プロローグ
桜舞う春うららかな校舎に、一歩足を踏み入れる。その時ボクの足から脳天を貫くような電流が走る。
ボクは高校生になったんだ。
校舎の廊下を大量のプリントを持った女性が歩いていた。
黒髪がスラッと腰まであり、見たところ、講師の先生のような風貌だ。
ジャケットのようなものを羽織っているが、スカートはボク達と同じ生徒のものに見える。
「それ、持ちましょうか」
「ん? 私か? ありがとう。お言葉に甘えるとするよ」
ドサッとボクの腕に重さがのしかかる。
予想外な重量に、軽く目を見開いた。
「ってこれ全部ですか?」
「男の子なんだから大丈夫だ! あっ、それは角の教室に置くものだ」
角の教室に入り、教卓の上にプリントを置いた。すると、彼女は手をボクのほうに伸ばす。
「私は棗 莉彩。三年だ。よろしく」
「ボクは勘之丞 計です。一年です。おねがいします」
まさか三年生だったとは。たった二年違いと分かっても、それ以上にも感じる凄みが、ボクの中で彼女を大物たらしめている。
「そうか一年生か。それはそれは、大変な日に手間をかけたな」
「いえ、ボクも一人は心細かったんで」
「これも何かの縁だろう。君、校営部に入部しないか?」
「え」
コウエイ部という名前を、ボクは脳内で検索する。
光栄、公営、後衛? どれを当てはめても部活としてのイメージが湧かない。
無意識に左耳たぶを指でさする。
「面白い名前だろう。校営部」
「えぇ。たしかにそうですね」
肯定否定の前に、彼女からの言葉に流されてしまった。ボクは少し不意をつかれて、耳を触っていた指を離す。
「君が進学するのか就職するのかは知らないが、生徒会も比じゃない評価を貰えるぞ。少なくとも私はそういう考えでいる」
「はぁ……」
屈託のないような、窓から入る春の日差しよりも眩しい笑顔で彼女はボクからの答えを待つ。
遠くのほうがまた少し騒がしくなったのに気づく。棗先輩は教室にかかる時計を見た。
「おっと、迫って悪かった。もうすぐ入学式の時間だろう。案内しよう」
ボクはその言葉に甘えて、黙ったまま棗先輩の背中を追った。
三つしか違わない。体格もさほど変わらない。なのに大人だと感じてしまうのはなぜだろう。
ボクは棗莉彩に尊敬の気持ちを抱いていた。
「私は部の準備があるからここでお別れだ。ここを真っ直ぐ行けば入口だ」
指さす先には、廊下と繋がっている体育館の入口が見える。
「あの、部活入ったらまた会えますか?」
「ん? それはそうだが。まぁ私は三年生だからな」
そう言って手を振りながら、案内された方向とは別の方へ走って行った。
あー、勇気出して訊いたのに、なんでどんな部活か聞けなかったんだボクは。
「今の棗さんか?」
この白髪混じりの明るい茶髪は、かれこれもう三年間の付き合いだ。
たぶんこの学校でもこんな髪色は一人しかいないと思う。
「蔵屋、なんでここに」
「入学式に俺がここにいちゃ悪いのか? そんなことよりなんで勘之丞が棗さんといるんだ」
蔵屋の細い目が僅かに上から、ボクを威圧的に見下ろす。右目の視力が悪すぎて、いつも顔が近い。
「たまたまだよ」
少し対等な言い回しを選んで、彼の顔を覗く。蔵屋は訝しむ動作はなくとも、表情の動きは激しく、やや足が竦んだ。
「フンッ。まあいいけどお前、棗さん狙って校営部入んなよ。器じゃねえから」
「コウエイ部ってナニ?」
「自分で調べろタコ」
蔵屋は鼻下を人差し指でこすった後、両手をズボンのポケットに突っ込んだまま体育館へ入っていった。