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幻想千夜一夜

【幻想千夜一夜02】幽霊は気づいていない

作者: Ming

 王都の中央通から少し離れた裏通りのさらに裏通り。4階建てのアパートの4階にある1室がロッコの間借りしている部屋だ。部屋の窓からは向かいの建物の壁が迫り眺めは全く良くないし、買い物に行くにも水を汲みに行くにもいちいち1階まで降りなければいけない。それに付け加えてここ最近、さらに憂鬱になる事情がアパートに追加された。

 アパートの良いところと言えばロッコが通う学府まで歩いてすぐということと、家賃が格安というくらいだろうか。


 その日も学府で授業を受けた後に、最近急に業績を伸ばしている商会の配達仕事を済ませ、アパートについたのは日もすっかり落ちてからのことだ。アパートのエントランスに入ると2階へ登る階段を駆け上がる男の子の後ろ姿が見えた。階段の上ではその母親が子供を迎えている。

 ふと母親と目があい、ロッコは会釈であいさつをする。母親も嬉しそうに傍まできた子供を迎えつつロッコに会釈を返してきた。その直後、少しさみしそうな顔でロッコを見つめながら子どもと共にすーっと姿を消していく。その様子を見てロッコは深いため息をついた。


「やっぱり気のせいじゃないよなぁ…」


 先月のことだった。はやりの病にかかって同じアパートに住んでいる母子が、ろくに栄養も取れないままあっさりと亡くなった。運悪く母も子も同時に発症したらしく動けないまま誰にも気付かれることなく亡くなり、発覚したのはしばらく経ってからのことだった。

 ロッコの住むアパートがある区画は貧民街とは言わないが、貧しいものの多い場所だ。ちょっとしたケガや病気であっさりと命を落とすことは多い。母子の場合も気の毒だとは思うが、珍しい話ではない。


 それからしばらくしてからロッコは時折亡くなったはずの母子を見るようになった。見る場所はいつも同じ。アパートエントランスだ。

 はじめは何となく気配を感じるだけだったのに、そのうちぼんやりと影が見えるようになり、いつの間にかはっきりと姿が見えるようになっていた。


(自分が亡くなったことに気が付いていないのだろうか)


 母子は生前そうしていたようにロッコと目が合うと何かしらの反応を示していた。たまに口元が動いて何かを話しかけているようだったが、何を言っているのか声は全く聞こえない。


 それにしても最近嫌な事件が続く。母子の件もそうだが、2か月前から物取り強盗による殺人事件が立て続けに3件も続いておりロッコの仕事仲間も1人殺されている。殺された残りの被害者2人の内、一人は確か買い物帰りの主婦だったはずだ。もう一人の被害者はちょっと思い出せない。王都新聞の話題を一手に引き受けている殺人犯は物騒なことにまだ捕まっていない。


 実はロッコも配達の仕事中に殺人犯と出くわしたことがある。犯人はフードを目深にかぶったひょろりとした背の高い男で顔は良く見ていない。届けるはずの荷物を放り出し必死に何とか逃げ延びたのは幸運だったが、当然、荷物の代金は、少ない給料から差っ引かれることになった。仕事をクビになっていないだけましだが、荷物を放り捨てたことが悪かったのか、ほとんど仕事を回してもらえなくなった。おかげでここ数日はろくなものを食べていない。


(いっそ、幽霊だったら食事代が掛からなくて済むのになぁ)


 いささか不謹慎なことを考えながら、疲れで重い身体を奮い立たせて階段を登り4階にある自室に入るとすぐにベッドに横たわった。

考えることは食事のこと。…ではなく母子のことだ。


 生前は貧しい中でスープのおすそ分けをしてもらったこともある。仕事と学府が休みの日には男の子と遊んだこともある。


 そういった付き合いもあったからだろうか。不思議と母子の幽霊を見ても恐ろしいとは全く思えなかった。むしろ、自分が死んだことに気付かずにいるらしいことに悲しさを感じていた。


(なんとかしてあげられないかなぁ…)


 ただの貧乏学生であるロッコができることなんてほとんどないだろう。出来ることと言ったら、ただ安らかに召されてほしいと祈るのみだ。



 翌朝、空腹のためいつもより早く目が覚めたロッコはどうせ二度寝は無理そうだと、顔を洗うため水瓶のある1階へ降りることにした。


 1階へ降りると見かけない若い男がアパートの入口できょろきょろとしていることに気が付いた。挙動は不審なものの、清潔な身なりをしている。王都ではよく見かけるブラウンの髪と目、背はそれほど高くなくロッコとそう変わらない。特徴のないのが特徴という感じだろうか。

 不審の目を向けるロッコに若い男が気が付くと、ニコニコと笑顔で話しかけてきた。


「あぁ、ここの住民の方ですか?私はこのアパートに出るっていう幽霊を家主からなんとかしてくれと依頼を受けた便利屋です。ちょっとお話お伺いしてもよろしいですか?」

「えっと、はい。大丈夫です。母子の幽霊の話…ですよね」

「ええ、そうです。話が分かる人でよかった。私はロジャーといいます。便利屋とでもロジャーとでも好きなように呼んでいただいて結構ですよ。えーっと…あなたは」

「僕はロッコといいます。ここのアパートの4階に住んでいます。母子は向かいの部屋で…良い隣人でした」

「そうでしたか…。でも、そう悲しそうな顔しないでください。私が来たからには決して悪いようにはしませんから」


便利屋はそういうと、アパートのエントランスにきょろきょろと視線をさまよわせた。


「エントランスでの目撃例が多いと聞きましたけど、母子はここにはいないようですね。ロッコさん、良かったら彼女たちが住んでいた部屋を確認したいので案内していただけませんか?」

「えぇ、よろしいですよ」


ロッコは顔だけ洗わせてくださいと一言断わったものの、快く案内を引き受けることにした。このロジャーという便利屋を名乗る男が母子のことをどうするのかが気になったということもある。


顔を洗い終わったロッコは便利屋と連れ立って4階の母子が住んでいた部屋の前までやってきた。


「こちらですか」


そういうと便利屋は家主から預かったであろう鍵で部屋を開けつつ思い出したように言った。


「そうだ、ロッコさんどうせなら見届けませんか。気になっているのでしょう?」

「いいんですか?」

「えぇ、構いませんよ」


便利屋と部屋に入り、ロッコははっとした。突然入ってきた便利屋とロッコに警戒したような表情を浮かべた母子が抱き合いこちらを見ていたからだ。


便利屋は口の中だけでぶつぶつと何かを唱えると、穏やかな顔でぽつりと母子に向かって言った。


「怖いことはないですよ。還るだけですから大丈夫」


母子は、一瞬こわばった表情を浮かべたが、ホッとしたようでいて、何かを悟った様子を見せると徐々にその姿を光に変えて最後には消えてしまった。


その様子を見て唖然としていたロッコに便利屋はちょっと困ったような顔をしつつ、諭すように言った。


「ご覧頂いたように、苦痛もなにもありません。さて、ロッコさん次はあなたの番です」


それを聞いて3人目に誰が殺されたのかを、ロッコはようやく思い出した。

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