第7話 薬草採取だと思ったら、伝説の邪竜がお散歩中だった件について
「……なぁ、帰っていいか? 今すぐにでも、実家の布団に潜り込みたいんだが?」
俺、霧雨神は、目の前に広がる光景を見て、乾いた笑みを浮かべていた。 視界の端で、俺のステータス画面が点滅している。
【運:-530000】
うん、今日も絶好調に地獄だね! 畜生!!
俺たちが今いるのは、王都から馬車で三日……かかるはずの距離を、アリスの転移魔法(※座標指定が適当すぎて空中に放り出された)によって一瞬で移動した先。 人呼んで『奈落の渓谷』。
切り立った崖、毒々しい色の植物、そして遠くから聞こえる「グオオオオオオ!」という、明らかに野生動物ではない咆哮。 どう見ても、初心者冒険者がピクニック気分で来ていい場所じゃない。
「マスター、素晴らしい判断です!」
隣で、俺のパーティメンバーであり、剣聖のメリルが目をキラキラさせて言った。 風になびく銀髪、凛とした美貌。黙っていれば女神のようなのだが、口を開くとこれだ。
「普通の『薬草採取』クエストでは、Sランクの我々には物足りない……。だからこそ、あえて最高難易度のこの地を選んだのですね? さすがは『運命を越えし者』!」
「ちっっがう!! 違うからねメリルちゃん!? 俺はギルドの受付で『一番安全な薬草採取をください』って言ったよな!? なんでここに来ちゃったの!?」
「ええ。ですが受付嬢さんが『ジン様ほどの御方になれば、辺境の薬草など雑草も同然。こちらの”竜の髭”こそ相応しいでしょう』と、震える手で依頼書を差し出してきたではありませんか」
「あれは俺の不運オーラに怯えてただけだろ! 押し付けられたんだよ!!」
俺の叫びは、渓谷の風にかき消された。 「お腹すいたー。ねー、ジンー。ここの草、食べていい?」
背後から、小柄な少女がドシドシと近寄ってくる。大魔導士のアリスだ。 彼女は俺の背負っている『底の抜けたカバン』をじっと見つめている。彼女の中では、このカバンは『虚無の収納』というアーティファクトらしい。ただの不良品です。
「ダメだアリス。そこらへんの草は紫色してるだろ? あれ絶対毒だから」 「チェッ。……あ、あっちに強そうな気配。美味しそう」 「魔物を食材判定するな! 逃げるぞ、全力で逃げるぞ!」
「……ッ!」
その時、もう一人の仲間、盗賊のルナが短剣を構え、俺の前にスッと移動した。 フードを目深に被った彼女は、極度の人見知りだ。
「……ジン様が、退路を確認した……。つまり、前方から『来る』……!」
「え? いや俺、今帰り道を探してキョロキョロしてただけ……」
ズゥゥゥゥゥン……!!
俺の言い訳を遮るように、大地が揺れた。 いや、比喩じゃない。本当に地面が跳ねたのだ。
渓谷の奥、濃い霧を切り裂いて現れたのは――巨大な影。 高層ビル並みの巨体。 鋼鉄よりも硬そうな黒曜石の鱗。 そして、口元から漏れる灼熱の炎。
「……嘘だろ?」
俺は引きつった声を出した。 出ないはずなんだよ、こんなところには。 だって事前の魔物図鑑には『オークが出没』って書いてあったじゃん。オークどこ行ったの?
「あ、あれは……伝説の終焉竜!?」
メリルが驚愕の声を上げる。
「古の時代、一国を単騎で滅ぼしたと言われる災厄の権化……! まさか、こんな場所で眠っていたなんて!」
「帰ろう! ね!? 今すぐ回れ右!! アリス、転移魔法! 早く!!」
俺はアリスの襟首を掴んで揺さぶった。 だが、アリスは「むー」と口を尖らせる。
「魔力切れー。さっき飛ぶのに全部使ったー」 「燃費悪すぎだろお前ェェェェ!!」
「グルルルルルル……!!」
終焉竜が、俺たちに気づいた。 金色の瞳が、ギロリと俺たちを見下ろす。その殺気だけで、肌がチリチリと焼けるようだ。 終わった。 俺の異世界生活、第7話にて終了。 神様、あのクソジジイ、次に会ったら絶対に三輪車をパンクさせてやる。
「下がっていてください、マスター!」
シャララン、と清涼な音を立てて、メリルが聖剣を抜いた。
「このレベルの相手……私の剣技がどこまで通用するか。胸が躍りますわ!」 「踊らなくていい! 心臓止まりそうだよ俺は!」 「ふふっ、マスターはいつも通り余裕ですね。腕組みをして高みの見物とは」
「寒くて震えてるだけだよ!! 見ろよこのガタガタ震える膝を!」
「なんと……『武者震い』すら高速振動させて熱エネルギーに変えている……?」 「物理法則を無視した解釈をやめろ!!」
会話が成立しない! そうこうしている間に、竜が大きく息を吸い込んだ。 喉の奥が赤熱していく。 ブレスだ。あれを吐かれたら、骨も残らない。
(どうする!? 何か、何か手はないか!?)
俺は必死にポケットを探った。 武器はない。あるのは、道中で拾った『ただの石ころ』と、さっきアリスが食べようとして俺が没収した『妙に臭い雑草』だけ。
スキル【勘違い】。 このふざけたスキルが発動すれば、ワンチャンあるか? いや、相手はドラゴンだぞ。言葉が通じるわけが――。
「GYAOOOOOOOOO!!!」
放たれた。 極大の火炎ブレスが、俺たち目掛けて一直線に迫る。
「きゃあああああ!!」 「……ッ!」 「あつーい」
メリルたちが反応するより早く、俺の身体が勝手に動いた。 いや、正確には『足がもつれた』。 不運スキル発動。何もない平らな地面で、俺は盛大にすっ転んだのだ。
「うわあぁぁぁぁぁ!!(※訳:死にたくねええええ!!)」
俺は悲鳴を上げながら、手に持っていた『妙に臭い雑草』を放り投げた。 バランスを崩した拍子に、その雑草が空を舞う。
ポスッ。
情けない音を立てて、雑草はドラゴンの鼻先に当たった。 そして。
――ブレスが、消えた。
「……え?」
俺は地面に這いつくばったまま、顔を上げた。 ドラゴンが、鼻を押さえるような仕草(前足が短いので届いていないが)をして、悶絶している。
「ハ、ハックション!!!」
ドラゴンのくしゃみ。 その衝撃波だけで周囲の木々が吹き飛ぶ。
(なんだ!? 何が起きた!?)
俺がおろおろしていると、システム音が脳内に響いた。
ピロリン♪ 【スキル発動:勘違い Lv.999】 【対象:終焉竜アポカリプス】 【判定:成功】
ドラゴンの金色の瞳が、恐怖に見開かれて俺を凝視した。
『(……な、なんだこの人間は……!?)』
えっ、ドラゴンの心の声が聞こえる!? これもスキルの効果か!?
『(我が最強のブレスを、たった一本の草で相殺しただと……!? しかも、あの草は……我ら竜族にとっての猛毒、”竜殺しのトリカブト”……!!)』
――は? トリカブト? さっきアリスが食べようとしてたやつ、そんなヤバい草だったの!? 危ねえ! アリス死ぬとこだったじゃん!
『(それを……あえて投げつけることで「貴様など雑草で十分だ」と愚弄したのか!? ……ま、待て。こいつの纏っているオーラはなんだ……?)』
ドラゴンが、俺の全身を舐めるように見る。
『(……黒い。あまりにも黒い……! まるで世界の不条理をすべて煮込んだような、禍々しい気配……!)』(※注:運-530000のことです)
『(こいつに関われば……死ぬ。隕石が落ちてくるか、地割れに飲み込まれるか、あるいは神の雷に打たれるか……本能が警鐘を鳴らしている! コイツは”歩く厄災”だ!!)』
ひどい言われようだなオイ!! 合ってるけど!!
俺は立ち上がろうとして、腰が抜けて「あ、あぅ……」と手を伸ばした。 これが、ドラゴンにはこう見えたらしい。
『(――手を伸ばした!? 「逃がさん、魂ごと食らってやる」という意思表示か!? ひ、ひいいいいい!!)』
バサァッ!!
巨大な翼が広げられた。 ドラゴンは、生まれたばかりの子鹿のように震えながら、後ずさりをする。
「お、おい待て! (※訳:置いていかないで! 俺一人じゃ山を下りられない!)」
『(く、来るなあああああ!! 許してくれぇぇぇ!!)』
ドォン!! ドラゴンは凄まじい勢いで空へと飛び立った。 あまりの恐怖にパニックになったのか、飛び立つ瞬間に尻尾が岩壁に激突し、崖が崩落する。
「あ、あぶねっ!!」
俺たちの頭上に、巨大な岩が降り注ぐ――はずだった。 しかし、崩れ落ちた岩盤から、キラキラと輝く鉱石が露出した。
「……ミスリル銀?」
ルナが呟く。 崩落した崖の中から現れたのは、国宝級のレアメタル、ミスリルの鉱脈だった。
「……」 「……」 「……」
静寂。 去っていくドラゴンの背中と、目の前の宝の山。 そして、へっぴり腰で手を伸ばしたまま固まっている俺。
ゆっくりと、メリルがこちらを振り向いた。 その瞳には、狂信的なまでの尊敬の色が宿っている。
「……マスター」 「いや、聞いてメリル。今の全部偶然だから。俺、コケて草投げただけだから」
「あえて『毒草』を投げてブレスを無効化し、さらにその威圧だけで伝説の竜を追い払う……。それだけでなく、逃げる竜の挙動すら計算に入れて、このミスリル鉱脈を掘り当てさせるとは……!」
「計算できるかそんなもん!! エスパーか俺は!!」
「さらに、『殺さずに追い払う』という慈悲の心。圧倒的な力を見せつけながらも、無益な殺生は避ける……。ジン様、あなたはやはり、真の英雄です!」
「違うの! 俺はただビビって腰抜かしてただけなの!!」
「……ジン様、すごい」
ルナが、顔を赤らめて俺のローブの裾を掴んだ。 その瞳が潤んでいる。
「……私の目にも、止まらなかった……。神速の、投擲……」 「止まって見えただろ!? ふんわり飛んでったよ!?」
「ごはんー!」
アリスが鉱脈に向かって走り出した。 「このキラキラした石、高く売れるー! これで美味しいものいっぱい食べられるー!」
……あぁ、もう。 ダメだこれ。
俺は天を仰いだ。 空は青く澄み渡り、遥か彼方へ逃げていくドラゴンの黒い点が小さくなっていく。
後日。 ギルドへの報告により、俺の二つ名に新たな項目が追加された。
Sランク冒険者:霧雨神 称号:『竜王を叱りつけた男』
「だから! 俺は!! 最弱なんだってばぁぁぁぁぁ!!!」
俺の魂の絶叫は、今日も異世界の空に虚しく響き渡るのだった。
最後までお読みいただきありがとうございます!
第7話、いかがでしたでしょうか。
ついに伝説の邪竜まで(くしゃみで)撃退してしまったジン君。
本人は「助けて」と叫んでいますが、周囲の「最強評価」は止まることを知りません。
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