第四章Ⅱ 罪と罰
薄暗い闇の中、茜は目を覚ました。
「一体誰が…。痛てぇ…。」
当て身をくらって首の痛みに耐えられず触ろうとした時何か違和感に気がついた。
ジャラ…ジャラジャラ……。
腕を見ると手錠のようなものでガッチリと左右固定されており動かすことができなかった。
そしてそれは腕だけではない。脚の方にも同様に足枷が存在した。
「な、なんだよこれ…。う、動けない…。」
必死に動かそうとするものの、ベッドに連動しており、全くビクともしなかった。
茜はこの時、自分の身に何が起こっているのか全くわからなかった。
ガチャ……。
ドアの開く音がしてそちらの方を見ると栗色のセミロングの少女、つまり柚月が立っていた。
「ゆ、柚月!?なんでお前が!?それよりもこれはどういうことだ!?」
柚月がここにいることに、理解が追いつかなかった。
なぜ、風邪を引いて早退したはずの彼女ここにいるのか?それだけではない。この手枷足枷をつけたのはおそらく彼女であることだ。
柚月の登場に理解が追いつかず、説明を求める茜だったが、当の本人は動くこともなく茜をじっと見ていた。その顔は笑顔であったが、何かがおかしい…。いつも見せる笑顔とは違い狂気じみたものであった。
「ねぇ茜?どうしてこんなことされてると思う?」
「え?どういうこと?」
柚月の言っている言葉の意味が理解出来なかった。
いや、心当たりがない訳では無い。ただし、今までこんなことはなかったのに、突然このような暴挙に出たのか信じられなかった。
それよりも、これをつけたのは柚月なのか?と言葉から思っていた。
「とぼけても無駄よ。私に嘘ついて、あの女と会ったのでしょ?」
「それは…。」
「嘘ついても無駄よ。私は茜のことなら全部知っているから。」
彼女の目は恐ろしかった。例えるなら、暗闇で光る虎のような目をしていた。
そして何より彼女の言葉が茜を恐怖へと陥れた。なんでも知っているということは、本当なのだろうか?
もしかしたら、脅しかもしれない。しかし、彼女なら本当にすべてを知っていそうで、確信が持てなかった。
「どうしてあの女と会ったりしたの?私に嘘をついてまで…。おしえてよ?」
彼女の言葉にもはや、熱はなかった。言葉一つ一つに氷のような冷たさを感じ、茜に逃げ道を作らせようとはしない。
茜は、これ以上嘘を重ねるのは、本当に危険であると思い正直に話すことにした。
「里緒を前に助けたことがあってそのお礼で…。」
間違ったことは決して話していない。すべて事実である。ただ、彼女にとってもはや事実などどうでもよかった。
彼女にとっての着眼点は、茜が他の女と意図的に会っているということだけであった。
柚月はどんどんがんじがらめの茜に1歩1歩近づいてきた。ユラユラと力のないその歩みは、余計に恐怖を煽った。
「名前を呼び捨てなんて…。えらく、親しいじゃない?ねぇ?」
「それは…。向こうから呼び捨てにしてって言われたからお互いに…。」
彼女の目から光はない。口角が上がり引きっった笑みを浮かべる彼女に茜は恐怖しか感じなかった。
前に、里緒に告白された時もなかなか怖かったのだが、今回はそれの比ではなかった。
「なるほど…。茜…。私とあの女どっちが好き?」
柚月は、茜に対して二択の質問をしてきた。それは単純そうであるものの、何処か複雑なものであった。
確かに、柚月のことが好きである。ただ、里緒のことが気にならないわけではなかった。
当然、彼女がいる身で他の女のことを考えているとは最低な奴であると分かっている。ただ、彼女を里緒をどうしてもほおっておくことはできなかった。
とは、いえこの場で里緒というのは相応しくない。それは分かっていた。
「それは……。お前だよ…。柚月。」
一瞬躊躇ってしまった。その間が命取りであった。
「どうして…。どうして間が空いたの?私のことが好きなら即答する筈なのに…。なんで…。なんで…。なんで!!!」
今まで、平静を保っていた彼女が茜の不用意な間によって何かのスイッチが入ってしまった。
感情が爆発して、茜に怒鳴り散らした。今まで見た事の彼女そして、その大きな怒号に唖然としていた。
「私のこと好きじゃないんだ…。そうなんだ……。ふふふ…。それだったら茜…………………死んで?」
その瞬間、彼女は後ろに回していた手から大きな出刃包丁を取り出した。
大きな出刃包丁を見たとき茜の顔からはサーッと血の気が引いていった。以前にも見た事のある場面。
まさか、またあの時と同じようなことが。動きたくても動けない茜にもはやなすすべなどなかった。
「やめろ…。やめてくれ!柚月!!!いやだ…いやだーー!!!」
もう茜が何を言おうとも、反応をしない柚月。彼女は完全に壊れてしまった…。
そして、動けない茜に向かって一直線に包丁を振り下ろした。
「あぁぁぁぁぁ!!!!!」
………。
「は!…。今のって、夢?」
目を覚ました茜は身体中から嫌な汗が大量に出ていた。
先ほど、柚月から包丁で刺されたと思われていたが、どうやら夢であったようだ。
1日に2回もあまり良くない夢を見て茜はどっと疲れた。どうやら、ベッドの上で寝ていたらしいが、一体誰が運んだのだろうか?
茜は起き上がろうと身体を起こした時に、何か異変を感じた。それも、さっき見た夢に近い違和感であった。
ジャラ…ジャラ……。
「……。ん?……んんん!?」
腕を見ると金属の光沢のある手枷。足首にも同様の足枷があった。
もしや、先程のは正夢であったのではないかと思った茜は、またサーッと血の気が引いていった。
するとドアがゆっくりと開いた。
ガチャ………。
「茜、起きた?」
ドアが開くとそこには、先程の夢同様に柚月が立っていた。
こちらの方を見てにっこりと笑っているものの、目は笑ってはいない。
もしかしたら、本当に夢と同じようなことことが起こるのではないか?段々と恐怖を感じてきた。
「柚月…。風邪引いて寝込んでるんじゃなかったのか?」
一応確認までに質問をした。本来彼女は、風邪で早退しており、返信から家で寝ていると言っていたのだが、何故かここにいた。
そんな茜の質問に特に焦りもなく平然と答えた。
「そんなの嘘に決まっているでしょ?だから、ここにいるのよ?」
「嘘ってなんだよ…。心配したんだぞ?」
彼女が嘘をついて、早退したことに少しだけ腹が立って諌めようとしたが、柚月は、茜の言葉に笑顔が消えて真顔になった。
「へぇ〜?自分は嘘ついているのに、そんなこというんだ〜?」
笑顔が怖かった。そして、彼女の放った言葉に茜は思い当たるふしがあるためか、心拍数が上がっていくのが分かった。
「どういうことだよ…。」
「一昨日さ、堂本くんと遊ぶって言ってたけど嘘だよね?」
彼女の顔から笑顔が消えていき、段々と怖い顔つきに変わっていった。
完全にバレている。彼女の顔は確証を持ったような顔をしているため、これ以上嘘を重ねるのは、無意味いや、自殺行為である。
だが、ここで本当のことをいえばどうなるだろうか?無論、待つのは「死」だけである。
「………。」
なんの答えもでぬまま、茜は押し黙ってしまった。いや、彼女の表情があまりにも恐ろしく、声を出せなかったのだ。
「やっぱりね…。女とデートしたのね…。それもあの松枝里緒と…。」
「っっっ!!?な、なんで?」
柚月から出た言葉を衝撃を受けた。なぜ、茜が里緒とデートしたということを知っているのか?
あの時、茜は多少なりとは警戒をしていた。しかし、結局柚月と出くわすことなく事なき終えたはずなのに。なぜ…。
「私は茜のことならなんでも知っているから。」
夢で聞いた言葉と全く同じであった。それだけではない、柚月の表情や状況、今いる場所の全てが先ほど見た夢と同じであった。
だとしたら、あれは正夢の可能性がある。
それを考えた途端、茜は身体から底知れぬ恐怖が湧き上がり、震えてきた。
「ねぇ、どうして私に嘘をついてあの女と会ったの?教えて?」
またしても夢と似た内容の言葉が柚月の口から出てきた。
だとしたら、夢と同じような答え方をしてしまえば、真っ先にBad End突入である。
それだけはなんとしても避けたかった。自分が柚月に殺されるということが怖いだけではない。
彼女を殺人者にさせたくないのだ。あいつと同じようになってはならない。それを何よりも心配していた。
「松枝さんから助けてもらったお礼がしたいって言われたからなんだ。でも、嘘ついてごめん…。」
キーポイントととなる呼び捨ては避けた。そして、彼女に誠意を持って謝った。
許してもらえるとは思えないが、ありのままをただ話すよりも幾分かマシではないかと思った。
「ふーん…。お礼ね…。茜にとってはそれだけかもしれないけど、あの女の方はどうかしら?」
「どういうことだ?」
「あの女は茜のことが好きだからね…。隙あれば、私から茜を奪い取ろうとしたでしょ?」
「そんなことは…。」
その言葉を聞いて、茜は旅館での出来事を思い出した。
風呂場でのことや、朝の散歩での出来事、帰るときのこと…。思い起こせば、色々とあった。
そして、里緒が風呂場で言ってたあの言葉にも…。
「彼女のものは恋というより独占欲に感じるの。」
あの時里緒はそう言っていた。今改めて考えてみると、なんとなく彼女の言っている言葉が分かった。
しかし認めたくはなかった。ここで認めてしまえば、今まで柚月と付き合ってきた期間はなんだったのかと感じてしまうからだ。
「里緒とはなんでもない。ただの友人だ。」
茜はついうっかり、今まで注意していたことを無視して自ら首を締めるような発言をしてしまった。
「里緒?今呼び捨てで呼んだ?それに…友人…?」
しまった!という表情をしたが、もう既に遅かった。
彼女の目から段々と光がなくなっていった。不用意な発言をした自分を殴りたかった。しかし、手枷がついているためのようなこともできなかった。
「どうして…呼び捨てで呼んだの?そんなに親しいの?ねぇ?ねぇ?」
柚月は茜の顔に段々近づいてき一直線に捉えた。
墓穴をほってしまった茜にはもはやなす術などなかった。せっかく、気をつけていたのに、何故台無しにしてしまったのか。
それだけではない…。余計に柚月を刺激してしまった。
「何かあったんでしょ?あの女と?」
「落ち着けって…。別に何も…。」
「あったに決まってるでしょ!!!!?どうしてこの短期間で呼び捨てになってるのよ!?」
実際に言うとあった。それもなかなか濃い内容であり、とても柚月に話すなんてことは出来ない。
もしありのまま話したら本当に夢と同じように包丁でグサリとやられてしまう。
なんとか宥めようとするが、どうしようもなかった。
そして茜にとって聞きたくはなかったあの質問がやってきた。
「私とあの女。どっちが好きなの?」
もちろん先ほどの夢を参考にすれば、柚月と間違いなく言わなければ、殺されしまう。
だが、なぜだろうか、きっぱりということが出来ない。どうしてだろうか、里緒の顔が脳裏に浮かび上がるのだ。
柚月と付き合っているのにどうして…。茜にはわからなかった。
そしてその結果…。
「俺は……。」
名前をいうことができなかった。夢の時よりも最悪な答えとなってしまった。
その言葉を聞いた瞬間に柚月の表情はこれまで見たことのない、とてつもない怒りに満ちた顔をしていた。
そして、目は氷のように冷たく、光を失っていた。
「なんでためらうの?おかしいでしょ?付き合っているのは私なのにどうして…?」
「柚月…。」
彼女の言葉にただ一言名前を呼ぶことしかできなかった。自分でもわからないのだ。
どうして、あの質問に「柚月」堂々と答えることができなかったのか。それは潜在的に里緒のことを思っているからなのだろうか?
だが、里緒と知り合ってまだそんなに日は経っていない…。ではなぜ…。
「なぁ柚月…。これを外してくれないか?しっかり話し合おう?」
茜は自分の自由を奪っている手枷足枷を柚月に見せた。そして、1度ちゃんとした格好で話し合った方がいいと思った。
しかし、彼女はフフと軽く笑うだけで、何もしなかった。
「私が彼女であるということを身体に染み込ませた方がいいのね…。」
柚月は何かボソッと呟いた。茜からははっきりと内容が伝わらなかった。
ただ彼女は何かとんでもないことをしでかすということを直感で感じ取った。
「何する気だよ…?」
恐る恐る柚月に尋ねた。すると彼女は、茜に近づいていき、茜のスラックスに手をかけてベルトを剥ぎ取った。
「お、おい!?何を!?」
彼女のとった行動を理解出来ない茜は柚月に聞くものの、全く耳の中に入ってはいなかった。
そして、剥ぎ取ったベルトを鞭のようにしならせると茜の方を見た。
「私が彼女だってこと身体に叩き込んであげるわ…。」
「な!おいやめろって!」
彼女の不敵な笑みに恐怖を感じた茜は身体中もがくものの、全く取れる気配はなく、金属音が部屋中響くだけであった。
やがて、茜の制服のワイシャツのボタンを外し肌けさせると、鍛え上げられた茜の肉体があらわになった。
「ふふふ…。他の女と会うような茜には、彼女が誰かをしっかり調教して教え込むしかないよね?」
「や、やめろ…。やめろ!!!」
茜は彼女が今から何をするか分かった。だがもう遅い。
バチン!!!!!
「あぁぁぁ!!!!!!!」
あまりに激しい痛みに思わず茜は叫んだ。柚月はベルトを鞭のようにして、茜の身体に振り下ろしたのだ。
茜の身体に赤いあざができた。しかし、彼女はその動作をやめろうとはせずにもう1度振り上げた。
バチン!!!!!!
「うぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!や、やめろ柚月…。やめてくれ…。」
「い、や。」
バチン!!!!!
「うぁぁぁぁ!!!!!はぁ…はぁ……。」
想像を絶する痛みが茜を襲った。いくらベルトとはいえども革である。衝撃というのはなかなか身体に響くのだ。
助けを呼びたくても、今家には二人以外、誰もいない。かと言って近所の人にこれを見られてしまったら、あらぬ誤解を受けてしまう。
「ねぇ?痛い?苦しい…?でもね…私はそれよりももっと苦しいの。わかる?」
バチン!!!!!!
彼女は決してやめようとはしなかった。むしろ段々力が強くなっている気がする。
あまりの痛み茜は意識が朦朧としてきた。身体も赤いあざがたくさん出来ており、蚯蚓脹れのようになっていた。
そして、段々ベルトで打たれすぎて身体の感覚が麻痺してきたのだった。
「はぁ……はぁ……。ごめん…柚月……。俺が悪かった……。だから…頼む…。」
力を絞って柚月に懇願した。このままでは本当にまずいと思ったのだ。そして、自分の行いが彼女を傷つきていたのだと理解した。いや、理解せざるおえなかった。
すると彼女の手が止まった。すると今度は身体茜の身体にのしかかり、赤く腫れ上がったあざを舌で舐め吸い付き始めたのである。
「ぺろ…はむ……。はぁ…。舌から熱が伝わるわ。」
赤く腫れたあざは当然熱を持っていた。ただ、舐めると余計に痛みが出てくるのである。
「うっっ!!やめろ…。もうやめてくれ…。」
「いやよ?お仕置きの身体でわからせるって言ったでしょ?」
彼女は不敵な笑みを浮かべ行為を続けた。
もう茜はなすがままであった。夢とは違い、殺されることはなかったが、これはこれで精神的にとてもくるのである。
茜の苦痛に耐える表情が柚月を余計に興奮させた。
「はむ……。絶対に消えることがないように…。私のものって印をしっかりとつけてあげる。」
柚月はそう言うと、茜の首に思いっきり噛み付いた。肉を引きちぎりそうな勢いに、茜はやめさせようと必死に突き放そうとするが、手枷足枷がある以上抵抗ができなかった。
「いっ!!柚月やめて…。痛い!!」
僅かに柚月の柔らかい唇感触がするものの、そんなものよりも痛みの方が強かった。
やがて、首から離れると茜にのしかかり顔をじっと見て言葉を発した。
「もうあの女とは二度と会わないでね?これは命令よ?」
「な、それって…。」
茜は納得ができなかった。確かに、嘘をついて里緒と会ったという非を認めるが、彼女とは二度と会わないということは全くの別問題である。
そのことについて、反論しようとしたがその時、玄関から大きな音がした。
やがてその音は、段々とこちらの方へと近づいてきた。
もしや、姉の翠が帰ってきたのかと思ったがまだ、そのような時間帯ではなかった。
だとしたら、一体誰なのだろうか…。
足音は廊下から階段へと聞こえてそして、部屋の前までやってきた。
ドン!!!
勢いよく開かれたドアの向こうにいたのは、想像もつかないような人間であった。
「あなたを絶対に許さない…。皆守…柚月!!!!」




