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勘違いだらけの異世界転生生活 〜スキル【勘違い】だけで何をしろと? 最弱なので助けてください〜  作者: 杜鵑
第1章:最弱ステータスなのにSランク!? 〜勘違いで始まる英雄(?)生活〜
5/11

第5話 マイナスは「ハイフン」と読みます(震え声)

 死の行軍(ただの徒歩移動)の末、俺たちはついに森を抜けた。  視界が開け、眼下には石造りの巨大な城壁と、その内側に広がるレンガ色の街並みが見えた。  辺境の冒険者街『アルカディア』。  人間がいる。建物がある。そして何より、舗装された道がある!


「う、うおおおおお……! 文明だ! 文明社会だぁぁぁ!」


 俺、霧雨神ジン・キリサメは、その場に膝から崩れ落ちて号泣した。  長かった。本当に長かった。  小石に躓けば死にかけ、木の実が落ちてくれば爆撃と勘違いして回避運動を取り、アリスの食費に頭を悩ませる日々。  だが、これでもう野宿とはおさらばだ。


「……ジン、泣いてるの?」


 隣で、フードを被った盗賊少女・ルナが心配そうに覗き込んでくる。  俺は涙と鼻水を拭いながら、力強く頷いた。


「ああ、泣いてるとも! 見てくれルナ、あれが『宿屋』という名の天国がある場所だ! 壁と屋根があるんだぞ! 布団があるんだぞ!」


「……ん。わかった」


 ルナは無表情のままコクンと頷き、懐から例のブラックカードを取り出した。


「……あの街、買う?」


「買わなくていいよ!? なんで発想が魔王軍より過激なんだよ!」


「……じゃあ、宿屋だけ買う? リフォームする?」


「一泊するだけでいいの! 頼むから経済を破壊しないで!」


 俺のツッコミなど意に介さず、剣聖メリルがマントを翻して街を見下ろした。


「フッ……。到着早々、街ごと買い取ろうとするとは。さすがマスターの『財布ルナ』です。まずはあの街の経済圏を支配し、裏から牛耳ろうという深謀遠慮ですね」


「違うよ、ただの金銭感覚の欠如だよ! あとルナを財布って呼ぶな!」


「お兄さん、お腹すいた。あの街、牛いる?」


 アリスがよだれを垂らして街を見ている。その目は、完全に捕食者のそれだ。


「牛はいるけど食べちゃダメだからな! お店で買おうな!」


 俺は個性豊かすぎる(制御不能な)三人を引き連れ、アルカディアの城門をくぐった。


 ◇


 街の中は活気に満ちていた。  行き交う人々、屋台から漂う串焼きの匂い。  俺は久しぶりの平和な空気に酔いしれ――そうになったが、すぐに現実に引き戻された。


 人混みだ。  屈強な冒険者や、荷車を引く商人たちがごった返している。  これは、HP1の俺にとっては「動く凶器の群れ」に等しい。誰かの肘がコツンと当たっただけで、俺の肋骨は粉砕されるだろう。


「ひぃっ……ぶつからないで……俺は空気……ただの空気……」


 俺は両手で自分の体をガードし、すり足で慎重に進んだ。  その挙動不審な動きを、メリルがまた勝手に解釈する。


「……人混みの流れを読み、最小限の動きで回避している。まるで川を泳ぐ魚のよう。雑踏すらも修行の場に変えるとは」


「泳いでない! 溺れかけてるんだよ!」


 なんとかメインストリートを抜け、俺たちは街の中央にある巨大な建物にたどり着いた。  剣と盾の看板が掲げられたその場所こそ、冒険者ギルド『銀の剣』だ。


「よし……まずはここで冒険者登録だ」


 俺はゴクリと唾を飲んだ。  目的は身分証の入手と、日銭を稼ぐこと。  もちろん、魔物退治なんて危険なことはしない。街の中でドブ掃除とか、迷子のペット探しとか、そういう安全な依頼クエストを受けるんだ。


 ギィィィィ……。


 重厚な木の扉を開ける。  瞬間、ムワッとした熱気と、酒と汗の入り混じった男臭い匂いが押し寄せてきた。  昼間だというのに、ギルド内の酒場スペースは荒くれ者たちで満席だ。


「なんだぁ? 新入りか?」 「ヒョロい兄ちゃん連れてんなぁ」 「おい見ろよ、後ろの女たち……上玉だぞ」


 一斉に突き刺さる視線。  俺はヒッと息を呑み、反射的にメリルの背後に隠れた。  盾にするわけではない。いや盾にするんだけど、あくまで戦略的撤退だ。


 だが、その行動が裏目に出た。  スキンヘッドにタトゥーを入れた、いかにもな巨漢の男が、ニヤニヤしながら近づいてきたのだ。


「へへっ、兄ちゃん。綺麗な姉ちゃんたちを侍らせて、いいご身分じゃねえか。俺たちとも遊ぼうぜぇ?」


 男が俺の肩に手を伸ばしてきた。  まずい。あの太い腕で触られたら、肩の骨が砕けてHPがゼロになる!


「ひっ、やめ――」


 俺が悲鳴を上げようとした、その時。


 ヒュンッ。


 男の鼻先数ミリの空間を、銀色の閃光が走った。  メリルの剣だ。いつ抜いたのか見えないほどの神速。


「……私の主に、その汚い手で触れようとするとは。その腕、不要と判断してもよろしいですね?」


 メリルの瞳は冷え切っていた。本気だ。こいつは本気で腕を切り落とす気だ。  男が腰を抜かして尻餅をつく。


「ひっ、ひぃっ!?」


 さらに、影からルナがボソリと囁く。


「……動いたら、刺す」


 男の背後には、いつの間にかルナが立っており、男の首筋に冷たいナイフを当てていた。  そしてアリスが、興味深そうに杖を向ける。


「……お兄さん、こいつ、ウェルダンでいい?」


「ダメだよ! ギルド内で人肉バーベキューは禁止だよ!」


 俺は慌てて三人を制止した。  ギルド内はシーンと静まり返っていた。全員がドン引きしている。


「あ、あはは……すいません、うちの連れがちょっと気が短くて……」


 俺は愛想笑いを浮かべながら、必死にその場を取り繕い、逃げるように受付カウンターへと向かった。  背後から「あいつ、あの猛獣どもを言葉一つで止めたぞ……」「何者だ……?」というヒソヒソ話が聞こえるが、聞かなかったことにする。


 ◇


 受付カウンターには、笑顔の引きつったお姉さんが待っていた。


「い、いらっしゃいませ。……本日はどのようなご用件で……?」


「あ、新規登録をお願いします。4人パーティで」


「か、かしこまりました! では、代表者様から順に、こちらの『真実の水晶』に手を触れてください!」


 出た。ステータス測定。  異世界転生ものの定番イベントだ。  俺は内心、ガッツポーズをした。


(これだ。これですべてが決まる!)


 さっきの騒動で、俺たちは「ヤバい奴ら」と思われてしまったかもしれない。  だが、この水晶で俺のステータスが露呈すれば、評価は一変するはずだ。  俺のステータスは『ALL1』。一般農民ですら平均5はある世界で、スライムにも負ける最弱数値。  これがバレれば、「なんだ、女の腰巾着の雑魚か」と笑いものになり、メリルたちも「見損ないました」と去っていくはず。  そうすれば、俺は晴れて自由の身! ルナの手切れ金で細々と生きていける!


「いきます!」


 俺は勢いよく水晶に手を――置こうとして、寸前で止めた。  強く叩いたら手が骨折するかもしれない。  俺はそっと、壊れ物を扱うように優しく手を置いた。


 ブゥン……。  水晶が低く唸り、空中にホログラムのような光の文字が浮かび上がる。


 【名前】ジン・キリサメ  【職業】無職  【体力】1  【魔力】1  【攻撃】1  【防御】1  【俊敏】1


 美しい。  これぞ芸術的なまでの「1」の羅列。  通信簿でもこんな数字は取ったことがない。  ギルド内がざわつき始める。


「おい……見ろよあれ」 「全部1だぞ……」 「無職でALL1って、生きてる意味あんのか?」 「さっきの威圧感はなんだったんだ? ただのハッタリか?」


 よし! その反応だ!  もっと罵ってくれ! 俺をパーティから追放してくれ!  俺は勝利を確信し、受付嬢を見た。  さあ、Fランクのハンコを押してください!


 だが。  受付嬢の目は点になっていた。  そして、メリルが静かに、しかしよく通る声で言った。


「……なるほど。やはり、この程度の魔道具では測りきれませんでしたか」


「え?」


 メリルは勝ち誇ったような顔で、周囲の冒険者たちを見渡した。


「おい聞いたか? 普通の人間なら、赤ん坊でもステータスは3あると言われている。1なんて数値、逆にありえない」


 ギルドの古株らしき冒険者が、顎をさすりながら唸った。


「たしかに……。1というのは、理論上の最低値。すべての項目が1で揃う確率なんて、天文学的数字だぞ」


「つまり、これは――」


 メリルが断言する。


「――カウンターストップによる、オーバーフロー(桁あふれ)。数値が99999を超えて一周し、初期値に戻ってしまったと見るのが妥当でしょう」


「な、なんだってー!?」


 ギルド中が驚愕に包まれた。  違うよ!? ただの初期値だよ! スタート地点から一歩も動いてないんだよ!


「そ、そうか……! すべての能力がカンストしているから、逆に『1』に見えるのか……!」 「化け物かよ……!」 「深淵アビスのような強さだ……」


 待って、その解釈はおかしい。深淵じゃなくて底辺だから。  だが、誤解の連鎖は止まらない。  表示には、最後の一行があった。


 【運】-530000


 神様のスマホ操作ミスで付与された、呪いの数値。  これを見れば、俺がいかに不幸な星の下に生まれたかが分かるはずだ。  俺はすがるような思いで受付嬢に言った。


「ほらお姉さん、見てくださいよこの悲惨な数字。運まで最悪なんですよ。マイナス53万ですよ?」


 受付嬢が、震える声で呟いた。


「ご……」


「ご?」


「53万ーーーーッッ!!??」


 ドンッ!!  受付嬢が興奮のあまり、バンバンとカウンターを叩いた。  衝撃でカウンターの上のペン立てが倒れた。俺はビビって半歩下がった。


「え?」


「す、すごいです! 運の数値が53万!? こんな数値、ギルドのデータベースにもありません! 英雄クラスでも3桁、伝説の賢者でも4桁がやっとです! それが、ご、53万!?」


 受付嬢は目をキラキラさせて叫んだ。  俺は慌てて否定する。


「いやいや! お姉さん、よく見て! 数字の前に『-(マイナス)』が付いてるでしょ! 横棒! 引き算!」


 俺は必死に空中に指で横棒を書いた。  だが、受付嬢はキョトンとして、笑顔でこう言った。


「ああ、この『ハイフン』ですか? これはきっと、あまりに数値が大きすぎるため、項目と数字を繋ぐための『強調線』ですね! もしくは、神に選ばれたことを示す飾り罫線かと!」


「そんな都合のいい解釈あるかよ!? どう見てもマイナス記号だろ!! 借金みたいなもんだよ!」


「いいえ! 当ギルドのシステムに『マイナスの運』なんて項目は存在しません! したがって、これは強調のハイフンです! 素晴らしいポジティブシンキングです!」


 ポジティブすぎるだろ! お役所仕事のバグかよ!  俺の悲痛な叫びは、周囲のどよめきにかき消された。


「おい聞いたか? 運53万だってよ……」 「マジかよ。歩くだけで宝箱が空から降ってくるレベルじゃねえか」 「……待てよ。ってことは、あの『ALL1』も……」


 ルナが、俺の背中から顔を出してボソリと言う。


「……ジン、すごい。……マイナスに見せかけて、凡人をふるい落とすなんて……性格悪い。……好き」


「誰も篩い落としてない! 事実を陳列してるだけだよ!」


 受付嬢は興奮冷めやらぬ様子で、奥の金庫から、黄金に輝く特別な用紙を取り出した。


「ジン・キリサメ様! 貴方のような規格外の方を、一介の新人(Fランク)として扱うわけにはいきません! これはギルドの緊急事態、いえ、歴史的慶事です!」


 彼女は震える手で、俺の登録用紙に判子を押そうとした。  俺は必死に手を伸ばした。


「やめて! Fランクでいいの! 薬草採取させてよ! スライムも怖いけど薬草なら抜けるから!」


「ご謙遜を! そのようなお力をお持ちの方が、薬草採取などという雑用で腐るのは世界の損失です!」


 ドンッ!  勢いよく判子が押された。


「認定します! 特例措置により、Sランク待遇……称号『天運の覇者ラッキー・マスター』を授与します!!」


「名前ダサッ! ていうかやめて! ハードル上げないで!」


 俺が叫ぶと同時に、ギルド中から割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こった。


「ラッキー・マスター! ラッキー・マスター!」 「すげえぞ兄ちゃん! いや、マスター!」 「一生ついていきます!」


 地獄のコールが響き渡る。  俺は膝から崩れ落ちた。  その時、誰かが俺の背中を「おめでとう!」とバシッと叩いた。


「ぐふっ……!?」


 衝撃が走る。  HPが1から0.8くらいまで減った。  視界が揺らぐ。  あ、また見えた。三途の川だ。  対岸でばあちゃんが、今度は盆踊りを踊りながら手招きしている。  ばあちゃん、元気だね。俺はもうダメかもしれない。


「……ジン様、大丈夫ですか?」


 メリルが駆け寄ってくる。


「……感極まって、三途の川が見えるほどの忘我の境地に至るとは。やはり貴方様こそ、我らがマスターです」


「違う……痛いだけ……」


 俺の意識が遠のく中、受付嬢が満面の笑みで、発行されたばかりのギルドカードを俺の顔の前に掲げた。  そこには、金色に輝く文字でこう刻まれていた。


 名前:ジン・キリサメ  ランク:S(天運の覇者)  運:530000


 マイナス記号は、綺麗サッパリ消えていた。  これは誤植だ。  だが、この世界の住人にとっては、これが真実になってしまうのだ。


「……終わった」


 俺のつぶやきは、熱狂的な歓声にかき消され、誰にも届くことはなかった。  こうして、勘違いだらけの異世界転生生活は、最悪の形で本格スタートを切ったのだった。


 誰か助けてください。本当に。

 死の行軍(ただの徒歩移動)の末、俺たちはついに森を抜けた。  視界が開け、眼下には石造りの巨大な城壁と、その内側に広がるレンガ色の街並みが見えた。  辺境の冒険者街『アルカディア』。  人間がいる。建物がある。そして何より、舗装された道がある!


「う、うおおおおお……! 文明だ! 文明社会だぁぁぁ!」


 俺、霧雨神ジン・キリサメは、その場に膝から崩れ落ちて号泣した。  長かった。本当に長かった。  小石に躓けば死にかけ、木の実が落ちてくれば爆撃と勘違いして回避運動を取り、アリスの食費に頭を悩ませる日々。  だが、これでもう野宿とはおさらばだ。


「……ジン、泣いてるの?」


 隣で、フードを被った盗賊少女・ルナが心配そうに覗き込んでくる。  俺は涙と鼻水を拭いながら、力強く頷いた。


「ああ、泣いてるとも! 見てくれルナ、あれが『宿屋』という名の天国がある場所だ! 壁と屋根があるんだぞ! 布団があるんだぞ!」


「……ん。わかった」


 ルナは無表情のままコクンと頷き、懐から例のブラックカードを取り出した。


「……あの街、買う?」


「買わなくていいよ!? なんで発想が魔王軍より過激なんだよ!」


「……じゃあ、宿屋だけ買う? リフォームする?」


「一泊するだけでいいの! 頼むから経済を破壊しないで!」


 俺のツッコミなど意に介さず、剣聖メリルがマントを翻して街を見下ろした。


「フッ……。到着早々、街ごと買い取ろうとするとは。さすがマスターの『財布ルナ』です。まずはあの街の経済圏を支配し、裏から牛耳ろうという深謀遠慮ですね」


「違うよ、ただの金銭感覚の欠如だよ! あとルナを財布って呼ぶな!」


「お兄さん、お腹すいた。あの街、牛いる?」


 アリスがよだれを垂らして街を見ている。その目は、完全に捕食者のそれだ。


「牛はいるけど食べちゃダメだからな! お店で買おうな!」


 俺は個性豊かすぎる(制御不能な)三人を引き連れ、アルカディアの城門をくぐった。


 ◇


 街の中は活気に満ちていた。  行き交う人々、屋台から漂う串焼きの匂い。  俺は久しぶりの平和な空気に酔いしれ――そうになったが、すぐに現実に引き戻された。


 人混みだ。  屈強な冒険者や、荷車を引く商人たちがごった返している。  これは、HP1の俺にとっては「動く凶器の群れ」に等しい。誰かの肘がコツンと当たっただけで、俺の肋骨は粉砕されるだろう。


「ひぃっ……ぶつからないで……俺は空気……ただの空気……」


 俺は両手で自分の体をガードし、すり足で慎重に進んだ。  その挙動不審な動きを、メリルがまた勝手に解釈する。


「……人混みの流れを読み、最小限の動きで回避している。まるで川を泳ぐ魚のよう。雑踏すらも修行の場に変えるとは」


「泳いでない! 溺れかけてるんだよ!」


 なんとかメインストリートを抜け、俺たちは街の中央にある巨大な建物にたどり着いた。  剣と盾の看板が掲げられたその場所こそ、冒険者ギルド『銀の剣』だ。


「よし……まずはここで冒険者登録だ」


 俺はゴクリと唾を飲んだ。  目的は身分証の入手と、日銭を稼ぐこと。  もちろん、魔物退治なんて危険なことはしない。街の中でドブ掃除とか、迷子のペット探しとか、そういう安全な依頼クエストを受けるんだ。


 ギィィィィ……。


 重厚な木の扉を開ける。  瞬間、ムワッとした熱気と、酒と汗の入り混じった男臭い匂いが押し寄せてきた。  昼間だというのに、ギルド内の酒場スペースは荒くれ者たちで満席だ。


「なんだぁ? 新入りか?」 「ヒョロい兄ちゃん連れてんなぁ」 「おい見ろよ、後ろの女たち……上玉だぞ」


 一斉に突き刺さる視線。  俺はヒッと息を呑み、反射的にメリルの背後に隠れた。  盾にするわけではない。いや盾にするんだけど、あくまで戦略的撤退だ。


 だが、その行動が裏目に出た。  スキンヘッドにタトゥーを入れた、いかにもな巨漢の男が、ニヤニヤしながら近づいてきたのだ。


「へへっ、兄ちゃん。綺麗な姉ちゃんたちを侍らせて、いいご身分じゃねえか。俺たちとも遊ぼうぜぇ?」


 男が俺の肩に手を伸ばしてきた。  まずい。あの太い腕で触られたら、肩の骨が砕けてHPがゼロになる!


「ひっ、やめ――」


 俺が悲鳴を上げようとした、その時。


 ヒュンッ。


 男の鼻先数ミリの空間を、銀色の閃光が走った。  メリルの剣だ。いつ抜いたのか見えないほどの神速。


「……私の主に、その汚い手で触れようとするとは。その腕、不要と判断してもよろしいですね?」


 メリルの瞳は冷え切っていた。本気だ。こいつは本気で腕を切り落とす気だ。  男が腰を抜かして尻餅をつく。


「ひっ、ひぃっ!?」


 さらに、影からルナがボソリと囁く。


「……動いたら、刺す」


 男の背後には、いつの間にかルナが立っており、男の首筋に冷たいナイフを当てていた。  そしてアリスが、興味深そうに杖を向ける。


「……お兄さん、こいつ、ウェルダンでいい?」


「ダメだよ! ギルド内で人肉バーベキューは禁止だよ!」


 俺は慌てて三人を制止した。  ギルド内はシーンと静まり返っていた。全員がドン引きしている。


「あ、あはは……すいません、うちの連れがちょっと気が短くて……」


 俺は愛想笑いを浮かべながら、必死にその場を取り繕い、逃げるように受付カウンターへと向かった。  背後から「あいつ、あの猛獣どもを言葉一つで止めたぞ……」「何者だ……?」というヒソヒソ話が聞こえるが、聞かなかったことにする。


 ◇


 受付カウンターには、笑顔の引きつったお姉さんが待っていた。


「い、いらっしゃいませ。……本日はどのようなご用件で……?」


「あ、新規登録をお願いします。4人パーティで」


「か、かしこまりました! では、代表者様から順に、こちらの『真実の水晶』に手を触れてください!」


 出た。ステータス測定。  異世界転生ものの定番イベントだ。  俺は内心、ガッツポーズをした。


(これだ。これですべてが決まる!)


 さっきの騒動で、俺たちは「ヤバい奴ら」と思われてしまったかもしれない。  だが、この水晶で俺のステータスが露呈すれば、評価は一変するはずだ。  俺のステータスは『ALL1』。一般農民ですら平均5はある世界で、スライムにも負ける最弱数値。  これがバレれば、「なんだ、女の腰巾着の雑魚か」と笑いものになり、メリルたちも「見損ないました」と去っていくはず。  そうすれば、俺は晴れて自由の身! ルナの手切れ金で細々と生きていける!


「いきます!」


 俺は勢いよく水晶に手を――置こうとして、寸前で止めた。  強く叩いたら手が骨折するかもしれない。  俺はそっと、壊れ物を扱うように優しく手を置いた。


 ブゥン……。  水晶が低く唸り、空中にホログラムのような光の文字が浮かび上がる。


 【名前】ジン・キリサメ  【職業】無職  【体力】1  【魔力】1  【攻撃】1  【防御】1  【俊敏】1


 美しい。  これぞ芸術的なまでの「1」の羅列。  通信簿でもこんな数字は取ったことがない。  ギルド内がざわつき始める。


「おい……見ろよあれ」 「全部1だぞ……」 「無職でALL1って、生きてる意味あんのか?」 「さっきの威圧感はなんだったんだ? ただのハッタリか?」


 よし! その反応だ!  もっと罵ってくれ! 俺をパーティから追放してくれ!  俺は勝利を確信し、受付嬢を見た。  さあ、Fランクのハンコを押してください!


 だが。  受付嬢の目は点になっていた。  そして、メリルが静かに、しかしよく通る声で言った。


「……なるほど。やはり、この程度の魔道具では測りきれませんでしたか」


「え?」


 メリルは勝ち誇ったような顔で、周囲の冒険者たちを見渡した。


「おい聞いたか? 普通の人間なら、赤ん坊でもステータスは3あると言われている。1なんて数値、逆にありえない」


 ギルドの古株らしき冒険者が、顎をさすりながら唸った。


「たしかに……。1というのは、理論上の最低値。すべての項目が1で揃う確率なんて、天文学的数字だぞ」


「つまり、これは――」


 メリルが断言する。


「――カウンターストップによる、オーバーフロー(桁あふれ)。数値が99999を超えて一周し、初期値に戻ってしまったと見るのが妥当でしょう」


「な、なんだってー!?」


 ギルド中が驚愕に包まれた。  違うよ!? ただの初期値だよ! スタート地点から一歩も動いてないんだよ!


「そ、そうか……! すべての能力がカンストしているから、逆に『1』に見えるのか……!」 「化け物かよ……!」 「深淵アビスのような強さだ……」


 待って、その解釈はおかしい。深淵じゃなくて底辺だから。  だが、誤解の連鎖は止まらない。  表示には、最後の一行があった。


 【運】-530000


 神様のスマホ操作ミスで付与された、呪いの数値。  これを見れば、俺がいかに不幸な星の下に生まれたかが分かるはずだ。  俺はすがるような思いで受付嬢に言った。


「ほらお姉さん、見てくださいよこの悲惨な数字。運まで最悪なんですよ。マイナス53万ですよ?」


 受付嬢が、震える声で呟いた。


「ご……」


「ご?」


「53万ーーーーッッ!!??」


 ドンッ!!  受付嬢が興奮のあまり、バンバンとカウンターを叩いた。  衝撃でカウンターの上のペン立てが倒れた。俺はビビって半歩下がった。


「え?」


「す、すごいです! 運の数値が53万!? こんな数値、ギルドのデータベースにもありません! 英雄クラスでも3桁、伝説の賢者でも4桁がやっとです! それが、ご、53万!?」


 受付嬢は目をキラキラさせて叫んだ。  俺は慌てて否定する。


「いやいや! お姉さん、よく見て! 数字の前に『-(マイナス)』が付いてるでしょ! 横棒! 引き算!」


 俺は必死に空中に指で横棒を書いた。  だが、受付嬢はキョトンとして、笑顔でこう言った。


「ああ、この『ハイフン』ですか? これはきっと、あまりに数値が大きすぎるため、項目と数字を繋ぐための『強調線』ですね! もしくは、神に選ばれたことを示す飾り罫線かと!」


「そんな都合のいい解釈あるかよ!? どう見てもマイナス記号だろ!! 借金みたいなもんだよ!」


「いいえ! 当ギルドのシステムに『マイナスの運』なんて項目は存在しません! したがって、これは強調のハイフンです! 素晴らしいポジティブシンキングです!」


 ポジティブすぎるだろ! お役所仕事のバグかよ!  俺の悲痛な叫びは、周囲のどよめきにかき消された。


「おい聞いたか? 運53万だってよ……」 「マジかよ。歩くだけで宝箱が空から降ってくるレベルじゃねえか」 「……待てよ。ってことは、あの『ALL1』も……」


 ルナが、俺の背中から顔を出してボソリと言う。


「……ジン、すごい。……マイナスに見せかけて、凡人をふるい落とすなんて……性格悪い。……好き」


「誰も篩い落としてない! 事実を陳列してるだけだよ!」


 受付嬢は興奮冷めやらぬ様子で、奥の金庫から、黄金に輝く特別な用紙を取り出した。


「ジン・キリサメ様! 貴方のような規格外の方を、一介の新人(Fランク)として扱うわけにはいきません! これはギルドの緊急事態、いえ、歴史的慶事です!」


 彼女は震える手で、俺の登録用紙に判子を押そうとした。  俺は必死に手を伸ばした。


「やめて! Fランクでいいの! 薬草採取させてよ! スライムも怖いけど薬草なら抜けるから!」


「ご謙遜を! そのようなお力をお持ちの方が、薬草採取などという雑用で腐るのは世界の損失です!」


 ドンッ!  勢いよく判子が押された。


「認定します! 特例措置により、Sランク待遇……称号『天運の覇者ラッキー・マスター』を授与します!!」


「名前ダサッ! ていうかやめて! ハードル上げないで!」


 俺が叫ぶと同時に、ギルド中から割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こった。


「ラッキー・マスター! ラッキー・マスター!」 「すげえぞ兄ちゃん! いや、マスター!」 「一生ついていきます!」


 地獄のコールが響き渡る。  俺は膝から崩れ落ちた。  その時、誰かが俺の背中を「おめでとう!」とバシッと叩いた。


「ぐふっ……!?」


 衝撃が走る。  HPが1から0.8くらいまで減った。  視界が揺らぐ。  あ、また見えた。三途の川だ。  対岸でばあちゃんが、今度は盆踊りを踊りながら手招きしている。  ばあちゃん、元気だね。俺はもうダメかもしれない。


「……ジン様、大丈夫ですか?」


 メリルが駆け寄ってくる。


「……感極まって、三途の川が見えるほどの忘我の境地に至るとは。やはり貴方様こそ、我らがマスターです」


「違う……痛いだけ……」


 俺の意識が遠のく中、受付嬢が満面の笑みで、発行されたばかりのギルドカードを俺の顔の前に掲げた。  そこには、金色に輝く文字でこう刻まれていた。


 名前:ジン・キリサメ  ランク:S(天運の覇者)  運:530000


 マイナス記号は、綺麗サッパリ消えていた。  これは誤植だ。  だが、この世界の住人にとっては、これが真実になってしまうのだ。


「……終わった」


 俺のつぶやきは、熱狂的な歓声にかき消され、誰にも届くことはなかった。  こうして、勘違いだらけの異世界転生生活は、最悪の形で本格スタートを切ったのだった。


 誰か助けてください。本当に。

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます! 作者です。


今回は「文明社会への到達」と「ギルドでの勘違い祭り」をお届けしました。


■今回のポイント


街の治安: 悪い。でもメリルたちの治安の方がもっと悪かった。


ステータス: ALL1は「一周回ったカンスト」。


運の数値: -53万は「ハイフン53万」。 受付嬢のポジティブシンキングにより、ジンの人生設計(薬草採取スローライフ)は崩壊しました。


ばあちゃん: また出ました。背中を叩かれただけで三途の川が見えるHP1の儚さ。盆踊りしてましたね。


【読者の皆様へのお願い】


「受付嬢の頭がハッピーセットw」「ばあちゃん楽しそうだな」「マイナスをハイフンと読む発想はなかった」 と少しでも笑っていただけましたら、


ページ下部(スマホ版は広告の下)にある 【☆☆☆☆☆】 をタップして評価していただけると、執筆のモチベーションが爆上がりします! (星は5つ押していただけると、作者が嬉しさのあまり運の数値を改ざんします)


ブックマーク登録もぜひよろしくお願いします!


それでは、次回の更新でお会いしましょう!

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