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ヨリカカリ  作者: 栢瀬 柚花
8/16

稲田会


 翌日の午前、診察を終えると琴は大学に行った。

 界人には病院から帰宅後、マムシに噛まれた事を報告していた。バイト終わりにそのLINEを見た界人は、とても慌てたメッセージを送ってきていた。

 心配ないと伝えたが、会うまでは安心できないのか繰り返し体調を確認する連絡がきた。仕方ないので講義の前に顔を見せることにした。白透に出会ったことも伝えなくてはいけない。

 

 大講義室の前に行くと、指定した場所で界人が待っていた。

「大丈夫なん?」

 腕を包帯でぐるぐる巻にしている姿を見て、界人は驚いた。

「平気。ちょっと大げさに見えるだけよ。午前中の診察でも大丈夫って言われたし」

「ごめん。昨日、一緒に帰れば良かった……。大して手応えもなかったのに、怪我だけさせるとか…。ほんまにゴメン」

 苦悶の表情で言うので、

「そんな事ないよ。あの後、収穫があったんよ」

 と白透の件を教えた。

 今日の午後、約束を取り付けていることを知ると、界人は少し表情が緩んだ。

「凄いな、お婆さんにバレずに会えるよう約束取り付けるとか」

「山本くんがお婆さんに話してない保証はないけどな」

 肩をすくめて言ったが、界人は感心していた。

「俺は講義あるから行けれんけど、成果は報告して。あと、絶対に無理はせんでな」


 15時になると、琴は昨日の場所に向かった。お婆さんしかいなかったらどうしようかと緊張したが、白透は1人で待っていた。

 琴が手を振ると、ぎこちなく手を振り返してくれた。

 包帯を巻いた姿を見た白透は、界人と同じ様な顔をした。

「平気だった?」

「うん。生きとるよ。山本くんの処置のおかげで、軽傷ですんだ。お医師さんからもそう言われたよ」

 ホッとした顔をしたので、心配をかけたんだなと思った。

「これ、助けてくれたお礼。うち、豆腐屋だから色々と詰めてきた。あと、クッキーとかも入ってる」

 紙袋を渡すが、白透は手を出さなかった。変わりに首を横に振っている。

「受け取れん。そんな事出来ん」

「なんで?」

「今日は無事な姿を確認するためだけに来た。もう会うつもりはないから、受け取れん」

「これはこれからヨロシク、じゃなくて、昨日はありがとうの意味だから受け取ってくれんと困る」

 ズイッと紙袋を押し付けた。

「そんなものがあると、ばあ様にバレる」

 その一言で、お婆さんには内緒で出てきた事が分かった。どうやら、お婆さんにも誰かと密会していることがバレたらまずいようだ。

「なら、クッキーだけでも食べてよ。これならここで食べちゃえば証拠も残らんよ?」

 そう言っておからクッキーを取り出し、白透に渡した。

 彼は渋々、というように手を伸ばした。

「毎日手作りしたるやつじゃけ、サクサクだよ」

 袋を開けて、一個をかじる。ザクザクとした咀嚼音が響いた。琴はリュックからジュースも取り出した。

「おからクッキーって口がパサパサするから、ジュースも持ってきたよ。ミックスジュース。コンビニのじゃけど美味しよ」

 界人は無言で受け取ると、一口飲んだ。

「……美味しな、これ」

「じゃろ?」

 琴は笑った。

 背中に背負った小さなリュックを下ろすと、がさがさいじって中身を取り出し始めた。

「小さい頃から味変わらんのよな、それ。あとは期間限定のチョコ。抹茶とクランベリーがあるよ。それからこれも期間限定の梅風味のポテチ2種類。定番の塩も買った。あとはシュワッとする物飲みたくて炭酸も買ったし……」

 話ながら次々と草の上にお菓子を並べる。

「ちょっと待って。どんだけ持ってきたん?」

 どんどんと出てくる袋を見て、白透は慌てた。

「2人で食べようと思って」

 琴は敷物を広げ始めたので、白透は口を開けてぽかんと見た。自分の分のジュースとお菓子を広げ、靴を脱いで座ると、

「どうぞ」

と自分の隣をトントンと叩いた。すっかりピクニックの装いになり、白透は思わず笑った。

「遠足やん、こんなの」

 はじめて顔をクシャっと歪ませて笑う姿を見て、琴は「そんなに笑う?」と言った。

「小学校の遠足みたい。もうええ歳なのに、お菓子とジュース広げて……」

「ピクニックに年齢は関係ないやん。それにええ歳って、まだ20代よ?」

「まぁそうじゃけど」

 じっと見つめる琴の視線に負けて、観念したのか白透は琴の隣に靴を脱いで腰を下ろした。呆れ顔だが何やら楽しそうで、お菓子の数々を眺めている。

「どれでも好きなの選んでいいよ」

 そう言ったが、白透は眺めるだけだった。琴は梅風味のポテチを取ると封を開けて、差し出した。

「これ食べると冬っていうか、受験シーズンだなって思う」

「……そうなんや」

 ピンときていないらしい白透は、1個だけつまむと口に入れた。

 しばらく互いに無言でお菓子を食べてジュースを飲んだ。だんだんと低くなっていく太陽を見ながら、白透はポツポツと琴に質問をした。

「稲田さんは大学生?」

「うん。民俗学部の2年」

「民俗学部って何するん?」

「んー、色々。日本の文学とか風習を調べて、今の時代との関連を見つけていく、みたいな?」

「うちの神社を調べとるのも、その関係?」

「そう。いつ建てられて、今に至るのか。この街との繋がりとか文化への影響とか調べとる。敷地神も多いから、そことの繋がりも見てる。まぁ、あたしじゃなくて、友達のレポートを手伝っとるんじゃけど」

「友達?」

「そう。協力する代わりに、あたしはカメラの技術を教えてもらうの。これ」

 琴は首から下げたカメラを見せた。

「貯めたお年玉奮発して買ったんだ。自分で買った初めての高額商品!」

「……そっか」

「まだ上手く撮れんけど、練習中。いつも持ち歩いて、取りたい時に撮れるようにしてる」

「カメラが上手くなってどうするん?」

「実家の商品撮ったりしたい。プロに頼むと高いから。ホームページとかに載せる用の写真撮るんだ。あとは好きなものとか可愛いもの、綺麗な物とか。とにかく何でも」

「……いいね」

「山本くん、趣味は?」

「……無いかな」

 白透は琴を眩しそうに見た。白透自身の目は相反して、暗く沈んでいた。

「楽しそうで羨ましい」

 言われたが、琴はそうなんかなと思った。

「そう見える?」

 白透はゆっくりと頷いた。

「皆にとっての『普通』は、俺にとっては遠いから」

 その言葉に、白透の全てが詰まっている気がした。

 

 白透の普通は、人と会わない事。

 一人でいる事。

 お婆さんに秘密を作らないこと。

 その3つである気がした。

 

 琴にとっての普通はなんだろう。少なくとも、部屋に閉じこもって1人きりで過ごすことではない。

「普通って簡単そうだけど、難しいよな」

 琴は静かに言った。

 皆にとっての普通が遠い。

 上手く言えないが、白透の心はそのせいで苦しいのだと思った。

「山本くんは今、お婆さんに秘密でここに来てくれとるんじゃろ?それって山本くんからしたら『普通』じゃないんよな。だから、ドキドキしとる。こっそり家を出てきてお菓子食べて、人に会って」

 白透は何も言わなかったが、顔を見れば返事をしなくても分かった。

 今の生活が窮屈だと言っている。

「別に悪い事してる訳じゃないよ。たまにさ、こうやって会おうよ。少しずつこういう時間を増やしていこう。そうしたらこれが普通になるよ」

「……そんなの、無理だよ。稲田さんの迷惑になる……」

「なんで?」

「……理由は言えん。でも、ゆくゆく迷惑になるから」

「ゆくゆくって、どれくらい先の話?」

「……分からん。俺にも、ばあ様にも。でもその日は絶対に来る」

 白透はそれが怖いのだと分かった。いつ来るかも知れない日が怖くて、何も出来ない。

「分からんなら、その時が来たら考えればいいんじゃない?」

 白透は琴を見た。

「いつか来る嫌な日を待つより、確実に来る楽しい日を選ぼうよ。その方が気持ちいいじゃん」

「……それ、は――そうかも知れんけど……」

「山本くんは今日楽しかった?」

 白透は小さく頷いた。まるでそれを肯定するのが怖いように、ゆっくりと。

「だったら、また会おうよ。お喋りして、お菓子食べて。研究一緒にしてる友達も誘うから。一人だけ。男の子だよ」

「じゃけど……」

「山本くんの事は、もう話してあるんだ。3人で、ここで会おう。場所は毎回変えてもいいしさ。可能なら、もう少し街におりて。無理ならこの山のどっか別の場所で。あたしは写真撮れるし、山本くんは鷹取くんとお話出来る。男の子同士、色々聞けばいいじゃん」

 白透は黙ってしまった。悩んでいる、というよりはその事を想像しているのだと思った。きっと白透にとってはとても魅力的な誘いなのだろう。

「どう?楽しそうだと思う?」

「思う……凄く思う……。じゃけど……」

 白透は両手を首の後ろに回して、項垂れた。琴から表情が見えなくなってしまった。

「俺には……決められん……」

 声からして、苦悶しているのが分かった。

 白透をそこまで引き留めるのは何なのか。

 琴は聞きたかったが我慢した。今日は何も聞かない約束だ。

「なら、あと一歩でそそのかされてくれる?」

 唆す、に白透は小さく笑った。

「俺は唆されようとしてるん?」

「そうだよ。黙って家を抜け出して勝手にお菓子食べる悪い事に誘ってるの。良くないでしょ?」

「ふふっ、そうじゃな。悪い事じゃな……」

「じゃぁ、スケット呼ぼうかな」

 琴はスマホを取り出して、界人に電話した。この時間はちょうど講義の合間だ。出てくれるかもしれない。

 呼び出し音がしばらく続くと、プッと切れて『もしもし?』と界人が出た。背後がざわざわとうるさいが、声は聞こえる。

「鷹取くん?ちょっと手伝って」

『手伝う?何を?』

「山本くんを唆し中なんよ。あと一歩なんじゃけど。同じ男の子からも背中押して欲しくて」

『は?いや、稲田さんの言っとる意味が分からん』

 困惑している界人を放っておいて、琴はスマホを白透に差し出した。

「ほら、話して」

 突然言われて、白透も戸惑った。

「えっ?俺が話すの?」

「そうよ。ほら、次の講義始まっちゃうから」

「えっ?えっ?」

 白透はスマホと琴を交互に見ているが、手を出さない。この間にも

『お~い。稲田さーん』

と界人の声がかすかに聞こえる。

「早く」

 更に急かされるが、白透はオロオロするばかりで動かない。それにイライラして、琴はスピーカーを押した。

「ほら、これで聞こえるから。鷹取くん。今、山本くんが目の前におるから話て。唆してよ」

『だから、唆すって何?山本くんって、俺は顔も知らんのんじゃけど……』

「それは山本くんも同じ。フェアでしょ?」

『いや、アンフェアじゃね?』

「ほら、山本くんも話してよ」

「えっ?何を?」

「なんでもええから。ほら」

 話相手が琴以外にも増えて、白透はさらに困惑した。プチパニックのようにソワソワしている。

『えーっと、山本くん?始めまして』

 困惑しつつも界人が話を始めた。 

『俺は鷹取界人。稲田さんと共同研究してる。昨日、お婆さんから道通神社について話を聞きに行ったんじゃけど、俺だけバイトあったから先に帰ったんよ。用事なかったなら会えたと思うんじゃけど』

 界人の自己紹介に、白透も慌てて返した。

「山本白透です。稲田さんに急に電話で話せって言われて……。何話ていいか分からんのじゃけど……」

『稲田さん、強引な所あるからな。ちょっと分かるわ。まだ会って間もないけど、想像出来る。予想の斜め上を行くんよな』

「あっ、それは分かる。今も急にピクニック始めてて……」

『ピクニック?』

「敷物にお菓子にジュース持ってきて、今座っとる」

『あはは!なに、それ?お花見みたいやん。ちょっと楽しそう』

「いや、寒いで?」

『そりゃ12月やもんな、寒いわ。強制参加の稲田会、俺も行こうかな』

「強制参加なん?」

『だって、山本くんすでに参加しとるやろ?』

「……してる」

『強制参加じゃん』

 2人の会話をしばらく静観していた琴は、そろそろ我慢し出来なくなって口を挟んだ。

「ちょっと、なんであたしの悪口みたいになってんの?」

「えっ!悪口なん?」

『俺と山本くんの共通の話題なんて、稲田さんの事しないやん。顔も名前も知らんかったのに、いきなり話せとか。無理難題過ぎ』

「だからって、なんで悪口?解せない!」

『稲田さん、たまに古い言葉使うよな。鳩が豆鉄砲食らうとか。解せぬ、とかなかなか使わんで』

「うるさいな!古い人で悪かったな!」

「ちょっと、喧嘩せんでや」

『喧嘩じゃないよ。平気平気』

「山本くんも稲田会って言ったっけ?参加、嫌なん?」

「えっ?」

「だってさっき強制参加で、とか話てたじゃん」

『稲田会、どうする?山本くんは次回参加する?』 「もう!嫌ならええよ!あたし鷹取くんの研究からも外れるから!カメラか使い方教わったし。もう用はない!」

『うわっ、酷っ!ポイ捨てじゃん!俺を弄んだな?』

「そうよ。研究ごとポイ捨て!」

 2人の雰囲気が険悪になり、白透は慌てて、

「ちょっと、落ち着いて!参加するから!嫌じゃないから!」

 と割って入った。

『山本くん、上手く乗せられとるよ?稲田さんにほだされたら駄目で?』

「ほだされるとか。そんな事ない。楽しかったし」

 どうやら本音らしい言葉が聞けて、界人は『よし』と言うと、

『オッケー。山本くん、連絡先教えてや。稲田さんにとりあえず教えくれれば、俺にも伝わるから。そろそろ講義始まるけ、切るよー。また詳細教えてな!』

 プッと電話はそこで切れた。

 辺りはしんと静まりかえる。 

 白透は喉を押さえて咳払いした。普段多くを喋らないツケが回ってきたようだ。

 咳を抑え込んでジュースを飲み誤魔化そうとしたが、上手くいかないようだった。しばらく咳き込んだ後、少し落ち着いた所を見計らい、琴が尋ねた。

「沢山喋れたね。男の子同士、楽しかった?」

 聞かれたが、楽しかったのかよく分からなかった。慌ただしく会話した記憶しかない。 

「楽しかった……んかな?バタバタ会話しただけな気がする……」

「あたしの悪口で盛り上がっただけじゃしな」

「悪口じゃないって!」

 琴はフフッっと笑った。

「やっと山本くんが年相応に見えてきた」

 笑われて、白透は気まずそうに口を歪めた。

「稲田さんとおると、調子狂う」

「それはありがとう」

「褒めてないよ?」

「知ってる」

 はぁ、と嘆息すると、白透はいつの間にか赤く染まりだした夕日を見た。

 あっという間に時間が過ぎた事に驚いた。もうこんな時間なのかと目を見開く。

「山本くん、さっき鷹取くんが言っとった連絡先、教えて。スマホ持ってる?」

「何、それ?」

 琴は自分のスマホを見せた。

「コレ。持ってない?」 

 頷く白透を見て、

「じゃ、2日後にまた会おう。ここに鷹取くんと一緒に来るから。こういう約束の仕方、アナログで新鮮かも」

「変?」

「変じゃない。なんかワクワクする!」

 楽しそうに言われ、白透は笑った。自分でも久々に表情をコロコロと変えた気がする。

「14時でも平気?」

「平気。俺は予定なんかないし」

 琴は立ち上がると、残ったお菓子をリュックに詰めた。

「また明後日に持ってくる。ジュースは飲んじゃって。ゴミは持って帰るら。お婆さんに見つかったら厄介なんじゃろ?」

 言われて、残りのジュースを全部飲みきった。

 ペットボトルを受け取ると、琴は敷物を小さく畳んでそれもリュックに入れた。お尻を叩くと、

「じゃ、また明後日。14時ね。鷹取くんと何話すか、考えておいて」


 琴は手を振って帰っていった。白透は姿が見えなくなるまで見送った。

 一気に静かになり、風の音が耳に響いた。

 だんだんと暗くなる寂しい山の中で一人佇む白透は、薄着で寒いはずなのに、ちっともそれを感じなかった。今までにないぬくもりと、膨らむ胸の高鳴りがあったからだ。

 夕日が沈むまで、それをじっと噛み締めていた。

 

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