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ヨリカカリ  作者: 栢瀬 柚花


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36/40

帰宅


「琴?平気?!」

 界人の腕に抱かれた琴は驚くほど安堵していた。

「うん……」

 そう返事をしたものの、安堵と同時に体が震え出した。思わず界人の胸にすがって顔を埋める。

 またギュッと抱きしめられると、

「ごめん……」

耳ともで声がした。

 琴がふるふると頭を振ると、

「女子には気安くそういう事しないほうがいいぞ、青透」

 と強い口調で言った。

「怖がらせるだけだ」

 琴がゆっくり青透を見ると、床から頭を上げる所だった。打ち所が悪かったのか、少しふらふらしている。

 白透がすかさず寄っていって、

「青透、今のは庇ってやれない。あれは青透が悪い」

 と兄を叱った。

「白透、このままここを出よう。青透、悪いけど一緒に来てもらう。今までも外の世界にはでたことあるんだろ?ちゃんと向き合え。こんな所に閉じ籠もってないで。向き合った上でここへ帰るなら、もう止めない」

 界人が言うと、白透は青透を引っ張って立たせた。抵抗はするかと思ったが、重いのか従順に立ち上がった。

 琴は界人にすがったまま、支えられるようにして社を出た。

「琴…。ごめん、助けるの遅れて……」

 界人が琴に聞こえる声で沈痛にそう言った。

「平気……ではなかったけど、今はなんともないから」

「でも怖かったろ?」

「それは……そうだけど……」

「………キスされた?」

「ほっぺに」

「どこか触られた?」

「ううん。……ホントに触られてない」

 心配そうに顔を伺う界人に、言葉を重ねて伝えた。

「本当にごめん。もう少し早く目が覚めたら良かった……」

「気絶してたんだから、どうしようもないじゃん」

「ああいう時は逃げてよ。それか大声出して」

「逃げたら界人達とバラバラになるじゃん。外の世界ならそうしたけど。あと声出したら……舌を入れられるかもって……。嫌だったから口開けなかった」

「それは正解かも……。次からは逃げてよ?」

「次はないから。大丈夫」

「油断せんで。俺が安心出来ない」

 そんな問答をしていると、社の外の森に来た。

 後ろを振り返ると、白透と青透がゆっくりと歩いてくる。青透はまだふらふらするのか、足元がおぼつかないようだ。

「白透、先を歩いて。あんまり距離を空けん方がいい」

 双子が歩く歩幅に合わせて、界人と琴も歩いた。

「ばあ様会ってよ、青透。文句でもいいから何か言ってやって。俺も一緒に聞くから」

 話しかけられても、青透は返事をしなかった。呆然と地面を見ている。

 4人は石階段を降りて鬱蒼とした森に出た。

 薄暗く、霧がかかっている。

 さらに足を進めると、だんだんと霧が晴れて足元に緑が増えてきた。

 カタクリやスミレの花が咲くようになるとすっかり霧は晴れ、太陽が輝いていた。

「ここ、もう外の世界だと思う」

 事が言うと、自身のスマホを取り出した。

 ドキドキして日時を確かめる。

 琴が最後に記憶している日にちから、1日経っている。念のため西暦も確認した。1年とか経過していたら、流石に笑えない。

「良かった……。あれから1日しか経ってない」

 界人もスマホを取り出す。

「うわっ!何この着歴!メッセージも……ヤバい………」

 全員でかけたので、それは凄い事になっているだろう。琴も遠矢、両親、捜索隊のみんなからの着歴が残っていた。

 (きっと心配かけたよね……)

 申し訳ない気持ちになりながら、取りあえず山本家を目指した。

 一番は青透と白透だ。2人と祖母を会わせないといけない。


 道通神社から山本家の道のりはとても長く感じた。青透の歩調に合わせているのもあるが、琴も界人も足が重かった。別空間にいた弊害なのだろうか?

 歩くにつれ疲労感が増し、よろよろしながら歩を進めていると、

「界人……?」

 前方から聞き覚えのある声がした。

 顔を上げると、そこに見慣れた捜索隊の姿があった。

「界人!稲田さん!良かった!」

「お~い!!いたぞぉ!」

 遠矢が駆け寄って、他のメンバーが大声で知らせに行った。

「界人!良かった……生きてた――」

 遠矢は界人にハグすると、存在を確かめるようにだんだんと背中を叩いた。

「本当に良かった……。もうダメかと――」

 声を震わす友人に、界人は「ごめん、心配かけて……」トントンと肩を叩いた。

「稲田さんも、良かった。ご両親が凄く心配しとったよ。今は山本さんの家にいて、一緒に捜索しとる。このまま一緒に行こう」

 先に知らせが入ったので、山本家の前は大騒ぎになっていた。

 捜索隊のメンバー、琴の両親がこぞって出てきて、全員に囲まれた。

 みんな一様に安堵の表情をし、母には泣きつかれ、父からは抱きつかれた。

「もう……!またどこか行ったのかと思った……」

「うん……ごめん。でもちゃんと帰って来たから。みんなで帰って来たからさ」

 双子の祖母は珍しく家の外に出ていて、孫2人を見ると大きく顔を歪ませた。

 足も膝も悪いに、できるだけか早足で駆け寄って2人を抱きしめた。

「――白透……よく戻ったな。青透も――長い間、ずっと後悔しとった……。言えた義理がないのは分かっとる………十分…分かっとる―――。許せとは言えん。絶対に言えん……。じゃけど―――生きていてくれて良かった…………。本当に良かった……」

 そう言うと2人を抱いたまま泣いた。ここまで感情を顕にした姿は皆のみならず、白透も初めて見た。

 青透は気力のない目で祖母を見ていた。そこに感情があるのか琴には分からなかった。


 その後、琴達4人は病院へ運ばれた。念のため入院することになり、帰宅は出来なかった。

 入院先には警察もきて、事情を聞かれた。山で迷ったと言う事で口裏を合わせ統一したが、どこか不信な顔をされた。

 琴は翌日、界人、白透、青透は2日後に退院した。全員体調に問題なしと判断され、再診も必要ないと言われた。

 退院の際には双子の祖母が迎えにやってきた。

 青透はこちらへ来てから一度も口を開かず、顔も晴れなかった。

 琴も界人もかなり心配したが、

「ここからは俺達家族の問題じゃから……。心配かけるけど、話は聞いてな?」

 そう言い残して白透は家に帰って行った。

 

 琴は界人をマンションまで送った。

「本当は俺が琴を送るべきじゃない?」

 界人はそう言ったが、1週間も不在にした部屋の確認もあったので、一緒に足を運んだのだ。

 幸いにも鍵は紛失しておらず、界人のズボンのポケットにあった。

 ドアを開けると、変わらぬ状態で部屋は界人を出迎えた。

 鍵もかけていたので荒らされてもおらず、綺麗なままだった。念ため室内の箪笥や貴重品も確認し、

「うん。大丈夫そう」

 界人は笑った。

「せっかくだから少し上がってく?」

 琴は久々の界人の部屋に上がる。

 ずっと鍵が掛かって入れなかった部屋。もう何年も来ていない様な気がした。

「やっと入れた……。界人を探しとった時、何回もここに来たんよ?開かないのが普通ってくらい、ドアノブガチャガチャしたもん」

「家にいないのわかってて来たの?」

「じっとしとるより、足を動かしてた方がマシだったから……」

「そっか……そうよな」

 あの時を思い出して、なんだか鬱々とした気分になった。

 必死になって探したあの日数は、界人にとってほんの数時間の出来事らしい。そう思うと社の空間の異様さがよく分かる。

(無事に戻ってこられて良かったけど……。青透はあんな空間にずっといて、体感的にはどうだったんだろ……)

 琴と会ったのだから、時々こちらに戻ってきていたのは確かだ。

(青透には聞きたいことが沢山ある。黒蛇憑きとも言ってたし、また和綴じ本を調べないと……)

「琴、何難しい顔してんの?」

 色々と考えていたら、随分と無言になっていたらしい。界人が顔を覗き込んでいた。

「いや、色々と……。あの社の事とか、青透が言ってたこととか……」

「琴は青透と2人で会っちゃダメだから」

 珍しく顔を険しくしている。

「う、うん」

「そう言えば、青透に色々されたんだよな……」

 琴をじっと見ている。何やら考えているらしい。

「な、何?」

「琴、ん」

 界人が腕を広げている。

「?」

 どういう意味か分からず無言で界人を見つめると、

「ほら、あの時俺に飛び込んできたじゃん。またやって」

「えっ?!」

 いきなりのリクエストに、琴は固まった。

「いや……あれは場の勢いで………」

「勢いないと出来ない?」

「まぁ……。恥ずかしいし……」

「ここ誰もいないよ?」

「それはそうだけど……」

 界人はずっと腕を広げて待っている。

 琴はしばらく唸って、しぶしぶ界人の近くに寄った。あの時のように飛びつく事はできず、広げた腕の中にそっと治まった。すぐにぎゅと抱きしめられたが、

「すっごい控えめ」

 と笑われた。そのまま2人して床に倒れ込む。

 見つめ合うように横抱きになり、琴は身動きが取れなが嫌ではない。

「――青透に襲われた時、怖かった?」

「うん…」

「ごめん、助けるの遅くなって……」

 界人はさらにギューッと抱きしめた。

「界人が謝る事じゃないよ」

「謝ることなの。彼氏だから」

「――うん」

「青透以外の男とも、あんまり2人っきりにはならないで。心配になるから……」

「それは心配しすぎじゃないの?」

「青透が馬乗りになってるの見た時、凄く苦しくなった。怒りより恐怖が大きかった……。体勢的にキスされてるか、首絞められてるように見えたから………」

(そうか……。界人の位置からだとそう見てたのか…)

「足バダバダさせてるから喋れないのかと思って、首絞められてるって……ゾッとした。琴を失うかと思った」

 珍しく声が震えている気がして、そんなに心配させていたのかと心が痛む。

「ごめん。声出さなかったから……」

「口閉じてた理由は聞いたから、分かってる」

 琴も界人に手を回して抱きついた。

(こうしているのが一番安心する――)

 しばらくじっと互いの体温を感じていると、界人が頬にキスした。何回も何回も。

「青透にされた分、チャラにしたい……」

「回数的にはもうなったよ?」

「ダメ。俺の気持ちが収まらない」

 界人は唇を寄せてそっと琴の唇に触れる。優しく、琴を感じるように。やがて舌が差し込まれたが、これも優しい生き物のようだった。

 琴に嫌悪感はなく、やがて唇が離れるとうっとりしてまうほどだった。

「その顔、結構可愛い」

 クスッと笑われると、一気にぼっと顔が赤くなる。

それを見てまた笑われ「もう!」と界人をくすぐった。どうやら脇腹が弱いらしく、界人は転げ回った挙句、琴の上に覆い被さる形でようやく収束した。

 決して細くない界人の躯体が上に乗り、

「重い……」

 潰れそうな声でなんとか反抗する。

「ごめん」

 界人はすぐに腕で上体を起こし、負荷を解いた。

 ふーっと息を吐くと、界人と目が合う。青透とのシュチエーションが思い出されるが、界人なら恐怖はなかった。

「この体勢、嫌?」

「界人なら平気」

「そっか……」

 安心したように笑うと、またキスをした。

 さっきのように優しいキスを。

 この日は何度も何度も繰り返した。


 琴を自宅に送る道中、界人が行方不明の間に調べていた山本家の本について話した。

「トウビョウ持ちについての内容がほとんどで、妹尾家って名前もたまに出てくるんだよね」

「妹尾家?」

「昔はもう一つ、トウビョウ持ちの家があったみたい。途中だから妹尾家がどう関わってくるのか、分かんないけど。それにあの社にいた時、青透が『自分は黒蛇憑きだ』って教えてくれた」

「黒蛇憑き……?」

「妹尾家に黒蛇憑き……。もしかしてトウビョウ持ちには種類があるのかも……。だから白透と青透で首の模様が違うとか………」

「あり得るかもな……」

 界人も思案顔をした。

「春休みじゃし、しばらくは解読してみようか。白透達も気になるけど、しばらくは家にいかん方がいいかも知れんし……。また様子を聞いてみるけど」


 明日から琴の家で解読作業をする、と結論が出てこの日は別れた。

 

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