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19.第2章(黄金の国)---晒し者


   19.第2章(黄金の国)−−−晒し者

 

 舞踏会に招待された彦太郎たちはやがて大きな石造りの家に到着した。一歩足を踏み入れるや、突如として耳をつんざくばかりの音が彼らを包んだ。楽隊であった。待ち構えていて演奏を開始したのだ。


「まるで、囃子じゃのう」

「そうじゃ、秋祭りの騒ぎみてぇじゃわい」

「わしゃ、盆踊りを思い出すぞ」

               

 彼らはしばしの間立ち止まり、西洋の囃子隊の奏でる楽の音に各々の故郷を思った。


彦太郎の故郷への思いは仲間ほどではなかった。帰還したとしても、実母はすでに亡くなり、待ってくれているのはよその人同然の義父と義兄だけだった。


彦太郎が眼を上げたとき仰天した。


「あそこにも、日本人がおるぞ!」

思わず彦太郎は叫んだ。


 仲間たちが彦太郎の指さす方向を見ると、大広間の一角に確かに自分たちと同じ衣装を身に付けた日本人らしい顔かたちの人間が多数立っている。頭に髷らしいものも見える。


《ワシらが連れてこられたンは、この連中に会わせるためだったのじゃ》

 あまりの懐かしさに彦太郎はその見知らぬ同郷人に向かって駆け出していた。


 相手も彦太郎たちに気付いたのか、その中にいた一番年の若そうな男が同じようにこちらに向けて走り寄ってきた。


いよいよ近づいて彦太郎が相手を抱きかかえようと両手を広げると、その若者も真似をする。変だなと思った瞬間衝突しそうになった。そしてぶつかる寸前に止まった。


「彦ドン。そりゃあカガミや。ギヤマンの鏡やぞ!」

 後を追ってきた舵取りの長助が叫んだ。


 万蔵に次いで年長の長助は何度か長崎へいったことがあり、ガラス製の鏡を見たことがあった。

日本では古来鏡といえば、鋳銅を研ぎ出して造った。しかしこの銅製の鏡は反射面が暗く、しかも小型で、せいぜい顔とか髪だけを覗き見るのがやっとだった。


十人以上も一度に、しかも色も明るさも実物そっくりに写しだす鏡は信じられなかった。大昔、初めて異国の鏡を見た人の驚きもこんなであったろうと彦太郎は想像した。


 ギヤマンの鏡は彦太郎にとって、黒船、遠眼鏡、カメラに次いで四つ目の異国文化の驚異であった。


 彦太郎たちはジェニングス船長の案内で、芝居小屋の舞台のような一室に通され椅子に座らされた。背もたれ付きでふわふわとした、豪華なもので横一列に並べられていた。


正面には緑色の幕が下がっていた。やがてその幕の向こうで誰かが大声で喋り始めた。ジェニングス船長であった。彼の声にまじって時折人々の話し声や笑い声が聞こえてきた。


 彦太郎その途端自分たちに何が起ころうとしているかを悟った。日本人の衣装で招かれた訳を理解した。栄力丸乗組員たちも気付いたらしく、次々と色めきたった。

「ワシらを見世物(みせもん)にする気じゃ」



金儲(ぜにもう)けの道具にされるっちゅうわけか」

「堪忍ならねぇ。ワシは(けえ)るぞ」

 口々に憤りをあらわした。


 楽天的な彦太郎もこのときばかりはむっとした。おとなしいあの仙太郎までが不満げに口をへの字に曲げていた。


「みんな、待て!辛抱が肝心じゃ。助けてもろうた恩を忘れちゃいけねぇぞ」

 万蔵が懸命になっておさえた。

 

やがて幕があがった。案の定、幕の向こうは異国の人々が立っていた。色とりどりの衣装で着飾った異人の男女が、幾重にも人垣を作ってじっと見つめていた。彼らは彦太郎たちを見た瞬間一斉に拍手し歓声をあげた。


 船長の紹介が終わったあと舞台から降りていくと、たちまちアメリカ人たちが殺到してきた。彼らは先をあらそって着物に触れたり、髭を引っ張ったりして、遠来の訪問者をもみくちゃにした。


異国における彦太郎たちの不自由であろう生活を思いやってか、貨幣、指輪、タバコ、菓子などを密かに手に握らせてくれる者もいた。


「カワイイヤア!」


 弄ばれるなかで彦太郎は再び聞いた。税関長キングが先日しゃべった「日本語」が再び自分に向かって発せられた。自分はまだ幼さを残すかもしれないが、体格は連れの仲間たちに負けない。「可愛いやあ」とは失礼千万。


 憤懣つのった彦太郎は我慢しきれなくなって、遇然近くにいた老婦人を指さし真似てみた。彼女は瞬間びっくり仰天したように眼を丸めたが、すぐに顔を輝かせ満足げに頷いた。


彦太郎の「英語」は立派に通じた。もっとも、彼が真の意味を知るのはずっと後のことであった。

 

やがて音楽隊の演奏が始まったらしく、例の大音響が起こった。人々はそれぞれに男と女の組合せをつくり、床の上を動き回り出した。西洋式の踊りらしかった。男女とも仮面で顔を隠したり、異性の衣装を着たりして化けていた。


 踊りの群れの中から突然女装の人物がやってきて、文太の手を取り踊りに引き込んだ。文太が髷を切り洋風の頭にしており、目立ったからかも知れなかった。


驚いたことに、最初こそ文太は戸惑っていたが、すぐに気を取り直したようにして、相手に調子に合わせ始めた。


そしてしばらくするうちに脚の運びなど踊りの要領がすっかりつかめたらしく、足を蹴り上げたり息を弾ませたりして得意げな表情さえ見せた。


サンフランシスコに向かうオークランド号船上において、病気の異人船員の代理をつとめた自信が後押しをしているのかもしれなかった。


そういう文太を見て異人の男女は大声で笑い囃し立てた。同じく洋装でありながら彦太郎が踊りに誘われなかったのは、年齢が文太の三十七に対して、彦太郎はその三分の一の十三歳。


ジェニングス船長が断髪直後の彼を「プリティ」と形容したごとく、彦太郎が幼く見えたのだろう。


彦太郎は誘われなくてほっとした。彼は踊った経験がなかった。踊りといえば盆踊りぐらいしかなかったが、大抵踊りの輪から離れて見ていた。寺子屋仲間に誘われても入らなかった。


日頃、怖そうな顔をした大人たちが、何故この日に限って、手のひらを返したように楽しげな表情になれるのか不思議で仕方なかった。


さらに、仮装姿で不明とは言いながら、人前で女の手を握るという行為はためらわれた。日本では男女が手を取り合って踊ることは考えられなかった。


 踊りに加わらない人々が、彦太郎たち一人ひとりを別々に自分たちのグループに招待した。彦太郎は一人の青年に賭博に誘われた。台で25¢(1/4d$)銀貨一枚をもらって、それを賭けるとたちまち数倍にも膨れた。


青年は彦太郎に買った金を懐にしまわせたあと、ケーキとコーヒーをご馳走してくれた。

因みに、当時の1ドルは労働者の日給に匹敵した。もっともゴールラッシュによる物価の高騰で値打ちは東部の50分の1ほどしかなかった。


 彦太郎の体が空くのを待っていたかのように、別の青年がやってきて彼を他の賭博に連れて行った。


青年は彦太郎にお金を手渡し、好きなところに置けとか、真ん中の棒を回せとか、玉を放り投げろとか…身振り手振りで彦太郎に指示した。その通りにすると、やがて棒の回転が止まるや皆が歓声を上げた。


彦太郎は何が何かさっぱりわからなかった。元の金が増えたのだから勝ったことだけは確かであった。しかしやり方も知らないものが勝つということは信じられなかった。きっと青年が細工をしたのに違いなかった。


 舞踏会の終わり近くになって、彦太郎たちが集まったとき、それぞれ銀貨、指輪、小刀、フローチ等をもらっていた。とりわけ、彦太郎は最も多く、賭博で稼いだ分もふくめて金15$50¢、小刀七個、金銀の指輪十一個、ネクタイピン三本を手にしていた。


ネクタイピンのうちでダイヤモンドが嵌め込まれたものは、彦太郎の持つ二朱金(小判[約6万円]の 1/8)と二分金(同1/2)を欲しがった男が交換にくれたものであった。


翌日、航海士のサルタースが彦太郎のところにやってきて、もう一度舞踏会に連れていってやるから、舞踏会で手にした金を全部もって一緒に付いてこいとジェスチャーを交えて言った。金は舞踏会用の服を購入するためとのことであった。


                              つづく


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