第3話 空腹の大魔導士と、カロリー高めの詠唱
「石を投げたの、あなた?」
剣聖メリル・スターライトは、至近距離で俺の顔を覗き込んだ。
宝石のような蒼い瞳が、俺の網膜に焼き付く。
詰んだ。
魔王軍幹部との神聖な一騎打ちに、横から石を投げて水を差したのだ。
しかも、そのせいで幹部は「ご丁寧にどうも」と言い残して死ぬという、わけのわからない最期を遂げた。
怒られる。絶対怒られる。
「あ、はい……俺です。ごめんなさい。足が滑って……」
俺は正直に白状した。
言い訳をして斬られるより、謝って殴られる方を選んだのだ。
だが。
「……やはり。私の読み通りだったのですね」
メリルは剣を鞘に収めると、その場に膝をつき、俺の手を両手で包み込んだ。
「へ?」
「あの絶妙なタイミング。敵が魔力を練り上げ、防御障壁が一瞬だけ揺らぐ『コンマ一秒』の隙……。そこを正確に射抜くなんて」
「いや、ただの事故で」
「しかも、あえて『魔力を持たない石』を使うことで、敵の感知スキルをすり抜ける……。なんという高度な計算でしょう」
メリルの瞳が、憧憬の色を帯びてキラキラと輝き始めた。
おや? 様子がおかしいぞ?
「私の剣技だけでは、あの幹部は倒せなかった。貴方の『一石』が、戦局を覆したのです。……名を、伺っても?」
「え、あ、キリサメ・ジンですけど……」
「ジン様……! あえて手柄を主張せず、未熟な私に花を持たせてくださるその謙虚さ。まさに『能ある鷹は爪を隠す』……!」
「隠してないよ!? 爪とかないよ!? 俺の爪、深爪だよ!?」
俺のツッコミは、森の風にかき消された。
メリルは立ち上がると、晴れやかな笑顔で宣言した。
「決めました。私、ジン様についていきます!」
「はあああ!?」
「貴方のような達人の側で、真の強さとは何かを学びたいのです。拒否権はありません!」
「なんでだよ! あるだろ人権くらい! 俺は一人で平和に暮らしたいの!」
こうして。
俺のパーティーに、頼んでもいないのに最強の剣聖(勘違い女)が加入した。
◇
メリルにつきまとわれながら森を歩くこと数十分。
俺の精神はゴリゴリ削られていた。
「すごい……今の歩き方、あえて重心をずらすことで敵の狙いを絞らせないのですね」
「ただ躓いただけだよ!」
「呼吸音すら聞こえない……気配遮断の達人……」
「息切れして死にそうなだけだよ!」
俺の挙動すべてが、彼女のフィルターを通すと「達人の技」に変換される。
助けてくれ。胃が痛い。
その時だった。
グゥゥゥゥゥゥゥ…………。
地響きのような音が、森の奥から聞こえてきた。
「ッ! 魔獣の咆哮!?」
メリルが瞬時に抜刀し、俺の前に出る。
さすが剣聖、反応が速い。
「警戒してくださいジン様。この音……大型のベヒーモス級かもしれません」
「マジかよ、勘弁してくれよ……」
俺たちが恐る恐る茂みをかき分けると、そこには――。
一人の少女が、行き倒れていた。
大きな三角帽子に、サイズの合わないローブ。手には背丈ほどある杖。
しかし今は、地面に突っ伏してピクリとも動かない。
「し、死体!?」
「待ってください。まだ息があります」
メリルが駆け寄ると、少女はゆらりと顔を上げた。
眠そうな目をした、あどけない顔立ちの少女だ。
「……おな、か……すいた……」
グゥゥゥゥゥゥゥ…………。
少女の腹から、先ほどの「魔獣の咆哮」が再び轟いた。
「腹の音かよ!! ベヒーモスお前の腹の中にいんのかよ!」
俺は思わず叫んだ。
少女は俺を見ると、ゾンビのように手を伸ばしてきた。
「……ごはん……プリーズ……」
「うわっ、こっち来んな!」
とはいえ、見捨てるのも後味が悪い。
俺はポケットを探った。
そこには、さっきリスから恵んでもらった、唯一の財産「クルミ」があった。
(俺の……俺の晩飯が……)
涙を飲んで、俺はそのクルミを少女の手に乗せた。
すると。
バクッ! ガリガリガリッ!
「殻ごと食ったー!?」
少女はリスもびっくりの顎の力でクルミを粉砕し、一瞬で嚥下した。
そして、パァァァと顔を輝かせた。
「……ふっかつ。ありがと、お兄さん」
「お、おう。いい食べっぷりだな……」
少女は立ち上がると、パンパンとローブの泥を払った。
「私はアリス。通りすがりの天才魔導士。……燃費が悪くて、行き倒れてたの」
「天才魔導士? そのなりで?」
どう見ても迷子の子供だ。
だが、隣にいるメリルの表情が険しくなった。
「……アリス? まさか、王都の魔法研究所を爆破して出奔したという、『爆焔のアリス』?」
「人聞きが悪いなぁ。ちょっと実験に失敗しただけだよ。更地になったけど」
「更地になってんじゃねーか!」
ヤバい奴だ。関わっちゃいけないタイプだ。
俺はそっと後ずさりした。
「よし、元気になったなら俺たちはこれで。達者でな!」
「あ、待ってよ」
アリスが俺のローブの裾(安物)を掴んだ。
「お兄さん、いい匂いがする」
「は? 風呂入ってないけど」
「違う。……魔力の匂いじゃなくて、『運命』の匂い。……面白そうだから、ついていく」
「いやいや! 間に合ってます! これ以上変なのが増えたら俺のキャパが死ぬ!」
俺が拒否しようとすると、メリルがスッと剣を突きつけた。
俺にではなく、アリスにだ。
「……ジン様の旅路を邪魔するなら、私が相手になります。大魔導士だろうと、実力が伴わなければ足手まといです」
「なんだとー?」
「証明なさい。貴女の魔法が、ジン様のお供をするに値するかどうかを」
なぜか面接が始まった。
面接官はメリルだ。俺に決定権はないらしい。
「ふーん……。いいよ。お兄さんに私の凄さ、見せてあげる」
アリスはだるそうに杖を構えた。
その切っ先を、50メートルほど先にある一本の大木に向ける。
「見てて。……詠唱開始」
アリスの空気が変わった。
膨大な魔力が練り上げられる……のかと思いきや。
「大盛りチャーハン、餃子セット」
「はい?」
俺は耳を疑った。
「唐揚げ定食、マヨネーズ多め。豚骨ラーメン、全部乗せ、麺カタメ、油多め、味濃いめ」
「注文じゃねえか!!」
アリスは真顔で、朗々と詠唱(?)を続ける。
「チーズハンバーグ、目玉焼き乗せ。食後のパンケーキ、蜂蜜たっぷりで。コーラ、Lサイズ、氷なし」
俺はたまらずツッコミを入れた。
「おい! 食い物の名前ばっかりじゃねえか! そりゃお前、そんなこと言ってたら胃も刺激されて腹減るわけだわ! 自爆か!?」
「……フライドポテト、揚げたて」
アリスは無視して、最後にそう呟くと、カッと目を見開いた。
「――火炎球」
杖の先から、ポッと小さな火の玉が生まれた。
大きさは、小指の爪くらい。
ライターの火の方がまだ強そうだ。
それが、フヨフヨ~と頼りなく飛んでいく。
「……え、これ?」
俺は呆気にとられた。
「なんだこれ、小せえ……弱そう……。線香花火かよ」
期待させておいてこれか。
やっぱりただの腹ペコ娘だったんだ。
メリルも呆れた顔をしているに違いない。
フヨフヨ飛んでいった小さな火の玉が、標的の大木にポスッと当たった。
その瞬間。
カッッッ!!!!!!!
視界が真っ白になった。
ドォォォォォォォォォォン!!!!!!
鼓膜をつんざく爆音。
猛烈な熱風が俺たちを襲い、俺は吹き飛ばされそうになるのを必死で耐えた。
え? 何? 隕石?
「……ごちそうさま」
煙が晴れると、そこには。
何もなかった。
標的の大木はおろか、その周囲数十メートルの森が、綺麗さっぱり消滅していた。
地面がえぐれ、黒い灰だけが舞っている。
更地だ。マジで更地だ。
「なんだこれえええええええええええ!?」
俺の絶叫が、灰になった森に木霊する。
小指サイズだったよね!? 質量保存の法則どうなってんの!?
ファイアーボールってレベルじゃねーぞ! ナパーム弾だろ!!
「……ふぅ。ちょっと張り切りすぎちゃった。カロリー消費した……お腹すいた……」
アリスはその場にへたり込んだ。
俺はガクガクと震えながら、彼女を指差した。
「お、お前……加減ってものを……」
しかし、隣のメリルは違った。
彼女は感動に打ち震えながら、拍手を送っていたのだ。
「素晴らしい……! これほどの破壊魔法を、あんな極小サイズに圧縮して放つとは……!」
「えっ、そっち!?」
「詠唱も独特でした。『食欲』という人間の根源的な欲望をトリガーにすることで、魔力の爆発力を高める……高度な術式構築です」
「ただ腹減ってただけだよ!」
メリルは俺に向き直り、尊敬の眼差しを向けた。
「さすがジン様。アリスのこの潜在能力を一目で見抜き、クルミを与えて手懐けるとは……」
「手懐けてない! 餌付けしただけ!」
「……お兄さん」
アリスが俺の足元に這い寄ってきた。
そして、俺の腰にある「底の抜けたカバン」をじっと見つめた。
「そのカバン……中が、見えない。……虚無の匂いがする」
「そりゃ底抜けてるからね! ただの穴だからね!」
「すごい……『無限の胃袋』ってこと? ……そこから無限にご飯が出てくるの?」
「出てこねーよ! 出てくるのは絶望だけだよ!」
アリスは俺の足をギュッと抱きしめた。
「決めた。私、お兄さんの『ペット』になる。……ごはん、ちょうだい」
「お断りします! 食費で破産するわ!」
だが、俺の拒否権はまたしても無視された。
メリルが満足げに頷く。
「決まりですね。後衛火力は確保できました。これでジン様の覇道も盤石です」
「覇道とか進まないから! 俺はスローライフしたいの!」
こうして。
勘違い剣聖に続き、燃費最悪の人間兵器が仲間になった。
最弱ステータスの俺の周りに、災害級の爆弾がまた一つ。
森の平和は、俺の胃壁と共に崩れ去ったのだった。
お読みいただきありがとうございます!
ジン「おい待て! 最後の魔法、あれ絶対おかしいだろ! 小指サイズで森が消えたぞ!?」
アリス「……ごちそうさま。まだちょっと足りないかも」
メリル「素晴らしい……。あの破壊力を一点に凝縮する技術、そして『豚骨ラーメン全部乗せ』という詠唱に込められた言霊の重み……勉強になります」
ジン「重いのはカロリーだけだよ!!」
アリス「……お兄さん、うるさい。……それより、ページの下にある『お星様』が食べたい」
ジン「星!? ああ、評価ポイントのことか……。って、それは食うもんじゃない!」
メリル「さすがジン様。読者の皆様に『もし楽しんでいただけたら、下にある☆☆☆☆☆から評価をお願いします』と、謙虚にアピールするおつもりですね?」
ジン「言ってねーよ! ……でもまあ、ポイント貰えると作者が喜んで、俺の胃薬代(更新速度)が増えるらしいから、よかったら頼むわ……(切実)」
◇
改めまして、作者です。
アリスの詠唱を書いていたら、無性にラーメンが食べたくなりました。
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