青透
山本家の本の解読には、そう時間を要しなかった。界人も琴もだいぶ作業に慣れ、スピードも要領も格段に上がっていた。ものの3日で作業は終了し、2人してパソコンにまとめ、文章化した。
完成すると白透に知らせ、山本家に赴く事になった。
トウビョウ持ちの解呪に役立つかもしれない。それに青透が言っていた、天狗が青透に教えた大事な事。それを教える為に神隠しをしたとも言っていた。
きっと天狗はトウビョウ持ちについて、何か重要な事を知っている。琴も界人もそう考えていた。
山本家を訪れると、白透、青透、祖母の全員が客間で2人を迎えた。
青透は人が変わったように静かで、目はうつろだった。痛々しさを感じるほどで、社で見た時の様な圧迫感も威圧感もない。
「青透……平気?」
「色々と思う所があってさ……。今はそっとしておいて」
きっと受け入れること、超えなくてはいけないことがあるのだろう。取りあえず、山本家に留まっている事に安堵した。
「それで、2人からの話って?」
琴は机に解読した文章を並べた。
「おばあさんが貸してくれた山本家とトウビョウ持ちの本、解読し終わったの。きっと皆が知らないことがあるから、知らせようと思って」
琴は結果を話し出した。
山本家の歴史はトウビョウ持ちの歴史。
トウビョウ持ちは昔から白蛇憑きと黒蛇憑きがいた。
その特徴は似て非なるもので、白蛇憑きは財をもたらし、厄災が近づく時には白蛇の姿となって家人の前に現れる。少々嫉妬深い白蛇は時にいたずらのように家人の皮膚に取り付き、蛇模様を浮かべたり痒みを与えたりしていたが、命に関わるものはなかった。
黒蛇憑きは財の見返りに、紀元を損ねると祟られる。それはトウビョウ持ち本人ではなく、周囲の人間だったり土地にだったり。
厄介なのは黒蛇憑きで、特にトウビョウ持ち本人と親しい仲にあるものへの嫉妬が激しく、対抗策として簪が作られた。
「白透の首にあるのは白蛇憑きの証。青透の首にあるのか黒蛇憑きの証。つまり、トウビョウ持ちは元から2種類あったんだよ」
「だから模様が違うの?」
初耳の白透と祖母は驚いていたが、青透だけは反応がなかった。
「もともと、山本家は白蛇憑きの家柄。黒蛇憑きは妹尾家の方だった」
憑き物筋である両家は、縁談自体が難しかった。代償が少ない白蛇憑きでさえ、自身の血族が忌血と交わることを嫌った。特に黒蛇憑きは富を得られるだけでない代償が大きすぎた。
両家は財産があるものの縁談が困難で、やがてトウビョウ持ちの家同士が婚姻する話が出た。根本の解決にならないものの、一時凌ぎにはなる……。当時の当主たちはそう判断したらしい。しかしそれが間違いで、白蛇、黒蛇憑きが生まれるのはランダムとなった。見分けるのは首の印だけ。当初は明確に違いを認識する者が多かったが、時の流れとともに混合され一つになった。
「調べると、白蛇憑きと黒蛇憑きが同時に産まれるのは初めてみたい。どの時代もどちらか一方しか産まれてなかったから」
黒蛇憑きに悩まされるのは、両家が一つになってからも変わらなかった。
黒蛇憑きは土地への厄災をもたらし、土砂崩れ、地滑りなどを50年に一度のペース起こした。これに辟易したのは人間だけでなく、隣の山に住む天狗も然りだった。
「天狗?」
「昔からある烏山と露山の不干渉は、これが原因だったんです。天狗と蛇の間でかなり昔、交渉がされたようだけど、うまくいかなかったって。決裂した時は大災害が起こって、かなりの死傷者が出たみたい……。山も崩されて天狗の住処も減ったから、それ以降不干渉となったらしいよ」
「稲田の娘……そんな話をどこで聞いた?」
すらすらと説明する琴に驚いたのは祖母だった。聞いたことがない話ばかりだったのだろう。
「隣の黒羽神社。向こうには天狗の伝承が残らせていて、同じように書物があったんよ。白透達を探してた時、宮司の高杉さんが胸騒ぎがしたらしくて……。捜索終了した報告をした時、文献を見せてくれた。解読もしていいって言われたから、界人も2人でやったの。そっちには天狗の歴史が多いけど、半数以上が蛇との関わりについての内容だった。余程困ってたんだろうね」
長らく蛇の気まぐれな厄災に困っていた天狗は、蛇憑きをどうにか出来ないから考えた。しかし妙案はなく、さらなる厄災を起こされては敵わんと不干渉の掟を定めることで静観を決め込んだらしい。
「でも、何か対抗策が出来た。青透、そうよな?」
琴は青透を見た。
この時、初めて青透は生気がある目をした。社で話した時の目だ。
「あなたを攫った天狗は何を教えたの?もしかして、蛇憑きの解呪方法じゃないの?」
白透と祖母も驚いてい青透を見た。
「天狗達の一部で、ずっと蛇憑き解呪の研究をしてる者達がいた。自分達の住処を守るため、仲間を守るためだったみたい。大半の天狗は反対して、部族分裂までしたらしいよ。今の烏山に残っている天狗は少ないんじゃない?あの山にいるのは蛇憑き解呪を推奨する者たちのはずだから」
青透は黙って琴を見た。探るような目だった。長い沈黙のあと、やっと「そうだよ」と言葉を発した。
「俺を攫った天狗……サネミはあの山にいる最後の天狗だ。お互いに最後の生き残りなら、解呪なんて必要ないだろうって言ったけど、サネミは譲らなかった。長く一族が調べ上げた結晶だからって、俺に方法を叩き込んだ。一族が死に絶えてしまっても、蛇憑きの元凶となる蛇自体が消滅しないと意味がないって。だから解呪してお前も人の人生を終わらせろって、聞かなかった。幼い時分に親元から引き離してしまったからって、ご丁寧に人間の読み書きも教えてくれた。他にも人間社会での決まり事とか、天狗との違いとか…。自己防衛できるように体術も。一番役立ったのが記憶のいじり方。人間社会に戻った時、不都合な事が生じた時にって教わった。極力使わないように釘を刺されたけど」
「……それ、使ったことあるの?」
「あるよ。でも数回しかない。幸いにも、皆俺を白透だと思うからね。琴にも使ったよ。だから俺に攫われたこと、覚えてないんだよ」
界人が驚いて琴を見た。白透も祖母も同様だ。全員に、琴の神隠しの犯人が青透であることは話していなかった。
「そっか……。だから綺麗に忘れてたんだ。あれは青透の優しさだったんじゃね」
「優しさ?」
「そうでしょ?あたし、あの社でずっと泣いてたって、青透が教えてくれたじゃん。辛い記憶だと思ったから消してくれたんでしょ?」
「――違う」
「そうだよ、きっと。ありがとね。もし記憶があったら山も神社も嫌いになってたかも。そしたら民俗学なんて分野に興味持たなかったと思う。巡りに巡って、あたしは白透と界人に会えて、また青透にも会えた」
「そんなの結果論じゃん。都合良く解釈しすぎでしょ?」
「そうかも知れないけど、それでいいんだよ。あたしはそれで納得できる」
「……おめでたい人だね」
拗ねたように言うと、青透は顔を伏せてしまった。
「――青透。解呪しなよ。白透にもそれを教えてあげて」
「………嫌だよ」
「なんで?蛇憑きでなくなれば、今よりもっと自由に暮らせるよ?白透だってそれを望んでるだろうし」
白透は初めて解呪のことを知り、希望が灯った目をしていた。眩しいばかりのばかりのその眼差しは、誰が見ても未来を見据えている。
「なら、白透だけでない解呪すればいい……」
「それじゃ、青透の蛇の嫉妬が発動して白透が困った事になるよ?」
「―そうかもね」
「青透はそれでいいの?」
これには黙って服の袖を握っていた。
「――解呪すれば、琴の家に居候出来る?社で言ってた社会科見学の話……」
あれ、やる気あったんだと琴は驚いた。反応は今ひとつだった気がしたのに。
「何その話。聞いてないんだけど」
界人がすかさず琴を見た。
「琴の家に居候とか絶対ダメ。約束したよね?」
詰め寄ってくる界人に「落ち着いてよ……」と圧に押された琴が言う。
「豆腐屋の仕事見つつ、店番してコミュニケーションをとるようにしたらって提案したの……」
「それならここから行けばいいじゃん。近いんだし」
「だって、豆腐屋は真夜中から仕事するんだよ?大変じゃん……」
「それは漁師も新聞配達も同じでしょ?青透が居候する必要ないと思う」
痴話喧嘩が始まって、
「界人って琴の事になると必死よな?」
青透が笑った。
「彼女だから当たり前だろ。誰かさんが琴を襲ったりするから、警戒してるんだよ」
睨むように視線を向けると「おお、怖っ」とおどけて見せた。
「それで?青透は解呪がやれるんか?」
「出来るさ。でも俺自身には使いたくない。白透がどうしてもって言うなら、白透だけがやればいい。ただし、やり方は白透にしか教えない」
「もちろん、それでいいよ。あと豆腐屋での社会科見学の話だけど、どうしてもやりたいなら解呪することが絶対条件だから。御客さんとかお父さんとかお母さんに何かあったら嫌だから。いい?」
青透はじっと琴を見た。
隣の界人の強い視線も感じたが、それはひとまず置いておくことにする。
「俺は、元の社に帰りたい。ここは息が出来ない……」
「……また一人になるの……?」
白透がボソリと尋ねる。
「俺はずっとそうして生きてきた。今更なんとも思わない……。でも……あの社に続く道はもう閉じた。こんなにも長く社を離れたことないから、きっとたどり着けない――」
また顔を伏せてしまった。
青透にとっては長くあの社が家だった。それを失うのは財産を失うようなものなのもしれない。
「サネミに頼んでも無理なの?」
琴が一応尋ねたが、青透は首を振るだけだった。
「サネミとはずっと会ってない……。俺を解放してから一度も……」
一次的にでも里親になったサネミのことは、慕っていたのだろうか…。もしかすると何度も親と呼べる人から突き放された傷が深く、一人を選ぶのかも知れなかった。
「青透は、この家がキライ?」
白透が尋ねる。悲しいと言うよりは確認のような言い方だった。
「……好きじゃない。色々思い出すから――」
色々。
決して嫌な思い出だけではないのだろう遠い昔の両親の記憶、祖母と3人で過ごした事。楽しく懐かしめる思い出があるのが辛いのかもしれない。
「青透は俺と一緒にいるのも嫌?」
この白透の問いかけには、何も答えなかった。
「一緒が嫌ならどうしようもないけど……もしそうじゃないなら………2人で住もうよ。こことは違う別の場所で」
青透がピクリと肩を震わせた。
「ばあ様とも話したんだ……。ばあ様、本当は入院しなくちゃいけない体調なんだよ。ずっと医者から勧められてたけど、俺を一人にしたくないって拒否し続けてた。でも今は青透がいるから……」
初耳の事実に琴も界人も白透を見た。祖母は静かに頷いている。
「どのみちこの家は古い。それに広すぎる……。神社もなくなるなら、この家も一緒に潰した方がええ。全ての蟠りを取っ払って、自由に、好きなように、どこへでも羽ばたけばいい。本来はそうすべきなんじゃ……。青透、ばあ様がおらんなら、白透とやっていくのは悪くないじゃろ…?」
祖母の声かけに青透は返事をしなかった。祖母を見るとこもしなかった。
「2人で歩いて行くなら、解呪が必要じゃ。それは必須じゃろう。外の世界で住む最低限の必須事項じゃ。白兎と良く話し合えばいい。稲田の娘。最後に一つええか」
最後。その言葉にもうここを離れる時を決めているのだと琴は悟った。
「深く礼を言いたい。鷹取の方にも。2人には世話になった。お前さんたちがいなければ、青透には会えなんだ。山本家にとってもあたしにとっても、2人がここへ来てくれたことは救いじゃった。ありがとう」
その姿は酷く小さく弱々しく見え、琴は自身の祖母を思い出した。もう消え入りそうな風貌は、些かも悔いがなさそうだった。




