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ヨリカカリ  作者: 栢瀬 柚花
9/17

お茶会


 2日後、琴と界人は山に来ていた。2人とも講義はなく、予定よりも早く到着した。にも関わらず、すでに白透はそこに佇んでいた。

 やはり薄着で、寒空の下では白い肌がより寒々しく、見ている方が寒くなってくる。

「山本くん、こんにちは。薄着じゃな?寒くないん?」

 界人が声を掛けると、白透は

「こんにちは。始めまして」

 と挨拶した。

「対面では、始めまして。上着1枚貸そうか?予備があるよ」

「上着の予備って持ち歩く?」

 琴が不思議そうに尋ねる。

「鞄に入れっぱなしなんよ。急に寒くなったりするけ。前みたいに急にバイト入った時とか、夜中に帰宅する事になるからさ」

 界人は喋りながら鞄の中から小さく畳まれた上着を取り出した。

「ほら、これ。薄いけど暖かいよ」

 ブルーの上着を差し出されたが、白透は首を振った。

「ええよ、悪いし」

「俺は平気。結構着込んどるし」

 界人は上着を広げると白透に有無を言わさず羽織らせた。包まるとふわっと温かさが広がる。

「凄いな、めっちゃ温かい」

 驚いていると、界人は笑って「着てていいよ」と言った。

「今日はね、キャンプ用の小さなテーブル持ってきた」

 肩に掛けた大きめの鞄を見せると、

「あっちでゆっくりしよ」

 と歩き出す。しかし白透は「行けない」と首を振った。

「今回は勢いで集まる事になったけど、今日もばあ様に何も言ってない。2人とはもう会えない」

 借りた上着を脱いで、界人に差し出す。

「顔を見せて帰るつもりだった。俺はもう行くよ」

 手を出さない界人に、無理やり上着を突き返す。界人は明らかに戸惑っていた。

「ごめん。強引に誘ったもんな」

 そう言ったが、上着は受け取らなかった。

「別に研究のためだけにここへ来たわけじゃないよ。単純に同年代の男子と話したかったし。俺は県外から来とるから、知り合いは大学以外でおらん。学校以外で友達が欲しかったのは本当」

 その言葉に、白透は少しひるんだ。良心が痛んだのかもしれない。

「……なら、俺以外がいいと思う。大学行ってれば、そんな機会沢山あるじゃろ?」

 譲らないのは白透も同じで、上着をさらに突き出した。

「そうじゃけど、山本くんと友達になる機会は今しかないよ?」

 界人は突き返された上着を手に取ったが、白透から目をそらさずに意味深にそう言った。

 ここで突き放すなら、もう声は掛けない。そういうニュアンスが含まれているのが読み取れる。

「それでもいいよ……。もうここには―」

 言いかけた所で「なぁ、あたしの存在忘れてない?」と琴が割って入った。

 男子2人は揃って琴を見た。少し顔が怒っている。

「稲田会なんでしょ?鷹取くんがそう命名したじゃん。主催はあたし。勝手に終わらせようとせんでよ。まだ始まってもいないのに」

 腰に手を当てて2人を鋭く睨んだ。

「ほら、こっち来て」

 クルッと踵を返すと、スタスタ歩き出した。

 男子はその背なかを呆然と見ている。2人がついてこないので、「早く!」と背中に声を掛けた。

「女子1人山の中に残して行く気?」

 どちらかと言うと男子を置き去りにしているように見えるが、そんな事は言えず、男同士顔見合わせると琴の後を追った。

 琴は低い草木を掻き分けてずんずんと進む。行き先が決定しているようだが、どう見ても山の奥に入っている。

「稲田さん、こっちには何もないよ!」

 どうやらこの山に詳しい白透が背中に向かって声を掛けるが、琴は返事をしなかった。

「また蛇が出るかも知れんし、先頭は俺が行くよ。この辺りには慣れてるから。稲田さん、聞いとる?」

 それでも返事はなく足を動かし続けた。

「稲田さん、ホンマに大丈夫なん?道なき道を歩いてるけど……」

 界人が心配そうに声を掛ける。

「もう少しだから」

 琴はそれだけ言うと、さらに10分ほど足を進めた。

 

 やや開けた場所に出て、比較的平らな地面が広がった。そこは山の麓で、眼下には街が広がっている。冬空の青が綺麗で、雲が少なくよく晴れていた。風がなびくその場所からは大学も中学も見渡せる。

「あそこがあたし達の大学。山本くんとあたしが通ってた中学があそこね。こうして見ると、結構近いよね。鷹取くんのバイト先ってどこ?」

 突然尋ねられ、界人は

「えっ?俺……方向感覚鈍いから……」

と言葉を濁した。しかし琴はそれをバッサリ切り、

「あっ、方向音痴だっけ。ごめんごめん」

 と悪びれることも無く言った。

「なんて名前のバイト先?」

「スーパー。ヒロマエって所」

「ああ、ならあの辺。小学校が近いやろ。あそこ、あたしの母校」

「あっ、そうなんや」

「ケーキ屋と花屋が近くにあるでしょ?あそこは小学校の同級生の家なんよ。たまに行って安くしてもらってる」

「あっ、いいこと聞いた」

「いや、友達の友達は値引きしてくれんと思う」

 そんな会話をしていると、

「ちょっと、なんでこんな所に来たん?」

 と白透が話しを遮った。

「俺はもう帰るよ。街案内なら稲田さんがしてよ」

 不満そうに言われ、琴は「ここが山本くんの街でもあるんよ」と返した。

「道通神社からも山本くんの家からも、あたし達が普段いる場所は見える」

「……だから?」

「だから、距離を取ろうと来ても無駄。物理的距離はどうにもならんから。あとは心の距離」

 琴が何を言いたいのか、なんとなく察した白透は言い返そうとした。しかし琴が言葉を重ねて遮られる。

「なので、心の距離を縮めるためにお茶会します」

「は?」

 琴はまたリュックから敷物を取り出し広げると、キャンプ用の机を置いた。そしてリュックから水筒2本と箱、和柄の紙皿、竹製のフォーク、紙コップを取り出した。

「ほら座って」

 テキパキと皿を並べてフォークを置き、紙コップにお茶を注ぐ。

 水筒の中身は抹茶だ。大自然のなかに抹茶の深く芳醇な匂いが漂う。

 箱を開けると、カラフルな茶菓子が幾つも並んでいた。

「うわっ、綺麗」

 界人が中身を見て感嘆する。白透が見ても、見事な和菓子だった。練り切りから豆大福、イチゴ大福、三色団子と並んでいる。

「全部今日までだから、この場で食べちゃおう。朝から仕込んで大変じゃったんよ」

 その言葉に、男子2人とも驚いた。

「えっ!これ稲田さんが作ったん?」

「そうよ。うち豆腐屋だから道具あるし、小豆を浸水させて茹でた。練り切りも大福の皮も作ったの。早朝から作業して疲れた。もう眠い」

 さして眠そうな表情を目みせず、淡々とそう言った。

 呆然と見下ろす男子を、

「早く座ってよ」

 と見あげる。

 2人はおずおずと、山の麓に急に現れた和空間に腰を下ろした。

「じゃあ、稲田会2回目ね。好きな和菓子取っていいよ」

「これってあんこ同好会の成果?」

「そう。あすぎもこだわってるから自信あるよ」

 白透はじっと和菓子を見つめた。素人が作ったにしては上手な作品の数々を見て、ボソリと呟いた。

「なんでここまでしたん?」

「和菓子が好きだから。自分で作れたらいいでしょ?いつでも食べられるし」

「いや、山本くんが聞きたいのはそこじゃないないと思うで……」

 やや呆れて言われ、琴はああ、と思い至ったように言った。

「稲田会だから、あたしが力を入れんとって思って。久々に作って気分転換になった」

 その言葉にも

「いや、そういう事でもないと思う……」

 と界人は返した。琴は「ん?」と界人を見つめている。他に何かある?と言いたげな顔だった。

「俺を絆して《ほだして》情報を聞くために、ここまでしたん?」

 はっきりと尋ねた白透は唇を噛んでいた。

 界人は白透が怒ったのかもしれないと危惧した。情報を得るためにこんな方法で縛り付けようとしたのかと、悲しく怒っているのだとしたら……。逆効果だ。

「いや、山本くん、落ち着いて……!」

 慌てて界人が説明しようとすると、琴がさらっと言ってのけた。

「山本くん言っとったやろ、普通が遠いって」

 白透はピクリと肩を動かした。

「今の生活が嫌で、みんなと同じ普通が欲しいなら、まずは家から出て、こうして会おうよ。確実に来る楽しいを選んでさ」

 白透がさらに唇を固く結んだ。その顔で、張り詰めた緊張と警戒がグラついているのが界人にも琴にも分かった。

「今は何も聞かんよ。ずっと1人を選んできた理由も、人を遠ざけようとした理由も」

「……神社の事は聞くんじゃろ?」

「まぁ、それは友達になったあとの副産物かな。研究のとこは二の次以下だよ。まずは友達になる所から」

 白透の目がうっすらと潤んでいる気がした。決して

言葉には出さなかったが、強い感情が込み上げてきているのが伝わってくる。 

「……それでも断ったら?」

「山本くんは断らんよ。もう観念した顔しとる」

 見抜かれ、白透は諦めたように大きくため息をついた。肩の力が抜けている。

「ここまで強引だと、俺のちっぽけな拘り《こだわり》がどうでもいいものな気がしてきた」

「えっ、そこまでの事した?」

 琴は自分の行動がそこまでの重要性を持っているとは思っていなかったようだ。今更目を点にしている。

「あたし、山本くんの拘りをへし折ったの?」

「まぁ、そうかも」

 開き直ったのか、白透は清々しい顔に見えた。彼の中でずっと固まっていた何かが壊れ、心地よい風が吹き始めたようだった。

「いいや。ばあ様に話してみる。案外、いいって言ってくれる気がしてきた」

 謎な思考回路で結論に至ったようだ。

 琴と界人は顔を見合わせた。よく分からないが、白透の説得に成功したらしい。

「なら、取りあえずお茶と和菓子を食べる?」

 界人が切り出し、「そうしよ」と白透は賛成した。

 ここに来て目をパチクリさせている琴は、

「そう……?なら、好きなの選んでいいよ。1人2つね」

 と箱を見せた。

 それぞれが選んだ和菓子が紙皿に乗り、揃って手を付け始める。どれもほのかな甘さで、あんこの滑らかさが口に広がり抹茶とよく合った。

「凄いな、これ。美味し」

「でしょ?」

「完徹で調べた結果がこのあんこ?」

 界人に尋ねられ、琴は自慢げにふふんと笑った。

「そう!先輩もこれには唸ってたんだから!自信作!」

「その先輩って何者?」

「老舗和菓子屋の息子」

 思った以上に本業の人だった。

「それは結構凄いんじゃ……」

「稲田さん、大学であんこの勉強してんの?」

「してないよ。趣味」

「カメラ以外にもあるんじゃ……」

 そこから研究成果に至るまでの長い過程を聞かされた。2人は相槌を打ちつつも話半分で聞いていた。

 

 やっと熱弁が終わる頃には、すっかり水筒も空になった。その時分には大分風が冷たく強くなってきたので、片付けをすることになった。

「次はどうする?稲田会」

「なら、今度は俺がやりたいこと考えてとく」

 界人が揚々と宣言した。

「オッケー。山本くんには電話で日時知らせてもいい?あたしまだスケジュール分からんくって」

「いいよ」

「俺と稲田さんはLINEじゃな」


 そこで2回目の稲田会は解散となった。

 

 山道を下りながら、

「山本くん、気持が切り替わってくれてよかったな」

 界人が足元を見ながらそう言った。

「きっかけは研究じゃけど、友達が出来たのは嬉しいわ」

「なんか山本くんってほっとけないよね。それにあんな顔されたら、手を差し伸べたくなる」

「まぁ、イケメンじゃしな。儚く何か頼まれごとしたら、うっかり引き受けそうになるよな」

「いや、容姿はあんまり関係ないかな……。確かにイケメンじゃけど。でも、説得出来たのは鷹取くんがおったおかげよ」

 界人は後ろを歩く琴を振り返った。

「いや、そんな事ないって。稲田さんが色々と提案したからじゃろ?お菓子とかさっきのお茶会とか」

「それもあるけど……、鷹取くんが電話で話してくれんかったら、今日の約束は出来てないからさ」

 琴はふわりと笑った。

 不意の笑顔に界人はドキリとした。

「プチ神隠しの時もそうじゃけど、鷹取くんがおってくれて良かったわ。やっぱり心強いな」

 急に胸がギュッと締め付けられ、心臓の鼓動が速くなった。

「鷹取くんと会ってからあたしも変わったんよ。カメラも出来るようになったし、山本くんとも友達になれた。毎日が少し楽しくなった。ありがとな」

「―――そう?」

「そう」

「……俺もなんか変わったかも――」

「そうなんだ。お互い、あの合コンには参加して良かったってことじゃね」

 ルンルン気分でそう言うと、琴は界人を抜かして先を歩き出した。

「……そうじゃな。――ほんまに良かったわ」

  

 この日を境に、3人の関係は大きく動いた。

 白透の日常も界人の心境も、様相を変えていくことになる。

 

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