琴の懇願
界人と連絡がつかない。
そう思い出したのはいつも界人が迎えに来てくれる時間を30分過ぎた頃だった。
LINEの既読がつかない。
電話にも出ない。
白透と同じ状況に、琴は強い不安に駆られた。最初は辛抱強く家で待っていたが、居ても立ってもいられず界人のマンションまで行った。
しかし鍵がかかっており入れなかった。
仕方なく家に戻ってまた電話したが、一向に通じない。
(絶対におかしい。今までこんな事1回もなかった)
繰り返し電話したが結果は同じ。
琴は無意味にスマホを見つめた。何度も家の外に出て待ち合わせ場所に行っては引き返しを何度も繰り返した。
明らかに動揺している娘を両親も心配して、
「界人くん、連絡つかんの?」
母が声をかけてきた。
「うん……。今朝から全然既読がつかん。電話にも出んし……。こんな事1回もなかった……」
琴の心臓はずっと早鐘を打っていた。こんなにも心張り裂けそうになったことはない。
「大学に行ってみる。あとは界人のバイト先」
立ち上がった琴に父がすかさず、
「夕方には帰ってこい」
と言ったが、琴は頷かなかった。
大学に走ると遠矢を探した。
界人の一番の友人。何か知っているかもしれない。
ちょうど講義の合間で、大講義場に遠矢はいた。何人か見覚えのある顔もある。
「池田くん、界人知らない?」
挨拶もなく開口一番、そう聞いた。
普段から接点は多くない琴が、息を切らしていきなり話しかけてきたのだ。少し驚いていたが、
「界人?いや。今日も昨日も見てない」
すぐに返事をくれた。
明らかに落胆する琴を見て何かを察したのだろう。
「界人に何かあったん?」
怪訝そうな顔で尋ねられた。
「連絡がつかん……。電話にも出ないし……。こんな事1回もなかった」
琴はまたスマホを取り出して電話した。
もう何回聞いたかも分からない呼び出し音が耳に入ってくる。
しかし自動音声が流れ『おかけになった電話をお呼びしましたがお出になりません』とアナウンスが流てくるだけだった。
「やっぱり出ない…………」
「それっていつから?」
「今朝じゃけど……」
そう言うと、後ろから「ならまだ寝てるんじゃない?」と声が飛んできた。
朝から数時間連絡がつかないだけで大袈裟な、というニュアンスが伝わってくる。
「そうじゃけど…そうじゃない」
決してただ事ではない。琴はそう確信していたが、詳細を知らない皆からの視線は真剣でなかった。
「心配しすぎでしょ?」
「昔の自分と同じ神隠しにあったとか思ってる?」
クスクス笑う声が小さくする。
琴はまさにそう考えていた。白透と界人も神隠しにあったのだ。
他に2人が行方をくらます理由がない。
もちろんそんな事は言えないが。
眉間にシワを寄せるだけの琴を見て心ない言葉に怯んだと思ったのか、
「おい、そんなこと言うな」
と遠矢は友人を制した。
「稲田さん。界人と最後にいつ会ったん?」
「……昨日の夜」
「変わった様子は?」
「なかった……。昨日は講義休んだから、今日は一緒に行こうって話して………。でもいつもの時間になっても待ち合わせ場所に来ないし、LINEも既読にならん。電話にも出ない……。マンションにも行ったけど鍵掛かってた……」
「いや、それって拒否られてるだけじゃない?」
後ろの方でコソコソ言う声がする。明らかにこの状況にある琴を見て面白がっているようだった。
琴は説得しようなんて考えなかった。
この手の人間には何を言っても無駄だ。説得するだけの時間が惜しい。
「別れる前、池田くんに頼みたいことがあるって言ってた。何か連絡きた?」
「いいや」
また気持ちが沈んだ。
(界人はまだ話してないのか……)
事前に話しをしてくれていればすぐに行動に移せたかもしれない。
しかし琴の言葉ではダメだろう。そこまでの関係を遠矢と築いていない。ここにいる他の人ともだ。
ずっと人間関係を豊かにする努力を怠ってきた。
そのツケが回ってきた。
琴はそう思った。
普段の会話も日常的な挨拶でさえろくにしてこなかった。ずっと1人を選んで進んできた代償だ。
(ツケならあたしに回ってくればいいのに……。界人まで巻き込まんでほしかった)
琴は過去の自分を殴りたくなった。
悔しかった。
何も出来ない、非力でちっぽけな自分が嫌だった。
「鷹取くん、稲田さんから逃げたんじゃない?」
「そっとしといてあげたら?」
誰が言ったのかは分からない。しかし琴は自分を見つめる人達に向かって言った。
「界人は嫌な時、堂々とそう言ってくれる。あなたたちみたいにコソコソなんてしない」
琴は他人に興味を示さない。そう思っていた人達から驚きの声が上がった。反論されるとは考えてなかったのだろう。
確かにこれまでの琴ならそうだった。
しかし今は違う。
「界人はずっと優しかった。嫌な事はしないし、あたしが不快に思ってないかちゃんと聞いてくれる。あたしと付き合うのが嫌なら勝手に居なくなったりせずに、きちんと言葉にしてくれたはず。界人の事を分かったようにいわないで」
皆言葉を失って琴を見た。声を上げて茶化した者たちだろう、視線を落として気まずそうにしている。
(ここにいても無駄だ。界人の事は何も分からない)
そう思って踵を返した。
大講義室を出ると早足で人波に逆行して進んだ。
山本家に、白透のおばあさんに連絡しなくては。
何かあったら連絡する約束だ。界人が行方不明になった事にショックを受けるだろうが、伝えないわけには行かない。
(大学構内を出たらすぐに電話しよう。ここは賑やか過ぎる)
走り出そうとし所に「稲田さん!」大声で名前を呼ばれた。
遠矢だった。
息を切らして走ってくる。他にも数人がその後ろをついきているのが分かった。
「界人は俺になんの頼みをしようとしてたか、知っとる?」
どうやら荷物も全て持ってきたようだ。重そうに鞄を地面に置いて、遠矢は整わない息をしながらそう尋ねた。
「――人探しを手伝ってもらおうとしてた」
「人探し………」
遠矢はじっと琴を見た。
きっと沢山の質問が来るだろう。
琴が構えると、
「そうか。人探ししてるうちに界人も探される側になったんか。困ったやつじゃな」
そう言った。
「おまけに彼女にもこんな心配かけて。界人を見つけたら叱っとくわ」
仕方ない奴だとばかりに嘆息すると、スマホを取り出して電話を始めた。
どうやら界人にかけているようだ。
「――ほんまに出んな。この時間あいつは絶対に出るし、出られなかったとしてもメッセージは送ってくるからな。やっぱりおかしいと俺も思う」
遠矢はうーんと考えると、
「界人が行きそうな場所に心当たりはないん?」
琴に尋ねた。
しかし、
「探してくれるの?その前に、あたしの言葉を信じるの?」
そう聞いてしまった。
「さっきいた皆は信じなかった」
「彼奴等は界人の事、よく知らんのんよ」
遠矢は肩をすくめた。
「付き合いが浅い奴ばっかりが色々と言ってただけ。稲田さんは気にせんでいいよ」
後ろに立っている人達も頷いている。
「界人が俺に頼み事をしてくる時は、いっつも困ってどうしようもない時だけ。余っ程切羽詰まって身動き取れない時しか頼ってこんから。じゃから、界人からの頼み事はきくって決めとる」
遠矢は鞄を肩に掛け直した。
「界人の状況、詳しく教えて」
琴たちは中庭のオープン席に座った。講義が開始になったので周辺にはほとんど人がいない。ここなら変に盗み聞きされることもない。
「界人は昨晩の20時に稲田さんの家を出た。そこで朝、一緒に大学行く約束をした。今日からバイトに行くとも言ってた」
琴は頷いた。
遠矢の他に4人が真剣に話しを聞いてくれている。
「それで?界人が探してた人は何日行方不明なん?」
「2日……。でも界人と同じで勝手に消えたりする人じゃないの………。周りに心配かけたりする性格じゃない。あたしも界人もおかしいと思って、昨日は1日中探し回った」
「そうか……。すでに2人が行方不明になっとるんじゃな。俺らは1人目の顔を知らんから手助け出来んけど、界人の捜索はするよ」
俺達。
そのセリフに琴は「皆探してくれるの?」と目の前の5人を見た。
「当たり前じゃん。興味本位だけで遠矢について来たと思った?」
一番端にいる男子がそう言った。
「入学当初から友達じゃから。稲田さんのことも界人から聞いとるよ。片思いが叶った!ってテンション高く報告された」
今度は遠矢の左隣の女子が言った。
「界人は恋バナとかせんもんな。でも稲田さんと付き合いだした時は嬉しそうだったよ。ほんまに好きなんじゃなって、分かりやすかった」
「そうそう。稲田さんに接近するためにあんこ同好会にも入っとったし」
それは初耳だった。てっきり興味があると思っていたのに。
「界人を探すならどこに行けばいい?」
「道通神社と黒羽神社の間。きっとそこだと思う」
即答した琴を疑いもせず、5人は頷いた。
「なら早速行こう。もし昨日の夜から行方不明なんだとしたら、低体温症になっとるかもしれん」
早速立ち上がった5人がとても心強かった。言葉にしきれない感謝の思いが琴の中に溢れ、思わず目が潤んだ。
「ありがと……皆―ほんまに本当にありがとう」
琴は頭を下げた。
「泣かんでよ。俺達が稲田さんを泣かせたって界人に知られたら、睨まれるだけじゃ済まんから」
「元はと言えば界人が行方不明になったせいじゃから、皆が泣かせた事にはならんよ」
琴は笑った。
「それもそうか。早く界人を見つけて説教してやらんとな」
琴は白透の祖母に連絡を入れたあと、早速5人を道通神社に案内した。そして黒羽神社までの山の沿いを歩いた。声を出して捜索したが返事はなく、姿もなかった。
黒羽神社に到着すると高杉宮司に取り次いでもらった。白透の捜索で繰り返し顔を覗かせていたので、巫女からも顔を覚えられていた。
宮司に界人のことを尋ねたが、やはり知らなかった。
「鷹取くんも行方が分からないのですか?」
立て続けに最近知り合った若者2人が失踪したため、かなり驚いていた。
「もし何か思い出したり分かった事があれば、ここに連絡を頂けますか?」
琴は自宅の電話番号を渡した。
紙を受け取りながら高杉宮司は難しい顔をしていたが、何も言わなかった。琴が遠矢達の元へ帰ろうとした時、
「あの…稲田さん」
呼び止められた。
「2人が見つかったあとでかまいませんので、お時間を頂けますか。お話したいことがあります」
琴は訝しんで顔をしかめた。もうレポートは提出している。宮司からの話は必要なく、思い当たる節がなかったのだ。
「この神社に保管されている文献についてです。きっとお役に立てるはずなので」
「……それは大学での勉学とは関係なく、という意味ですか?」
「はい。この神社と天狗、蛇に関することです。3人に聞いていだきたい」
きっと今回の失踪と関連ある話だ。
琴は直感的にそう思った。
「分かりました。必ず3人で聞きに来ます」
琴は頭を下げると黒羽神社をあとにした。
全員で再び道を戻り、道通神社まで帰ってきたがなんの手がかりもなかった。道通神社境内にも足を運んだが、変わらず少しめまいがするだけだった。
結局夕方になっても進展はなく、
「明日はもう少し範囲を広げてみよう」
ということになり、解散となった。
1人とぼとぼと自宅がに帰ると、帰宅を待っていた両親が玄関まで飛んできた。しかし琴の顔をみるなり無言になり、覇気のない声で「お帰り」と言っただけだった。
琴は返事をすることもなく自室に下がるとベットに突っ伏して泣いた。
どうしょうもなく不安で不安でたまらなかった。
これから長い夜を迎えるのか怖かった。
きっと寝れない。
眠れば嫌な夢を見るだろうと思えた。このまま夜の街には出て探す続けるほうが、眠るより余程心に健全であるとさ思えた。
晩ごはんに呼ばれたが、何もいらないと返事だけした。早々に風呂に入ると和綴じ本を開いて解読した。
とにかく何かしていたい、考えていたい。
止まると心がどうにかなってしまいそうだった。
作業は明け方まで続いて、5時過ぎに少し微睡んだだけで朝を迎えた。
外が明るくなると心が落ち着いた。
界人を探しに行ける。
それしか思わなかった。




