神隠しの真相
「青透が……?あたしを攫ったの?」
「びっくりするくらい覚えてないんじゃな。そう呪いをかけたのは俺じゃけど、ここまで効果があるんか。知らんかった」
自分がしたことに感心しているのか、青透は驚いている。
「まぁいいや。あの時もここで話をした。琴はずっと両親の所に帰りたいって泣いていた。家が恋しい、ここには何もないって。俺は7歳児なりに手を尽くしてなんとか留めようとしたけど、全然ダメ。五月蝿いから、仕方なく外に返した。それだけの話」
この間見た夢の内容が思い出された。忘れていたとは思えないほど鮮明に。
ガランとした部屋に何を置きたいか聞かれた。
布団や机じゃなくて、おもちゃや人形などの好きな物だと言われ、琴は本をリクエストした。
男の子は何を置くのか尋ねたが気が取れず、ずっとここに居るんだと言われて酷く嫌な気持ちになった。
(きっと同じ場所に来たから思い出した)
青透の言葉を信じるなら、呪いのせいで全て忘れていたようだ。
かけた呪いがここでは通用しないから、鮮明に思い出したのだろうか?それとも術者本人である青透が白状したから?
いずれにしても、神隠しの真相が分かったのは予想だにしない事だった。
記憶の中の青透の顔は判然としないが、首に黒地と金輪があったことはハッキリと覚えている。そして見の前の青透に同じ物がある。
「あと時の男の子が青透なんじゃ……」
「思い出した?良かった」
嬉しそうに微笑んだ。
その表情は白透と少し似ている。
「全然覚えないって言われたことは少しショックじゃったな。呪いかけておいて言えることじゃないけど、ここまできれいさっぱり忘れられるとは思ってなかった」
青透はのんびりとした足取りで琴に近づてきた。
琴は入り口あたりから壁ぞいに移動する。青透と一定の距離を取れるようにしたかった。
「またここに一緒にいよう。ここにおれば時間の感覚なんて無くなるよ?早くもなるし、遅くもなる。年を取らず、今の若いままの姿でおれるよ」
昔の童話に出てくるような誘い文句だ。
「今どきそんなセリフでホイホイついていくと思うの?見た目の若さとか興味ない。あたしは一分でも早くここから出たいの」
琴は警戒して青透が近づく度に後退した。
界人も白透も寝たまま起きない。揺さぶって起こしたいが、青透はそれを許すだろうか?
「女の子は皆、若くありたいもんじゃないの?」
「そんなわけないじゃん。あたしは普通に歳をとって死にたいよ」
ふーんとさして興味なさそうに首を傾げると、
「なら琴は外で何がしたいん?」
質問しつつまた一歩近づく。
「色々ある。だから大学に行ってる」
琴も一歩下がる。倒れた白透の体をまたぎ、小上がりに向かってさらに下がる。
「それはここを出てもやりたいこと?」
「ここにいたら何も出来ない。ここには何もない。青透も外に出よう。おばあさんに会わなきゃ」
「ばあ様?」
青透の言葉に嫌悪が混じった。
「まだ生きてるの?しぶといな」
「そんな言い方―」
「俺を見捨てた人に同情とか出来ると思うの?」
「……っ」
「琴は出来る?出来ないじゃろ?」
「それ……は…」
「俺は自分の意思でここを出なかった。帰る場所がないんじゃから」
「青透をここへ連れてきた人って……?」
「天狗だよ」
「天…狗……?」
「烏山の天狗。連れてこられたのは5歳の頃。実質拘束されたのは3年じゃけど、自由になってからも俺はここへ留まり続けた。もうここが俺の家」
気がつけば狭い社内の一番奥、入り口の反対側まで琴は移動していた。
小上がりまで来てしまうと青透に表面を取られてしまう。これはまずい。先ほど界人達を失神させた力を思い出す。同年代の男子とは思えない動きだった。
「青透は3年の間、ここで何をしとったん?体術?さっき界人達を投げ飛ばしたの、尋常な動きじゃなかった」
「あれも一つではある。でも教わったのはもっと大事な事」
「大事な事………」
「でも俺にとってはどうでも良かった。あれを使う気はない」
青透も小上がりに登ってきた。白透と同じ体格のはずなのに、どうしてか威圧感がある。自分が小さくなって見下されているかのような感覚になった。
「その大事な事を教える為に、天狗は青透を攫ったの?」
「そうだよ」
「白透じゃなくて、なんで青透だったん?双子でしょ?2人に教えちゃ駄目だったの?」
「俺は黒蛇憑きじゃから」
「黒蛇……憑き?」
疑問形で問う琴に、青透は呆れたような溜息を漏らした。
「何にも知らんな。仕方ないけど。琴がここに残るなら教えるよ?」
「なんであたしに残ってほしいん?青透が外に出るのんじゃ、だめなの?」
「言ったじゃろ?俺にとって外は意味ない世界だって」
「でも、外で一人暮らしすればいい。もう大人じゃし、できるじゃろ?」
「生活するのに金も仕事もいるのに?14年もここにいた俺がやっていけるって、本当に思っとる?」
ずいずいと歩み寄り、ついにあと数歩で琴に手が届く所まで来た。
まだ界人達は目覚めない。ピクリと動く様子もない。
「なんとかカバーするよ。あたしも界人も、おばあさんだって協力してくれるはず。あたしの家は豆腐屋だから、慣れるまでうちで働けばいい。ゆっくり慣れていけばいいじゃん」
「俺には何の魅力もない話。それよりも」
スッと青透の手が伸びて、琴の額に人指指を当てた。
「外界の記憶を飛ばしてここにいる方が早くない?忘れれば帰りたいとも思わんじゃろ?」
「なんで?なんであたしなん?」
「なんでじゃろ……。俺が昔連れてきた子じゃからかな。正直、誰でも良かったんじゃけど、一番物静かそうな琴が目に入ったから連れてきた。7歳の無力な女の子。ピーピー泣いてるだけの、五月蝿い子」
人指にグッと力が入る。琴はドキリとした。
呪いをかけられてしまっては、全て忘れてしまう。
それは嫌だ。せっかく大切なことを見つけたのに。
「今も非力なのは変わらんな。何も出来きず、頼れる者もなく、ただ追い詰められてるだけ」
額に添えられた指先が熱くなった。じわじわと熱が頭の中に伝わってくるのが分かり怖くなった。
思わず青透の手を振り払う。
すると青透が驚いた。
「あれ?動けるの?」
本当は動けないのだろうか?
しかし隙が出来たのはありがたかった。
琴は青透の横をすり抜けて界人の所へ走った。なんとか揺さぶって起こそう。
ダッシュして小上がりを降り「界人!」叫んだ所で横になぎ倒された。
「ぐぅ…!」
右肩をしこたま打った。
そのあと強引に腹ばいにされる。両手を後ろ手に握られて、膝が背中に乗るのが分かった。
「やっぱりこの簪付けてたか……。昔の人の力も馬鹿にできんな」
髪を纏めた簪を忌々しそうに見ている。
蛇の嫉妬を跳ね除けるだけではなかったようだ。
「まぁいいや」
一瞬両手の拘束を解くと今度は琴を仰向けにした。これも凄い力で、ダン!と音がなるほど叩きつけられる。
「かはっ……」
衝撃で息が詰まり、琴は呼吸がしづらくなった。ハカハカと意味のない音が出たあと、やっと短く呼吸できるようになる。
すると今度は激しく噎せた。背中を丸めてゴボゴボと咳き込むのを見て、
「ああ、そっか。女の子は弱いんだっけ。忘れてた。もっと加減しないとダメだな」
悪気もなくそう言った。
涙が出るほど咳き込んで、苦しげに呼吸をしている琴を見下ろしている。
数分するとやっと落ち着き視線を青透に向けると、琴の真上にまたがっていた。
「やっと治まった?脆弱だね、女の子って。大して力入れてないのに」
琴は背中がヒリヒリした。きっと打撲になったか、アサができていると思った。
「次からは気をつけるよ。ごめんね」
「次なんてさせないよっ。して欲しくない!」
「痛いのはキライ?」
「当たり前じゃん!」
「なら言う事聞いたほうがいいね?」
その言葉にゾッとした。
青透は恐怖と痛みで琴を支配しようと言うのか。
「そんな事で言いなりにさせて、楽しいの?」
「楽しいわけじゃないけど、痛みは有効な手段でしょ?交渉の一つだよ」
考え方が違いすぎる。
まるで話が通じない気がしてきた。
「青透……怖いよ――。あたしはそんな人の傍にはいたくない」
震える目で見てしまっのだろう、青透は目を見開いた。
「そんなに怯える?そっか……。ごめん…。そういうのよく分からないんだよな。これは脅迫になってた?」
頷くと、
「そうか……。そういうもんなのか……」
不思議そうに呟いている。
長く一人でいるせいで、倫理観や道徳心が育っていないようだった。
「琴が教えてよ。俺にはヒトの感覚がよく分からないんだよ。天狗は人間じゃないから、そこら辺は曖昧でさ。天狗同士だとさっきのやり方で話が進むんだけど。人間の場合はどうするの?」
琴は悩んだ。そんな事を悠長に話している時間はない。
筆にここへきて30分は経ったはずだ。外の世界で換算するとどれくらいになるのか。
「今は無理だよ。ここじゃ出来ない。青透が外に出てくれなきゃ、何も教えられない」
「なんで?」
「ここは外界と時間の流れが違う。あたしも行方不明扱いなっちゃう。それは困るの。どうしても帰らなきゃ」
「どうしても?」
「そうだよ。外に来てくれたら沢山教えてあげられる。正直、あたしも道徳心とか倫理観とか分かってるとは言えない部類の人間だけど……一緒に分かっていけばいいよ」
「一緒に………」
青透は考えていた。
なんとか説得できるかもしれない。少し希望の光が見えてきて、琴はさらに言葉を重ねた。
「うちの店で接客しながらコミュニケーションを取っていけば、なんとかやっていけるよ。お金の計算も出来るし、豆腐作りも見られるから社会科見学にもなるし……。悪くないでしょ?」
「琴の家に住んでいいってこと?」
「うーん…………。それは両親に聞いてみないと分かんない…」
「でも一緒にいてくれるの?」
「それは、青透がいいなら」
「結婚するってこと?」
「んん?」
発想がズレている。
思考順路が分からず、琴は困惑した。
「琴の家に一緒にいるって、そういうことでしょ?」
「えーと……そうとも限らないかな…」
「なんで?」
「なんでって…………。同居と居候の違い…かな」
「何が違うの?」
これはまずい。色々と説明が長くなりそうだった。なんでなんでに付き合っていたら、時間がいくらあっても足りない。
「それも含めて、外の世界で説明するから!とにかくここを出よ!」
青透は動かなかった。琴を見下ろしてじっと考えている。
頭もとで身じろぎする音がかすかに聞こえた。界人か白透が目覚めたようだ。
どちらどろうと首を巡らすと、2人とも少し動いている。
琴はホッとして表情が緩んだ。
あとは怪我が大したことなければいいのだが。
そう考えていると、太もものあたりに体重を感じた。
見ると青透が琴の上に座っている。
「青透?そこどいて。立てないよ」
しかし青透は琴の横で手をついて、完全に覆いかぶさってきた。じっと琴を見ている。
なんとも落ち着かない体勢に、琴はドギマギした。
「琴って女の子だよね?」
「は?」
今更な質問に首を傾げた。
「俺を攫った天狗が言ってた。おなごは希少だから、見つけたら番になれって」
「何、その天狗事情は!」
天狗は男が大半らしい。そう言えば、文献でも女天狗は見たことがなかった。
「いやいや!それは天狗の世界の話だよ!人間は男女ともに沢山いるから!外の世界にはあたし以外の女の子もいるから!」
「でも琴とは結婚できるでしょ?」
「それはできるけど!でも出来ない!」
「なんで」
また“なんで”。
「俺は琴がいいな。初めて喋った女の子だし、特別同じ経験してるし」
「そりゃ神隠しに遭ったもの同士だけど……。それだけで結婚は出来ないから!」
「そうなの?」
青透が顔を近づけてきた。
琴はグッと体を押したが、到底無理だった。体勢が悪すぎる。
「ちょっと青透!ほんとにどいて!」
ググっと全力で胸を押したが、
「それって抵抗してるの?嘘でしょ。なんの反抗にもなってないよ?」
と笑われてしまった。
青透は琴の手首を掴むと床に縫い付けた。
琴に残されたのは足だけだ。なんとか膝で蹴り上げようとしたが届かない。
その間にも青透はどんどん顔を近づけて、もう唇が触れそうだった。
琴は必死に顔を背けて足で床を叩いた。口を開けて叫んでは唇を塞がれた時、舌を入れられるかもしれない。そう思って固く唇を噤んだ。
青透の唇が琴の頬に触れる。ビクリとすると、
「琴って柔らかいね……。手も足もほっぺも。それにいい匂いがする」
うっとりするような声だった。
琴は本格的に嫌になり、さらに足を打ち付けた。
(怖い……!)
力も敵わなければ話も通じない。
どうしようもない無力さを感じた。でも抵抗は辞めたくない。身を任せるのだけは嫌だ―――。
すると急に青透が吹っ飛んで、派手な音を立てて床に転がる。
「琴っ!」
慌てた界人の声がして、グイッと体を起こされた。ギュッと抱きしめると、
「青透!何やってんだ!!」
社の中に怒号が響いた。
界人が目覚めていた。




