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ヨリカカリ  作者: 栢瀬 柚花
4/6

よかった


 顔を見合わせて2人は絶句した。

 最後に時計を見てから4時間近く経っていた。

「ちょっと……何これ……。どういう事……?」

 呆然と時計を眺め、頭が真っ白になった。現実の事とは思えず、頭が朦朧とした。

「……俺ら、ここに入ったの12時半くらいじゃったよな……」

「うん……」

「待ち合わせして道歩いて、カメラの説明して、ここまで歩いて、看板見つけて……」

 界人は何年も前の記憶を手繰るように頭を抱え、時系列を整えようとした。

「終わったらお昼ご飯行こうって……話したよな?」

 琴も今日1日を順に振り返った。

「石鳥居くぐって、像の写真撮って……。そうや!カメラの時間!撮影日時が記録されとるから……」

 界人は慌てて首から下げたカメラを起動させた。

 画面が明るくなり、操作画面が表れると2人して覗き込み、写真の撮影時間を確認した。

 日付は今日。

 時間は13時06分と記載されている。

「……大体合っとる」

 つまり、神社からここまで歩くのに約3時間を要したことになる。

「いやいや!あり得んやろ?!そんなわけ無いやん!」

 受け入れられず、暫くじっとその日付を見ること無く眺めた。

 感情の持っていき場がなく、しばらく呆然とその場に立ち尽くす。

 不意に頭からあらゆる言葉が消え去ったかのようだった。

 スマホの時間を見たり、写真の撮影日時をもう一度確認したが、何も変わらない。

 まるで2人だけが時間から切離されたようだった。

 

 どれくらいそうしていたのか。

 寒風が吹き琴がその寒さに震え、界人の腹の虫が鳴ったタイミングで、

「とにかく、山を下りよう……」

どちらともなく言い出した。


  

 道中は無言だった。お互いが整理をつけようと頭と気持を動かしたが、全く言う事を聞かなかった。油切れした自転車の車輪のようにギシギシと音を立て、回転するとこを拒否した。

 民家が見え、車や人々の喧騒が聞こえてくると、ようやく現実に戻ってきた気がした。

 一番近くにあったファミレスに入り、店員の案内のまま席に着いた。

「ご注文がお決まりになりましたら、ボタンでお知らせください」

 店員は機械的な言葉を残して去っていった。

 

 ぐうぐうとお腹が鳴っていたが、メニューを取る気になれない。まだ頭の中身を一部ごっそりと抜かれたようだった。

「なんなん、アレ……」

 テーブルのシミを凝視して琴が言った。勿論、シミなど目に入っていない。

「……分からん」

 界人も釈然としなかった。到底説明がつかず、意味が分からない。

 怪奇現象。

 その言葉だけが頭にクローズアップされていた。

「あの神社、あたしの家から20分もあれば着くんじゃけど……」

「いや、4時間近く経っとるよ……」

「あり得んって!」

 琴はようやく激しく取り乱した。頭を抱えて髪を鷲掴みにしている。

「だって、12時半よ?!あの道に入ったの!そっから歩いて徒歩10分の看板見て、神社で写真撮ったのが15分くらいで…。遅くとも13時半位のはずじゃろ?!」

 人が取り乱しているのを見ると自分は冷静になるもので、界人は些か気分が落ち着いた。

 確かにあり得ない。

 信じられない気持ちも大きい。 

 しかし、琴は過去にも経験しているのではないか。幼い頃、1週間も姿を消していたあの事件が前例としてある。

「あんまり言いたくないんじゃけど……稲田さんが神隠しにあったのって、あの神社なん?」

 聞かれた琴は動きを止めた。

 界人の予想には反して、琴は首を横に振った。

「違う。あたしがおらんくなったのは家の近く。特に変わり映えしない、ただの道路……らしい」

 らしい。というとのは、記憶がないので両親からそう聞いたからだろう。

「じゃあ、見つかったのは?」

「……あの神社の近く」

 山の中で一人泣いていた琴を、参拝に来た観光客が見つけたらしい。

 界人はゴクリとツバを飲んだ。

「あの神社って、何か曰くがあるん?」

「……いや、特にはないと思う……。と言うか、調べたことない……」

「そうなん?」

 これは少し意外だった。何でもすぐに調べる癖があるのなら、真っ先に取り掛かりそうなものだ。

「何で調べんかったん?」

「……なんか嫌で。思い出すような事もないんじゃけど、何となく気が向かん……」

 言葉にするのが難しいのか、琴は言い淀んだ。

 界人はそれを見て、

「ちょっと調べてみてもええ?」

 と聞いた。琴はチラリと界人を見ただけで、いい顔をしなかった。

 記憶がないのに嫌だというのは、やはり防衛本能的に体が拒否しているのではないかと、界人は思った。

 琴からの返事が無いため、

「調べるよ?」

ともう一度言って、検索画面を開いた。

『地名、道通神社、神隠し』

 検索するが、何もヒットしなかった。

『地名、道通神社、人が消えた』

 など文字を変えてみたが、結果は同じだった。

 界人が顔を上げると、伺うような、不安そうな視線を向ける琴と目が合う。

「何もなかった」

 と伝えると、琴は安堵したような顔で「そう……」とだけ言った。

「さっきのって、神隠しになるんかな?俺ら2人とも、神隠しに遭ったん?」

「どう……なんじゃろ?でも、神隠しって、もっと長い間消えて居なくなるってイメージじゃけど?」

 言われて、界人も何となくそのような気がした。具体的な定義があるのかは分からないが、先ほどの体験は数時間を飛び越えた、という方が的を射ている気がした。

「じゃぁ、タイムトラベル?それも違うか……。数時間だけ時間を飛び越えたって感覚じゃもんな……」

 琴はスマホを取り出し、

『記憶、数時間ない』

 と入力したが、記憶障害や病気の事が大半を占めていて、知りたい内容ではなかった。

「駄目じゃな……。記憶障害のことしかヒットせん」

「俺ら2人同時に記憶障害とか、ありえんやろ。至って健康な大学生が全く同じタイミングで記憶障害とか、現実的じゃないって」

 界人も文言を変えてやってみたが、似たようなものだった。

 やはり怪奇現象的な言葉を追加しないといけないのかもしれない。

「オカルト好きな怖がりの鷹取くんの知識にも、似たようなモノはないん?」

 なんだか含んだ物言いに少し渋面を作ったが、仕方なく頭を絞ってみた。

 動画で似たような話は聞いたことがある。どれも急に起こった事で、皆、証拠もなければ証明も出来ないので、話すことが憚れると言うものばかりだった気がする。

「似たような話はあったけど、どれも記憶違いとか言われるとるな…。証拠も証明も出来んやん?俺らもそうやけど。体験した者にしか分からん感覚やろうな…」

 狐につままれたとは、こういう時に使うんだろうと界人は思った。正に、何かに騙されたような気分だった。むしろ、そっちであってくれとさえ思った。

「稲田さんは、その……前の神隠しとの比較は出来んじゃろ?その時の記憶無いんやし」

 琴はゆっくりと頷いた。

「そうよな……。数時間しか経ってないのは救いかもな。

 何日も経っとったら、流石にまずかったわ」

 界人がこぼすが、琴は何やら違うことを考えているようで、同意はしなかった。

「どしたん?何か気になった事でもある?」

 振られて、不安そうに界人を見ている。 

「なぁ、あたしだけ気分が悪くなったのって、関係しとると思う?」

 確かに、あの時の琴は顔色が悪かった。界人は何も違和感なく過ごしていたが。

「そういえば、目眩がするって言いよったな。今は平気なん?」

「うん。と言うか、時間みてびっくりして忘れとった。いつの間にか目眩治っとる」

 それもそうか、と界人は思った。あんなにも衝撃的な事があれば、多少の不調も吹っ飛ぶというものだ。

「あの目眩はいつから起こったん?」

「神社の敷地に入った時。なんか真っ直ぐに立ってない気がして……。斜めの場所に立っとるような、平衡感覚がおかしくなったような……。そんな感覚じゃった」

 平衡感覚。

 いつか怪奇現象と平衡感覚の話しを聞いた気がして、界人はまた調べてみた。

『平衡感覚、怪奇現象』

 やはり大半は医学的な内容ばかりで、病院に行けだのストレスだのと書かれている。中には掲示板や質問サイトに『霊感のある方に質問です』『霊障と目眩』などが見て取れる。自称霊媒師や何処かの宗教団体のサイトが記載しているが、そこを開く気にはならなかった。

 似たような言葉に変えても、ヒットするのは同じ様なものばかりだ。

「多少は出てくるけど、因果関係は何とも言えんな……。でも状況から考えると全くの無関係とは言い難いと、俺は思うけど。動画サイトに似たような話はあったけどな…。後でゆっくり探してみるわ」

 琴は真剣に画面とにらめっこして考える界人に少し安堵した。

 琴を否定する言葉を一切言わない。

 今日一日を通して界人が色眼鏡で物事を見ない性格だという事が、よく分かった。

 もう少し心を明かしてもいいのかもしれない。

「明日、図書館で調べてみよう。大学でも地元の図書館どっちでもええから。明日は講義、何限から?俺は午後からなんじゃけど、稲田さんも空いとるなら一緒に調べようや」

 話しを進める界人に琴は、

「鷹取くんと一緒で良かったわ」

 と急に言った。不意打ちな言葉に界人は動きを止めた。

「ん?今回の事を調べるなら、って意味?」

 明日の事で頭が一杯だった界人は、意図を図りかねた。

 ズレた返事に、本来ならおちょくった一言が飛んできそうな所だが、この時ばかりは素直に言葉が出た。

 琴は、真っ直ぐに界人を見ていた。 

「いや。一緒に怪奇現象に遭ったのが鷹取くんで良かったな、と思って。なんか心強い」

 界人は少しドキリとした。女子からそんな事を言われたことが無かった。

「ああ…そう?なら、まぁ、良かった……です」

 変な返事をしてしまい、何となく気まずくなった。

 その時、『ぐぅ~』と界人の腹の虫が催促するように大きく鳴った。それに琴はぷっとお腹を抱えて笑い出した。初めて心の底からの笑顔は、界人の目に焼きついた。

「あっはははは!凄い音!聞いたことない!」

 くつくつと体を二つ折りにして笑われ、流石に顔が赤くなった。

 界人は、メニューを手に取り、

「ほら、なんか注文しよ」

と一冊を琴に渡した。 

 

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