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ヨリカカリ  作者: 栢瀬 柚花


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30/40

動揺と後悔


 その一報が入ったのは、夜のことだった。

 突然界人が尋ねてきたのだ。

 お風呂に入ったあとだった琴は、玄関チャイムの音を聞いた。対応したのは父で、

「こんな時間になんだ?」

 と声がした。しかし怒っているというよりは困惑が大きい様子だったので、琴は玄関を覗いた。

 そこには息を切らした界人が立っていた。

「界人?こんな時間にどしたん?」

 どう見ても軽装でいつも持っている鞄もなく、上着だけを引っ掴んで出てきた。そんな様子に見えた。

「……白透…………来てない?」

 ハァハァと肩で息をしなが、切れ切れにそう尋ねた。

「いや、見てない」

 ふるふるとと首を振ったことは不安が風船のように膨らむのが分かった。

「何かあったん?」

「帰って来てない………。おばあさんから連絡あって……どこで解散したんかって確認の電話がきた」

 てっきり琴に会いに来たのかと考えていた父の表情が変わった。

 琴は父を押しのけて界人に詰め寄る。

「今日も一緒におったんじゃろ?いつ別れたん?」

「夕方。いつも通りの場所で別れて……。そこからは知らん。てっきり帰ってると思っとったから……」

 界人はスマホを取り出す。

「さっきから電話しとるけど出ん。メッセージも既読つかんし……。GPSついとるから検索したけど、ずっと山の中を指しとる。一つの場所から動いてない。でもそこに行っても何もないんよ。暗いから見えないって可能性もあるけど……」

「こんな季節じゃもんな……。寒いしあんまり悠長にしてられん」

 琴は上着を取ってこようと踵を返しかけたが、界人にがしっと腕を掴まれた。

「琴は外に出ちゃダメだ」

「なんで!?」

「当たり前じゃろ?女の子がこんな時間に一人外に出て、山に行くなんて許可できるわけないじゃろ!」

 珍しく強い口調で言われたが、琴はキッと言い返した。

「ならなんでここに来たんよ?一緒に探して欲しいからじゃろ!」

「違う!もしかしたら白透が来とるかもしれんと思ったからじゃ。あと、直接伝えんと琴が怒るだろうと思ったからよ」

 うっと言葉に詰まった。直接聞かなければ、きっと怒って界人に詰め寄っただろう。

 界人は父の方を見た。

「俺は少し捜索を続けます。琴が勝手に外に出ないように、お願いします」

 父はじっと界人を見つめたあと、

「分かった」

 短く返事をすると界人と同じように琴の腕を掴んだ。

 それを見てホッとしたような表情をすると、あっさりと琴の腕を離して玄関扉に手をかける。

「界人も必ず連絡して!」

 界人が外へ出てしまう前に、琴はその背中に声を掛けた。

「帰った時と外に出る時、必ずLINEして!絶対だからね!」

「分かった」

 界人は手を振って返事をすると、稲田家をあとにした。

 顔は見せてくれなかった。


 その夜は全然寝付けなかった。父が玄関に鍵をかけて両親の寝室にしまってしまい、琴はどうする事も出来なかった。無理やり窓から出ていくことも出来たが、ゴソゴソしているうちに両親に見つかるだろう。

「白透…………」

 布団の中では丸まって震えたが、白透は寒空の下にいると思うとこんなぬくぬくした環境にいる自分が嫌になってきた。

 界人は23時まで捜索していたようだが、ついに見つけられなかったとLINEがきた。


 翌日はどうしても大学に行く気になれず、琴は初めて講義を休んだ。朝から白透の捜索のため界人と合流したが、両親は咎めなかった。

 山本家に行くとふらふらになった祖母が二人を出迎えた。痛々しいまでに憔悴していた。

「警察には届けた……。2人はあまり根を詰めるな。元はと言えばわたしのせいなんじゃから…………」

「そんな事言わないでください。あたし達も探しますから!」

「GPSの反応はずっと動いていないんです。ここに行ってみます。スマホだけでもあれば手がかりになるはず」

「直に警察が来て事情を聞かれるじゃろう。きっと大々的には捜索してくれんと思う……。年ごろの青年の失踪じゃ……家出と言われるじゃろ」

「そんな!」

 琴は愕然とした。

「そういうもんじゃ。雪山や登山中での遭難ならいざ知らず、自宅からここまで近い距離での行方不明……。家出と言われても仕方ない」

 その言葉も表情もすでに諦めているようで

「……諦めるんですか?青透の時と同じように」 

琴は思わず言葉を強くした。

「琴!」

 あまりな言い方に界人が思わず琴を睨んだ。

「いや、いい。そう思われても仕方ないことじゃからな……」

 怒ることもなく祖母が言うと、琴を真っ直ぐに見た。

「白透のことは諦めたくない。じゃけどお前たち2人の身も案じておる。何かあれば親御さんに申し訳が立たん……」

 琴は言葉に詰まった。

「稲田の両親も、青透の子細までは知らんのじゃろ?なら尚の事、お前さんを巻き込むわけにはいかん。白透と青透と同じようにお山に連れて行かれたなら……青透と同じかもしれん。わたしも探すが限界がある。体力もなければ体もついてこんからな……。じゃけども探す。探し続ける――」

 目に固い意思が見て取れた。炎のような強い輝きが見えた気がした。

「2人に探すなとは言わん。何か分かれば連絡をくれ。わたしも何か手がかりを掴んだら連絡しよう。ただし、無理だけはするな。頼むから、無茶はするな……。もう若者が消えるのはごめんじゃからな……」

 祖母は琴と界人の手を掴みそう言った。老人の温かく柔らかい手は強い力で掴んできた。

「約束してくれるな?」

「俺も琴も、引くべき時は分かってます。往生際は悪いかもしれませんけど。今できることをするだけです」

 界人がハッキリとそう言うと、琴も頷いた。

 祖母はそれぞれの目をしかと見て、

「今の言葉、聞いたぞ。忘れるな」

 そう言って手を離した。

 


 2人が山本家を出ると、早速GPSが示す場所へと向かった。

 道通神社近くの山の中で、そこには何もなかった。目印も落とし物も。

「おかしいな……。場所は確かにここなんじゃけど……」

 界人は何度も場所を確認したが、間違いなくここだった。

「何も無さそう……。最後に会った時、白透は何か言ってなかったん?」

「何も……。いつも通り別れた」

 あの祖母思いの白透が無断で外泊するなどありえない。あんなにも連絡した琴と界人のメッセージを読みもしないなんて、おかしすぎた。絶対に何かあったはず。その確信があるのに手がかりは何もない。

「おばあさん、お山に連れて行かれたって言ってた。あれって神隠しのことかな……?」

「そうかもな。じゃけど手がかりが何もない。突然消えたように思えるくらい………」

「白透の意志とは関係ないってことかな……」

「神隠し自体がそうじゃもんな。行きたくてうなったわけじゃない」

 もしこれが神隠しなら、白透の居場所を見つけるの困難だ。

 琴は初めて、過去に神隠しにあった記憶がないことを悔やんだ。何か覚えていれば手がかりになったかもしれないのに。

「とにかくここに手掛かりがない以上、留まっても仕方ない。黒羽神社の方面まで行ってみよう」



 2人はほぼ1日をかけて探し回った。

 黒羽神社の高杉宮司にも尋ねたが何の情報も無かった。

 夕方、再び山本家を訪れたが警察からの情報もないと言われてしまった。

 日が傾きあたりが薄暗くなると、肩を落として帰路についた。界人は琴を家まで送ってくれ帰ろうとしたが、琴はその手を離したくなかった。

「ご飯食べていってよ。1人だとしんどいでしょ?」

 界人は何も言わなかった。静かに頷くと稲田家に入り琴が両親に説明する間、玄関で待っていた。

 母もあの父でさえも嫌かな顔はしなかった。

 居間に通されると、界人は促されるまま座卓の前に座った。

「疲れたでしょ?少しのんびりしていき」

 母が優しく声をかけると会釈だけ返した。

 カチャカチャと食器や箸を準備するのを呆然と眺めている界人に、父が尋ねた。

「随分と消沈しとるな」

「友人が消えればこうなります」

 珍しく声が荒い。無理からぬことだが、琴は少しハラハラして父を見た。

「俺が最後に一緒にいた。ちゃんと白透を家に入るのを見届ければ良かった……」

 悔しげに拳を握っている。

 きっと何度もそう考えたのだろう。目の下のクマをみれば界人もろくに寝付けなかったのだと分かる。

 琴は界人の手に自分の手を重ねた。

「そこまで深く後悔せんで……。家まで見送ったとしてもまた外に出たかもしれん。白透はよく先走って動いとったし、何かに気がついて少し行ってみようとか考えたかも」

「位置情報は出るのにスマホが見つからん。そんな事ある?昨晩からずっと同じ場所を示してるのに何もない。スマホだけが落ちてるわけでもなかった……。まるで同じ場所の違う空間にいるみたいに…。そんな違和感がある」

 それは琴も考えた。時間飛ばしにあったあの場所の付近だ。時間や時空に歪みがあってもおかしくないないように思えた。

「そこまで不可思議な状況なんか?」

 珍しく父が界人に話し掛けた。

「はい。違和感しかないんです。白透は勝手に消えたりしない。小まめに連絡をくれるし、突拍子がないことをしても後から必ず教えてくれる。今までもそうだった」

 きっと青透捜索中のやり取りで色々あったのだろう。琴の知らない、白透とやり取りを重ねてきた界人だけの感覚だ。

「白透の予想外に何か起こった。そんな気がする……」

「それでいて、帰ってこられない状況にあると?」

「はい」

 父は黙って界人を見た。もしかしたら琴が行方不明になった時の事を考えているかもしれない。

「不思議なこと、ちゅうのは世の中にある」

 界人は顔を上げて父を見た。

「説明がつかんこと、辻褄が合わんこと。科学なんてものでも太刀打ち出来んこと」

 琴は驚いて父を見た。

 そんな事を言う父を初めてみた。


 父はゆっくりと口を開いて、琴が神隠しにあった当時の事を話し出した。

 

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