よかった
顔を見合わせて2人は絶句した。
最後に時計を見てから4時間近く経っていた。
「ちょっと……何これ……。どういう事……?」
呆然と時計を眺め、頭が真っ白になった。現実の事とは思えず、頭が朦朧とした。
「……俺ら、ここに入ったの12時半くらいじゃったよな……」
「うん……」
「待ち合わせして道歩いて、カメラの説明して、ここまで歩いて、看板見つけて……」
界人は何年も前の記憶を手繰るように頭を抱え、時系列を整えようとした。
「終わったらお昼ご飯行こうって……話したよな?」
琴も今日1日を順に振り返った。
「石鳥居くぐって、像の写真撮って……。そうや!カメラの時間!撮影日時が記録されとるから……」
界人は慌てて首から下げたカメラを起動させた。
画面が明るくなり、操作画面が表れると2人して覗き込み、写真の撮影時間を確認した。
日付は今日。
時間は13時06分と記載されている。
「……大体合っとる」
つまり、神社からここまで歩くのに約3時間を要したことになる。
「いやいや!あり得んやろ?!そんなわけ無いやん!」
受け入れられず、暫くじっとその日付を見ること無く眺めた。
感情の持っていき場がなく、しばらく呆然とその場に立ち尽くす。
不意に頭からあらゆる言葉が消え去ったかのようだった。
スマホの時間を見たり、写真の撮影日時をもう一度確認したが、何も変わらない。
まるで2人だけが時間から切離されたようだった。
どれくらいそうしていたのか。
寒風が吹き琴がその寒さに震え、界人の腹の虫が鳴ったタイミングで、
「とにかく、山を下りよう……」
どちらともなく言い出した。
道中は無言だった。お互いが整理をつけようと頭と気持を動かしたが、全く言う事を聞かなかった。油切れした自転車の車輪のようにギシギシと音を立て、回転するとこを拒否した。
民家が見え、車や人々の喧騒が聞こえてくると、ようやく現実に戻ってきた気がした。
一番近くにあったファミレスに入り、店員の案内のまま席に着いた。
「ご注文がお決まりになりましたら、ボタンでお知らせください」
店員は機械的な言葉を残して去っていった。
ぐうぐうとお腹が鳴っていたが、メニューを取る気になれない。まだ頭の中身を一部ごっそりと抜かれたようだった。
「なんなん、アレ……」
テーブルのシミを凝視して琴が言った。勿論、シミなど目に入っていない。
「……分からん」
界人も釈然としなかった。到底説明がつかず、意味が分からない。
怪奇現象。
その言葉だけが頭にクローズアップされていた。
「あの神社、あたしの家から20分もあれば着くんじゃけど……」
「いや、4時間近く経っとるよ……」
「あり得んって!」
琴はようやく激しく取り乱した。頭を抱えて髪を鷲掴みにしている。
「だって、12時半よ?!あの道に入ったの!そっから歩いて徒歩10分の看板見て、神社で写真撮ったのが15分くらいで…。遅くとも13時半位のはずじゃろ?!」
人が取り乱しているのを見ると自分は冷静になるもので、界人は些か気分が落ち着いた。
確かにあり得ない。
信じられない気持ちも大きい。
しかし、琴は過去にも経験しているのではないか。幼い頃、1週間も姿を消していたあの事件が前例としてある。
「あんまり言いたくないんじゃけど……稲田さんが神隠しにあったのって、あの神社なん?」
聞かれた琴は動きを止めた。
界人の予想には反して、琴は首を横に振った。
「違う。あたしがおらんくなったのは家の近く。特に変わり映えしない、ただの道路……らしい」
らしい。というとのは、記憶がないので両親からそう聞いたからだろう。
「じゃあ、見つかったのは?」
「……あの神社の近く」
山の中で一人泣いていた琴を、参拝に来た観光客が見つけたらしい。
界人はゴクリとツバを飲んだ。
「あの神社って、何か曰くがあるん?」
「……いや、特にはないと思う……。と言うか、調べたことない……」
「そうなん?」
これは少し意外だった。何でもすぐに調べる癖があるのなら、真っ先に取り掛かりそうなものだ。
「何で調べんかったん?」
「……なんか嫌で。思い出すような事もないんじゃけど、何となく気が向かん……」
言葉にするのが難しいのか、琴は言い淀んだ。
界人はそれを見て、
「ちょっと調べてみてもええ?」
と聞いた。琴はチラリと界人を見ただけで、いい顔をしなかった。
記憶がないのに嫌だというのは、やはり防衛本能的に体が拒否しているのではないかと、界人は思った。
琴からの返事が無いため、
「調べるよ?」
ともう一度言って、検索画面を開いた。
『地名、道通神社、神隠し』
検索するが、何もヒットしなかった。
『地名、道通神社、人が消えた』
など文字を変えてみたが、結果は同じだった。
界人が顔を上げると、伺うような、不安そうな視線を向ける琴と目が合う。
「何もなかった」
と伝えると、琴は安堵したような顔で「そう……」とだけ言った。
「さっきのって、神隠しになるんかな?俺ら2人とも、神隠しに遭ったん?」
「どう……なんじゃろ?でも、神隠しって、もっと長い間消えて居なくなるってイメージじゃけど?」
言われて、界人も何となくそのような気がした。具体的な定義があるのかは分からないが、先ほどの体験は数時間を飛び越えた、という方が的を射ている気がした。
「じゃぁ、タイムトラベル?それも違うか……。数時間だけ時間を飛び越えたって感覚じゃもんな……」
琴はスマホを取り出し、
『記憶、数時間ない』
と入力したが、記憶障害や病気の事が大半を占めていて、知りたい内容ではなかった。
「駄目じゃな……。記憶障害のことしかヒットせん」
「俺ら2人同時に記憶障害とか、ありえんやろ。至って健康な大学生が全く同じタイミングで記憶障害とか、現実的じゃないって」
界人も文言を変えてやってみたが、似たようなものだった。
やはり怪奇現象的な言葉を追加しないといけないのかもしれない。
「オカルト好きな怖がりの鷹取くんの知識にも、似たようなモノはないん?」
なんだか含んだ物言いに少し渋面を作ったが、仕方なく頭を絞ってみた。
動画で似たような話は聞いたことがある。どれも急に起こった事で、皆、証拠もなければ証明も出来ないので、話すことが憚れると言うものばかりだった気がする。
「似たような話はあったけど、どれも記憶違いとか言われるとるな…。証拠も証明も出来んやん?俺らもそうやけど。体験した者にしか分からん感覚やろうな…」
狐につままれたとは、こういう時に使うんだろうと界人は思った。正に、何かに騙されたような気分だった。むしろ、そっちであってくれとさえ思った。
「稲田さんは、その……前の神隠しとの比較は出来んじゃろ?その時の記憶無いんやし」
琴はゆっくりと頷いた。
「そうよな……。数時間しか経ってないのは救いかもな。
何日も経っとったら、流石にまずかったわ」
界人がこぼすが、琴は何やら違うことを考えているようで、同意はしなかった。
「どしたん?何か気になった事でもある?」
振られて、不安そうに界人を見ている。
「なぁ、あたしだけ気分が悪くなったのって、関係しとると思う?」
確かに、あの時の琴は顔色が悪かった。界人は何も違和感なく過ごしていたが。
「そういえば、目眩がするって言いよったな。今は平気なん?」
「うん。と言うか、時間みてびっくりして忘れとった。いつの間にか目眩治っとる」
それもそうか、と界人は思った。あんなにも衝撃的な事があれば、多少の不調も吹っ飛ぶというものだ。
「あの目眩はいつから起こったん?」
「神社の敷地に入った時。なんか真っ直ぐに立ってない気がして……。斜めの場所に立っとるような、平衡感覚がおかしくなったような……。そんな感覚じゃった」
平衡感覚。
いつか怪奇現象と平衡感覚の話しを聞いた気がして、界人はまた調べてみた。
『平衡感覚、怪奇現象』
やはり大半は医学的な内容ばかりで、病院に行けだのストレスだのと書かれている。中には掲示板や質問サイトに『霊感のある方に質問です』『霊障と目眩』などが見て取れる。自称霊媒師や何処かの宗教団体のサイトが記載しているが、そこを開く気にはならなかった。
似たような言葉に変えても、ヒットするのは同じ様なものばかりだ。
「多少は出てくるけど、因果関係は何とも言えんな……。でも状況から考えると全くの無関係とは言い難いと、俺は思うけど。動画サイトに似たような話はあったけどな…。後でゆっくり探してみるわ」
琴は真剣に画面とにらめっこして考える界人に少し安堵した。
琴を否定する言葉を一切言わない。
今日一日を通して界人が色眼鏡で物事を見ない性格だという事が、よく分かった。
もう少し心を明かしてもいいのかもしれない。
「明日、図書館で調べてみよう。大学でも地元の図書館どっちでもええから。明日は講義、何限から?俺は午後からなんじゃけど、稲田さんも空いとるなら一緒に調べようや」
話しを進める界人に琴は、
「鷹取くんと一緒で良かったわ」
と急に言った。不意打ちな言葉に界人は動きを止めた。
「ん?今回の事を調べるなら、って意味?」
明日の事で頭が一杯だった界人は、意図を図りかねた。
ズレた返事に、本来ならおちょくった一言が飛んできそうな所だが、この時ばかりは素直に言葉が出た。
琴は、真っ直ぐに界人を見ていた。
「いや。一緒に怪奇現象に遭ったのが鷹取くんで良かったな、と思って。なんか心強い」
界人は少しドキリとした。女子からそんな事を言われたことが無かった。
「ああ…そう?なら、まぁ、良かった……です」
変な返事をしてしまい、何となく気まずくなった。
その時、『ぐぅ~』と界人の腹の虫が催促するように大きく鳴った。それに琴はぷっとお腹を抱えて笑い出した。初めて心の底からの笑顔は、界人の目に焼きついた。
「あっはははは!凄い音!聞いたことない!」
くつくつと体を二つ折りにして笑われ、流石に顔が赤くなった。
界人は、メニューを手に取り、
「ほら、なんか注文しよ」
と一冊を琴に渡した。




