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ヨリカカリ  作者: 栢瀬 柚花


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33/40

白昼夢


 遠矢達は翌日も捜索に付き合ってくれた。

 琴と合流すると顔を見て皆が顔をしかめた。

「稲田さん、凄い顔色しとるよ?大丈夫?」

「酷いクマ……。寝てないの?」

「何か食べた?水分取ってる?」

 口々に心配の言葉をかけてくれたが、どれも琴の心には響いてこなかった。耳から耳へと抜けてしまう音に過ぎなかった。

「今日は帰って休んだら?俺達で動くから……」

 遠矢が気遣わしげに言ったが、琴は首を振った。

「そんなに疲弊して……家族も心配するよ?」

 

 琴自身も、こんなに心労が募ることに驚いていた。自身の中でこれもほどまでに界人が大きくなっているとは、考えてもみなかった。

「……じっとしてる方が辛いの………。探させて……」

 遠矢は渋い顔をしたが頷いてくれた。

 この日も日が沈むまで捜索が続いたが、事態に変わりはなかった。

 バイト先には琴がお詫びの電話を入れた。何とかクビにはされなかったが、必ず理由を報告に来るようにときつく言われた。

 

 夜は解読、昼は捜索。

 そんな日がもう2日続くと琴の意識は混沌とし始めた。ふらふらして真っ直ぐに立ってはいられず、逆に捜索の足手まといになった。

「稲田さんはもう離脱だよ。こんな状態だったらケガするよ!」

 とうとう界人の友人達から叱られ、自宅に連行されるように返された。

「少し休ませてやって下さい。これじゃあ入院になりますよ!」

 迎えた両親にそう言い残すと捜索隊は帰っていった。

「琴……」

 日を追うごとにどんどん顔色が悪くなる娘を見てきた母は、苦悶の表情を浮かべた。

「少し寝なさい。毎晩毎晩、電気付けて……知らない思ったの?」

 怒っていたが顔は泣いていた。

 父は何も言わず琴の腕を掴むと家に上げた。

「捜索の邪魔になって帰らされたんだろう?そんな顔してたら無理もないぞ」

 琴は反応しなかった。物が二重に見えてめまいがした。

「――お前の気持ちは分かるが、このままじゃと病院へ入院させることになるぞ。その方が嫌じゃろう?」

 頷きたかったが、頭を動かすとどうにも平衡感覚が保てなかったので、

「寝たくない……」

気力のない声で呟いた。

「きっと嫌な夢を見る………。一人にもなりたくない……」

「――そうじゃな」

 父は琴の頭を撫でた。

 小さい頃以来の手の感触だったが、触れられるとすぐに当時の事を思い出した。

「寝たくないの……。界人も白透も帰って夢をきっと見る……夢の中まで探すのは………、辛い」

 言葉すると気持ちも一緒に出てしまい、自然と涙が溢れた。

「見つからんかったら……どうし…よ……。もう会え…んかったら……」

 ヒックヒック嗚咽がもれた。

 母は琴を抱きしめた。

「今も皆が探してくれとる―――。琴は少しくらい寝て、またみんなの中に入ればいい……。まずは休みなさい。一緒にいてあげるから…………」

 母と一緒に自室へ行くと、カーテンを閉めて髪の簪も外してやると、琴をベッドに横にした。

「寝付くまでいてあげる」

 母はそう言うと、布団の上から琴の胸あたりをトントンと叩いた。

(小さい頃もよくこうしてもらった。懐かしい…)

「まだ朝何だから、ゆっくりしなさい。学校のことも今は気にしなくていいから…。今日はお店休みだし、いつ起きてもあたし達がいるからね。起きたら琴の好きなものを食べなさい。何がいい?」

「……卵焼き。甘いやつ。あとさつまいものみそ汁…」

「他には?」

「あんみつ……」

「準備しとく」

 

 朝の光がカーテンの隙間から僅かに入ってきて、かすかに生活音が聞こえる。

 今は夜じゃない。

 そう思うとひどく安心した。

 あれ程までに怖かった部屋の闇が、今は何とも思わない。

 僅かに溢れる光のせいか、昼間の喧騒のせいか、母が横にいるからか。

 どれが一番の要因なのか琴にも判然としなかった。

(目が覚めたら好きなものが食べられる…。そう言えば、今朝は何食べたっけ……。昨日の夜も……。思い出せない……)

 何かを口にしたはずなのに、その記憶がなかった。

 ぼんやりと思い出そうとしていると、ずっと訪れなかった眠気が心地のいい波のようにやってきた。

 頭の芯から痺れるような、体が重く暖かくなる穏やかな眠り――。

 いつの間にか琴は寝息を立てていた。



 琴は道に立っていた。

 いつの間に家を出たのだろう。

 あたりを見回すと、どうやら山本家の近くのようだった。

(そうだ。文献を調べに来たんだ)

 思い出して足を進めていると、山本家の門が見えた。しかしなぜかそちらよりも道の先が気になって、まず見に行ってみようと思い直した。

 進んでいくと斜面になって、その先に階段が見えた。草や苔が生えている古い階段だ。手入れがされていないらしい。

 20段ほどの石階段を上がっていくと社が見えた。社も古めかしいく、屋根には草が生えている。しかし縁側や障子は綺麗で、手入れされていると分かった。

 琴は界人と白透がいるはずと思い、障子を明けた。

 中は薄暗く、外の日差しがほとんど入らないようだった。床は美しく磨かれ艶のある木目が、僅かな光源しかない中でも分かるほど光っている。

 社の中には誰もいなかった。

 仕方なくもう一つの社に向かうと、中から声がした。少し言い争っているのか口調が荒い。

 揉め事だろうか。

 そうなら今覗かないほうがいい。

 そう考えて足を留めたが、言い争いは収まるどころか激しさをマシているようだった。内容まで聞こえてきそうで、やはり戻ろうかと迷っていると、ドン!という鈍い音が2回した。その後は恐ろしく静かになった。

 琴は緊張した。

 何かあったらしい。

 覗いたほうがいいだろうか……。

 しかし嫌な予感がする。

 障子を開けたら見たくない物を見てしまいそうで、気が進まなかった。

(やっぱり戻ろう)

 社をあとにして階段を探したが、どこにもなかった。

 そのうち迷って、社も見失ってしまった。

 山の遭難は危ない。

 早く帰ろう。

 そう思えば思うほど、景色はぼやけて目がショボショボした。不思議と目が開かなくなり、とうとう何も見えなくなった。

 動くことが怖くなりその場に座り込むと、

「何してるの?」

 誰かが声をかけてきた。

 どうやら小さい男の子のようだ。

「家に帰りたいの」

 いつの間にか自身も幼くなって、高い声でそう返事をした。

「ならこっちにおいでよ」

 男の子は琴の手を取り、どこかへ歩き始めた。まだ目は見えない。

 草をガサガサ倒しながら歩いているのが分かる。しかし不思議と怖くなかった。

「もうすぐお社に着くよ」

 草道から土道に変わり、整備された場所に出たのことが分かった。

「ここから階段だから気をつけて」

 琴は言われた通り、ゆっくりと足を持ち上げた。すると固い感触がした。足を乗せると木の板を踏んでいるようで、これが階段なのだと分かった。

 両手を持たれたまま階段を登ると、

「そろそろ目が見えるはずだよ」

 そう言われ目を開けると、確かにぼんやりと視野が戻っていた。

 そこは何もないガランとした部屋だった。

 神棚のようなのもがあるが、何も置かれていない。

「何にもないね」

「そうだよ。これから増えるんだ」

 楽しげに男の子はそう言った。

「琴は何を置きたい?」

 尋ねられたので、

「ご飯食べる机が欲しい。あとはお布団」

 答えると、

「そう言うのじゃなくて、琴が好きなものだよ。おもちゃとかお人形とか」

 少し笑われてしまった。

 琴は考えて、

「本がいいな。綺麗なお花とか植物が載ってる本」

「うーん、あるかなぁ」

「君は何を置くの?」

「僕は〇〇だよ」

「えっ?」

「〇〇」

 その言葉がどうしても聞き取れなかった。

「分かんない」

「いいよ。そのうち分かるから。琴はここにいるんだよ。僕と一緒に」

 にっこり言われた。

 琴は意味が分からず、

「なんで?」

 尋ねた。

「もうここが琴の家だから」

「でも机も布団もないよ。お風呂もないし、お父さんとお母さんもいない」

「大丈夫だよ」

 何が大丈夫なのか、琴には分からなかった。

「あたし、帰りたいよ」

 男の子にそう言ったが、聞こえないふりをされた。

「ねぇ、あたし帰りたい」

 袖を引っばると「なんで?」冷たい声で言われた。

 まるで怒ったようたったが、

「だって帰りたいもん」

 怯まずに言った。

「ダメだよ」

「なんで?」

 答えてくれなかった。

「慣れれば平気だよ」

 そんな事はない、琴はそう強く思ったので

「嫌だ。帰る!」

 掴んだ袖を離して障子のある扉に向かうと、手を掴まれた。

「行かせない」

 何とか離してもらおうとしたが、それがひどく強い力で振りほどけなかった。

「やだよ!離して!」

 しばらくそのやり取りで膠着していると、

「琴、ここを出るよ」

 声がした。

 振り返ると界人がいた。

 何故かボロボロで頭から血を流している。

「界人?」

 成長した琴が呆然と界人を見た。

「帰ろう。皆待ってる」

 そちらに行きたかったが、まだ腕を掴まれたままだった。

 琴は何とか界人に手を伸ばした。界人も限界まで手を伸ばしている。

 どうにか指先と指先が触れた。

 界人の体温が感じられた。

 あと少し………もう少しで掴める―――。


 そこで目が覚めた。

 琴は今見た夢を僅かに覚えていたが、瞬きするたびに忘れていき、2分もしないうちに思い出せなくなった。

「――なんか変な夢……」

 顔を外に向けるともう夕方だった。かなり眠っていたようだ。15分ほど布団の中でこれゴロゴロしていたが、やがて起き出し居間へ行った。

「起きたか」

 夕方のニュースを見ていた父が娘の顔を見て、

「スッキリしたな」

 と微笑んだ。

「お腹空いてる?」

 台所から母が顔をのぞかせる。コクリと頷くと、

 机にさつまいものみそ汁、ご飯、卵焼き、唐揚げ、煮物が並んだ。

「多くない?」

「たまにはいいでしょ」

 3人が座ると「いただきます」のあと箸がそれぞれの器に伸びる。

「あんみつもあるよ。求肥と桃が入ったやつ」

 琴は久々に味のある物を食べた気がした。

「……美味しい」

「当たり前じゃん。お母さんの料理が不味かったことある?」

「あるよ。ローストビーフ焦がしたじゃん」

「ちゃんと削ったでしょ」

「苦かったし硬かった」

「悪かったな」

 いつもの家族の会話。父が入ってくることは滅多にないが、これが普通。

 琴は頭も気持ちもスッキリしていた。 

(明日、また捜索に参加しよう。迷惑かけた皆には謝らんと)

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