第4話 回復役不在の脳筋パーティと、死を招く小石
魔王軍幹部(笑)を撃退した俺たちは、未だ深い森の中を彷徨っていた。 木漏れ日が差し込む美しい森。小鳥のさえずり。マイナスイオンたっぷりの空気。 だが、俺、霧雨神の心は、泥沼のように濁りきっていた。
限界だ。精神的にも、肉体的にも。 俺はガサガサと草をかき分けながら、目の前の地面を――それこそ、砂金でも探すような目つきで凝視し続けていた。
「……ないな。よし」
一歩進む。
「……ここも大丈夫だ。よし」
また一歩進む。 まるで地雷原を行軍する新兵のような慎重さだ。 なぜこれほどまでに怯えているのか。 理由は単純にして絶望的。俺のHP(体力)が、文字通りの『1』しかないからだ 。
この世界に転生して二日目。あの日の恐怖は、今も脳裏に焼き付いている。 俺は、何の変哲もない河原の小石に躓いて転んだ 。 ただ、それだけのことだ。 だが、膝が地面についた瞬間、俺の視界はセピア色に染まり、スローモーションの中で走馬灯が駆け巡った。
――三途の川が見えた 。 対岸には綺麗なお花畑が広がり、数年前に死んだはずのない、ピンピンしているはずの婆ちゃんが「こっちだよ〜、ジンちゃ〜ん」と満面の笑みで手招きしていた。 いや、ばあちゃん生きてるから! 先週ゲートボール大会で優勝してたから! 生きてる人間が川の向こうに見えるってどういうことだ。俺の脳内メーカーがバグっているのか、それともばあちゃんの霊圧が強すぎて生霊として迎えに来たのか。
とにかく、あの時の体感ダメージは『0.9』。 あと『0.1』深く転んでいたら、あるいは石の角度が悪くて打ち所が悪かったら、俺は「異世界転生してすぐに石に躓いて死亡」という、冒険者ギルドの笑い種として歴史に名を刻んで終わっていた。
(二度と転べない。小石ひとつ、木の根ひとつが、今の俺にとってはギロチンの刃と同じなんだ……!)
冷や汗が背中を伝う。 俺がビクビクしながら進んでいると、隣を歩く美貌の剣聖・メリルが、感心したような溜息を漏らした。
「……素晴らしい」
「えっ、何が?」
俺がビクッとして振り返ると、メリルは俺の足元を熱っぽい瞳で見つめていた 。
「ジン様のその歩法です。一歩ごとに大地の脈動を読み、重心を極限まで制御している……。まるで薄氷の上を舞う蝶のよう。あえて不安定な足場を選び、常に死線を想定した訓練を行っておられるのですね?」
「違うよ!? 安定した足場がないんだよ! どこ踏んでも死にそうなんだよ!」
俺は叫び返すが、メリルには届かない。彼女の脳内フィルターは、俺の情けない行動を全て英雄的な修行へと変換してしまう 。
「……お兄さん、お腹すいた」
後ろから、亡霊のような声がした。 大魔導士のアリスだ。彼女は燃費が悪すぎる 。さっきの戦闘で極大魔法をぶっ放したせいで、今はただの腹ペコ幼女と化している。
「アリスちゃん、もう少しの我慢だ。街に着けば、何か食べられるから」
「……ん。街に着いたら、牛を一頭まるごと食べる」
「フードファイターかよ。金ないんだぞ俺たち」
俺は乾いた笑いを浮かべた。 そう、金がない。無一文だ。HP1で、無職で、無一文 。 詰んでいる。
その時。 俺の「死のセンサー」が反応した。
「……ッ!!」
俺は立ち止まり、息を呑んだ。 目の前の獣道に、拳大の石が落ちていた。 苔むした、どこにでもある石だ。だが、俺にはそれが、カウントダウンを始めた時限爆弾に見えた。
「じ、地雷だ……」
「ジン様? 敵ですか?」
メリルが即座に愛刀の柄に手をかける。
「違う、あれを見てくれ。あの石……」
俺は震える指で石を指差した。 メリルは目を細め、その石を凝視する。そして、ハッと息を呑んだ。
「……なんと。ただの石に見えますが、あれは擬態した岩石生命体の幼体……いえ、内部に高密度の魔力を圧縮した『天然の爆弾』ですね?」
「えっ」
「不用意に踏めば、連鎖爆発を起こしてこの一帯が吹き飛ぶ……。常人なら見過ごすほどの微細な魔力の揺らぎを、ジン様は見抜かれたのですね 」
「いや爆発するのは俺のライフだよ! 触れたら俺だけ木っ端微塵になるんだよ!」
俺は大きく石を避けた。 半径3メートルは距離を取り、へっぴり腰で迂回する。 メリルはそれを「爆風の有効範囲を見切った完璧な回避ルート」と解釈し、感涙していた。
俺はため息をつき、ふと冷静になってパーティメンバーを見渡した。
メリル: 剣聖。物理攻撃特化。会話が通じない暴走機関車 。
アリス: 大魔導士。広範囲殲滅魔法特化。燃費最悪の固定砲台 。
……あれ? 俺の背筋に、冷たいものが走った。
「ねえ、ちょっと待って」
俺は引きつった顔で二人を見た。
「このパーティ、アタッカーしかいなくない!?」
回復役は? 盾役は? 一番重要な「俺を守ってくれる人」と「俺が死にかけた時に(頻繁にある)治してくれる人」がいない!
「これじゃ誰かが怪我したら終わりじゃん! 特に俺とか、風邪ひいただけで死ぬのに! 紙で指切っても致命傷なのに!」
「ご安心ください、マスター」
メリルが自信満々に胸を張り、バサァッとマントを翻す。
「やられる前にやる。それが最強の防御です」
「出たよ脳筋理論! 一番聞きたくない言葉だよ! やられる前にやられるんだよ俺は!」
「……お兄さん、敵が来たら、燃やせば解決」
アリスがよだれを垂らしながら杖を構える。
「解決しない! 火事という新たな問題が発生するだけだ! 森を燃やすな!」
ダメだ。こいつら攻撃のことしか頭にない。 完全なる特攻野郎〇チームだ。守備力ゼロ、火力のみカンスト。 俺の命運は、風前の灯火だった。
――そんな俺たちのやり取りを、頭上の高い木の上から見下ろす影があった。
(……す、すごい……)
盗賊の少女・ルナは、枝葉の陰で戦慄していた。 彼女は裏社会で名を馳せる『怪盗ルナ』。スキル【隠密】のエキスパートであり、気配を消すことに関しては世界一の自信があった 。 それなのに。 あの黒髪の男は、ルナの存在に気づいているフシがある。
(さっきの石の回避……。あれはただ避けたんじゃない。あえて大げさに動くことで、死角に潜む私への牽制球を投げたんだわ。『お前がどこから狙っているか、分かっているぞ』と……)
ルナの心臓が早鐘を打つ。 バレている。完全に掌の上だ。 ルナは試すことにした。本当にバレているのか、それとも偶然か。
彼女は懐から、木の実を取り出した。 そして、指先で弾いた。 ヒュンッ。 音もなく、殺気を込めたどんぐりが、ジンの頭上へと落下する。
その時。 ジンは、空を見上げることなく、奇妙な動きを見せた。
「うわあああああああ!!」
ドサァッ!! ジンは突然、地面を転げ回るようにして前方にダイブしたのだ。 直後、彼が立っていた場所に、カツンとどんぐりが落ちた。
(……!!)
ルナは息を呑んだ。 見えていないはずだ。背後からの、しかも音のない投擲。 それを彼は、まるで未来予知でもしたかのように、あるいは「あえて無様な格好で転ぶ」というフェイントを織り交ぜて回避した。
実際には、ジンはただ「何かの気配(鳥のフンとか)」を察知して、ビビって足をもつれさせて転んだだけなのだが。 ジンの独白はこうだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……! あ、危なかった……! 今、何か落ちてきたぞ!? 直撃してたら頭蓋骨陥没で即死だった……!」
ジンは脂汗を拭いながら、キョロキョロと周囲を見回した。 その視線が、偶然にもルナの隠れている枝の方を向いた。
「……そこにいるのは誰だ!? 出てこい!」
ただのビビりゆえの確認だった。リスか猿がいるのかと思っただけだ。 だが、ルナにとっては、それは絶対強者からの「呼び出し」だった 。
(見つかってる……! 『降りてこないと、その木ごと切り倒すぞ』って目が言ってる……!)
ルナはパニックになった。 殺される。どうすればいい? どうすれば許してもらえる? ルナのコミュ障脳が高速回転する 。
――そうだ。さっきの会話。 彼らは「金がない」「腹が減った」と嘆いていた。 つまり、今彼らが求めているのは『富』と『食』。 ルナは大富豪の怪盗だ。金なら腐るほどある。 貢げば、助かる? いや、貢ぐしかない!
バササササッ!
突然、ジンの頭上に「恵みの雨」が降ってきた。 最高級の干し肉、瑞々しいフルーツ、瓶詰めされたヴィンテージワイン。 そして、ジャララララッと音を立てて降り注ぐ、大量の金貨。
「うわぁっ!? 痛っ! 痛い痛い! 今度は何!? 爆撃!?」
ジンが頭を抱えてうずくまる。金貨の一枚一枚が、HP1の彼にとっては散弾銃のような威力だ。 そして最後に。
ドサッ。
小柄な少女が、空から落ちてきた。 フードを目深に被り、顔を真っ赤にして、小動物のようにガタガタ震えている 。
「……こ、これで……許して……」
ルナは涙目で、ジンに金貨の山を差し出した。
「……私、ルナ。怪盗。お金持ち。……だから、殺さないで」
「え?」
ジンは呆気にとられた。 状況が飲み込めない。空から金と食料と美少女が降ってきて、いきなり命乞い? 美人局か? それとも新手のカツアゲの逆バージョンか?
「い、いや、殺さないよ!? ていうか君、誰!? 大丈夫?」
ジンが手を差し伸べようとした瞬間、ルナはビクッとして後ずさりし、メリルの背後にササッと隠れた。 そして、影から顔だけ出して、上目遣いでジンを見る 。
「……殺さない? 本当?」
「本当だよ! 俺、虫も殺せない(返り討ちに遭うから)平和主義者だから!」
ルナはホッとしたように息を吐き、そして頬を染めた。
(……優しい。あんなに強いのに、弱者のフリをして私を気遣ってくれた。……それに、私の『貢ぎ物』を受け入れてくれた )
彼女の中で、何かが歪んだ形で噛み合った。 ルナは、懐からさらに追加のアイテムを取り出した。 黒く輝くカード。『魔導銀行ブラックカード(無制限)』だ。 彼女はそれを、おずおずとジンの手に握らせた。
「……じゃあ、これあげる。……暗証番号は0000」
「セキュリティ意識どうなってんの!?」
「……私の財布は、あなたの財布。……ご飯も、お金も、全部貢ぐ。……だから」
ルナは熱っぽい瞳で言った。
「……私を、飼って」
「はあああああ!?」
俺は森中に響き渡る声で絶叫した 。 飼って? 人間を? だが、メリルは腕を組み、深く頷いていた。
「なるほど。さすがマスターです」
「今度は何!?」
「アタッカー過多というパーティの欠陥を、瞬時に見抜いておられたのですね。そこで、あえて『無限の資金源』を持つこの者を勧誘し、最高級のポーションや装備を金に糸目をつけずに買い揃えることで、回復役とタンクの不在を補う……。極めて合理的かつ、覇道を行く解決策です」
「勧誘してない! 向こうから降ってきたんだよ! あと覇道とかいいから!」
「……お兄さん、この人、いい人」
アリスがすでに、ルナの出した干し肉にかぶりついている。口の周りが油だらけだ 。 ルナはアリスの頭を撫でながら、俺に向かってコクンと頷いた。
「……ん。私がいれば、餓死はさせない。……あなたの欲しいもの、全部盗んでくる」
「盗むのはダメだからね!? 買うんだよ!?」
こうして。 最強の剣聖、大魔導士(腹ペコ)に加え、大富豪の盗賊(コミュ障ストーカーATM)が、なし崩し的に仲間になった。 俺は手の中のブラックカードを見た。 ずしりと重い。 これで、防具が買えるかもしれない。全身をクッションで覆ったような、安全な装備が。 少しだけ希望が見えた気がした。
「……よし、街へ行こう。そして装備を整えるんだ」
「はい、マスター! 世界を征服する装備ですね!」
「……街ごと買う?」
「買わないよ! 自分の身を守るだけだよ!」
新たな仲間(財布)を加えた俺たちは、ようやく森を抜け、冒険者の街へと足を踏み入れた。 そこで待っているのが、さらなる『勘違い』の伝説だとは知らずに。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます! 作者です。
今回は「HP1の恐怖」と「回復役不在の脳筋パーティ問題」、そして「新しい財布」のゲットまでをお届けしました。
■今回のポイント
ジンのトラウマ: 小石に躓いただけで三途の川が見える。しかも、ばあちゃんは存命なのに川の向こうにいる(生霊?)。HP1の過酷さが露呈しました。
パーティ構成: 剣聖(暴走)、大魔導士(燃費最悪)、盗賊(コミュ障)。全員アタッカーで回復役ゼロ。ジンが一番死にそうな構成です。
ルナのチョロさ: どんぐり一発でビビり散らかしたジンを「神回避」と勘違いし、全財産を捧げてATM化しました。
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