表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

「サナトリウム」

  「サナトリウム」


  何処からか吹いてきた春の風に私は目を覚まします。

  真っ白な部屋はとても寂しくて切なくて私は哀しくなります。

  今日、目覚めたとき枕元に桃色の花びらが散っていました。


  穏やかな陽だまりをカーテンが優しく包み込みます。


  -あなたも私とおんなじ…。


  私は花びらを手にとってそっと口づけます。


  そっと、そっと。


  そういえばこのお花は誰が持ってきてくれたのでしょう?

  そういえばこれは何と言うお花でしょう?

  「あなたによく似た花の名」と教えてくれたのは誰でしょう?


  えっと、えっと。


  こうして私は考えるのですが、何にも分かりません。

  私の頭はぼんやりとしていてあの空のようです。

  

  また風が吹いてきました。

  花びらはひらひらと私から離れていきます。

  どうかいかないでと、両の手で花びらを包み込みます。

  

  私はそのうちに不安になって蓋をしていた手を開きます。

  

  くるくる、くるくる。


  花びらも置いてきぼりをくらいたくないみたい。

  私の手のひらの上でひらりひらりと泣いています。

  私はもう一度、手のひらで蓋をします。

  窓へ体を寄せて手を開いてふーっと息を吹きかけました。

  

  花びらは風にあおられて高く高く旅立ちます。

  やがてあの青に吸い込まれるように消えてしまいました。

  

  花びらは此処ではない何処かへ旅立っていきました。


  さようなら、いってらっしゃい。  

  

  ーあぁ、ふと思ったのですが、

  私はもしかしたら鳥籠の中の鳥なのかもしれません。

  私は世界を眺めることしか出来ないのです。

  あ、でも鳥には翼があります。

  私には翼がありません、あるのは真っ白な鳥籠だけです。


  そのとき、控えめなノックとともに春の色が飛び込んできました。

  そして春色のあなたが私を訪れます。

  春色のあなたは私を見て微笑みます。

  あの花によく似た私もあなたを誰とも知らず微笑みます。


  -と、あなたが私を呼びます。

  -と、私もあなたを呼びます。

  -と、泣きながらあなたが私を呼びます。

  -と呼んで、私も泣いていました。


  あなたはきっと大切な人なのでしょう。

  だから教えてあげましょう。

  

  「あなたのぼんやりとした空のような名前が私は大好きなのよ。」


  だから、ね。そんなに哀しい顔をしないで。

  

  どうか、春色のあなた。

  いつまでもいつまでもあの青に溶けないで。

  どうか、春色のあなた。

  いつかいつかあなたが此処から何処かへ旅立てるように。


  私は此処で祈りつづけるわ。

  あの花によく似た私の名前を、

  あなたが口にする必要がなくなるその日まで。


  だから、その日までは、春色のあなたのために。



 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ