行方
結局、父は渋々許可をくれた。2人きりと言えど勉強となると顔をしかめ、嫌そうだが首を縦に振っていた。母が鋭い目で見ていたせいではないはずだ。
琴は界人に連絡すると、早速一冊目を手に取って解読作業を始めた。
母からの青透らしき人物の目撃情報はなく、やはり琴が手伝い出来るのは文献漁りだと思った。
(解読が終わるまでに青透の目撃情報が出てくればいいな……)
それから週末や講義が少ない平日、界人は頻回に稲田家にやってきた。
時々母が差し入れをしに、父は覗くだけのために入ってきたが、2人とも一心不乱にカリカリとペンを走らせていだので会話はしなかった。
5冊中2冊の解読が終わる頃には、3月になっていた。
「だいぶ内容が分かってきたな……」
ゴリゴリ鳴る肩を回しながら、界人が現代語訳した文章を見て言った。
「まだ山本家についての解読が進んでないけど……。トウビョウ持ちについてはだいぶ分かったね」
「もっと時間作って解読進めたいけど……。進級テストもレポートもあるからなぁ……。」
「界人はバイトも青透捜索もあるじゃん。ちゃんと休めてるの?」
些か疲労の色が強くなっているように思う。目の下のクマがあるのは気のせいではないだろう。
「こっちの解読はあたしがやるから、この連休は少し休んでよ」
「んー……でもなぁ。琴と2人きりになる時間が減るじゃん」
至極残念そうに言うので、少し顔が赤くなった。最近はゆっくり話す時間も少なかった。界人のマンションにもほとんど行っていない。デートらしいデートもしていない。
琴はそれでも良かったが、界人はレポートや資料の事以外の話を琴としたいようだった。きっと趣味とかお互いの昔の話とか、とりとめもない会話がしたいのだろうと踏んでいた。
「たまにはゆっくり話したいけどさ……。界人が忙し過ぎるじゃん。睡眠時間削ってまで一緒に居たいとは思わんよ。界人の体調が第一だし」
「それは有難いけどなぁ。琴がベッドの隣で添い寝してくれるのが一番効果的なんじゃけど」
真っ赤になって「いや、それはムリ!」ブンブン顔を振った。
界人は笑いながら、
「俺も何もせずに朝を迎えられる気がせん」
と溢した。
うぅ……と俯いた琴はパタパタと手うちわで顔を仰いだ。
(それってキス以上のこと、って意味よな……)
想像出来なかったが、きっと平静で居られないことだけは分かった。
界人はそんな琴を微笑んで見ると、すぐ横に座りコトンと体を預けるように「今日も眠い……」と呟いた。
「平気?少し寝る?」
「んー……。膝枕して」
「へ?」
「膝枕。俺が彼女にして欲しいことリストにあるヤツ」
「足痺れるヤツ?」
「多分」
琴は数秒考えて、
「いいよ」
界人をグイッと引っ張ると、頭を膝に乗せた。
界人は驚いて目を見開いているので「なんで驚いてんの?自分から言い出したのに」と界人を見下ろした。
「いや……速攻で許可が出るとは思ってなくて……」
「以外ってこと?」
「まぁ、そうかな」
琴は界人の髪に触った。サラサラしていて指通りがいい。髪質だけのせいではない気がした。
「今あたしに出来ることはあんまりないから……。一緒には居らけどほとんど話は出来んし、2人で出掛ける機会も少ない……。それはいいと思っとる。今回の一件が落ち着いたら、ゆっくりやればいい。でも、短時間でも出来る事があるならしたい。膝枕なら簡単じゃし、界人の休息もとれる。だからやろうなって思った。ベッドでゆっくり寝たいなら使っていいよ」
珍しく多弁に話をしたので界人は驚いていたが、
「琴はだいぶ変わったな……」
顔を見ながら微笑んだ。
「自分の意見言うようになったし、人と会話するようになった」
「……そう?」
「そう」
微笑むと、
「琴がいいなら、このまま少し寝るわ」
「うん」
サラサラと髪に触れる手の体温を感じ、
「琴の指、冷たい……」
目を閉じた界人がボソリと呟いた。
「あっ、ごめん。冬はこんなもんだから」
手を引っ込めると「やめんでいい……。気持ちいいから」
「そう……?」
「うん……」
迷いながらもそのまま髪に触れていると、程なくして界人の寝息が聞こえてきた。
「ほんまに疲れてるな……」
琴はそのままで解読作業を続けた。1時間もするとすっかり足の感覚がなくなり、流石に辛くなった。界人は起きる気配がないので、仕方なく手を限界まで伸ばしてベッドの枕を掴み手繰り寄せると、界人の頭を移動させた。少し身じろぎしたが目覚めることはなく、そこからさらに1時間半すると目をしょぼしょぼさせながら起きてきた。
「あれ……すっごい寝てた……?」
起きた直後は場所が分からなくなったようだが、琴を見つけると思い出したようにそう言った。
「うん。2時間半は寝てたよ」
「えーっ!起こしてくれればよかったのに……」
「だって夜もバイトでしょ?寝とかないとしんどいじゃん。トウビョウ持ちの本の解読は終わったよ。残るは山本家の3冊」
のっそり起き上がると、界人は琴のパソコンを見た。
「それで、何か分かった?」
「トウビョウ持ちの金輪は2種類あって、皮膚が黒くなった上に金輪がある場合と、金輪しかない場合があるんだって。どちらかが一人産まれる事はあるけど、両方が同じ時期にいた事はないみたい」
「ふーん。なら今の状況はかなりレアってことか……。そもそもなんでデザインが違うんじゃろ?」
「そこは明記なかった。あとは呪物は簪しかない、トウビョウ持ちは男しかいない、ってことくらいかな」
「不確定な部分が確定になったくらいか……。蛇の嫉妬には関しては?」
「被害は男性もいるけど女性が圧倒的に多い。明治に入ったからは被害人数そのものが減ってる。きっと他の人との接触を極力避け始めたんだろうね……。それ以前の記録は戦の影響でハッキリしなかった」
ふーむと思案すると、界人は
「あとは山本家について解読を済ませるしかないか……」
「うん。そっちは進めとくよ。それよりそろそろ帰らんと、界人。バイトの準備あるじゃろ?」
言われて時計を見た界人は片付けを始めた。
「あんまり役に立たんかった……。ごめんな」
琴も荷物を片付けるのを手伝いながら、
「いいって。あたしは界人が休めて良かったと思ってるから」
レポート用紙をトントンとまとめて界人に手渡す。
彼はそれを少し眺めると、レポート用紙ではなく琴の腕を掴んで引き寄せた。
急にグイッと引っ張られ、界人の胸に顔をぶつけた。
「何?急に……」
言いかけた所にキスされた。
「ごめん。急にしたくなった……」
琴を抱きしめると、耳元で呟いた。
思わずレポート用紙を握りしめてしまい、クシャと紙が擦れる音がする。
「今度髪を結ってあげる。前に約束したもんな」
「約束したっけ……」
「俺の中では約束なの」
最後にもう一度ギュッとすると、琴を解放して立ち上がった。琴の手にあるレポート用紙を受け取ると鞄に突っ込んで、
「元気出た。また連絡する」
嘘ではなさそうな笑顔を見せて、界人は部屋をあとにした。
それからさらに一週間が過ぎた。
依然として青透の情報はなかったが、黒羽神社周辺を重点的に捜索するという方針だけは固まったようで、連日白透と界人は山や道通神社までの抜け道を繰り返し探しているようだった。
界人はなんとかレポートを仕上げたので、負担が少し減ってた。とは言っても青透の捜索に割り当てる時間が増えていくので、体を動かす時間が増えた。琴はそんな2人と時々青透探しに参加したが、手がかりはほとんどなかった。まず青透だと思ったのが白透だった、というのが大半であった。
「青透はあんまり街に降りていないんかな……」
休憩しながら界人がこぼす。
「ほとんど目撃情報皆無だからね」
疲れた白透の顔は、少し青く見えた。
「2人とも夜寝てる?白透はいつにも増して白いよ?」
「これでも調子はいい方だよ。あれからご飯もちゃんと食べてる。気温も少し上がってきたら日中は暖かいし」
この日も晴天で、日向にいるとポカポカした。
「寒暖差に注意してよ?」
「最近の琴はお母さんみたいよな」
笑いながら界人がいうが、琴は真剣そのものだった。
「LINEでも小言みたいになっとるし」
「仕方ないじゃん。おばあさんからも似たようなこと言われるじゃろ?」
「そうなんよ。面白いくらいに被ってる」
「面白くないから。それだけ心配されてるってことよ?」
「ありがと」
クスリと笑うと白透は立ち上がって「さぁ、また行こうか」と、道を歩き出した。
琴は溜息をついた。本当に分かっているのか、ちゃんと夜は寝ているのか疑わしいと思った。
「そんな顔しても仕方ないって」
界人が琴の手を繋ぎながら苦笑いする。
「小さい子供じゃないからな。心配なのは分かるけど、気をもんでばっかりだと琴も疲れるで?」
「うん……」
「いつまで続くか分からん捜索じゃからな。心配し過ぎんことも大切よ。難しいけどな」
界人からそう言われたので、琴は出来るだけ心平静にいようと思った。
この捜索が早く終わって欲しいと思っているのは、誰よりも白透自身だ。そう考えて小うるさくメッセージするのをやめた。
しかしその数日後、琴の不安をさらに膨らませる出来事が起こった。
白透が行方不明になったのだ。




