Yomi~心を読む少女~【未完】
「ねぇねぇ、≪Yomi≫って知ってる!?」
「≪Yomi≫?」
「知ってるー! 人の心が読めるって人でしょ!!」
「そぉそぉ! 私、毎日チェックしてるんだぁ。」
「あ。そー言えば、昨日のブログ見た?」
「見た見た!! アレ、凄く面白かったよねぇ。」
教室の片隅で、クラスメイトの女子達が騒いでいる。
話の内容は今人気のブロガーの≪Yomi≫。
彼女が話題になり始めたのは、ほんの数ヶ月前。
毎日更新されるそのブログを、毎日欠かさずチェックする事が
今やJKの間で、ちょっとしたステータスになっていた。
「最近、ネットで話題になってるじゃん。横山さん、ホントに知らないの!?」
教室の片隅で繰り広げられる会話に別に興味なんてなかったが
暇を持て余す昼休み、俺は何気なくそのクラスメイト達の会話に耳を傾けていた。
「……嘘くさっ。」
これにはさすがの俺も思わず振り返る。
言ったのは、濃い黒髪を腰のあたりまで伸ばした色白の女子。
最近転校してきたばかりの『横山瑞乃』だ。
その横山瑞乃の一言に、教室の空気は当然のように重くなる。
(うわっ……、悲惨。)
俺は自分があの場にいない事に胸をなでおろしながら、次の授業の準備を始めた。
ちょうど次は移動教室だ。
俺が教科書を小脇に抱え、立ち上がった時――――。
「理科室はどこ?」
聞き慣れた声が、すぐ隣で聞こえた気がした。
その瞬間に俺の背筋に寒気が走った。
こんな距離で話しかけられて、無視するわけにもいかない。
それに相手は転校してきたばかりの女の子だ。
さっきの一言でこの人は完全にこのクラスの女子全員を敵に回したに違いない。
俺が教えてあげないと、誰にも理科室の場所を教えてもらえないんじゃないか?
ゆっくりと振り向くと、思ったよりも至近距離に横山瑞乃の顔があった。
ほのかに彼女の髪から、甘い香りがする。
彼女と目があった。
すると、彼女の目が少し大きくなる。
まるで何かに驚いたように。
でも、いったい何に驚いたと言うんだろう。
「東館の2階……。」
おっかなびっくりにそう答えた俺は、理科室のある東館の方を小さく指さした。
「そう。」
短く返事をした彼女は、静かに教室を後にした。
あの一件から、横山瑞乃はすっかりクラスの女子達から嫌われてしまったようだった。
もともと無口で近寄りがたい一匹狼のような雰囲気のある彼女だが
昼休みに窓際の席で一人、本を読む彼女を見ていると
何だか放っておけないような気分になる。
俺が彼女に声をかけようかどうしようか迷っていると、彼女が急に立ち上がりこちらにやって来た。
俺は慌てた。
彼女は無言で俺を見つめていると、唐突に
「日曜日、駅前の時計台広場の前で10時。」
「はい?」
いきなりの事に、俺は聞き返した。
「日曜日、駅前の時計台広場の前で10時だ。」
額に汗をにじませながら、余裕のない表情を見せる彼女は俺から顔をそむけながら言う。
そして彼女は何事もなかったように自分の席へと帰って行った。
(な、なんなんだ……?)
そして問題の日曜日――――。
俺は時計台広場の前にいた。
時計台を背に、5分置きに腕時計で時間をチェックしていた。
時刻はもう既に10時をまわっている。
からかわれたんだろうか。
でも、彼女は人をからかって面白がるようなタイプではない。
転校間もない彼女だが、その寡黙なイメージは同じ教室にいて痛いほど伝わってくる。
じゃぁ、イジメられてるとか?
あのブロガーの一件があり、少なくとも彼女が周りから距離を置かれていると言う事は分かる。
かげでイジメられていて、それで今日 俺をここに呼び出すように命令されたとか……?
それもイメージではないが、あり得ない事もないことだと俺は頭を抱えた。
「何をしているんだ?」
そこに横山瑞乃がやって来た。
とりあえず、俺は騙されてはいなかったということだ。
俺がホッとした表情で、声のする方に振り返ると
そこには、黒いシャツに紺のジーンズという
ずいぶんあっさりとした服装の彼女がいた。
体の細さが際立ってよく分かる。
よく似合っているのだが、どこをどう見てもめかしこんできたという感じではない。
となれば、再び俺を襲う不安の波。
「えっと……。」
「…………。」
彼女からの説明を少しの間待ってみるが、どうにも期待できない。
「今日は……?」
まさか、これはデートなのではないかと
ここに来る直前まで浮かれていたなんて、口が裂けても言えるわけがない。
俺は言葉を濁し、彼女に尋ねた。
「…………。」
彼女はまたしても無言だった。
じっと俺の目を見つめ、動かない。
「えっと……、俺の顔に何かついてるかな…?」
「……ついていない。」
2人の間に訪れる沈黙。
俺は、言葉を慎重に選びながら、彼女が待ち合わせに30分も遅刻した理由を尋ねた。
「遅れてはいない。ちゃんと10時には、ここにいた。」
「……俺、その前からここにいたけど。気付かなかった?」
彼女は首を振った。
「気付いてた。」
「じゃぁ、なんで……。」
俺は、半ば呆れていた。
「なんで?」
彼女は聞き返す。
さっきから彼女と話していて、俺はすでに少し疲れていた。
まるで、日本語の分からない外国人と会話をしているような感覚だ。
「なんで、声をかけてくれなかったの? それ以前に、何で俺を呼び出したわけ?」
「声をかけなかったのは、見ていたから。」
「見てた?」
「あなたが不思議だったから。だから、呼び出した。」
「不思議?」
俺はイライラしていた。
顔もいい、スタイルもいい、確か成績も良かったはずだ。
しかし、性格に少々難があるようだ。
「あなたの心が分からない。あなたは何を考え、何を求めている?」
あまりの事に、声すら出ない。
まるでどこかの宗教の勧誘のような彼女の問いに、俺は開いた口が塞がらなかった。
「それって……、告白…?」
俺は、まさかと思いながらも恐る恐る口を開く。
彼女は途端に顔を赤くした。
いくら、性格に難があろうと
喋っているだけで疲れてしまうような相手でも
こんな美女に頬を染めらては、世の男はいちころである。
「あなたのような人に会ったのは、は…初めてなんだ。」
○月△日×曜日
今日は不思議な人に出会った。
人の心を読む事のできる私が、その人の心をまったく読めないのだ。
何を考えているのか、何を求めているのか。
私は初めて人間と言う生物に興味をもった。
これは数週間前に掲載された≪Yomi≫ブログだ。
そしてその日付は、偶然にも横山瑞乃が転校してきた日付と一致していた。
「いらっしゃいませ。」
アルバイトの女性の明るい声が店内に響く。
俺は彼女を連れ近くのファミリーレストランに来ていた。
窓際に座りメニューを広げる俺は向かいに座る浮かない顔の彼女の様子を伺った。
「な、何食べる?」
ぎこちない笑顔でそう言ってみたものの、昼食にはまだ少し時間が早い。
彼女からの反応もないので、俺は仕方なくメニューを閉じた。
店員が持って来てくれた水を一気に飲み干した俺は意を決して彼女に尋ねる。
「さっきのって、つまり、その……告白? 横山さんが俺の事をす、すす、好きってことだよね?」
「…………。」
またしても彼女は黙ったままだ。
ゆっくりと視線を上げ、じっと俺の目を見る。
相変わらず、変わった人である。
彼女を見ていると、自分だけが動揺しているのが何だかばかばかしくなってくる。
「佐藤裕之……。」
急に名前を呼ばれ僕は驚いた。
「はい。」
「あなたは変わっている。」
「はい?」
「あなたは変だ。」
「はー!? ケンカ売ってんのかよ。」
淡々と、ただ言葉を並べる彼女に
俺はつい声を荒げてしまった。
周りの客や店員の視線が痛い。
「す、すいません。」
「今、裕之は周りから『うるさい』と思われた。」
「分かってるよ!! それに誰のせいだと。」
「裕之も人の心が読めるのか。」
そう言って彼女は感心したように目を輝かせた。
「お前なぁ~」
俺は、引きつった笑顔を彼女に向けた。
目尻がぴくぴくと痙攣を始める。
こんなにも人を殴り飛ばしたいと思ったのは初めてだ。
俺、一瞬でも彼女にときめいた自分をひどく情けないと思った。
翌日――――。
登校してきたばかりの俺をクラスメイト達が取り囲む。
数メートル先にある机にすら辿り着けない状況にあった。
「佐藤、聞いたぞ。日曜日、横山瑞乃とデートしてたらしいな。」
1人の男子生徒がにやけた顔つきで言う。
その言葉に俺は思った。
昨日の“あれ”はデートだったんだろうか。
ただ呼び出され、宗教の勧誘じみた告白らしきものはされたが
本当のところは俺にだってよく分かっていない。
「横山さんでも男の人に興味会ったりするんだね。なんか以外。」
そう言って女子の1人が、窓際の机で凛と読書に勤しむ彼女をうかがいながら言った。
「まー、それらしい事は言われたけど……。」
俺は彼女の方を見た。
相変わらず、その横顔は何を考えているのか分からない。
「何言われたんだよ?」
「告白!?」
ポツリとこぼした俺の言葉に、周りは興奮した顔をしていた。
「告白って言うか……、『あなたの心が分からない。あなたは何を考え、何を求めている?』とか『あなたのような人に会ったのは、初めてなんだ』とか。」
改めて口にするのは、照れくさいものがある。
俺は少し声を小さく言った。
それには周りが一斉に沸きたった。
「横山ってけっこう過激なのな。」
「イメージない。」
「それって、思いっきり告白じゃん?」
それぞれが思い思い喋るが、そのほとんどが横山瑞乃に対する驚きの声だった。
「てか、それって≪Yomi≫のブログのパクリじゃないの?」
ワントーン低い女子生徒の声に、その沸きたった空気は一変する。
空気を変えたその一言を発したのは、先週、彼女に一刀両断された曽根山と神崎だった。
「≪Yomi≫のこと嘘くさいとか言っておいて、なにちゃっかりパクってんの?
あーぁ、やなかんじ!!」
わざと彼女に聞こえるように声を大にして叫ぶ曽根山。
続いて神崎も彼女の方を睨みつけ、悪態をつく。
「パクリって?」
俺は傍にいた女子達に小声で尋ねた。
こんな怒りに満ち満ちた状態の曽根山と神崎に、声はかけられない。
ただでさえ、曽根山達2人はこの学年でも目を引くほどのギャルだった。
普段からそういう付き合いのない俺にとっては
2人に声をかけるのは並大抵のことではなかったのだ。
「≪Yomi≫のブログにも似たような事が載ってるの。
人の心を読む事が出来る私にも、唯一心を読む事が出来ない不思議な人がいるって。」
「へー……。」
それはまるっきり、彼女自身の言葉のように聞こえた。
あれから俺の中には『≪Yomi≫=横山瑞乃』という変な方程式が出来あがってしまった。
それは、どんなに払拭しようとしても頭の中から消えてはくれない。
季節は秋。
文化祭の季節である。
クラス中(一部を除いて)は俺と横山瑞乃をひっ付けようと躍起になっているように見える。
「では、文化祭の出し物を決めたいと思います。」
たいていこういうものは誰も手を上げないものだ。
前に立つ文化委員もそれを分かっているんだろう、どこかやる気のない面持ちだった。
「メイド喫茶。」
そう言ったのは、教室の一番後ろに座る曽根山だった。
きらびやかに装飾された自分のネイルを見つめながらも
明らかにその視線は斜め前に座る横山瑞乃を見ていた。
『睨んでいた。』と言った方が近いかも知れない。
「横山さん美人だし、きっと似合うよ。猫耳メイド服。」
曽根山の企みに気付いたのか、隣に座る神崎もニヤリと気色の悪い笑みを浮かべて言った。
横山瑞乃はその声にゆっくりと振り返る。
いつものように彼女は無表情であった。
「確かに、似合いそう。」
誰かが言うと、教室の空気はいっきにそちらへ傾く。
確かに俺も似合うと思う。
しかし、彼女が接客なんて出来るのか?
俺は、無表情で客のテーブルに水の入ったグラスを置く彼女を想像し、ため息をついた。
(……ハハハ。無理そう…。)
「横山さん、メイド服 作ってみたんだけど来てくれないかな。」
あっという間に時は流れ、文化祭まであと一週間。
衣装係の女子達が教室の隅でポツンと立つ横山さんに声をかける。
俺はと言うと、衣装係の女子たちにせがまれ男用の接客服を試着中である。
「うん、サイズぴったり。横山さん、腰細いから心配だったんだけど。」
そう言って衣装係のもう1人が何のためらいもなく、彼女の頭に仕上げの猫耳カチューシャを付けた。
「きゃぁー! 凄く似合ってる!!」
「そうか?」
ぶっきらぼうにそう問い返す横山さんは、自分の頭に乗っている小さな黒い猫耳をつまみながら居心地が悪そうに言う。
「佐藤くん、速く並んで、並んで!」
衣装係の女子達は俺の手を引き、半ば強引に横山さんの隣に並ばせた。
「2人とも凄くお似合いって感じ。佐藤くんも執事服にあってるよ。」
「ねぇねぇ、せっかくだからみんなで写真撮ろうよ。」
俺と横山さんは強制的に隣どうし。
両脇のクラスメイト達が、「もっとひっ付けよ」と体を押してくる。
それをつまらなそうに睨みつけるのは、やはり曽根山と神崎だった。
その日、俺は文化祭でやる喫茶店に出す食材を調達に近くのスーパーに向かっていた。
せっかくの休日なのにと肩を落とす俺の首筋を、少しひんやりとした秋風が通り過ぎていく。
そして、隣には当然のように彼女が歩いていた。
相も変わらずジーンズにTシャツというラフな格好だ。
この時期、その恰好は少し肌寒いのではないかと思う。
彼女の長い黒髪が、秋風に揺れる。
「裕之、何を考えている?」
朝から彼女はそればかりだ。
何の脈絡もなく現れるその奇妙な質問に、俺は買い物をする以前に疲れ果てていた。
そしてなぜ呼び捨てになったんだ?
記憶をたどるが、それも途中でどうでもよくなってくる。
「う~ん、スーパーに早く着いてほしいって思ってる。」
「歩いていたら着く。」
「そうだね。」
もう、突っ込む余裕すらない。
彼女の言うとおり、歩くしかない。
スーパーに付けば、役割分担に乗じて別行動ができる。
俺はそんな事を考えながら、黙々と歩いた。
「…それに小麦粉、バターに、バニラエッセンス。」
俺は買い物かごの中身を確認しながら、レジに向かって歩いていた。
役割分担のおかげで買い物は思った以上に早くすんだ。
レジに向かう途中、俺は買い物かごをさげた彼女を見かけた。
だが、様子がおかしい。
誰かの後をつけているかのように、陳列棚に隠れながら用心深くお菓子コーナーを睨んでいた。
その表情はいつもの無表情な彼女とはどこか違う。
「何やってるの。」
彼女につられ、俺も小声になってしまう。
彼女は、棚に並べてあるスナック菓子の前で仁王立ちしている白髪混じりの男性を指さした。
男は明らかに挙動不審であった。
「まさか、万引き!?」
「いや、違う。あれは子供を探しているんだ。
このお菓子コーナーでお菓子を眺めていたはずの女の子を、だ。」
「え、女の子……?」
「あの女の子、孫娘の沙羅ちゃん、だ。」
そう言って彼女は惣菜コーナーに向かって歩く小さな女の子を指さした。
まだ小学校にも上がらないほどの小さな女の子だ。
「とにかく、本当に迷子なら大変だし、声かけてみよう。」
そう言って、女の子の方に歩く俺を彼女は引き止めた。
「大丈夫、迷子じゃない。お爺さんの大好きなお酒のおつまみを買いに行っただけだから。」
そう言って、幼い少女を見つめる彼女の瞳はいつもとは別人のようにとても優しく感じた。
「聞きたいんだけどさ。」
スーパーの帰り道、夕焼けに染まる歩道橋の上で俺は意を決して彼女に尋ねた。
彼女は立ち止り、振り返る。
結局、女の子は彼女が言った通りだった。
あれから暫く、女の子の後をこっそりと付けてみたのだが
無事、お爺さんの所へと戻った。
「なんで、あの子があの男の人の孫だって分かったの?
名前とか酒のつまみを探してるとか…。」
俺は急に恐ろしくなった。
いつか、クラスの女子が教えてくれた≪Yomi≫の事を思い出したからだ。
あの時俺は、彼女がその≪Yomi≫なんじゃないかと思ったが
そんなばかばかしい考え、とっくに忘れていた。
「なぜって、決まっているだろう。私は人の心が読めるからだ。」
彼女のその言葉にもはや俺は放心状態だった。
今までの彼女の言動を思い返してみる。
心が読めるどころか、むしろそういった能力が欠如しているように思う。
今日だって、何度も何度も同じことを。
何を、考えているって――――……。
その時俺はハッとする。
あのデートの時の彼女の言葉を思い出したのだ。
そして、それがあの時の女子が教えてくれたあの言葉と重なった。
「心を読む事が出来ない不思議な人…………?」
「お前の事だ、裕之。私は小さい頃から人の心が読める。相手が何を考え、何を望んでいるか。」
夕焼けの中、彼女の声はどこか遠くから聞こえるような気さえした。
歩道橋の下を走る車の音さえ、今は遠い。
普通なら信じられない話だ。
笑い飛ばすのか普通だろう。
しかし、それが出来ないほどに彼女の言葉には
真に迫ったものがあった。
「横山さんは、僕の心を読む事が出来ない?」
「あぁ、そんな人間に会ったのは生まれて初めてだ。」
「生まれた時から、心が読めたって事?」
「物心付いた時から、私はこの能力と共に暮らしている。そのおかげで、当たり前に得られるはずの幸せというものは得られなかったがな。」
そう呟き、彼女は手すりに身を寄せ沈んで行く夕陽を眺めていた。
文化祭を翌日に控えたこの日、俺たちは店内のセッティングを任されていた。
教室は手製のカーテンでまじきられ、向こう側では厨房組が当日の最終確認をしている。
並べられた丸テーブルに白色のクロスをかけ、みんなで手書きしたメニューを置く。
「横山さん、手伝うよ。」
そう言って俺は、手を差し出した。
「自分の担当が終わったんなら帰ったらどうだ?」
「いや、2人でやった方が早いし……。」
苦笑いを浮かべる俺は、伸ばした腕を引っ込められないまま
その場に立ちつくしていた。
「佐藤くん、ちょっとこっち人手が足りないの。手伝ってくれない?」
カーテンの向こうから顔を覗かせる女子が、言った。
俺は横山さんを気にしながらも、そちらを手伝うことにして、その場を立ち去った。
だからこのとき見せた彼女の歯がゆそうな表情に気付く事はなかった。
もし、気付く事が出来ていたら、もっと早く彼女の気持ちに気付けたかもしれなかったのに……。
「ねぇ、佐藤くん。横山さんと喧嘩でもしたの?」
「え、なんで?」
皿を洗いながら、俺は言った。
「そうじゃないなら、別に良いんだけど。最近、横山さんと佐藤くん、距離を感じるって言うか。横山さんの方がわざと距離を取ろうとしてるって感じがして……。」
「うーん、あの人はもともとあぁじゃないかな。」
「でも、なんだかんだ言って横山さん、佐藤くん気にしてたよ。だって前は横山さん、自分から佐藤くんに話しかけて来てたじゃん。佐藤くんに興味がなきゃ告白なんかしないし。」
「それは……。また別で。」
「別って?」
女子の手が止まる。
俺は慌てて首を振った。
「あ、べつに。何でもない。」
興味があったのは、俺が心の読めない人間だったからだ。
……って事は、もう興味がなくなったって事なのか?
飽きた……とか??
俺は、自分の手からどんどん力が抜けていくのが分かった。
思わず皿を落としそうになる。
あれ……、なんで、俺――――。
「悲しいのか……?」
思わず、声が漏れてしまった。
「佐藤くん?」
やっぱり心が読めない人間なんて煩わしいと思ったのかもしれない。
生まれた頃から周りの人の気持ちを読めたんだから、そりゃそうか。煩わしいよな。
その時、俺の頭に浮かんだ言葉。
「当たり前に得られるはずの幸せ」
彼女はそれがなんであるかは言わなかったが、とても悲しそうな目をしていた。
俺はその時、自分が彼女の助けになりたいと思ったのだ。
文化祭当日がやって来た。