥えた煙草に火をつけようとしている男に私が言うと、彼は凄みをきかせて「ああ?」と睨んできた。


 それでも私は怯まず、逆に睨み返す気持ちで、しかし声調は柔らかく作って言い返す。


「当館は木造です。万が一にも火事となれば大問題ですので。無いとは思いますが、そのお煙草で火災でも起これば、この施設の修復費および営業停止期間中の賠償を請求させていただくことになりかねません。敷地外でしたら問題ありませんので、念のために館内ではお控えください」


「ちっ……うっせーな」


 男は不服そうながらも、咥えていた煙草をケースへとしまった。


 私を小娘と思って甘く見たのだろうが、そうそう簡単に負けるつもりはない。私はここに将来をかけているのだから。


「おい、部屋はどこだ。さっさと案内しろ」


 受付を済ませた男が不機嫌そうに声を荒げる。


 接客の応対はフェスだ。

 どう見ても素性が悪そうな男達を相手にやれるだろうかと不安にある。


 従業員の列に混じっていた当のフェスは、引きつった表情を浮かべていたものの、


「は、はひっ!」と前に出ていった。


「お、お荷物を、その」

「なんだ」

「いいい、いえ。あの、お部屋までお持ちしますので」

「もっと早く言えよ」


 フェスは男が肩に提げていた旅行鞄を放り投げられ、彼女の体の半分はありそうなそれを、小さな体をよろめかせながらどうにか受け止めていた。


「「大丈夫?」と私がこっそり声をかけるが、フェスは平気だと気丈に笑顔を浮かべた。前もほとんど見えず、足元もふらついているが、それでも頑張って堪えている。


 残りの客の分は私とロロが運び、男達を客室へと案内した。


 ひとまず部屋に収めて一段落――という訳にもいかないようで、荷物を置いて腰を落ち着けてからも、男達は乱暴な物言い無茶なことを言ったり茶化したりと、フェスを何度も困らせていた。


「あ、あの。まずはこの旅館の説明を」

「あ? そんなのいいって」

「で、ですが。お風呂の時間など、注意事項などもありますので……」

「うるせえな。疲れてるんだよ。ゆっくりさせろよ」

「は、はい。すみませんっ」


 そうやって話を聞かないのはまだ良いほうだ。男達はフェスが気弱なのをいいことに、好き放題に暴言を吐きつけていた。


 出されたお茶がぬるい。もてなしの茶菓子が不味い。仲居の声が小さくて聞こえない。子供の獣人の仲居が役立たず。まあ、最後のは少し一理あるかもだけど。


 それでも一切の遠慮のない悪態に、来館の説明を終えて部屋を出てきたフェスはしょんぼりと肩を落として私のところに戻ってきていた。


「よしよし。よく頑張ったわね」


 頭をなでてやる。

 フェスの萎れた耳がぴょこりと持ち上がり、柔らかそうな尻尾がふさりと揺れる。


「が、がんばりますよ」と拳を握って懸命に搾り出したフェスは、そのまま仕事へと向かっていった。


 挫けてはいないようだ。

 気弱そうな彼女の性格にしては頑張ってくれている。


 ただフェスばかりに負担をかけていては、いつ折れてしまうか不安になる。代わりになれる仲居がいればいいのだが――。


「あんたはハルさんじゃないんだ。あたしは知らないよ」


 仲居頭であるミトは苦労する私達を遠目に見るばかりで、現状でなんとかするしかなかった。


 さらにはロロいわく、


「あの人達は常連なんだ。三ヶ月に一回くらいの頻度でやってくるんんだけど、いつもあんな感じで……」


 名の知れた問題客というわけだ。

 そうとわかっていればフェス一人に任せなかったものを。


 仲居頭のミトが彼らの名前を覚えていないはずがなく、それでも予約の名前を見て何も言わなかったのは私への当てつけだろうか。


「どうしよう、シェリー」とロロが不安に尋ねてくる。しかし私はその気持ちを取っ払うように気丈に笑み、「なんとかするわ」と返してみせた。


 こみ上げる焦燥は決して悟られないように。


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