神隠し?
そこから道通神社がある山まで歩きながら進んだ。
12月にしては暖かく、比較的天気も良い。風も穏やかで歩きやすかった。
琴は風景や空、動物、看板など、練習の為にパシャパシャと撮った。界人は敷地神を見つけると地図にチェックを入れ、現在地と地図を頭の中で一致させるため一生懸命だった。他愛もない会話は殆どせず、カメラの事、道の事を聞いくらいで、互いのやるべき事に集中していた。
道通神社がある山は琴の家の裏にある。
裏と言っても距離はあり、それなりに長い舗装されていない道を進み、やっと見えてくる参道を歩く必要があった。
冬の山は目に映る色の殆どが茶色で、寒々しかった。落ち葉で滑って足を取られないよう、2人は土の上を歩いた。動物も殆ど見かけず、時折木々が擦れる音と風の音、鳥の鳴き声がする程度だ。
まだ12時半という時間であったが、山の中は木々のせいで少し薄暗く、独特な雰囲気を出していた。
山特有の神秘さと怖さ。界人はそれをひしひしと感じていた。
パキッという音にも少し敏感になり、何度か体をビクつかせる。いちいちそれが視界に入るので、何度目かのビクつきの後、琴は少し呆れたように声を掛けた。
「鷹取くんって怖がり?」
進んでいた足を止め、振り返って界人を見る。
「そういう訳じゃ……。山って独特な空気感があるやん?なんか色々と想像してしもうて…」
「想像?」
「山で変なもの見た、とか。遭遇したとか…」
「熊とか不審者ってこと?」
界人はうーんと唸った。
「そういうのもある……。あとは怪談話とか心霊スポットでよく聞くようなやつ」
「ああ、そっちね」
琴は納得したように言うと、落ち着いて指摘した。
「怖いならそういう話しを見なきゃいいのに。それに幽霊とかお化けとか、おらんやろ」
どうやら懐疑派らしい発言に、界人は続けた。
「そういう話しを全部信じとるわけじゃないで?エンタメとして面白いけ、見とるだけ。実際にそういう経験ないし」
界人の言を受け、琴はあっさりと返した。
「経験したから信じるって訳でもないやろ」
そう言われ、界人は琴か神隠しにあったという噂がある事を思い出した。
思い切って聞いてみようかと考える。少し関係も緩んだ気がするので、話してくれるかもしれない。
「それって、稲田さんが神隠しにあった経験を言っとる?」
その言葉に、琴は少しだけ眉を動かした。青ざめるわけでも、驚く様子もなく、ただ小さく嘆息した。
またか、と琴は思った。
「……その話?」
うんざりしたような声に、界人はまずい、と思った。地雷とまではいかないが、明らかに良くない方に声のトーンが変わった。
「鷹取くんもそれが聞きたくて、あたしに近づいて来たくち?」
琴は界人の目を見てくれなかった。視線を地面に向け、何処を見るわけでもなく傍の枯れた草を眺めている。
界人は慌てた。
誤解を解かなくては。今後の研究に支障が出てしまう。
「いや!違うって!友達から聞いただけ!そこに興味があって、稲田さんを共同研究に誘った訳じゃない。ホンマに地元の人に道案内して欲しかったし、先駆けて似た研究しとったから、純粋にアドバイスを受けたかっただけじゃって!」
彼の慌てようは演技に見えず、琴の目から少し猜疑心が薄れた。
「神隠しの事は、話したくないなら言わんでもええよ。無理して聞き出そうとか思わんし。俺も不用意に聞いて、ごめん」
純粋な謝罪は琴に届き、また目を見てくれた。
琴はどうやらこれまで近づいてきた学友とは違う人種のように思い、心の鎧を薄くしてもいいかもしれないと考える。
そこで、少し心の声を口に出してみた。
「結構噂にされてあれこれ聞かれたから、その話はしたくない。大体、あたしは何にも覚えてないし」
「……そうなん?」
驚く界人に、琴は頷いて続けた。
「両親からも亡くなったおばあちゃんからも色々聞かれたけど、何も覚えてない。小中高と何処に行っても絶対に聞かれる。覚えてないって言ったら、『本当の事話せ』とか『出し惜しみするな』とか言われて。終いには嘘つき呼ばわりして、狂言だのかまってちゃんだの、好き勝手に言われるし」
悔しそうに顔を歪めている。
これまで色々な色眼鏡で見られてきたのだと、界人には分かった。
先程の都合よく扱われている件といい、琴の周りの人間関係は風通しが言いとは言い難かった。多少、自分の周りに膜を作るのも致し方ないように思えた。
「結構大変なんやな、稲田さん」
気の毒そうに言われ、琴は「何?同情?」と自傷気味に笑った。そういった上辺だけの言葉にはうんざりしていた。
「そういうのもいらんよ。あたしは傷ついてないし、何とも思ってない」
その言葉は悔しげにしていた表情とは矛盾して見え、界人はすかさず言った。
「だったら、なんでさっきあんなに悔しそうな顔したん?」
無自覚だった琴は「は?」と口を開けた。
「さっき悔しそうな顔で『嘘つき呼ばわりされた』って言っとったよ。何とも思ってないわけないやん」
「今は何とも思わん」
「今は、じゃろ?」
間髪入れない界人の言葉に、琴は黙った。
「当時は傷ついたし、悔しかった。それに慣れて、他人からの評価を気にせん稲田さんが出来たんじゃろ」
琴は言い募ろうとしたが、口を閉じた。
出会って僅か2日しか経っていない。だから彼が贔屓目で慰めたり、同情の言葉を掛けていないことはよく分かった。純粋な親切心と理不尽に対する怒りで、琴を心配してくれている。
そんな界人に流され、こんなにも心根を明かされる事になるとは考えてもいなかった。それが何やら歯がゆく、ジャーナリスト志望とはよく言ったものだと思った。
「鷹取くんって、土足で人の事情にズカズカ入ってくるな」
多少は困らせてやろうと思い、皮肉気味にそう言った。
案の定、界人はわたわたし始めた。
「いや……その…ごめん…」
しゅんとすると、視線も眉も下げてこれまでの威勢が消え去った。
「友達からもよう言われるんよ。あんまり踏み込むなって。気分悪くさせたり、場の空気感悪くしたり、ようやってしもうて……。ごめん…」
しっかりと困り顔が見られたので、琴は僅かに気が晴れた。
見た目や笑いの豪快さとは反して、いちいち一喜一憂する表情と声が面白い。しかし流石に遊び過ぎたと反省して、素直に言った。
「そんなに怒っとる訳じゃないから、ええよ。鷹取くんって思っとる事がすぐに顔に出るな。分かりやすい」
ううっ、とバツが悪そうに顔を歪めた。その表情に琴はフフッと笑うと、さらに気持ちが軽くなった。
「鷹取くんは遊びがいがある」
面白そうに言われ、界人は流石にムッとした。
「おもちゃにせんでくれ」
「なら、もっとポーカーフェイスの練習したほうがええよ?」
口元を楽しそうに歪める琴を見て、界人は
(稲田さんには敵わんかもしれん……)
と小さな敗北感を感じた。
腹の割り合いが終わると、そこから2人の空気は軽くなった。同じ学部の顔見知りから友人へと前進した心地が共にしていた。
琴にとっては久々に感じる貴重な瞬間で、思いの外嬉しいものだと、素直にその感情を受け入れた。
再び神社に向けて足を進める。
そろそろ歩き疲れたし、お腹も空いてきた。界人は先ほどから何度も腹の虫が鳴っている。
「神社の場所確認して写真撮ったら、1回引き上げよ。お腹も空いたし、足も休めたい」
琴の提案に界人はすぐに同意した。
土の道が終わると、舗装された参道が見えた。風化した看板に『道通神社 徒歩10分』と記してある。
「もう直ぐやな」
整えられた道に少し安堵して、足を踏み入れる。
その瞬間、琴は目眩のような、ふらつきのようなものに襲われた。斜めになった地面に立っているかのような感覚に、思わず足元を確かめた。
特に変わった所はない。しかしまだ違和感がして、頭を左右に振った。界人を見ると、気にすることなく前を歩いている。
(違和感あるのはあたしだけ?貧血なんかな……)
そう考えて足を進める。
道は真っ直ぐで、石鳥居がチラチラと木々の間から見える。徐々にその全容が見えてくると、鳥居の奥に蛇神像が幾つか目に入ってきた。神社はさほど広くなく、見回せる範囲ほどの敷地しかない。
鳥居をくぐると、天狗のように鼻が長い石像が右手にあった。
「へぇ、結構大きい石像やな。主神の猿田彦大神かな?」
事前に調べてきたのだろう。界人は呟くと写真を撮った。
他にも蛇神像、神社の全容、石鳥居を含めた全容を何枚も撮っている。
琴はその様子を眺めていた。自身で撮影しようという気が起きなかった。軽い目眩が消えなかったのだ。
ここは自宅からそう遠くない。来ようと思えばいでも来られるし、あえて神社を撮る必要もないと思えた。
界人は15分ほど撮影して、カメラをチェックした。画像に満足したように頷くと、
「戻ろうか」
琴に声を掛けた。
黙って頷くと、界人は
「どした?何か顔色悪いで?」
ようやく琴の体調不良に気がついたようだ。
「さっきから目眩がして……。ちょっと気分悪いかも……」
そう言うと、えっ、と驚いて顔色を変えた。
「そう言う事は早めに言ってや!急いで戻ろう」
2人は鳥居へ足を向けた。
足取りに問題はなさそうだが、確かに琴は青い顔をしているように見え、界人は顔を覗き込む。
「平気?貧血かなんか?さっきまで平気そうやったのに」
「うん……。何か急にクラクラしてきて……」
顳かみ《こめかみ》を押さえる琴に、
「肩貸そうか?」
と声を掛ける。琴は首を振った。
「そこまでじゃない。ありがと」
舗装された参道から土道に出る。
木々が茂る山道を歩き、湿った落ち葉を踏んで先を急いだ。
葉を落とした木々の間から、赤い夕日が差し込んでいる。カラスが数羽鳴いていて、その声が山に響いた。
その時、2人は気がついた。
夕日?
ここへ来た時は昼だったのに?
2人して慌ててスマホを取り出した。
「……は?」
画面の時刻は16時12分を差していた。




