解呪と充電
祖母が入院したのは、5人で話をした翌日だった。
白透が行方不明になって以降、急激に体調を崩していったらしい。なんとか持っていたが、双子の発見を期にまた進行したとの事だった。
「ばあ様はあまり長くないって、主治医からは言われてる」
山本家に本を返却しに行った際、白透から教えられた。
「青透にも伝えてるけど、お見舞いには行くつもりないみたい……。強制も無理強いもしたくないから、俺は何も言うつもりはないんよ」
一方の青透はまだ解呪の方法を白透に教えておらず、自身の解呪についても難色を示していた。
「琴の所で働いていいなら考える」
しきりに青透はそう言った。
琴の一存では決められないため両親に確認したが、驚いた事に快諾だった。
「若い子の手があるのは助かる」
これに困ったのが界人だ。
「いい気はしない」
この一点張りだ。
「しかも青透は住込み希望なんじゃろ?絶対に琴目当てじゃん」
界人のマンションで話し合っている時だった。
テーブルに飲み物を置いたものの、一口も飲んでいない界人は不機嫌そうにそう言った。
「いや、流石に住込みとまでは青透も言ってなかったけど……。もう白透と住むマンションも決めてるみたいじゃし、家を引き払う準備ができたら手続きするって言っとったよ?」
「……やけに詳しいな」
「ん?あれっ?白透から聞いてないん?」
「俺はバイト入れまくってるから。行方不明中の汚名挽回せんと、クビにされるし」
事実、春休みに入ってからはバイトを夜だけでなく昼もしていた。
「新学期になったら新しくバイトも入るじゃろうし、今のうちにポイント稼ぎしとかんと」
「そこまでバイト増やさんでもいいじゃん。お金に困っとるん?新しいカメラ欲しいとか?」
「そういうんじゃないけど……。今後のこと考えたら……って!話がそれとる!」
くわっ、と目を見開いている。
珍しく落ち着きがない気がした。琴よりも情緒不安定な界人はあまり見たことがない。
「落ち着きなって……」
「白透から引っ越しの事聞いたん?結構連絡取りあっとるな……」
「てっきり界人とも話してると思ったのに……。新しいスマホの番号、知っとるんじゃろ?」
白透はあの社の一件以来、積極的に動くようになった。スマホを契約してマンションを探し、青透にもスマホや電話の使い方を教えているようだ。
山本家の財産があるので当分は不自由なく暮らせると、かなり赤裸々な内情まで教えてくれた。
「お金はあるけど、頼ってばかりもいられんってバイトもするつもりらしいよ。早く青透が解呪してくれれば出来るにって、こぼしてた」
「――ほんまに、俺より白透と連絡取りあっとるんじゃないん?」
「だって、界人はバイトばっかりで返事くれんじゃん」
「……遅れるだけじゃろ。ほんまにあの双子は……。揃って琴に関心あるとか……」
軽く舌打ちしそうな勢いだ。
「そんな風に言わんでも……。なんか界人、イライラしてない?」
行方不明になって以来、界人は少し変わった。余裕がないと言うか、短気になった気がしていた。
界人自身もその自覚があるのか、少し気まずそうな顔をする。
「まぁ……そうかも。そういう琴は穏やかになったよな?前はもっとツンツンしとったのに」
「そう?」
「目つきも変わったし、雰囲気が柔らかくなった。合コンの時は一切周りを受け付けんオーラだったのに」
「……そんな印象もっとったん?」
しかし琴自身にも自覚はあった。少し心穏やかだ。2回目の神隠しにあったからじゃない?と母に冗談半分で言われるほどだった。
はたから見ればそう受け取られるかもしれないが、神隠しが関係ないことは琴にはわかっていた。
全ての原因は界人だ。
行方不明になって、その存在の大きさを痛感した。そして青透に襲われ、他の男性と界人がいかに違うか思い知った。
界人がいれば平気。いなければ心乱れる。それだけの事だ。恥ずかしくて言えていないが。
「あたしは社での神隠しの時、色々発見があってさ。その影響だと思う。そういう界人はなんでそんなにイライラしてんの?落ち着きないっていうか……。山本家の本を解読しとる時は感じんかったのに、あれが終わったあとから変わったよ?」
指摘すると視線を逸らした。思い当たる節があるようだ。
「確かに、あの辺りからイライラしやすいかもな……」
琴はその続きの言葉を待ったが、何も教えてくれなかった。
「言えん理由なん?それともあたしが聞いちゃダメなやつ?」
「言えんわけじゃないけど……。言いにくい………」
「ふーん……」
(秘密なんだ……)
なんだか心が少し沈んだ。
今日は界人と会うのは久々だったのだが、あまり楽しくない。
もうすぐ春休みも終わってしまうのに、界人はバイトばかりで全くデート出来ていなかった。
山本家のことも、解呪さえ出来ればほとんどの問題が片付く。琴も界人への思いがはっきりして、明るい話になりそうなのに、そうならない。
(今日もあと数時間も一緒にいられんのにな……。会うの楽しみにしとったの、あたしだけなんかな……)
出された飲み物を飲んでそんな風に考える。
ツキリと心が痛んだ。
界人も何も言わず、気まずい空気が漂う。
そこへ着信が入った。琴のスマホだ。
「あれ?白透だ」
ピクンと界人が反応した。
「もしもし?」
『琴?豆腐屋でのバイトの件じゃけど、琴のお父さんから許可貰ったよ』
「えっ?うちに来とったん?」
『ちょうど今、話が終わった所。俺と青透、2人ともいいってさ』
「へー、良かった!」
『あとは青透の説得じゃな。しっかり話し合ってみるわ』
「うん。あたしにも出来ることあったら言ってな」
『ありがと。でもこれ以上迷惑かけれんから、頑張って説得する。また連絡するわ!』
それで電話は切れた。
「白透、琴の実家でバイトするん?」
「あ、聞こえた?そうみたい。どうせなら白透と青透一緒がいいなって、前から話とったんよ。青透が分からん一般常識とかあるじゃろ?白透が教えてあげられれば早いよなって話になってさ。お父さんに話してみたんよ」
「……つまり、2人とも琴の所に行くと」
「解呪されればね。それが大前提じゃから」
「ふーん」
界人はさらにムスッとした顔になった。
(話していなかったから、置いてけぼりを食らったのが嫌だった?)
界人にしては随分と子供っぽい理由だと琴は思った。
「また怒った?」
「――いや、別に」
「なんか不機嫌そうじゃけど……」
「2人のバイト先が決まったのは良かったと思うよ。全部の事情を知ってる人がいる中で働けるのは、あの2人にとってありがたいことじゃろうし」
両親に子細は伝えていないが、長らく学校に行っていない2人とは伝えてある。
「なら、界人もうちで買い物してってよ。2人の働きぶり見に来ればいいじゃん」
「まぁ、それは……行くと思うけど」
なんとも歯切れの悪い言い方だった。
界人はそれ以上喋らず、ずっと何か考えている。
会話が弾まず、だんだんと居心地悪くなった琴は、
「あたし、今日は帰るな」
そう言って残りのお茶を飲みきった。
「えっ?なんで?」
界人は驚いて琴を見る。
「だって……なんかずっと考え事しとるし……。邪魔になっとるかなって…………」
「いや、違うって!邪魔じゃないから!」
「そう……?無理せんでいいよ。バイトで忙しいんじゃろうし、ゆっくり休んだら?」
「琴がいなきゃ休めないって!」
言ったあと、界人は「あっ」という顔をした。口が滑ったという顔だ。
琴は意味が分からず、
「……なんで?休むならあたしがいない方がよくない?」
尋ねた。
界人は気まずそうに首をガシガシかく。
「そういう休むじゃなくて……」
言いにくそうにしていたがやがて「はぁ……」と嘆息すると、観念したように琴を見た。
「ずっとあの双子に嫉妬しとるんよな」
「……嫉妬?」
「白透が琴を好きなのは知っとったよ。でも青透までご執心とか……しかも実力行使したしな。未だに琴と接近したがるし、やたらと近くにおりたがる。しかもバイト先が琴の実家とか……。琴も容認しとるし……」
「だってそれは―」
言いかけたが「分かっとる」と制された。
「双子の事情を汲んで言ったんじゃろ?そこは十分分かっとる。分かっとるけど……琴に好意を寄せる男が近くにおって、頻繁に連絡取ったり話したりするっていうのが……モヤモヤする」
「――だから嫉妬?」
界人は顔を赤らめれ「そうだよ」と返事した。
「琴が異性として双子を意識してないのはもちろん、分かっとる。そこは疑ってない。でも俺の知らんやり取りしたりしとるのが……不安になる」
界人は目を合わせてくれなかった。ずっとそっぽを向いている。
「カッコ悪いしダサい……。じゃから言いたくなくった」
琴はきょとんとした。最近のイライラの原因は全てこれかと、納得した。
思えば山本家の歴史の話をした時、初めて豆腐屋でのバイトの話をした。あれがきっかけだったらしい。
カッコ悪いとは思わないが、くすぐったさはある。
琴は界人の横に移動してすぐ横に座った。
「別にカッコ悪いとかダサいとか思わんよ。……その――ちょっと嬉しいし……」
界人と肩が触れ合う。琴もこれから言う言葉が恥ずかしくて、界人の顔が見られなかった。
「白透の事も青透の事も友達じゃから、協力したいのは本当。界人の言う通り、異性としては意識してないよ。馬乗りになられた時は怖さと嫌悪感しかなかったし……。だから青透の事は警戒しとる」
琴は三角座りをして折り曲げた膝を抱えた。これなら界人から顔が見えないだろう。
「界人とは全然違う……。手の感覚も抱きしめられた気持ち良さも………。じゃから何にも心配せんでいいよ」
随分と小声になってしまったが、界人にはちゃんと聞こえたようだ。琴をガバっと抱きしめたのがその証拠だろう。
「分かっとったけど……嬉しい――。出来るだけ青透の事は警戒してな……。お父さんの目があるから大丈夫じゃと思うけど」
「うん……」
琴も界人の腕を握る。そのままキスをして、目が合って笑った。
「春休みの昼バイト、ギリギリまで続けるん?」
「んー、その予定」
「暖かくなってきたから、一緒に写真取りに行きたかっのに……」
「そうよな……。少し減らそうかな……」
「何か欲しい物があるん?やたらバイトしとるけど」
「いや……そうじゃなくて………。――笑わんでよ?」
「聞いてみないと分からん」
「――あの双子が金持ちじゃから、対抗したくなった」
「え?」
思った以上に単純で幼稚な理由だった。
「ぷっ……」
思わず肩を震わせる琴を、苦い顔で見る。
「ほら……じゃから言いたくなかったんよ………」
「……いや………考えとった以上に幼稚で……」
「分かっとるよ。じゃから言いたくなかったのに……」
界人は仕返しとばかりに琴の脇腹をくすぐった。
「ひゃ!あはははっ!」
琴は体をくねらせたたが追いかけられ、「やめて!くすぐったいっ!」笑いが止まらず、床に倒れ込んだがそれでも止めてくれなかった。
「分かったって!もう笑わんから!」
観念してそう言うと、やっと刺激が終わった。笑いすぎてはぁはぁし、久々に声を出して転げ回ったのがおかしくて違う笑みがこぼれた。
「界人さ……」
次はいつ会える?
そう聞こうとして見上げると、四つん這いになった界人と目が合った。
食い入るような熱っぽい視線に、思わず言葉が途切れた。
「琴はさ……キス以上のことしてもいいって思っとる?」
その意味が分かってドキリとした。
「俺とは嫌?」
「……嫌じゃ………ない…と………思う」
「随分と控えめな言い方じゃな。勢いある琴は本当にいなくなったな」
おかしそうに笑う。2人きりの時は豪快な笑い方は少く、いつもクスクスしている界人は、この時も同じ笑い方をした。
「怖いならやめるけど……少し触ってもいい?」
少しってどこまで?
そう聞きたかったが上手く言葉にならなかった。
界人はゆっくりと手を伸ばし、髪、頬、肩、腕、太ももに触れた。決して淫らな触り方ではなかったが、琴はドキドキして羞恥心からずっと顔を背けていた。
「嫌だった?」
ふるふる首を振って「恥ずかしいだけ……」と心情を教えた。
「なら良かった」
琴を抱き起こすと、触れるだけの優しいキスをして、
「また続きさせて」
とだけ言われる。流石に返事ができず黙っていると、
「だんまり琴も可愛いな」
と笑われた。
「からかってる?」
「いいや。俺の彼女は可愛いなぁと思っただけ」
また抱きしめると「充電できた」と嬉しそうに言った。
「今ので充電できたん?」
「琴の顔とだんまり姿で充電できた」
「……簡単すぎない?」
「フル充電してもいいけど?」
あれ以上の事かと思うと、今すぐには流石に無理で、
「いや、ただの充電でいい!」
慌てて言った。
「なら、フル充電は青透と白透の解呪が出来た時にしよう。それなら俺も説得のやる気出る」
「えっ……」
早く解呪出来ればいいと思っていた琴は、急にストップをかけたくなった。
「白透に連絡しとこ。青透の説得に参加しに行くわ」
「いやっ、そんなに前のめりにならんでも……。白透に任せようよ?」
消極的な姿勢になった琴を見て、意地悪な目をした界人は「今夜電話して双子と話す」とやる気満々になった。




