表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

キミとお月さま

作者: 雪翔

「夜って嫌いだなぁ」

 静寂に満ちていた河原には小さなせせらぎの音と、控えめに歌うコオロギと、誰が手入れをしたわけではない綺麗な広葉樹林が月に照らされ、木と木が擦れ合う心地よい音を奏でていた。それらのノイズは互いの鼓動を感じさせまいと、囁き続けている。

 隣に座るその子が何を言ったのかわからなかった。

 目が合うと、その子は微笑んで空を見上げた。それに釣られるように空を見上げる。丁度雲間に月が隠れるところだった。

「昼は明るいのに、夜は暗いでしょ?」

 その横顔は、そんな当たり前のことに、何か違う反応を期待しているように見えた。

「……うん」

 それが昼で、それが夜というものだ。自分にはそれ以外の反応が思いつかなかった。

 そして月が雲間から顔を出した。

「夜はね、この世界が蓋に閉じられていて、あの月はその穴に見えるんだ」

「え?」

「新月の時には、輝く星達が空に開けられた空気穴に見える」

 何を言っているのか、意味がわからなかった。顔を見るが、その子は空を見上げ、月を見ているようで、違う何かを見ている。月明かりに照らされた儚げな顔に映る何か。それが知りたくなって、その視線の先の月に再び目を移す。

 月明かりを遮っていた雲も、綺麗さっぱり何処かへ風に従い、遠い何処かへ、誰かが見ている月を遮りに飛ばされてしまった。

 太陽のような熱も、肝試しの灯のような冷たさも感じない明かり。

 実態があるようで、空に描かれたような有機で無機質な月。空の黒色は照らさないのに、林と河原を照らす明かり。

 月にいるウサギも、何かの道具なしには見られない。


 もし、それが穴なら?

 この黒い空が、世界に覆いかぶさっている何かなら?

 そして、穴の先には……?


「どう? キミはそうは感じない?」

「君は……"あの穴"の奥に何があると思う?」

 互いに目を合わせようとせず、穴の奥を見据える。それが答えだった。

 その子は顔を緩め、安心したような表情になる。

「神様……かな」

 予想外の一言ではあったが、驚きはしなかった。

「きっとあれは覗き穴なんだよ。穴から覗きながら、夜に人に夢を見せてくれるんだ。夢から覚める頃には全部壊すの。そして責められたくなくて昼にするの。学校とか仕事で忙しくするんだよ、きっと」

 途轍もなく突飛なアイデアだが、それを頭から全否定する気にはなれなかった。

「君はあの穴の奥に行きたいの?」

 今度はその子にとってそれが予想外だったらしく、顔に笑みが浮かぶ。

「どちらかというと遠慮したいかなぁ。みんなに夢を見させるには想像力が足りないよ。そういうキミはどう?」

「そもそも神様なんて荷が重いよ」

「そうじゃなくて、何があると思う? 穴の奥に」

 そしてしばらく、互いに無言が続いた。穴の奥を真剣に見据える。その子は答えが出るまでこちらの顔を覗き込んでいた。

「少なくともウサギはいないと思う」

「ふふっ、キミは本当に面白いよ」

 そう言ってその子供は立ち上がる。

「帰るの?」

「うん」

「あの穴の奥に?」

「……うん」

「……そっか」

 互いの表情が寂しさを写した。そしてそれを互いに感じる。

「キミは大丈夫そうだね」

 意味がわからず、大して高い位置にない顔を見上げる。初めて正面から見つめ合う形をとった。

「他のみんなはね、決まってこう言うの。『この世界がまるで鳥籠のようだ』ってさ」

 その静かな視線に自らの視線を絡め続ける。

「ここ、良い場所でしょ?」

 突然の話題。そう言いながら、周りの景色を見渡し、自分もその視線を追い続ける。

「キミはもうすぐ目覚めるけど、それまで、どうしたい?」

「……ここに座ってたい」

「そっか、じゃあ、帰るね?」

「次はいつ会える?」

「……ここに来ればいつでも会えるよ」

「そっか……おやすみ」

 その返事は返ってこなかった。

 せせらぎの音と、コオロギの歌と、木々の囁きが溢れる河原での出来事でした。

短い感想でも、アイデアでも募集してます!


よろしくお願いします

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ