第二章Ⅶ たまにはアソコでのんびりとpart2
茜は彼女の一言にとても驚いた。何故、彼女が自分の名前を知っているのか?確かに、部活動報告や壮行会などで何度か全校生徒の前にたったことはあるが、それでも自分を知らない人間はいるはずだと思っていた。
だが、この少女は茜のことを知っている。そこについて茜は少し知りたくなってきた。
「どうして君は俺の名前を知ってるの?」
「どうしてって?私の友人が貴方のファンだっていうのよ。それでよく話を聞かされていたから。」
なるほど、確かに茜は「弓矢の皇子様」といわれているほど、意外と人気のある人間であり、その友人であるファンから話を聞いていれば、自然と茜のことをわかるかもしれない。
少し納得ができた茜である。
「そんな子がいるんだ…。嬉しいな。そういえば君の名前は何ていうの?」
茜はまだ聞いていない彼女の名前について、聞いてきた。質問をされた彼女は、少し躊躇いがちに自分の名前を口にした。
「私の名前?私は西園寺蒼月。あなたと同じ、2年生よ。」
「へぇ〜。西園寺ってかっこいい姓名だね!」
茜は自分の率直な意見を言った。よくテレビドラマや漫画などで出てくるような名字に少し興奮していた。
ただ一つ言うならば、西園寺よりも蒼月という名前の方が珍しいと感じるのだが……。ここあまり触れないでおこう。
茜が正直に彼女の名字について感想を述べていたが、その本人は、あまり嬉しそうではなく、少し暗い顔をしていた。
「そうでもないわ。私はあんまりこういう名字好きじゃないもの。目立つし。」
思わぬ反応に茜は少し驚いた。余計なことを言ってしまったと思い少し反省をする茜であった。
「そうか…。なんかデリカシーなくてごめんね?」
茜は自分の少し軽率な行動を恥じるように蒼月に謝った。しかし彼女はそんな茜をみて微笑んでいた。それぐらいのことで謝る茜を見ていて少し面白かったのだろう。
そして、蒼月は茜をまるで、高級食材を査定するかのように隅々まで見た。そこで蒼月は何かを納得したような顔をして茜に言ってきた。
「なるほどね、あの娘が好きになるのが少しわかるわ。」
そんなことを言われた茜なのだが、なんのことかさっぱりわからない。ただ彼女が1人で納得しているようであったので、彼女に恐る恐る尋ねることにした。
「なんのことが?」
「うんうん。こっちのことだから気にしないで。それにしてもその怪我誰にやられたの?」
ついさっきされた質問を蒼月は話題を変える手段として用いてきた。茜にとっては触れられたくなかったので、冷や汗がたらたらでてきた。
どのみち嘘をついてもまたこの少女にバレるであろう。そう考えた茜は嘘をつくのをやめて正直に話すことにした。
「君の言う通りこれは人にやられたものだよ。」
茜は包み隠さず蒼月に言った。ただ一部分を除いて…。それを聞いた彼女は別に驚くこともなく、やっぱりね。っと言いたげな顔をしていた。
しかし蒼月は、またしても彼が隠していることについて的確に発言をしてきた。
「差詰め、彼女にやられたのでしょ?」
ほぼ核心をついたことを茜に向かって堂々とした態度を崩さずに言い放った。茜は髪の毛が少し立ちそうなくらい驚いてしまった。それもそうだ。彼女にやられたなんてことは一言も言っていなければ、そのヒントとなることなどどこにもなかったからなのだ。
あまりにも衝撃的なことだったので、茜は驚きを抑えつつも蒼月になぜわかったのか?を聞くことにした。
「ど、どうしてわかったの?」
そう言われた彼女はさっきと同じようにただ冷静な顔をし、少しだけズレた眼鏡をかけ直すように手で眼鏡を触って茜を見た。
そして茜を少し見ると意地悪そうな笑みを浮かべた。
「ヒミツよ?だって答えを教えたら面白くないもの。」
意地悪な笑みだけを浮かべわかった理由を教えてくれない教えようとはしてくれなかった。
そして彼女はその笑みからまた突然冷静な顔をして茜の顔を見てきた。綺麗な顔をしている彼女だが、その顔は真剣でありこちらが圧倒されるようなものであった。茜の顔を見ると閉ざしていた唇を開いた。
「茜くん。あなた気をつけた方がいいよ。あなたの彼女 皆守柚月がやっていることは、愛なんかじゃない…。ただの独占欲よ。」
茜は何を言われたのか、一瞬わからなかった。だが、彼女は茜をじーっとみてただ彼女の名前を言って淡々と話していた。としか理解することができなかった。というかなぜ、柚月の名前を知っているのか?そちらが気になった。
しかし、何度も蒼月の言葉を反芻して理解しようとし、なんとなくだが彼女の言っていることが理解できた。いや、理解せざる負えなかった。蒼月の言葉というのは上手く的を射ていることだったからだ。
確かに彼女の行動というのは少しおかしいと感じてはいた。しかし、それが彼女なりの愛情表現だと茜は理解して特別に反撃することなく受け入れてきた。
だが、それは愛情表現などとは程遠いただの独占欲によるものだった。そんなこと茜としては理解したくてもしきれなかった。もしそこで理解してしまえば、今までのものはなんだったのかと思ってしまうからだ。
そして彼女は続けて茜に向かって言ってきた。
「このままにしていたら、いずれ貴方の身が滅ぶわよ?それか、共倒れね…。」
彼女の言葉というのは茜に重くのしかかってきた。自分の身がいずれ滅ぶ?そんなはずがないと否定しようとするが、何故か否定しきれない。
もしかしたら、彼女の言う通りになるかもしれない。そう考えると少し身体が震えてきた。彼女の一つ一つにどこか説得力があり、本当のことを言われているようであった。
「そんな…ばかな…。」
彼女の言葉に反論ができない茜は、何とかして言葉を絞り小さな反論をした。しかし言葉には自信というものがあまり感じられなく、頼りなかった。
「私は他人だからあまり言えないけど、別れた方がいいかもね?ことが起こる前に…。私の友人を紹介しようか?その娘の方がおすすめなんだけど。」
蒼月は茜に向かってあまりにも非情な言葉を口にした。彼女はとんでもないことを言っているとはわかってはおらず、ただ淡々と喋っていた。
しかし、流石にそんなことを言われた茜は彼女に対して軽い憤りも踏まえ反論をしてきた。
「俺は、貴女に言われたからと言って柚月と別れたりはしない。俺はそんな中途半端な覚悟で、柚月を好きになったわけじゃない!」
茜の言葉は保健室中には沈黙を呼び起こした。蒼月も最初こそは少し驚いていたが、その後また冷静な顔に戻り茜の方を見てきた。
茜の方はと言うと、顔に若干の怒りがこもっているものの堂々とした態度であった。
その顔を見た蒼月は少し微笑んだ。
「そうね。ちょっと無神経すぎたわ。ごめんなさい。」
蒼月から謝罪の言葉を聞くと茜は我に返った。そして初対面の人に言い過ぎたと思い少しだけ気まずくなった。
「いや、その、俺も初対面なのに言い過ぎた…。ごめん。」
茜は自分の出過ぎた発言に対して戒めるように言った。だが蒼月の方はあまり気にしてはおらず、微笑んでいた。
茜は気まずさを何とかして払拭しようと違う話題の話をしようと考えた。
そして、一つある疑問に行きついて質問をすることにした。
「そういえば、西園寺さん。どうし…」
「蒼月でいいわ。」
「あ、そう?蒼月さんはどうして保健室にいるの?」
名字で呼ぼうとしたら蒼月に遮られ名前で呼んでほしいと希望をされた。少し不機嫌な顔になっているところ、西園寺という名字が本当に嫌いなんだと感じた。
そこで彼女に言われた通りに名前を呼ぶことにした。少し気恥ずかしかったがそこは耐えることにした茜である。
「まぁ、一言で言うなら暇つぶしよ。」
「ひ、暇つぶし?授業でなくてもいいの?」
一応茜たちの通う高楼館学園というのは有名な進学校でもあり、当然授業を一度休むとそれを取り戻すのに時間がかかる。だから、ほとんど休む生徒などほとんどおらず、休みすぎた生徒は授業についていけず自主退学をするそうだ。
それを踏まえると彼女の行為は実に愚かにも感じる、だが初対面である彼女にそこまでいうことはできなかった。
「いいのよ。私にとって受けるだけ無駄だから…。」
彼女は堂々とした態度で言ってのけた。受けるだけ無駄という意味はどういう意味なのか?茜はいろんなことを考えていた。例えば、頭が良すぎて受ける必要はないとか、もう休みすぎて落ちこぼれなので受けても意味がない。茜の推測は前者でないかと考えた。
「蒼月さんて…もしかしてとっても頭いいの?」
突然そんなことを言われた蒼月は少し唖然としていたが、茜の質問が可笑しかったのか、今までの冷静な顔が緩み笑みが零れていた。
「ふふふ。茜くんて面白いわね。というより少し天然かな?」
今までの社交辞令のような笑いとは違い、純粋な笑みに茜は少し驚いたが、自分が天然であると言われたことの方が驚きが大きかった。
「え?俺天然なの?」
「ふふふ。そういうところが天然なのよ。」
「え?え?なんで?」
全く思い当たる節が見当たらない茜は食い入るように蒼月に聞こうとしたが、蒼月はそんな疑問を投げかけられてもひらりとかわした。
困った茜は頭なの中に?がポンポンでてきた。普段クールな茜がこういう姿を見せるのはごく稀である。茜は女子になかなか人気があるのだが、それはクールなところや優しいところがあるからであのだ。
だが、これはこれで女子達からはさらにギャップ萌えにより人気がでるかもしれない。もちろん、茜本人は女子生徒から人気があるということはあまり知らないが……。
「茜くんのイメージが少し変わったよ。」
一人納得した蒼月は、友人から聞かされていたイメージと少し違う茜をみて自分の中に持っていた加賀美茜という人間のイメージが少し変わった。それは決して悪いとこではなく、人間味のある面白い人という良い意味での変化であった。
「そ、そう?普通なんだけどな〜。」
「貴方が普通?そんなわけないでしょ?本当、面白い人だわ。」
茜は主観的に自分を見ると普通に見えるらしいのだが、蒼月からはそうは感じられない。彼氏の首に噛み付く彼女がいる時点でもう普通とは程遠い。そう感じていたのだ。
そんな他愛のない話をしていた茜と蒼月だが、話に熱中しすぎたのか、時間をすっかり忘れており、昼休みの時間になった。
「あ、もうこんな時間か…。そろそろ戻らないと…。」
「あらそう?もう少し話したかったけど、まぁまた今度お話でもしましょう?」
「うん。いいよ。じゃあまたね蒼月さん。」
茜は座っていた椅子を立ち上がり、蒼月に別れの挨拶をして保健室のドアへと手をかけた。
すると蒼月は少し寂しいような顔をしていたが、茜がドアに手を掛けようとした時に少しだけ引き止めた茜に対して一言申した。
「茜くん、最後に一つ。彼女の暴走を止めるのも進めるのも貴方次第よ。つまり貴方は彼女の起爆剤。それだけは覚えておいてね?」
蒼月は茜の顔をその整った顔が真剣な顔つきをして射止めて、そして茜の目をじーっと捉えてそう言った。彼女の言葉には一つ一つに重みがあり、茜の心に大きく刻まれた感覚がした。その言葉にはいずれ起こるであろう、最悪の未来を予言しているかのようであった。
「う、うん。分かったよ。肝に銘じておく。」
茜は素直を彼女の言葉を聞き入れて、ドアを開けた。そして閉める際に蒼月にニッコリと微笑んでいたゆっくり締めていった。
保健室には蒼月だけが取り残された。さっきまでの賑やかさはなく、お通夜のように静まり返っていた。
「加賀美茜くん。あの娘が言っていること、少しわかるかも…。ちょっと興味湧いてきちゃった。ふふふ。」
今回、茜と初めて出会った蒼月。彼女の友人がよく話していたその男は蒼月の持っていたイメージとは少し違い興味が湧くような人物出会ったことが分かった。
そして彼女は同時に、これから茜がどのような道を辿っていくのか、それについて興味が湧いたのだ。また何らかの形で会えることを楽しみにしている西園寺蒼月であった。
そんなことをを考えていると保健室に誰かがノックもせずに入ってきた。
「あら?またここにいたの?いくら貴女でも少し休みすぎじゃない?」
蒼月に向かってそう言い放った人物。チェックのスカートに第二ボタンまで開けたはちきれんばかりの胸を隠すワイシャツそして白衣。恐らく保険医の先生だろう。
パーマのかかった髪をくるくると弄って少し呆れたように蒼月に言ってきた。
「別にいいじゃない。授業なんてつまらないもの。でもねちょっと興味のあるものを見つけたの。」
「へぇ?なになに?」
「それは…今は内緒…。これからが面白くなるのよ。」
保険医の先生に向かってタメ口で話した。保険医の先生の方はあまり気にしてはおらずに、彼女の興味があるものについて気になり聞いてきた。しかし彼女はそれをもったいぶっており結局保険医の先生に教えることはなかった。
「全く…。貴女の考えていることはわからないわね?蒼月。」
彼女の考えている事がいまいちわからずに手を挙げ、お手上げというポーズをしていた。蒼月はそれを見て不敵に笑い自分のかけていた眼鏡をおもむろに外した。
眼鏡をかけていた時と比べて、少し彼女の雰囲気が変わった。どちらかと言うと、さっきまでは素朴な感じの女の子であったが、今はクールビューティな雰囲気の女の子へと変わった。そして彼女も自分の教室に帰ろうとしてドアに手を掛けた。
「さて、加賀美茜くん。役者は揃っているようだね。君次第でシナリオはバッドエンドにもグッドエンドにもなるわよ?ふふふ。」
西園寺蒼月は少し引っかかるような笑みを浮かべ、一つ奇妙なことを残して保険室を後にして行った。
西園寺蒼月…彼女は一体何者でしょうか?ただこの人はモブではないということだけは言うことが言えます。




