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61.第6章(新たな旅立ち)---南北戦争(4)

61.第6章(新たな旅立ち)−−−南北戦争(4)


 緩衝ゾーンであるヴァージニア州のなかでも北部に奴隷制度廃止派が多く、南部に存続賛成派が多かった。特にアレクサンドリアは首都ワシントンに隣接しており、北部支援者が圧倒的に多かった。


 ヒコはブース宅にもどり、彼につれられ再び彼の友人である当地の大実業家・ブライアントを訪問した。ヒコが紹介されたあと、昼間の牧師誘拐事件について三人で雑談をしているとき、突然に北軍の中尉姿の兵士が部屋に踏み込んできた。


「皆さん。せっかくおくつろぎのところ、ぶしつけにお邪魔して申し訳ありません。上官の命令ですからお許し願いたい。ここにおられるのは、すべてこの家の住人の方ばかりですか」

 兵士は鋭い目でヒコたちを見回した。ブライアントがそうだと答えると兵士はさらに続けた。


「ならば、私といっしょに来ていただかなければなりません。軍法会議を受けていただきます」


 高圧的で有無を言わさぬ語気の強さである。

 カプテンブースとブライアンとは呆れた表情で顔を見合わせていたが、やがてヒコに言った。


「せっかくお遊びにおいでくださっているところ、とんでもないご迷惑をおかけして申し訳ありません。私どもには召喚されるような心当たりはまったくありません。私たちのことはともかく、ジョセフ殿、貴方がお気の毒です」


 ヒコたちは中尉に連れられ憲兵隊本部に行った。途中二十人ばかりの兵士が遠巻きにしてヒコたちに付いてきている。のちほど聞いたところでは、ヒコたちが抵抗すれば、彼らは中尉の命の下ヒコたちを捕縛する手筈であったらしい。


本部には礼服を着た二人の武官がいた。一人は暖炉のそばで新聞を読み、他の一人は机に向かって書き物をしている。ヒコたちが部屋に入ると二人は鋭い眼でヒコたちを見た。中尉が連れてきたと言うと、新聞を読んでいた武官がヒコを指差し言った。


「私どもに用事があるのは、貴方です」それから中尉に向かって「この方を二階にお連れしろ」

ヒコは直ちに通行権を提示して人違いであると抗議した。


武官はヒコの通行権にチラッと眼を通しただけで、冷ややかに言った。

「そのワシントン府から、貴方の逮捕の命令が電信で参ったのです。ですからとにかく、中尉の後について二階にお上がりください」

 ヒコは抵抗は無駄だと思って指示に従うことにした。


ヒコが連れて行かれたのは広さ十五畳ほどの埃っぽい板の間である。木製の腰掛が多数並べられ、片隅には帆布製のベッドが一つ置かれている。よく見るとさらに奥にもう一部屋ある。そこにはヒコのような逮捕者がもう一人いた。


彼はヒコの姿を認めると駆け寄ってきた。


「私は二週間前に連れてこられました。そして火の気のまったくないこの寒い部屋で、帆布の夜具ひとつだけで寒さを凌いでいます。食事もまるで豚の餌みたいで、実にひどいものです。家族や友人と連絡を取ることができません。ですから私がここに拘留されていることは彼らは知りません。こうして私たちが捕らわれたのも何かの縁です。もし貴方が出られたら、私の家族たちに連絡を取って欲しいのです」


 よほど人恋しかったのだろう一気にしゃべった。

 やがて先ほどの中尉がやってきて階下に来るよう告げた。


 階下ではブースとブライアントが待っており、ことは解決したと言った。ヒコは2万5千ドルで保釈されたのだった。

「私は大変な値打ちを付けられたもんですね」

 帰路二人から教えられたとき、ヒコは苦笑いした。


ブースはワシントンに帰るヒコの馬車を用意したあと、アレキサンドリア法務庁と市役所に出向いた。ヒコ拘留控訴の進み具合を聞くためである。


半時間ほどして彼は帰ってきて、事の顛末を語ってくれた。


南軍の将軍が俄かに宿舎から姿を消し、ワシントンの近くで北部に攻撃を仕掛ける準備のための偵察をしているとのうわさが広がった。北軍は怪しい人物をすべて監視下においていたが、そういう中、たまたまヒコを尾行していた密偵が、憲兵隊本部に戻ってきて将軍の写真を見ながらヒコが似ている言った。それでヒコが犯人と断定されたのである。


ヒコの首実検のため、告発した探偵を呼んだが、現れないうちにヒコの身元が判明した。ヒコが日本人で別人であるとの電信が入った。しかし手続き上のことがあり、保釈金と引き換えにヒコを釈放したのである。結局軍当局は正式にヒコに謝罪の書状を送付し、友人たちに保釈金を全額返還する。


ワシントンを去るに際してヒコは、任官の礼を再度謝すためシュワード長官を再訪する。しかし海軍倉庫委員職にはまだ未練を残す。国務省はもう二度と訪れられないだろう。ヒコは希望は捨ててはいないのでよろしくと長官に告げた。


ヒコがスパイに間違えられた話をすると長官は事も無げに答えた。

「時期が時期ですから、それはあるでしょう。それに、間違われたのが南軍名うての将官ですから、それはむしろ果報というものですよ、ミスター・ジョセフ。ハハハ」

 彼は楽しげに笑った。


 翌日ワシントンの新聞社が全焼した。これは先日アレキサンドリアにおける北軍兵士による牧師逮捕事件を悪し様に書いたため、北軍兵士が放火したためといわれている。さらに出火の際、イリノイ州の義勇兵が消防活動を妨害したため、州知事は彼らを首都外に放逐した。


ところが彼らはその命令を無視して翌日再び市に入ってきた。面子をつぶされた知事は政府に辞表を出した。


 知事辞表提出理由についての地方新聞の報道はこれとは違った。知事は北軍よりも南軍に味方するものであるから、辞表するのは時間の問題であったとした。

 政府は知事の辞職を認めず、処置だけは適当として、兵力を再び市外に追い出した。


 次の朝外に出てみると各家の軒先に合衆国の国旗が翻っている。これは前夜退去させられた義勇兵が悔し紛れに、ワシントンの住人は南軍に好意的だったといって、住人たちの感情を害したための悪戯らしい。


 まもなく雨が降り始め、ブースは出発を見合わせるようヒコに言ったが、昼前ヒコはアレキサンドリアを出てボルチモアに帰った。


二、三日すると時折遠くから大砲の鳴り響く音が風に乗って聞こえてきた。


 三月十日、市中はハンプトン・ローズ海戦の新聞のニュースで持ちきりだった。記事は南軍戦艦メリマック号が北軍のカンバーランド号とコングレス号の二艦を撃沈したと報じていた。


アレキサンドリアで読んだ新聞社焼き討ち事件とそれ端を発した知事の辞表騒ぎ。今朝ほどの南北両海軍によるハンプトンローズの海戦。時を経ずして人々の口の端に上る。しかも一度に多くの市民の知るところとなる。


日本にいるとき、尾張からきた商人が言っていた。江戸のちょっとした出来事が半月近くたってやっと尾張に届く。そしてそれがその地方一帯に伝わるのにさらに何日もかかる。


ヒコはアメリカのニュースペーパーと、それを支えるであろう電信の威力をあらためて感じた。あのような捕縛が日本で起これば、何ヶ月ものあいだ揚がり屋に放り込まれていたであろう。


 ところで、このハンプトン・ローズの戦いは〈モニターとメリマック〉の戦いとも呼ばれるもので、動力装甲軍艦同士の歴史上最初の戦いとして知られる。1862年三月八日から九日にかけて、二日間ヴァージニア州ハンプトン・ローズ河口沖で行われた。


 最初は戦艦ヴァージニア号率いる南軍がモニター抜きの北軍を撃破した。ヴァージニア号は装甲艦であったが、焼けた北軍の木造船メリマック号を改造したものであったため、北軍はこれをメリマック号と呼んでいた。南北戦争の結果北部が勝利したため、ヴァージニア号でなくメリマック号をあてた。


初日は改造船とはいえ装甲軍艦。木造軍艦ばかりの北軍は敗北を喫した。しかし二日目北軍にモニター号が加わり〈装甲艦の決闘〉が繰り広げられた結果、北軍が盛り返した。


 両軍の損害は北部が沈没木造軍艦2隻、損傷1隻、死亡261名、負傷108名。一方南軍は沈没艦はなく、損傷が1隻(装甲艦)、死亡7名、負傷17名となっている。数字からは初戦における両軍の戦力の違いがそのまま反映されている。


ヒコが新聞で知ったのはこの初日の戦いである。


つづく




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