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ヨリカカリ  作者: 栢瀬 柚花
6/9

山本家と道通神社


 山本さん宅に連絡をとったのは翌日の午前だった。

 約束の日にちを決めると、琴は界人にそれを知らせた。講義の合間の事だった。

 界人は数人の友人と談笑していたが、琴が近づいて来るのを見ると輪から抜けてきた。友人は物珍しそうに琴を見ている。

「明日の15時で約束できたよ。あたしと鷹取くんの2人って知らせてある。道通神社の歴史と管理者について教えてほしいって説明してるから」

 講義が始まるまでの短い時間、端的に要件を伝えた。

「サンキュー。助かったわ」

「一個問題があって、結構難しい性格のお婆さんみたい。電話越しでも雰囲気良くなかったし、細かく話しを聞くのは難しいかもしれん」

 それを聞くと、界人はやや渋い顔をした。

「まじかぁ…。ちょっとテンション下がった……」

 インタビューはなかなか難しい。相手が年長者ともなればこちらの手腕など通用しない事が多かった。

「ジャーナリスト志望やし、そこはぶつかる壁やろ。何とかやるしかないって」

 励ますように肩を叩かれ、界人は

「まぁ、そうなんじゃけど……」

 と気が進まなそうだった。

「頑張れ。あたしは共同研究者だから、横で生暖かい目で見守ってあげる」

 ツボにハマったのか、界人は豪快に吹いた。

「そこ、生暖かいっている?暖かいでよくない?」

 


 翌日の約束の時間。

 山本家に赴いた2人は、その家の広さに呆気にとられた。田舎ではあるので、そこそこ敷地が広い家はザラにあったが、山本家は破格の広さだった。家の壁を一周するだけでも小さい小学校位の大きさがある。

 敷地のほとんどか庭と池で、隅に蔵と母屋と離れが見えた。

「手入れ大変そう……」

 ちょっと違う感想を漏らす琴とは違い、界人は一気に緊張していた。権力者に弱いらしい。

「ここにお婆さんと孫だけで住んでんの?すご……」

「でも淋しくない?こんなに広くて2人って。顔合わさない日もあるんじゃないかな?」

「流石に食事は一緒にとるんじゃないん?」

 そんな話しをしながら、インターホンを押した。

『はい』

「昨日電話した大学生の稲田と鷹取です。お約束のお時間になったので、お伺いしました」

 それに対する返事はなく、2人して顔を見合われせていると、門の奥、玄関の引き戸がガラガラと音を立てて開いた。

 顔を覗かせたのは小柄な老婆で、腰が曲がり丸くなった背中を庇うように、柱に手をついて立っていた。

「どうぞ」

 しわがれた声でそう言いうと、屋敷に招き入れてくれた。屋根瓦のついた大きな木枠の門をくぐると、立派な松がどんと見えた。いかにも昔の豪邸、という雰囲気だ。

 踏み石を歩いて玄関に入ると、木彫りの大きな衝立がある。どうやら手彫りのようだ。床には大きな絨毯が敷かれ、スリッパが2つ並べられていた。

「こちらへ」

 誘われるまま進むと一本長く伸びた廊下があり、右手には池と庭が見渡せた。

 赤と白の椿が綺麗に咲き、こちらにも松の木が立派に伸びている。サルスベリ、ヒメリンゴなど多彩な植物が植えられている庭は、見る人が見れば感嘆の声を上げるものだった。

 2人は部屋の一室に通された。客間のようだったが、これまた立派な手彫りの一本木から造られたテーブルが置かれている。広い部屋にはその机が一つあるだけだった。隅っこにストーブが焚かれ、事前に部屋を暖めてくれていた事が分かった。

 界人が豪邸に緊張しているのが顔で伺える。やや堅苦しい動きで座布団の上に座ると、

「今日はお時間をいたたぎ、ありがとうございます」

界人の言葉で、琴も頭を下げた。

 老婆は感情を移さない目で2人を見ると、しわがれた声でボソボソ喋った。

「なにぶん高齢なもんでね。会うのは今日限りです。時間も手短にお願いしたい」

 いきなり早く用事を済ませろ、と釘を刺された。

 界人は頷くとテープレコーダーを取り出して、机に置いた。

「今後の振り返りのためにも、録音させて下さい。よろしいですか?」

 老婆は少し考えた後、頷いた。

「ありがとうございます。では、早速お話よろしいですか?」

 界人は事前に調べてきた内容と、質問事項をノートを見ながら聞いていった。琴は静かに横で話を聞いた。

 主神についての質問に始まり、この場所にいつから神社があるのか。老婆が管理を引き継いだのはいつか。特別な行事やしきたり、祭事はあるのか。

 老婆の話によると、道通神社はもう長く山本家か管理をしているらしい。少なくとも200年はその状態だと教えてくれた。これはかなり異例な事で、神主不足とは明らかに違う理由がありそうだった。

「そんなにも昔から山本家が管理している理由は、何ですか?」

「知らん」

「詳しい資料などがあれば見てせて頂きたいのですが……」

「蔵にあるが、もう何十年も虫干しはおろか、人が立ち入ってもおらん。もう虫食いだらけじゃろ」

「そうですか……。他に見せて頂ける資料はありますか?」

「ないな。どのみち、この神社はワシの代で終わる。孫に継がせるつもりはないんでね」

 それには驚いた。

廃祀はいしされるんですか?こんなにも歴史があるのに?」

 その言葉に、老婆は眉間にシワを寄せた。

「歴史なんてくだらん」

 語彙が強く、まるで吐き捨てるような言い方に2人とも驚いた。仮にも管理者がその様な口調になるとは、と表情に出てしまう。しかし老婆は気にする風もなく、言葉を続けた。

「今までただ長くあっただけの事。ダラダラとただあり続けた……。今はもう、その意味もなくなった」

「意味が無くなった……?」

 何だか含む言い方がひっかかった。

 老婆は静かに庭を見た。いや、庭ではなく神社だ。ここからは屋根がかろうじて見える程度だが、そこに視線を向けているのだと分かった。

「……やっと終わる。長かった――。長すぎた――。もう疲れた……」

 目を細めて呟くその言葉は、染み入るような深さがあった。痛みを堪えるよな表情は、酷く2人の印象に残った。老婆にはただならぬ思いがあると伺い知れる。

 界人は声をかける事を躊躇したが、思い切って尋ねた。

「そこのお気持ちを聞かせて頂くことは出来ませんか?そこまで長く管理されてきたのなら、思う所も色々とおありでは?」

 感慨にふけっていた顔は瞬時に消え去り、冷たい視線で界人を見ると、老婆は冷えた声で言った。

「もうお引き取りを。これ以上話すことはない」

 きっぱりとした口調に、界人は身を引いた。余りにも迫力がある目だった。

 琴はすかさず「では、最後に一ついいですか?」と尋ねた。

「お孫さんにお話を聞くことは出来ますか?私達と同い年くらいと伺っているのですが」

 しかし、こちらも一蹴された。

「ならん。孫は調子がようない。誰とも会わん」

 老婆は立ち上がった。もう帰れと圧力をかけている。琴はそれでも食いつこうとした。

「なら、もう一つだけ。私、7歳の頃に神隠しに遭いました。この神社の近くで発見されたんです。何かご存じないですか?私、その時の記憶がないんです」

 これには老婆も少し眉を動かした。

「お前さん、あの時の……?」

 驚いたようにしばし琴を見つめたが、それ以上の反応はなかった。

「あれは気の毒だったが、ワシは何も知らん。山にふらふら入って、たまたまこの近くで見つかっただけの事じゃろ。さぁ、帰ってくれ」

 立つように促され、半ば追い出させるように玄関まで歩かされた。

「あのっ、お孫さんとは同級生なんですけど。私、連絡先知りたくて……」

「家の電話番号を知っとるじゃろ。それで事足りる」

「いや、でも他にも連絡先知りたがってる人もいて……」

「勝手に番号は言いふらすな。知らん奴から掛かってきたら、あんたを疑うからな」

 そして玄関に出ると、ピシャリと戸を閉められてしまった。

 

 2人は固く閉じられた戸を見た。

 老婆は余り多くを語らなかった。資料も見せてくれなかった。孫と会うのも止められた。

「最後は取りつく島もなかったな」

 界人がこぼすと、琴も頷いた。

「あんまり収穫があったとは言えんな……。思い切って神隠しの事も話したけど、何も知らん知らんかった。この間の狂った時間の事は聞けれんし……。あの表情と反応だと、神隠しについて隠し事はしてなさそうだった」

 界人は頷いた。

「むしろ、廃祀の話題になった時の方が余程表情が変わったな」

 仕方なく帰路に向かって踵を返す。足を進めながら、思案顔で続ける。

「何というか、思い入れがあるというか……。やっと辛い事が終わる……。そんな顔じゃった……」

 琴が思い返して言うと、界人は頷いた。

「あとはお孫さんの話じゃな。体調が悪い孫の身を案じとるというよりか、近づけさせたくないように見えた……。よっぽど具合が悪いか、何か理由があるんか……」

「あたし、中学の卒アル調べたんじゃけど、写真あったよ。山本って一人しかおらんくて。多分その子じゃと思う。在学中はあんまり見かけんかったな……」

 琴の中学は全校で200人程で、ひと学年が約70名という比較的小さめな中学だった。クラスは3つしかないので、絶対に一度は同じクラスになる。ならなくても顔くらいは分かった。しかし写真の顔を見ても琴には心当たりがなく、母の言う通り、不登校だったのかと思い至った。

「なんて名前の子?」

「山本白透くん。色白で綺麗な顔の子。首に包帯巻いとった。怪我でもしたんか、見せたくない傷でもあるんか……」

「出来れば会いたいけどな。あの家に居るのは確実なんやろうけど」

 話をしていると、界人のスマホが鳴った。

「誰やろ?」

 画面を確認すると、バイト先からのようで慌てて電話に出た。

「もしもし。……はい、……はい……これからですか?予定はないですけど……はい、分かりました」

 どうやら急遽シフトに入って欲しいらしい。急に忙しくなった界人は、

「悪い。急いで帰らんと」

 と謝罪する。

「大丈夫よ。インタビューも終わった所じゃし」

 琴に言われ、走り出しながら、

「また連絡して!」

 挨拶を残して、界人は駆けていった。

 

 一人残された琴は、急に訪れた静寂に耳を済ませた。

 思ったよりも情報が得られなかった。神社が長く山本家に管理されきた理由も、廃祀になる経緯も謎のままだ。解決するには孫に会うしかないが、もうあの家には行けない。

 行き詰まってしまった。神隠しのことも、時間を飛ばした体験の事も、繋がりは見えてこない。

(別物として考えた方がええかな?神社は関係なくて、山とか地形とかをもっと調べるか……)

 

 すでに太陽は低い位置に降りてきている。風がだんだんと冷たくなってきた。コートを着ていても少し震えてしまい、琴は家路を急ごうとした。

 その時、眼前の道もない場所に人影を見た。

 山に似つかわしくない上下白い服。色素の薄い髪。きっとモテるだろうと思われる綺麗な顔立ち。ひょろっとした体形。首にはタトゥーでもしているのか、金の輪が見えた。

 写真で見た山本白透が、一人佇んでいた。

 

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