【啖カス】面白いと思いながら書いたものほど読まれない現実について
小説を書いている人ならば経験あると思うのですが、タイトルの件は常に付き纏う問題です。
正直に白状すると、俺は「読者を見下せ」だの「自分が一番面白くないものを書け」だのという傲岸不遜な執筆論が大嫌いですが、同時に、そう思わずにはいられないところまで来ているのも事実です。
ならば、果たして誰が悪いのか。
今回は、そんな話をツラツラと語っていきたいと思います。
こんにちは、夏目くちびるです。
俺は、面白さこそが最も尊ばれることだと思います。
面白さとは、突き詰めていけば「意味」と「意義」であり、それに感情を揺さぶられることで人は「面白い」と感じるのだと信じてます。
極論、俺にとって、最も尊敬する作家である島田荘司の書く文章から得る感動と、凡百のアマチュア作家の書く文章から得る感動は必ず対等です。
言葉にこそ意味と意義があるのです。
人の世では、言葉そのものではなく誰が言ったかによって価値を覚える者が多いですが、俺は絶対にそうは思っていません。
成功者だろうが負け犬だろうが、本来、その言葉の持つ力に違いはない。そう、俺は心の底から本気で信じています。
……ひょっとして、今日も読まれない小説を書くキミたちは、俺と同じような考えなんじゃないでしょうか。
残念ながら、キミはマイノリティです。
評価を欲するにも関わらずマイノリティに居座るというのは、なんとも矛盾している話ではありますが、その人間らしさが我々をアマチュアたらしめる原因でもあるのです。
無限にも近い数の小説を読んでいる読者は、冒頭の3行で判断する。
その現実と折り合いをつけることこそが、人々に受け入れられるための第一歩……ではありませーん!!
別に、突き通せばいいです。
ポリシーなんてものは、持って然るべきものです。数多のプロがそうやって執筆しているのだから、自分だけ違うなんて考えが正しいとは言えませーん!!
問題は、テメーの小説が面白くねーことなんだよ!! ドアホ!!
面白さとは、アイデアだけではないことを俺は身を持って知っています。
むしろ、その見せ方こそ評価に直結する軸であり、勿体ぶったり、分かりにくかったりするからこそ、そこにつまらん小説があってしまうんじゃねーかなー!?
最高の素材を使って、味も素晴らしくて、けれど盛り付けの悪い料理なんて、同じテーブルにいくらでも美味そうなもんが並んでりゃ選ばねぇのは普通なんじゃねぇかなぁ!?
なぁ?
なぁ!?
分かったら、とっととテメーのアイデアを面白く読ませる構成を学べや!! このスカタン!!
4、50才になってようやく花開くことも多い文芸界、少しばかり足踏みしてるからって自分の境遇を嘆いてんじゃねー!!
運が回ってきた瞬間、読者にテメーが書ける一番面白いもんを読ませてやらァ!! くらいの気概がなくて何が作家じゃボケ!!
テメーの実力を叩き上げろ!! 他の要素を理由にして負けを正当化するな!! そんな惨めなことやってたら、必ず執筆活動が嫌いになる!!
嫌いなものばっかりの人生で、好きなものまで嫌いになることはねーだろ!!
俺はやめねー!!
別の方法で成り上がった作家のことなんて知らねー!!
俺は俺のやり方で勝ちたい!!
チームのために動いて、顧客のために働いて、評価のために気ぃ使って、そんな生き方は仕事だけでたくさんだ!!
誰が悪いかだって!?
悪いのは俺に決まってる!!
でも、やめねーからな!!
俺は俺の書きてぇものしか書かねぇからな!!
だから、わざわざこんなしょーもないエッセイまで読みに来るお前らは、これからも俺に付き合えよ!!
チクショー!! 読まれねぇの悔しいいいいいいいい!!!!




