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熱血勇者が初めてのコンビニ訪問

作者: kouto

 夜も更け、店が閉まる時間。暗い闇夜の中、俺は煌々と光るコンビニへと足を進めていた。

 透明なガラスから痛いほどに白い光があふれ出ている様はまるで天国のようだ。ガラスが張られた辺りを見渡すとゴミ箱の隣、物が置かれていない箇所がある。どうやらあそこが入り口のようだ。そこへと向かいながら俺は違和感を感じていた。そう取っ手がないのだ! これでは扉を開けることはできない。いや、もしかしたら入り口ではないのかもしれない。かくいう俺はコンビニには来たことがないため入り口が分からない。

 ピンポーン!

「何っ!?」

 音と共にガラスが勝手に開いた! まるで幽霊屋敷の扉ではないか! 緑色のカーペットとピカピカと光る白い床が俺をあざ笑うかのように手招きしているように見える。だが、コンビニに用があるのだ。

 入るしかない!

 俺はまず一歩、カーペットを踏みしめた。なかなか悪くない感触だ。

「いらっしゃいませー」

 右手のカウンターにいた店員が俺に挨拶をしてきた。こんな深夜に訪れたというのに何て良い人なんだ。俺は店員に向かって歩を進める。

 ウィーン!

「くっ!」

 やはり、と言うべきか。幽霊屋敷よろしく、俺の後ろにあったガラスが閉じた。俺はコンビニの中に閉じこめられたのだ。明かりの少ない夜の中、白く輝き甘美な様相で人を中へと閉じこめる。恐るべしコンビ……。

 ピンポーン。

 あ、ガラスが開いた。そして二人の人間が入ってくる。ん? あいつらは……。

「遊び人♂と遊び人♀か!」

「お、こんなところで奇遇だな」

「あん♥、違うわよ勇者ちゃん、遊び人♀じゃなくてア・ソ・ビ・ニ・ン・メ・ス♥」

「そうだったな、すまない遊び人メス」

「勇者はコンビニへ何しに来たんだ」

「俺はウーロンチャーを買いに来たんだ。おまえ達は?」

「本よぉ? オ・ト・ナ・の♥」

 そう言ってガラスの内側に陳列されている本棚を指さした。

「そうか。それでは各々、目当ての物を買うとしよう」

 俺は店員に向かって叫んだ。

「すみません! ウーロンチャーください!!」

「勇者、商品は自分でレジへ持って行くんだぞ」

「そうなのか。すみません! コンビニ初めてで!」

 と遊び人♂に買い方を教えてもらった俺は店員に頭を下げて謝った所でウーロンチャーを探し始めた。しかし、店員の見てない所で商品を手に取っていいとは不用心ではないだろうか、と思っていたらウーロンチャーが見つかった。ウーロンチャーは店の奥、ガラスの向こうにあった。こちらのガラスは勝手には動かないようで取っ手がついていた。取っ手をつかんで開けると中からひんやりとした空気が伝わってきた。まさか飲み物を冷気の魔法で冷やしていたとは、すごいぞコンビニ!


「140円です」

「支払いはCABOCHAでお願いします」

 姫から渡されたこの金属の札が財布の代わりらしい。一体どこから通貨を入れるのか、今度聞いてみることにしよう。

「ではこちらにかざして頂けますか」

「はい」

 シャラーン。

「ありがとうございました」

 これで支払いが完了したのか。いちいち財布から金を出したり、お釣りを入れたりしなくていいのは素晴らしいが、いくら払ったのか分からないな。これは改善すべき点だろうな。

「どうやら無事に買えたようねぇん♥」

「ああ、おまえ達のおかげだ。ありがとう遊び人♂、遊び人メス」

「それじゃ俺たちも買うか、あ、煮卵と大根お願いします」

 む? 遊び人♂は大人の本を置きながら、カウンターにあるおでんを注文した?

「商品は自分で持ってくるのではないのか?」

「おでんは別なんだ」

「なるほど」

 とは言ったものの何故おでんだけは別なのだろうか? 全て統一した方が楽だと思うのだが……。それにしてもおでんか、薄暗い闇夜の中を歩いてすこしばかり体が冷えた気もする。湯気の立つ中、キラキラと輝く煮卵におでんの汁をたっぷりと吸った大根はとても魅力的だ。

「俺もおでんを買うことにしよう」

「そうか、それじゃここでお別れだな」

「ああ、さよならしよう」

「それじゃ勇者ちゃん、ま・た・あ・し・た、ねぇん♥」

 ピンポーン。

 遊び人達はコンビニを出て行く。俺もおでんを買って帰ることにしよう。しかし、悩む。煮卵にするか大根にするか、ちくわやはんぺん、がんもどきも上手そうだ。あつあつのこんにゃくか? 餅巾着ならなかなかボリュームがありそうだし、ウインナー等という変わり者まである。……ハッ!


 悩むなら 全て取るのが 勇者道 一兎追うものは 二兎を得られず


「全部ください!」

「全部ですか?」

「はい! 全部です!」



「ありがとうございました」

 ウィーン。

 ……言葉とは難しいものだ。カウンターにあった全てのおでんを抱えながら俺はそう思った。この大量のおでん一人では食いきれない。起きているかどうか分からないが仲間と共に食べる事にしよう。幸い小分けされている。

「こんな夜道に一人かい? ええ、勇者?」

「はっ!?」

 電灯の下でナイフをゆらゆらと振る二人組、間違いないあいつ等は。

「盗賊♂! 盗賊メス!」

「誰がメスだこらぁ! ♀だ♀!」

「む、すまない。つい、な」

「つい、だぁ? あたいの事アバズレとでも思ってんのかてめえは!」

「姉御はアバズレじゃねえぞぉ! 立派な生娘だぁ!」

「一言多いんだよ、盗賊♂!」

 と盗賊♀が盗賊♂を蹴り上げる。

「相変わらず仲がいいようだな、おまえ達は」

「ハッ! そんな余裕ぶってて良いのかい? あたし達はね盗賊なんだよ! 痛い目に遭いたくなかったらその荷物を置いていきな!」

「ああ、いいぞ」

 と俺は抱えていたおでんを置く。

「姉御ぉ! おでんですぜ、あつあつのおでん!」

「フン、やけに素直じゃないか」

「それはそうだろう、仲間だからな」

「な、なな、なっ!」

 それにしても起きている仲間がいて良かった。これでおでんの消費に一歩近づいたな。

「……ふ、ふん! そんな事言ってもあたいはこれっぽっちもあんたの事仲間だなんて思ってないんだからね! 勘違いするなよ!」

 とはんぺんをハムハムと両手でほおばりながら盗賊♀は言う。盗賊♂はともかく盗賊♀は手が熱くないのだろうか?

「姉御ぉ、顔が赤いですぜぇ? 大丈夫ですかい?」

「うるさい! 黙って食えバカ!」

 盗賊達は次々と小分けされていたおでんをバクバク食べていく。そこで俺は一つの疑問が浮かんだ。

「ちょっと待て、おまえ達。それを全部食うのか?」

「なんだい! これはあたい達が全部頂くって言っただろ! 欲しそうにしたってあげないからね! ……まあでも勇者がどうしてもって言うなら、あたいの子分になるってんなら……」

「いや、全部食べてもいいのだが、太るぞ?」

「ぬぅあ! な、なななななななななななな……」

「姉御ぉ?」

「なーーーーーーーーーーーー!!!」

「姉御ぉ! 待ってくだせえ!」

 すごい勢いで走り去ってしまった。おでんを残して。中身を確認するとまだまだあるな、そして食いかけのものが二つあるな。どうしたものか捨ててしまうのも悪いし、よくよく考えたら俺はおでんをまだ食べていない。他人に渡す前に味見をする事にしよう。

 出汁が染みた大根を箸で挟んで一口、……旨みが舌に広がり、香りが鼻を突き抜ける。うん美味い!

「あーーーーーーー!!」

 ん? 盗賊♀がこちらへ戻ってくる。

「勇者ーー!」

「どうした盗賊♀?」

「こ、このバカ野郎!!」

「うん?」

 どうしたのだ? 突然、涙目でやってきたと思ったら声を荒げて。……あ、そうか。

「すまない、まだ食べるつもりだったのに手をつけてしまった」

「え? そ、それ。あ、あたいの?」

「悪かったな、まだあるから別のを取るといい」

「か、かかかかかかかかかかか! かんーーーーーーーーーーー!!!」

 盗賊♀がまた走り去っていった。かん? 何だろうか、感謝? 完食? まぁどちらにせよもういらないという事だろう。……さておでんも一通り食べたし、まずはたくさん食べそうな戦士と武闘家たちの所へ訪ねてみる事にしよう。



 それにしてもコンビニか……素晴らしい所だった、また行こう。



。。


 おまけのカレー編


 ここが噂のカレーハウスか。よし入ろう。

 チャーン。

 音とともにガラスが開く。もう驚くことはない、慣れたものだな。

「いらっしゃいませ、一名様ですか」

「はい」

「それではこちらへどうぞ」

 店員に案内された席に俺は座る。

「ご注文をどうぞ」

 カレーハウスなのにカレー以外があるのだろうか? と思ったらメニューがあった。どうやら様々なトッピングがあるようだ。別の注文でサラダ等を頼むらしい。聞かなくても分かるようになってきた、やはり慣れたものだ……ハッ!


 知らぬなら 聞いてみるのが 勇者道 聞かぬは恥よ 無知の知よ


「カレーを食べにきたのですが?」

「はい、カレーですね。トッピングはいかがなさいますか? 今のままですと具なしになってしまいますが?」

 そう言って店員はメニューにあるトッピング表を指さした。聞かなくても良かったかもしれない。

「ビーフ、ポーク、チキンをお願いします」

「ビーフ、ポーク、チキンですね。ご飯の量はどうしますか?」

 何!? ご飯の量だと! 聞いてよかったかもしれない。

「男は黙って大盛り!」

「はい、400グラムですね。カレーの辛さはいかがしますか?」

「黙って辛口!」

「辛さは数字で選べますが……」

「極振りで!」

「恐れ入りますが、初めての方は5の辛さまでとなっておりますのでご了承ください」

「む、分かりました」

 最大で「勇者でも倒せない!?悪魔の13の辛さ」まで選べるようだが、まぁそういう決まりならば仕方がない。

「サラダ等はいりますか?」

「では勇者のサラダをお願いします」

「はい、ご注文承りました」



「お待たせいたしました」

「ありがとうございます」

 店員が持ってきたカレーに俺は少し驚いた。カレーというのは黄土色の物が基本だと思っていたが、レンガのように赤茶けた物が出てきた。これが人気のカレーなのか、少々分からない。それに具なしとは聞いたが、人参とジャガイモくらい入ってても良いのではないだろうか。まぁ野菜はサラダがあるし、肉たっぷりなので良しとする事にしよう。

 ではまず一口。む、これは味が広がって。

「辛いぞ!」

 なかなかに辛い。これが半分より下の5の辛さだと言うのか? 辛口マスターとは言わないが、それなりのものを食ってきたこの俺の口をここまで赤く熱するとは、やるな5の辛さ!

 いや、かなり辛い……。ドラゴンの如く口から火炎を噴き出しそうだ。だが、俺は負けない。なぜならば俺には切り札があるからだ。

「ストーナイズ!」

 ストーナイズ、それは石化の呪文。これで俺の舌と食道を石化させれば辛さなど何のその。では一口、うむ! 喉元すぎれば熱さを忘れるとはまさにこの事。所詮は5辛、俺の切り札の前にはどうすることもできない。まぁこの切り札は姫♀の料理すら防ぐ呪文だからな、当然といえば当然ではある。

「ディスペル!」

「何!?」

 自分にかけた石化の呪文が解呪される。この声はまさか。

「……いたのか、僧侶♀」

「駄目ですよ勇者、食事は命への感謝、ちゃんと味わって食べてあげないと」

 ニコニコと慈愛の女神のような微笑みをこちらに向けながら僧侶♀は言った。

「感謝している、だから残さないようにだな……」

「味が分からなくてもいいのなら、そこらへんのほこりでも食べたらどうですか? 環境保全になりますよ」

 と笑みを崩さず僧侶♀は言う。仕方ないこのままで食いきってみせる。どんなに辛くとも所詮は食い物! 全ては人の胃袋の中に収まる運命なのだ。

「うおおおおお!!!」



 百里を行くもの九十を半ばとす。あと少し、だがその少しが入らない! 俺の胃袋が、食道が、舌が悲鳴を上げている。

「くっ、もう限界だ」

「この程度の辛さを超えられなくて何が勇者ですか、さあ、頑張って♪」

 僧侶は魔女のような笑みを浮かべながら応援している。

「この程度だと……? 僧侶は食べていないからそんな事が言えるのだ」

「では勇者様も13の辛さに挑戦してみますか?」

 そう言って僧侶はあるチケットを見せる。そこには『おめでとう君は悪魔を倒した』と書かれている。

「僧侶、体は大丈夫なのか?」

 はっきり言って13の辛さなど毒物と大差ないだろう。

「回復呪文があるので大丈夫です」

「何!? 石化呪文は駄目と言いながら、回復呪文を使うのはありだと言うのか!」

「私は体調のためです。勇者は味から逃げているじゃないですか」

「そういう細かい事はどうでもいい、回復呪文がありだと言うなら使ってくれ」

「……仕方ありませんね。これ以上は食べられないようですから、ヒール!」

 おお、痛みと熱を帯びていた体の内部が浄化されていく。これならば5の辛さも食える。カレーをすくって思いっきり頬張る。

「辛いぞ!」



「完食お疲れさまでした」

「辛さやトッピングを自由に選べる。これがカレーハウスの凄さか」

 今度からは甘口にしよう。

「勇者の顔も見れましたし、私はそろそろ行きますね」

「ああ、俺はサラダを食べてから出ることにする」

 カレーばかり注目していてすっかり忘れていた。

 僧侶が出ていくのを見届けて、俺は口直し代わりにこのドレッシングがたっぷりとかかったサラダを頂いて帰るとしよう。


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