白昼夢
遠矢達は翌日も捜索に付き合ってくれた。
琴と合流すると顔を見て皆が顔をしかめた。
「稲田さん、凄い顔色しとるよ?大丈夫?」
「酷いクマ……。寝てないの?」
「何か食べた?水分取ってる?」
口々に心配の言葉をかけてくれたが、どれも琴の心には響いてこなかった。耳から耳へと抜けてしまう音に過ぎなかった。
「今日は帰って休んだら?俺達で動くから……」
遠矢が気遣わしげに言ったが、琴は首を振った。
「そんなに疲弊して……家族も心配するよ?」
琴自身も、こんなに心労が募ることに驚いていた。自身の中でこれもほどまでに界人が大きくなっているとは、考えてもみなかった。
「……じっとしてる方が辛いの………。探させて……」
遠矢は渋い顔をしたが頷いてくれた。
この日も日が沈むまで捜索が続いたが、事態に変わりはなかった。
バイト先には琴がお詫びの電話を入れた。何とかクビにはされなかったが、必ず理由を報告に来るようにときつく言われた。
夜は解読、昼は捜索。
そんな日がもう2日続くと琴の意識は混沌とし始めた。ふらふらして真っ直ぐに立ってはいられず、逆に捜索の足手まといになった。
「稲田さんはもう離脱だよ。こんな状態だったらケガするよ!」
とうとう界人の友人達から叱られ、自宅に連行されるように返された。
「少し休ませてやって下さい。これじゃあ入院になりますよ!」
迎えた両親にそう言い残すと捜索隊は帰っていった。
「琴……」
日を追うごとにどんどん顔色が悪くなる娘を見てきた母は、苦悶の表情を浮かべた。
「少し寝なさい。毎晩毎晩、電気付けて……知らない思ったの?」
怒っていたが顔は泣いていた。
父は何も言わず琴の腕を掴むと家に上げた。
「捜索の邪魔になって帰らされたんだろう?そんな顔してたら無理もないぞ」
琴は反応しなかった。物が二重に見えてめまいがした。
「――お前の気持ちは分かるが、このままじゃと病院へ入院させることになるぞ。その方が嫌じゃろう?」
頷きたかったが、頭を動かすとどうにも平衡感覚が保てなかったので、
「寝たくない……」
気力のない声で呟いた。
「きっと嫌な夢を見る………。一人にもなりたくない……」
「――そうじゃな」
父は琴の頭を撫でた。
小さい頃以来の手の感触だったが、触れられるとすぐに当時の事を思い出した。
「寝たくないの……。界人も白透も帰って夢をきっと見る……夢の中まで探すのは………、辛い」
言葉すると気持ちも一緒に出てしまい、自然と涙が溢れた。
「見つからんかったら……どうし…よ……。もう会え…んかったら……」
ヒックヒック嗚咽がもれた。
母は琴を抱きしめた。
「今も皆が探してくれとる―――。琴は少しくらい寝て、またみんなの中に入ればいい……。まずは休みなさい。一緒にいてあげるから…………」
母と一緒に自室へ行くと、カーテンを閉めて髪の簪も外してやると、琴をベッドに横にした。
「寝付くまでいてあげる」
母はそう言うと、布団の上から琴の胸あたりをトントンと叩いた。
(小さい頃もよくこうしてもらった。懐かしい…)
「まだ朝何だから、ゆっくりしなさい。学校のことも今は気にしなくていいから…。今日はお店休みだし、いつ起きてもあたし達がいるからね。起きたら琴の好きなものを食べなさい。何がいい?」
「……卵焼き。甘いやつ。あとさつまいものみそ汁…」
「他には?」
「あんみつ……」
「準備しとく」
朝の光がカーテンの隙間から僅かに入ってきて、かすかに生活音が聞こえる。
今は夜じゃない。
そう思うとひどく安心した。
あれ程までに怖かった部屋の闇が、今は何とも思わない。
僅かに溢れる光のせいか、昼間の喧騒のせいか、母が横にいるからか。
どれが一番の要因なのか琴にも判然としなかった。
(目が覚めたら好きなものが食べられる…。そう言えば、今朝は何食べたっけ……。昨日の夜も……。思い出せない……)
何かを口にしたはずなのに、その記憶がなかった。
ぼんやりと思い出そうとしていると、ずっと訪れなかった眠気が心地のいい波のようにやってきた。
頭の芯から痺れるような、体が重く暖かくなる穏やかな眠り――。
いつの間にか琴は寝息を立てていた。
琴は道に立っていた。
いつの間に家を出たのだろう。
あたりを見回すと、どうやら山本家の近くのようだった。
(そうだ。文献を調べに来たんだ)
思い出して足を進めていると、山本家の門が見えた。しかしなぜかそちらよりも道の先が気になって、まず見に行ってみようと思い直した。
進んでいくと斜面になって、その先に階段が見えた。草や苔が生えている古い階段だ。手入れがされていないらしい。
20段ほどの石階段を上がっていくと社が見えた。社も古めかしいく、屋根には草が生えている。しかし縁側や障子は綺麗で、手入れされていると分かった。
琴は界人と白透がいるはずと思い、障子を明けた。
中は薄暗く、外の日差しがほとんど入らないようだった。床は美しく磨かれ艶のある木目が、僅かな光源しかない中でも分かるほど光っている。
社の中には誰もいなかった。
仕方なくもう一つの社に向かうと、中から声がした。少し言い争っているのか口調が荒い。
揉め事だろうか。
そうなら今覗かないほうがいい。
そう考えて足を留めたが、言い争いは収まるどころか激しさをマシているようだった。内容まで聞こえてきそうで、やはり戻ろうかと迷っていると、ドン!という鈍い音が2回した。その後は恐ろしく静かになった。
琴は緊張した。
何かあったらしい。
覗いたほうがいいだろうか……。
しかし嫌な予感がする。
障子を開けたら見たくない物を見てしまいそうで、気が進まなかった。
(やっぱり戻ろう)
社をあとにして階段を探したが、どこにもなかった。
そのうち迷って、社も見失ってしまった。
山の遭難は危ない。
早く帰ろう。
そう思えば思うほど、景色はぼやけて目がショボショボした。不思議と目が開かなくなり、とうとう何も見えなくなった。
動くことが怖くなりその場に座り込むと、
「何してるの?」
誰かが声をかけてきた。
どうやら小さい男の子のようだ。
「家に帰りたいの」
いつの間にか自身も幼くなって、高い声でそう返事をした。
「ならこっちにおいでよ」
男の子は琴の手を取り、どこかへ歩き始めた。まだ目は見えない。
草をガサガサ倒しながら歩いているのが分かる。しかし不思議と怖くなかった。
「もうすぐお社に着くよ」
草道から土道に変わり、整備された場所に出たのことが分かった。
「ここから階段だから気をつけて」
琴は言われた通り、ゆっくりと足を持ち上げた。すると固い感触がした。足を乗せると木の板を踏んでいるようで、これが階段なのだと分かった。
両手を持たれたまま階段を登ると、
「そろそろ目が見えるはずだよ」
そう言われ目を開けると、確かにぼんやりと視野が戻っていた。
そこは何もないガランとした部屋だった。
神棚のようなのもがあるが、何も置かれていない。
「何にもないね」
「そうだよ。これから増えるんだ」
楽しげに男の子はそう言った。
「琴は何を置きたい?」
尋ねられたので、
「ご飯食べる机が欲しい。あとはお布団」
答えると、
「そう言うのじゃなくて、琴が好きなものだよ。おもちゃとかお人形とか」
少し笑われてしまった。
琴は考えて、
「本がいいな。綺麗なお花とか植物が載ってる本」
「うーん、あるかなぁ」
「君は何を置くの?」
「僕は〇〇だよ」
「えっ?」
「〇〇」
その言葉がどうしても聞き取れなかった。
「分かんない」
「いいよ。そのうち分かるから。琴はここにいるんだよ。僕と一緒に」
にっこり言われた。
琴は意味が分からず、
「なんで?」
尋ねた。
「もうここが琴の家だから」
「でも机も布団もないよ。お風呂もないし、お父さんとお母さんもいない」
「大丈夫だよ」
何が大丈夫なのか、琴には分からなかった。
「あたし、帰りたいよ」
男の子にそう言ったが、聞こえないふりをされた。
「ねぇ、あたし帰りたい」
袖を引っばると「なんで?」冷たい声で言われた。
まるで怒ったようたったが、
「だって帰りたいもん」
怯まずに言った。
「ダメだよ」
「なんで?」
答えてくれなかった。
「慣れれば平気だよ」
そんな事はない、琴はそう強く思ったので
「嫌だ。帰る!」
掴んだ袖を離して障子のある扉に向かうと、手を掴まれた。
「行かせない」
何とか離してもらおうとしたが、それがひどく強い力で振りほどけなかった。
「やだよ!離して!」
しばらくそのやり取りで膠着していると、
「琴、ここを出るよ」
声がした。
振り返ると界人がいた。
何故かボロボロで頭から血を流している。
「界人?」
成長した琴が呆然と界人を見た。
「帰ろう。皆待ってる」
そちらに行きたかったが、まだ腕を掴まれたままだった。
琴は何とか界人に手を伸ばした。界人も限界まで手を伸ばしている。
どうにか指先と指先が触れた。
界人の体温が感じられた。
あと少し………もう少しで掴める―――。
そこで目が覚めた。
琴は今見た夢を僅かに覚えていたが、瞬きするたびに忘れていき、2分もしないうちに思い出せなくなった。
「――なんか変な夢……」
顔を外に向けるともう夕方だった。かなり眠っていたようだ。15分ほど布団の中でこれゴロゴロしていたが、やがて起き出し居間へ行った。
「起きたか」
夕方のニュースを見ていた父が娘の顔を見て、
「スッキリしたな」
と微笑んだ。
「お腹空いてる?」
台所から母が顔をのぞかせる。コクリと頷くと、
机にさつまいものみそ汁、ご飯、卵焼き、唐揚げ、煮物が並んだ。
「多くない?」
「たまにはいいでしょ」
3人が座ると「いただきます」のあと箸がそれぞれの器に伸びる。
「あんみつもあるよ。求肥と桃が入ったやつ」
琴は久々に味のある物を食べた気がした。
「……美味しい」
「当たり前じゃん。お母さんの料理が不味かったことある?」
「あるよ。ローストビーフ焦がしたじゃん」
「ちゃんと削ったでしょ」
「苦かったし硬かった」
「悪かったな」
いつもの家族の会話。父が入ってくることは滅多にないが、これが普通。
琴は頭も気持ちもスッキリしていた。
(明日、また捜索に参加しよう。迷惑かけた皆には謝らんと)




