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勘違いだらけの異世界転生生活 スキル【勘違い】だけで何をしろと? 最弱なので助けてください〜  作者: 杜鵑
第1章:最弱ステータスなのにSランク!? 〜勘違いで始まる英雄(?)生活〜
8/8

第8話 詐欺師をカモにするのはやめてください 〜ただ契約書にサインしようとしただけなのに〜

「はぁ……。もう疲れた。おうち帰りたい」


 冒険者ギルドの喧騒の中、俺、霧雨神ジン・キリサメはテーブルに突っ伏していた。  周囲からは、畏敬の眼差しがビシバシと突き刺さっている。


「おい見ろよ、あれが『竜王を叱りつけた男』だぜ……」 「聞いたか? あの『終焉竜』を、殺生することなく”説教”だけで追い返したらしい」 「慈悲深いな……さすがはSランクだ」


 違うんだよなぁ。  腰を抜かして這いつくばってたのを、土下座(説得)と勘違いされただけなんだよなぁ。


 俺の目の前には、拳大の輝く石がゴロゴロと転がっている。  ミスリル銀だ。  前回、ドラゴンが逃げる時に尻尾で崖を崩して出てきた、国宝級のレアメタルである。


 これが諸悪の根源だ。  こんな高価なものを持っていたら、強盗に狙われるに決まっている。俺のステータスはオール1だぞ? スライムにすら勝てるか怪しいんだぞ?


「マスター、またアンニュイな表情で……。世界の憂いを一身に背負っているのですね」


 隣で優雅に紅茶を飲んでいるのは、剣聖のメリルだ。  今日も無駄に顔が良い。そして頭が悪い(※褒め言葉)。


「違うよメリルちゃん。俺はただ、この石ころを早く現金に換えて、安全な宿で布団にくるまりたいだけなの」


「ふふっ。欲のない方ですね。この量のミスリルがあれば、小国の一つくらい買えますのに」 「いらねーよ国なんて! 固定資産税いくらかかると思ってんだ!」


「税……? なるほど、国家運営における財政基盤の脆弱さを憂いていると。さすがです」


 ダメだ、会話のドッジボールが止まらない。  その時だった。


「おやまあ、これはこれは! 噂の英雄、ジン様でいらっしゃいますね?」


 揉み手をした、小太りの男が近づいてきた。  脂ぎった顔に、不自然なほど白い歯。  着ている服は一目で高級品とわかるシルク製だが、どこか趣味が悪い。金色のネックレスがジャラジャラと音を立てている。


「わたくし、大陸最大の商会『金色の鷹』の会頭、ゴルドーと申します。以後、お見知り置きを」


 ゴルドー。  名前からして金に汚そうだ。  だが、今の俺にとっては救世主に見えた。


「そのミスリル……処理にお困りではありませんか? 当商会ならば、市場価格の二割増しで買い取らせていただきますよ?」


「本当ですか!?」


 俺はガバッと顔を上げた。  二割増し! なんて甘美な響き!


「ええ、ええ。英雄様の手を煩わせるわけにはいきませんからな。ささ、詳しいお話は、こちらの特別応接室で……」


 ゴルドーがニチャアと笑う。  普通なら「怪しい」と警戒するところだろう。  だが、俺は早くこの重い石を手放したい一心だった。18歳の若造には、大人の裏など読めるはずもなかったのだ。


「行きます! 今すぐ行きます!」


 通されたのは、ギルドの二階にあるVIPルームだった。  フカフカのソファに座らされ、目の前には分厚い羊皮紙の束が置かれる。


「では、こちらの契約書にサインをお願いします」


 ゴルドーが羊皮紙を広げた。  俺はワクワクしながら紙面を覗き込む。  これで大金持ちだ。異世界スローライフの軍資金ゲットだ。


 しかし。


「……ん?」


 俺は眉をひそめた。  読めない。  異世界の言語が読めないわけではない。翻訳機能は働いている。  そうではなくて――。


(字、ちっちゃ!!)


 そこには、米粒の半分ほどの極小文字がビッシリと書き込まれていた。  これ、虫眼鏡がないと読めないレベルじゃないか?  しかも、やたらと難しい漢字(に相当する異世界文字)が並んでいる。


『甲ハ乙ニ対シ、瑕疵担保責任ヲ永続的ニ負ウモノトシ、ソノ賠償額ハ……』 『尚、所有権ノ移転ト共ニ、乙ノ債務ヲ甲ガ代位弁済スルコトヲ……』


(ええと……なんだこれ? 『カシタンポ』? 『ダイイベンサイ』? 全然意味わかんねえ……)


 俺は目を細め、紙を顔に近づけたり離したりした。  必死に解読しようと、眉間にシワを寄せて睨みつける。  現代日本の高校生に、専門的な法律用語なんてわかるわけがない。


 だが。  対面に座るゴルドーの顔色が、サァーッと青ざめていくのが見えた。


(……な、なんだこの小僧は……!?)


 ゴルドーの背中を冷や汗が伝う。


(この契約書には、幾重にも罠を仕掛けてある……! 『ミスリルの譲渡』に見せかけて、実は『ジン自身の奴隷化』と『商会の全借金の押し付け』が成立するように、極小文字と古代法典の言い回しで偽装したはずだ……!)


 ゴルドーは震える手でハンカチを取り出し、額を拭った。


(普通なら、金額の欄だけを見てサインするはず。なのにコイツ……一番ヤバい『第13条・身体拘束権の譲渡』の項目を、ピンポイントで凝視してやがる……!?)


 俺が「読めねえなぁ」と思って睨んでいた場所は、偶然にもその詐欺条項のど真ん中だった。


「……ふむ」


 俺は小さく唸った。  単に「目が疲れた」という意味の唸りだ。


「ヒッ……!」


 ゴルドーが椅子の上で跳ねた。


(ば、バレたか!? いや、まだだ。まだ誤魔化せる! この文字サイズは『インクの滲み』と言い張れば……!)


「あのー、ゴルドーさん」 「は、はいぃっ!?」


「これ、ちょっと……(文字が小さすぎて)話にならなくないですか?」


 俺の言葉に、ゴルドーの表情が凍りついた。


「そ、そうですよねぇ! ハハハ、手が滑って変な条文が混ざっちゃったかなぁ! すぐに書き直します!」


 ゴルドーは慌てて二枚目の契約書を取り出した。  俺は首を傾げる。  変な条文? まあいいや、書き直してくれるなら助かる。


 二枚目の契約書は、文字が少し大きくなっていた。  よし、これなら読める……か?


(……うーん、やっぱり難しい言葉が多いな。もういいや、面倒くさい)


 俺は思考を放棄した。  どうせメリルたちもいるし、変なことにはならないだろう。  早くサインして帰ろう。


「ペン、貸してもらえます?」


 俺は右手を差し出した。  早く終わらせたい焦りと、大金を前にした緊張で、俺の手のひらは手汗でびっしょりだった。


「あ、どうぞ。最高級の羽根ペンでございます」


 ゴルドーが恭しくペンを差し出す。  俺はそのペンを受け取ろうとして――。


 トゥルッ。


「あ」


 盛大な手汗のせいで、受け取った瞬間にペンが指から滑り落ちた。  いや、落ちたのではない。  指先で弾かれ、物理法則を無視した回転を加えられたペンは、弾丸のような速度で俺の手を離れたのだ。


 シュパァァァァン!!


 空気を切り裂く音。  ペンはゴルドーの顔の横、わずか数センチを掠めて飛んでいき――。


 ドゴォォォォォン!!!


 背後の壁に突き刺さった。  ただ突き刺さっただけではない。壁に掛かっていた高そうな絵画を貫通し、さらにその奥にあった『何か』に直撃したような、金属音が響き渡った。


「…………へ?」


 俺は呆気にとられて自分の手を見た。  なんだ今の。俺の握力、いつからゴリラになったの?  不運スキルって、摩擦係数まで操るの?


 恐る恐るゴルドーを見ると、彼は白目を剥いて泡を吹く寸前だった。


(……こ、この男……知っているのか!?)


 ゴルドーの心臓は早鐘を打っていた。  ペンが突き刺さった場所。  そこは、絵画の裏に隠された『隠し金庫』の鍵穴、その一点だったのだ。


(あの金庫には、裏帳簿から違法取引の証拠、王族への賄賂の記録まで、私の全てが入っている……! それを、ノールックで、ペンの投擲だけで貫いただと……!?)


 ゴルドーはガタガタと震え出した。


(『いつでもお前の弱みを握り潰せる』……そういう警告か! く、狂っている! 笑顔で商談をしながら、裏では私の破滅のスイッチに指をかけているなんて!)


「す、すいません! 手汗がひどくて!」


 俺は慌てて謝った。  高級そうなペンも壊しちゃったし、壁に穴も開けちゃった。  弁償とか言われたらどうしよう。


「ま、マスター……」


 背後で控えていたメリルが、うっとりとしたため息を漏らす。


「交渉における『武力による威嚇』。それも、相手の最も痛い腹を探り当て、寸止めで生殺しにする……。なんと慈悲深く、かつ残虐な手腕。勉強になります」


「違うのメリルちゃん! 俺の手がヌルヌルなだけなの!」 「はい、敵の血で手が汚れないように、あえて自分の脂汗を潤滑油にするのですね。合理的です」 「汚いこと言うなよ!」


「あー、お菓子おいしー」


 アリスは我関せずで、テーブルの上の高級クッキーを貪り食っている。  その横で、ルナがスッと前に出た。


「……ペンの軌道、見えなかった……。ジン様、暗殺者の才能、ある……」 「ないよ! したくもないよ!」


 俺は気を取り直して、ゴルドーに向き直った。  ゴルドーはなぜか、椅子から転げ落ちて床に座り込んでいる。


「あの、大丈夫ですか? とりあえずサインしますね? 予備のペンあります?」


「は、ひぃ……! ど、どうぞ……!」


 差し出された予備のペンを受け取る。今度はしっかり握った。  もういい。とにかく名前を書けば終わりだ。


 俺は二枚目の契約書に向かい、ペン先にインクをたっぷりとつけた。  そして、『買取金額:金貨1000枚』と書かれた欄の横に、署名しようとした瞬間。


 ガッ。


 緊張でガチガチになった肘が、インク壺にヒットした。


「あっ」


 バシャァァァァァ!!


 大量の黒いインクが、契約書の上にぶちまけられた。  よりによって、一番大事な『金額』の部分が、真っ黒に塗りつぶされてしまった。


「うわああああああ!! ごめんなさあああああい!!」


 俺は頭を抱えて叫んだ。  終わった。何もかも終わった。  契約書を汚した上に、金額まで見えなくしてしまった。  これじゃあ契約不履行だ。訴えられる!


「も、申し訳ありません! わざとじゃないんです! ただちょっと手が滑って……!」


 俺は涙目になりながら、何度も頭を下げた。  しかし、その言葉はゴルドーには別の意味に変換されて届いていた。


『(この金額(はした金)で私のミスリルを買うつもりか?)』 『(話にならん。金額欄など黒塗り(ゼロ)だ。書き直せ)』


 ゴルドーには、俺の謝罪が『死刑宣告』に聞こえた。


「ひ、ひいいいいいいい!!」


 ゴルドーが床に頭を擦り付けた。


「わ、わかりました! わかりましたぁぁぁ!! 金貨1000枚なんてふざけた額を提示して申し訳ありませんでしたぁぁ!!」


「え?」


「倍……いや、十倍出します! それだけじゃない! この商会の権利も、流通ルートも、私の隠し財産も全部差し上げます!! だから! だから裏帳簿だけは衛兵に突き出さないでくれぇぇぇ!!」


 ゴルドーは半狂乱になりながら、新しい紙に何やら書きなぐり始めた。  『全財産譲渡証書』と書いてある。


「え、いや、いらないです。そんなの困ります」


 俺は本気で嫌がった。  商会? 経営? そんな面倒なことできるわけないだろ。  俺が欲しいのは、今日のご飯代と宿代だけなんだ。


「いらない(Don't need)」


 その言葉を聞いた瞬間、ゴルドーの目が完全に死んだ。


(……財産などいらない……つまり、私が支払うべきは『命』……!)


「ギャアアアアアアアア!!」


 ゴルドーは泡を吹いて気絶した。  白目を剥いて痙攣している。


「えっ、ちょ、救急車!? いや回復魔法! メリル、回復魔法使える!?」 「いえ、私は切ることしかできません」 「なんでだよ! 聖剣使いだろ!?」


 結局。  騒ぎを聞きつけてやってきた衛兵によって、気絶したゴルドーは連行された。  壁に刺さったペンによって『隠し金庫』が露見し、中から大量の犯罪証拠が出てきたため、彼はそのまま牢獄行きとなった。


 そして。  俺の手元には、『ミスリルの売却益(正規価格)』と、なぜか『ゴルドー商会の全資産譲渡書』が残された。


「……どうすんのこれ」


 俺は呆然と書類を見つめる。  金貨の山。  王都の一等地の店舗権利書。  広大な倉庫の鍵。


「おめでとうございます、マスター」


 メリルが輝くような笑顔で拍手した。


「悪徳商人を一滴の血も流さずに排除し、さらにはその資産を正しき形(ジン様の財布)へ還元する……。まさに『経済の是正者』。惚れ直しました」


「……」


「ジン様、すごい」  ルナが俺の服の裾をぎゅっと握る。 「……悪を、裁いた……。かっこいい……」


「あ、このクッキーおかわりある?」  アリスが空になった皿を差し出す。


 俺は天を仰いだ。  VIPルームの天井には、豪華なシャンデリアが輝いている。  それが俺の涙で滲んで見えた。


 後日。  俺のステータス画面には、またしても不名誉な称号が増えていた。


 【称号:経済界のフィクサー】  【説明:ペン一本で巨大商会を壊滅させた男。その交渉術は悪魔的】


「だから!! 俺は!! ただサインして帰りたかっただけなんだよぉぉぉぉぉ!!」


 俺の悲痛な叫びは、誰にも届くことなく、新たな伝説として語り継がれていくのだった。

お読みいただきありがとうございます!


第8話、いかがでしたでしょうか。

ただサインして帰るつもりが、手汗と老眼(疲れ目)とドジの連鎖で、悪徳商会を壊滅させてしまったジン君。

ペン一本で裏社会を震え上がらせる18歳、恐ろしいですね(棒)。


これで巨万の富を得たわけですが、もちろんジン君に平穏な経営ライフなど訪れるはずもなく……?


ここまで読んで「笑った!」「ジンの手汗最強説(笑)」「続きが読みたい」と思っていただけましたら、

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皆様の応援が、ジンの寿命を延ばします(多分)。


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それでは、次回もよろしくお願いいたします!

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