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65.第6章(新たな旅立ち)---下関戦争(1)

65.第6章(新たな旅立ち)−−−下関戦争(1)


 ヒコの周囲でも世情は慌しさを加え始める。汽船エンペラー号(英国女王贈呈)が500名の家臣を乗せて横浜に寄港。彼らは京都に赴く老中を大坂まで見送るのである。


 蟠龍丸が攘夷にかんする外国代表の返答をもって京都に向かう途中立ち寄る。


 江戸からの風評によると、深川で船大工が夜を日に継いで小船を造っている。品川砲台と海岸の間に大船橋を渡すためとか。将軍は朝廷の意向に屈し、攘夷を本気で実行するつもりかも知れぬ。神奈川から外国人を退去させる準備かもしれない。


 奉行浅野氏と若年寄(外国副奉行)酒井氏、フランスの旗艦セラミス号を訪れ、フランスの横浜駐屯問題について申し入れをする。フランスは先月、自国居留民を攘夷主義者から守ることを口実に陸軍部隊と海兵隊を上陸させた。


条約にはまったく謳っていない行為で、米英両国はこれに強い不満の意を表していた。イギリス軍もその直後に横浜の山手地帯に駐留した。数日前の攘夷通告の内容とは、正反対の駐兵権の承認が同じ政府によって行われた。


 幕府が毎月1・2万ドル、1万ドルをそれぞれ払って、イギリス商船エルギ号、ラジャ号の二隻を雇った。その理由は誰も推し量れない。


 小笠原図書頭が奉行・浅野伊賀守とともに江戸よりくる。購入したばかりの汽船ライイームーン号で横浜から京都に向かうためである。


 国の方針を決めるのに江戸と京都の間を幾日もかけて往復する。ヒコは電信機のことを思わざるを得なかった。サンダースに連れられ初めて東部に行ったとき、ニューヨークのホテルから、彼が電信で知らせると、翌日ボルチモアーの駅に家族が迎えにきていた。


二回目の渡米時には、ワシントンの南隣の町アレキサンドリアで、南部のスパイ将校と間違われたとき、電信機のおかげでその日のうちに自分の疑いが解けた。

 

 そういうなか、米国公使が上海からの飛書を受け取る。アメリカ船ペンブルーク号が横浜から長崎に向かう途中、周防灘に停泊したときに日本船から砲撃を受けた。日本政府に訴えて損害賠償をさせて欲しいとの船主からの依頼が、上海の米国領事を通して持たされたのである。


長州藩による攘夷決行であった。1863(文久三)年七月、日本軍艦が、瀬戸内海経由上海へ向かう途中に下関海峡に停泊中のアメリカ商船ペンブルーク号に対して発砲した。


当日は、以前より朝廷に上申していた攘夷開始の日であったが、幕府は本気で行動に移す意図はない。国内に高まる強硬派をなだめるためのジェスチャーでしかなかった。最急進派の長州が幕府の弱腰に反発して、実力行使に出た。


ペンベルーク号は激しい砲火を浴びながらも、闇にまぎれて追撃を振り切った。豊後水道方面に逃げた。


この事件は、公然と外国船を砲撃するという、後の薩英戦争あるいは、四国(米英仏蘭)連合対長州戦争のさきがけとなる。


 アメリカ公使ブライアンは真偽の程を確かめるため、直ちに使いをやり外国奉行を領事館に呼んだ。ほかにドール領事、マクダガル海軍中佐三人が立ち会う。通訳はもちろんヒコである。


「我が合衆国の蒸気船が瀬戸内海において、ある日本船に砲撃を受けたことはお聞きになりましたか。もしお聞きなら、その船の名前と持ち主をお教え願えませんか」

 公使が切り出した。


「いかにも、うかがっております。また、それは事実だとも存じ上げる。おそらくは長州の船だと思われまする」

「では、それは誰が命令したのですか」

「…」

「まさか将軍の政府が、自ら攻撃を命じられたのではないでしょうね」


「砲撃は、長州が自らの責任において行ったもので、将軍政府とは何の関わりもござらぬ。しかし江戸の政府は、わが国を代表する政府であるから、すでに本件の調査は開始している。我々は友好国に属する船舶に、かような砲撃を加えた下手人を、速やかに逮捕かつ処罰するよう努力することを約束申し上げる。報告は受け取ったばかりで、他に差し迫った事件もあって、如何なる手段を取るか、考慮する暇がない状態なのである」


「長州人たちが、すべて自己の責任において行動した以上は、長州の不法行為を罰するために、我々合衆国がアメリカの軍艦を派遣しても、将軍政府は一切ご異存はございませんね」


「そ、それは、とんでもないことである。外国の軍艦が直接出かけて行って、長州を懲らしめる、さようなことは絶対黙認するわけには参らぬ。そんな事が許されるとなれば、我が政府が無いのと同様、面目が立ち申さぬ。もし長州が正当な理由なくして発砲せしこと明白となれば、日本の法律に従って、相当の刑罰を課する所存である。どうか軍艦差し向けだけは、ご遠慮願いとうござる。どうか、政府から沙汰があるまで、お待ち頂きたい」


 ヒコは通訳しながら、また始まったと思った。例の二枚舌、のらくら戦術である。長州は攘夷の最急進派。朝廷を戴いている。一方江戸幕府は開国派が優勢である。生麦事件の事後処理でも明らかになった通り、またこの会談で奉行が認めたように江戸政府は日本全体を代表してはいない。


知り合いの医師によれば、薩摩や長州など雄藩は一個の独立国も同然らしい。外国はそういう幕府の事なかれ主義に辟易している。


 ヒコの予想どおりであった。奉行が帰ったあと公使は領事と中佐を呼び寄せ打合せをした。そして、直ちに軍事力に訴えることにした。


アメリカは報復措置をとるため、急きょ軍艦ワイオミングを下関に向け出航させることにした。砲撃した日本船を拿捕し、戦利品として横浜に曳航する作戦である。公使のブライアンも艦に乗り、ヒコも同行することとなった。


その夜、領事から出張命令所を受け取った。

〈明朝午前四時ちょうどに相違なくワイオミング号に乗船くだされたく。平穏を祈る〉

 反政府側であるにしろ同胞を敵に回すのである。しかし、職務であるから致し方ない。

ヒコはワイオミングが彼らに大砲を向けなくて済むことを願った。

 

出帆の七月十三日の朝、ヒコが乗り込んでみるとブライアン公使の姿がない。


「一昨日の会議の後、公使に会われたのではありませんか」と艦長のマクダガルが尋ねたので、ヒコは「いいえ、一度も。会議が終わってからは未だ会っていません。昨夜十一時、領事より命令を受けて、乗船時刻が分かったのです。公使はすでに乗艦しておられるとばかり考えていました」


やがて、領事館員のベンソンが乗り込んだが、彼も何も知らないようす。


「公用のためだ。ワイオミングに乗って瀬戸内海を旅するようにとの通知を受けただけだよ。詳細は何も聞いていない」

物見遊山気分である。


出帆時刻が近づいて、錨を抜く用意をととのえたマクダガル艦長が、そのうち現れるだろうと、双眼鏡で海岸をうかがい待っていたが、やはり無駄であった。


結局ワイオミングは公使を乗せないままで出港した。六時を回っていた。


出向後すぐに艦長は自分の部屋にヒコを呼び告げた。、これからは公使専用に準備した部屋を使うよう言った。

「公使専用に用意した部屋、あなたがお使いください。あなたが公使代理です」

 ヒコは大変なことになったと思った。


 作戦はマクダガルに任せればよい。しかし名目とはいえ自分は合衆国政府を代表する。

もしこちらが捕らわれたりして、このことが明るみに出れば、不本意きわまりない。アメリカ人としてのヒコを天下に公表することになる。


 下手をすれば、いよいよとなればワシントンはヒコを見捨てるかも知れぬ。サンダース氏は帰化すれば合衆国政府が身を保障すると言っていたが、海軍倉庫委員への就職を頼んだときのワシントンの木で鼻をくくったような対応を思うと、国家の面子をかけてまで守ってくれるかどうか怪しい。


 とはいえ引き返すわけにいかなかった。


 公使代理としての最初の仕事は、日本の政治情勢と、民衆および大名の諸外国に対する感情についてのマクダガル艦長の質問に答えることだった。翌朝、朝食後に艦長の喫煙室で軍医も交えて話した。


 大名の外国に対する感情は藩によって異なる。友好的なところ、中立のところ、敵意を抱いているところと様々である。問題は敵意を抱いている中でも強硬派の藩である。五藩ある。彼らは命を賭けて外国人を追い出そうとしている。長州がその筆頭である。

 知り合いの医者から得た知識が役立った。


 最後にマクダガルは眉をひそめて言った。

「ジョセフ殿。貴方は長州人たちはアメリカの軍艦にも発砲してくると思いますか」

「残念ですが」ヒコは艦長から眼を逸らした「商船だろうと軍艦だろうと、見境なく撃ってくるでしょう。命を捨てることは平気な人達ですから」


 マクダガル艦長はヒコの意見を聞くと、士官や兵員に戦闘準備を命じた。大砲に弾丸をこめ、小銃やピストルに装填した。


午後三時に豊後水道に入り、五時に周防灘の豊後近くに浮かぶ姫島に錨をおろした。



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