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ヨリカカリ  作者: 栢瀬 柚花


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殴る理由


 青透の説得には思ったより時間が掛かった。マンションもバイトも決まり、あとは解呪をすれば全て前に進み出す。

 しかし青透は頑なにあと一歩を踏み出したがらない。

 理由を聞いても曖昧で、要領を得なかった。白透と界人とも苦戦を強いられ、とうとう琴も説得に加わることになった。これまでは界人がいい顔をしなかったので結果報告だけを聞いていたが、ついにその界人が「琴にも手伝って欲しい」と白旗を上げたのだ。


 話し合いは山本家で行われた。

 もう撤去作業が始まっていて、費用な家財道具は大方処分されていた。見なれた客間も畳しかなく、玄関のついたても豪勢な絨毯もなかった。物がない家は寂しく静かで、本当に終わりが近いことを示唆していた。

 琴と界人は双子と向き合い、まるで通夜の様な空気の中話し合いをしなくてはいけなかった。

「青透、久しぶり」

 空気を変えたくてそう言ったが、半月ぶりに見る青透は少し痩せたように見えた。

「なんか痩せた?ちゃんと食べとるん?」

「別に……」

 前回以上に口数が少ない。そして暗い。

「青透、あんまり食べんくて……。好き嫌いも多くてさ、毎日困っとるんよ」

 料理は白透が担当しているのだろう。

「和風も洋風もダメでさ……。創作とかお茶漬けとかもやったけど、どれも似たようなもんで完食したことないんよな」

 まるで幼子を持つ母のように困っている。

「青透は筑前煮が好きなんじゃないん?」

 青透がゆっくり琴を見た。

「胡麻豆腐にしょうが焼きとか、古風な物を好んだっておばあさんから聞いたよ」

「そうなん?」

 問いかけたのは白透で、兄を見ている。

「聞いた時、教えてくれんかったじゃん」

「おばあさんに聞けば教えてくれるかもしれんけど……レシピとかさ」

「体調が良ければいいけど……。青透のためって言えば頑張ってくれるかも。聞いとく」

「青透、食べたいものないん?あんまり重いものじゃない方がいいけどさ、こういう時は食べたい物がいいよ」

 青透はじっと琴を見た。そしてボソッと何かを言ったが聞き取れなかった。

「ん?何?」

 耳を寄せようとしたが、界人に腕を掴まれてそれ以上は進めなかった。

 青透は界人をチラリと見ると、

「琴と2人で話したい」

 と希望した。

 これには琴も固まった。

「それは――」

「青透、言ったよな?琴は俺の彼女だから、そういう目で見るなって」

 琴の言葉を遮って界人が鋭く言った。

「2人きりになるとか、承諾出来るわけないじゃろ」

「別に何もせんよ……。話をしたいだけじゃ」

 虚ろな目の青透は細い声で言った。

 背中を丸めて膝を抱えた姿勢のせいか、青透は随分と弱々しく見える。

「ただ……琴と話せば心の整理がつく気がする……」

「白透じゃダメなん?」

 琴が遠慮がちに尋ねるが、

「白透とは散々話した」

 としか教えてくれなかった。

「琴は俺の気持ちを分かってくれる気がする……。社で話した時感じた気持ち――何かが溶けるような……白透じゃ感じないあの感覚になれれば……変わると思う。何となく……そう思う――」

 青透が琴に何を感じているのか、溶けるような感覚とは何か。

 琴にもさっぱり分からなかったが、青透が自身と向き合うには必要な事のような気がした。

「分かった。いいよ。話そう」

「琴!」

 鋭い声に琴はすかさず「大丈夫」と界人を見た。

「あたしを信じて欲しい」

 真っ直ぐに言う琴に界人は言葉を詰まられた。

 白透も心配そうだが、自分ではどうにもならないと思っているようだ。青透の説得を散々してきたからだろう。もう打つ手がない、と言いたげだ。

「……隣の部屋におるから。何かあったらすぐ呼んで」

 琴の目に負けた界人はそう言うと、最後にチラッと青透を見て部屋を出た。

 白透もその背中に続き「頼んだよ」と琴にひと言声をかけた。

 

 襖がパタンと閉じると、琴は青透と少し距離を取って座った。

「この部屋、何回も来た。白透もおばあさんも必ずここに案内するんよな。おばあさんから食事食べさせて貰った時も、この部屋だった。筑前煮と卵焼きとオニギリ。そこで青透が好きだったって教えてもらった」

 青透は琴を見ていた。白透と同じ目のはずなのに、虚ろに陰った視線はどこか恐ろしさがある。

 出会ったばかりの頃の白透と似ていると思った。

「青透はこっちに来てからどう?しんどい事が多い?」

「まぁ……色々。ついていけないと思うことが多い……」

「――あの社に帰りたい?」

 これにはしばし無言だった。

「――そうでもない。自分でも驚いとるけど、懐かしとは思わん。あれはただ戻って寝るだけの場所だった。それ以上のものじゃない」

「……この家は?」

「人の住処だとは思うけど、家じゃない」

 なんとも微妙な表現だった。青透は家という概念が薄いのかもしれない。

 琴にとっては帰って寝る場所が家と呼べるものだったが、青透は少し定義が違うようだ。

「青透にとって家ってどんな所?」

「難しいこと聞くな……」

「あたしと家の認識が違う気がして……。あたしは帰って寝る場所って気がしとるけど、青透はそうじゃないんじゃろ?」

 青透は自問自答するように考え込んだ。

「一緒に食事したり寝たり寛ぐ場所……。心から寛げる場所。自分をさらけ出せる場所」

 今までの社はそういう場所ではなかったとう事か。

「白透が一緒におるのは、青透にとって寛げないことなん?」 

「――別に……そういうわけじゃない」

「白透といるのは苦痛じゃない?」

「そんな風には……思わん。長く離れとったけど、その違和感はない」

 やはり双子だから、だうろか。15年も離れて暮らしても、その違和感がないというのは凄いことである気がした。

「それって凄いことだと思うけど……。ならなんで寛げんの?違和感ないなら居心地は悪くないってことでしょ?」

「――白透は近寄ってこようとする。でもなんか暗い……。いつも目とか言葉が……遠い。上手く言えんけど………近くにいるけどそうじゃないみたいな……」

 青透が言わんとすることが、何となく分かった。

 白透は青透に後ろめたさがあるのだ。

 5歳の頃から積もらせた罪悪感と申し訳なさ。

 それが事あるこどに表れているのだろう。

 

 青透は長く1人だった。きっと心を通じ合わせた人は少ない。神隠しに遭った時は天狗が支えてくれていた。あの社にいれば天狗とまた会える。だから残っていたのだろう。

 でも今はそこを出てきてしまった。心を通じ合わせていた天狗とはもう会えない。だから寂しいし不安なのだ。青透の心は幼いままだ。攫わた頃の5歳から成長していない。

「青透は寂しいんじゃな」

「――寂しい?」

「心から通じ合ってる人が居ないんよ。だからここを家とは思えない。青透にとっては、心を許した人と一緒に過ごす場所が家なんじゃろ」

 青透は心を打たれたような顔をした。

「白透はずっと青透の心配をしとったよ。小さい頃に別れてから何回も何日も探したって教えくれた。でもどうしても見つけられんで、絶望しながらばあ様を恨んだって言ってた」

「恨んだ……?白透が?」

「そうよ。青透が生きとるかもって分かった時は………怖いって震えとった」

「震える……?」

 琴はあの日の白透を思い出す。全てさらけ出して話してくれた白透は震えて青透の事を教えてくれた。

「『青透は絶対に俺もばあ様の事も恨んでる。俺が青透だったら絶対にそう思う』

 そう言っとった。それに『合わせる顔がないし、会うのが怖いけど、ももう一回、探さんといけん』って」

 涙した決意の日から、白透は変わった。ひたすらに前を向いて走り出した。

「『青透を見つけてたら謝りたい。許してもらうためじゃなくて、家族として向き合うためにそうしたい』

 青透の弟はそう言って、毎日兄を探したんよ。最初から許してもらおうなんて、考えて無かった。白透はずっと、青透が許してくれないと思っとる。だから言葉も視線も遠いんよ。青透は白透に言わなきゃ。『許さないから』って」

「なんで?そこは許す、じゃないの?」 

「青透は許せるの?」

 鋭く言い返すと、青透は黙り込んだ。表情が険しくなる。

「正直な気持ちを話さないと意味がないよ。恨んでるならそう言えばいい。白透は覚悟が出来とるから」

 青透は苦しそうに俯いた。

「……そんな事、言えれん」

「なんで?」

「白透は……もう苦しそうじゃから。ばあ様が長くないし、俺の世話もある……。マンション見つけたり琴の両親と交渉に行ったり…忙しいし」

「そんなこと関係ないんよ。青透はもっと白透を苦しめなきゃ。なんで探さなかったって攻めて、一人は寂しかったって怒るんだよ。気が収まらないなら殴ればいい」

「そんな事出来るわけない!」

「やらなきゃダメだよ。青透を探すって覚悟を決めた時から、白透は青透の気持ちを全部受け入れる準備ができてる。青透がぶつけないと、終わりにならないんだよ。白透にとっての終わりは永遠にこない」

 青透は戸惑っていた。

 まるで稲田会を開いた時の白透そのものの顔をしている。琴の申し出を受け入れるか激しく悩んでいた白透と、同じ顔だ。

「白透呼んでくるから」

「えっ!待ってよ!」

「ダメ。こういうのは時間かけない方がいいよ」

 琴はすくっと立ち上がると襖を開けた。そしてぎょっとした。

 界人と白透も襖のすぐ目の前に座っていた。聞き耳を立てていたのが丸わかりだ。

「――盗み聞きは楽しい?」

 思わず冷たい声が出た琴を、界人も白透も気まずそうに見上げた。

「「ごめんなさい」」

 2人して謝ってきたが、琴はくるりと青透を振り返って、

「ほら、全部聞かれとったよ?青透!白透に言っちゃって!」

「えっ?」

「よくも探さなかったなって。ずっとずっと恨んでたし、許すつもりもない!一緒には住むし仕事も見つけてくれたけど、そんな程度でチャラになるとは思うなよ!なんならボコボコになるまで顔面殴ってやるって!」

「いや、そこまで言ってない……」

「言わなきゃダメなんだって!ほら!」

 琴は青透の腕を引っ張って無理やり立たせると、白透の前まで連れて行った。

「ほら、殴って!」

「いやっ……出来んって!」

「青透がやらないなら、界人が変わりに白透を殴るよ?」

「えっ?俺?」

 急に舞台に立たされた界人は驚いて琴を見た。

「界人言ってたじゃん!『白透が青透に殴られて地面に突っ伏して、ぺしゃんこになる所を見届ける』って!『青透がやらないなら、変わりに俺が殴ってあげる』とも言ってたでしょ?!」 

「いや、確かに言ったけども……」

 あの時の事を思い出して、界人は苦い顔をした。

「なら青透の変わりに殴ってよ」

「いや、琴は極端なんよ……」

 明らかにその意思がない界人をみかねて、琴は白透に言った。

「白透は青透と界人のどっちに殴られたいの?」

「いや……出来ればどっちからも願い下げなんじゃけど………」

「もうっ!意気地なし!」

 琴がプチンと切れた。

「ならあたしが殴ってあげる!」

 急にそう言って拳を振り上げた琴を見て、青透は思わず「ダメだって!」と琴を鷲掴にした。

「こうしないと白透は納得出来ないんだって!」

 ブンブンと拳を振り回すので、界人が琴の腕を持った。

「琴が暴れてどうするんよ!」

「あんたたちがいつまでもうじうじしてるからでしょ!ガツンと一発で終わるのに!さっさとやった方が早いに決まってるじゃん!」

 足まで出して蹴り上げろうとするので、ついに青透が

「分かった!俺がやるから!」と言った。

 琴はピタリと動きを止めて「全力だからね?手加減したらあたしが青透に一発入れるよ?」と脅した。

「ええー……」

 琴を解放した青透は白透と向き合う。白透は緊張していたが、殴る青透の方が緊張した顔をしていた。

「ほら、早く!」

 急かす琴に界人が「落ち着いて」と声をかける。

 青透はじっと、自分と同じ顔の弟を見た。

 本当に鏡に映したようにうり二つ。それを殴るのはどうしても躊躇した。

「遠慮せんでもいいよ、青透」

 兄にそう言った。

「本心を言えば、殴られた方がスッキリすると思う。全部がチャラになるとは思わんけど、憑き物が落ちる気がするんよな」

「いや……でも………人殴ったことないし」

「俺もないからな」

 界人がすかさず言った。

「本当は殴られるだけじゃ済まんと思っとったんよ。刺されてもおかしくない事したから、それで青透の気が晴れるならそれでいいと思った」

「なんで……そんな風に考えられるん……」

「だって、悪いのは俺とばあ様じゃから。青透が寂しいのも苦しいのも分かってて、何もしなかった。こうして喋ってくれるとも思ってなかったし、一緒に住んでくれるとも思ってなかった。全部拒否されて殴られて、どこかに行ってしまうと……思ってた」

 兄は弟を見た。初めてハッキリと見た。弟の目はどこかさみしげに兄を見ている。

「でもそうはならんかった。ちゃんとここにいて、残ってくれる。嬉しいけど……縮まらない距離がある。一緒にいるのに居ない……。ずっとそう思っとった……」

「白透も……?」

「本音で話し合ってなかったもんな。ばあ様の事とか解呪の事とか、そんな話しばっかりで。……きっとそれがいけんかった」

 弟は兄をしかと見据えるとハッキリ言った。

「俺は青透に殴られたいんよ。それで区切りをつけたい。一つの区切りでしかないけど、やるとやらないでは絶対に違う。そう思ってる。だから殴ってよ」

 無防備に両手を広げた弟を見て、青透は拳を握った。

「――言っとくけど、俺はやりたいわけじゃないからな。こんな事しても意味ない。15年がチャラにはならんし、帰ってこない……。でも……白透にまた会えたのは嬉しかった――」

 青透は唇をきつく噛んだ。握り込んだ拳が震えた。

「不覚にも嬉しかったんよ……。見つけてくれんかったクセに……ずっと放って置いたクセに………それでも嬉しかった。琴から白透が俺を探してたって聞いた時も、恨まれてるって分かった上で向き合おうとしてくれとるって聞いた時も………嬉しさが一番強かった――」

 青透は目が潤んだ。言葉を紡げは紡ぐほど、唇が震え声が震えた。

「ずっと会いたかったけど、嫌な顔されるのが怖かった……お前なんて要らないって言われるのが…帰ってこなけりゃいいのにって言われるのが怖かった……。でもそんな事言われなかった……」

「言う訳ないじゃん、双子なのに……。俺だって、顔も見たくないって言われるかと……ずっとそう思っとった………」

「言う訳ないじゃろ?同じ顔に……」

 2人は同じ表情で笑った。初めて双子と分かるそっくりな表情をした。

 兄は拳を振り上げた。

「ヘンな所殴っても文句言うなよ」

「言わんよ」

 振り上げた拳は真っすぐに弟の右頬にヒットした。

 白透は後ろに倒れ込んだが、すぐに起き上がって笑った。凄く満足そうだった。

「……思ったより痛くないかも」

「俺は手が痛い……」

 殴った右手を振っている青透も笑っていた。

 

 琴は一息溜息をこぼすと「終わったね」と界人に呟いた。

「琴はあの2人を説得するのが得意じゃな。俺だけだったらこんな事できんかった」

「これで解呪もやってくれるかな?」

「多分な……。やっと琴とキス以上が出来るわ」

 小声で言われ、思わず界人の胸を殴った。

 


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