変化
翌日から界人は毎日琴を迎えに来た。
最初の母からの説教が余程応えたのか、父は遠くから琴と界人を見守る程度で何も言ってこなかった。
「気になるなら界人と話をしたら?」
用もないのにわざわざ作業場から顔を覗かせて界人を見ているので、見かねた琴がそう言った。
「話すことなんてない」
父は素っ気なくそう言ったが、
「話すことはなくても、言いたいことはあるんじゃない?」
さらに言ったが「ない」としか返ってこなかった。
(絶対嘘だ……)
琴はそう思っていた。
界人のマンションでお互いのレポート作成をしている時、
「毎日お父さんがごめんな」
パソコンを起動させながら謝った。
「いや、娘を持つ父親ってあんな感じになるもんじゃない?」
界人は全く気にしていないようだった。
「俺は一人っ子じゃからよく分からんけど、従兄弟が結婚する時、おじさんの説得に困ったって母さんが言ってたし」
界人は自身と琴の飲み物をテーブルに置くと、パソコンを引っ張り出してきた。
「早いうちに琴の両親と会えたのは良かったと思っとるよ。青透の捜索の件で家にも顔出す事があるじゃろうから、面識ある方が助かる。流石に山本家のことは話せんけど、神隠しの一件を聞く事があるかも知れんし……。その時一緒にいてあげられるもんな。それに琴に何かあった時は真っ先に報告出来る。毎日の送り迎えもちゃんと出来るから、まとめて考えると結果オーライよ」
堂々と父に挨拶したことと言い先を見据えた考えと言い、飲み会での第一印象とは全く違い、琴が思ったよりも界人はずっと思慮深かった。
「界人ってカッコいいよな。思ってた以上に頼りになる」
急に褒め言葉を掛けられて、界人は呆然とした。
「どしたん、急に」
「この間のお父さんの時も真正面かけとったし、今も先の先の事まで考えとるし。だいぶ印象変わった」
目を瞬かせて琴をしばらく見たあと、
「頼りになるとか、言われたことないんよな。琴から初めて言われる」
自身でも驚いているようにそう言った。
「そうなん?」
「時間飛ばしにあった時、ファミレスでもそう言ってくれたじゃろ?」
「……そうだっけ?」
首を傾げる琴に「そうなの」と界人は言い返した。
「けっこう嬉しかったんよな。それから琴を意識し始めた」
「えっ、そうだったん?」
「そうだったんです」
界人は作業している手を止めてニヤニヤと琴を見た。
「俺の事、カッコいいと思ったんじゃ。惚れ直した?」
琴は考えなしに口走った言葉に後悔した。
嬉しそうに薄笑いを浮かべている界人は、琴に何かを言わせようとしている。そう思って、
「そうそう、惚れ直した」
浮ついた言葉を返した。飄々と返され、
「なんか薄っぺらいなぁ」
と少し残念そうに独り言を言った。
琴は照れてそれ以上は何も言えず、誤魔化すように、
「ほらパソコン起動してる間に、白透とやり取りしたこと教えてよ」
急かした。
「あたしはお母さんに聞いてみたけど、白透みたいな子は見たことないって。綺麗な顔じゃから、見かけたら話題になるじゃろって言われた」
白透はすでに界人から貸し出されたスマホを手にしていた。自分の写真を送ってもらいそれを母に見せたのだが、反応は無かった。
「街には降りてないんかな……」
「今度はうちの近くの商店街に当たってみる。白透を知っとる人はいると思うけど……。青透と見分けがつくか怪しいよな……」
「白透と青透の違いは、首の金輪くらいらしいからな。首が隠れる服を着られたら、正直見分けはつかん」
青透にも金輪があるが、白透と違って日焼けしたように皮膚が黒くなっているらしい。生まれつきあるアザのような黒さで、その上に金輪があると教えてもらった。首が見える服なら、きっと白透よりも金輪が目立つだろう。
「黒羽神社の方はどうだった?」
「思ったほど収穫はなかった。高杉宮司は6、7歳くらい頃から青透らしき人を見とったらしい。いつも一人で、大人が近くにいたことはなかったって。コンスタントに見かけることはなくて、黒羽神社の参道辺りを歩いてることが多いから近所の子どもか、位にしか思ってないみたい。話したことはないし、首の金輪も見たことないって」
琴が見かけた時も同様で、タートルネックを着ていたので確認できていない。
「そっか…」
「おばあさんの方は青透の話をしたら酷く動揺してたらしい。嬉しいよりも困惑の方が勝っとったって……。悲しいけどな」
白透と似たような反応だったのだろう。あの時の白透の困惑ぶりを思い出すと、容易に想像がついた。
「ショックと混乱で、数日は部屋から出てこれんかったって。今は元気みたいじゃけど。青透の捜索については、何も口出しはせんって言っとるらしい。『好きにすればええ』って。念のためおばあさんにも白透と俺と琴のスマホ番号教えてもらった。良かった?」
琴は頷いた。おばあさんから連絡を取りたい時があるかもしれない。
「琴の方は?いつ蔵に行くの?」
白透から蔵の書物の再調査の許可をもらっていた。山本家についての資料もあるはず、ということだった。
「明日。何処に保管されとるか探す所から、かな」
「一人で平気?」
界人はすでに青透捜索のために、あちこち歩き回っていた。これ以上負担をかけるわけにはいかないので、資料探しは琴一人でやる予定だった。
「界人は動きすぎよ。レポートもバイトあるのに、これ以上負担を増やしてどうするん」
渋い顔をして「分かっとるよ」琴から視線を外した。
「分担した方が効率いい。ただでさえ人手が足りんのに。何か分かったら連絡する」
「うん。ほんまに無理はせんでよ」
心配そうに言われ、
「それはお互い様じゃろ」
やっと起動したパソコン画面を見てそう言った。
「さ、レポートやっちゃおう。少しでも自分の負担を減らさんと」
この日はひたすらにレポート作成に打ち込んだ。以前のような甘い空気には一切ならず、ひたすらにタイピングの音と資料を閲覧する紙の音がするのみだった。
その夜、琴は初めて白透とスマホでやり取りした。メッセージだけだったが、打ち込みには慣れてきたと教えてくれた。
『明日はよろしく。俺は途中から不在になるけど、困った事があればばあ様に言って力は貸してくれるから』
翌朝、久々に山本家を訪れた琴がチャイムを押すと白透が笑顔で出迎えてくれた。
「おはよ。俺はすぐに出かけるから、蔵の鍵を渡しとく。帰る時は玄関に置いといて」
一週間ぶりに白透を見ると、以前よりも肌の白さが増している気がした。より希薄な印象を受け、食事や睡眠を取っているのか心配になった。
「白透、体調悪い?」
「えっ?」
「随分と顔色悪いよ。食事と睡眠取ってる?」
白透の顔がさっと変わった。隠すように前髪をいじると、
「琴にはすぐ見抜かれる……」
バツが悪そうにそう言った。
「分かるよ、それくらい」
鍵を受けると琴は自分用に持ってきたおにぎりを一つ鞄から取り出して、鍵を持っていた手に乗せた。
「ほら、これ食べて。鮭のおにぎり。あたしが握ったから、固いかも。気休めかも知れんけど、何も口にせんのはダメよ。ちゃんと食べて休憩してな。おばあさんも心配するよ?」
まだ少し温かいおにぎりを見つめて、
「……食事しても、味がないんよ。だからついつい箸が進まんくて……」
「えっ?それ大丈夫なん?」
味覚障害が出るほどに心身ともに疲弊しているのかと、琴はことさら心配になった。
「病院行った?ちゃんと診てもらった方がいいよ!」
「ストレスじゃろ?急に色々なことが始まったから、追いつかんのじゃと思う……。こんなにも掻き乱されるのは、青透が消えた時以来かな………」
痛々しい表情に、琴の目は潤みそうだった。
それを見た白透は、
「琴までしんどくならんでよ」
薄く笑った。
「俺らの自業自得なんじゃから。琴にまでそんな顔されたら――どうしていいか、分からん」
祖母からも似た視線を向けられているのだと察しがついた。
高齢の祖母は琴以上に何もできないだろう。きっと食事を作って、帰宅した白透の話を聞く。
それくらいしか出来ることがない。
「白透、おばあさんには心配しないでって、言わないであげて」
琴のセリフに白透は眉間にシワを寄せた。
「……どういうこと?」
「心配しないわけないもん。そんな顔されて食事も取らん孫を見て、何にも思わないわけない。愚痴でも溜め込んだ思いでもいいから、ちゃんと白透の言葉を聞かせてあげて。大丈夫、とか心配しないでじゃなくて。ちゃんとおばあさんに心配させてあげて」
白透は目を瞬かせた。
「食べたい物とか食べられそうな物があるなら、それをちゃんと言ってあげて。自分を押し殺さずに我儘になってよ」
我慢していた糸が切れたように、白透の顔が歪んだ。みるみる目が潤んで、
「琴にはかなわんな……」
呟くと涙が溢れた。
「ばあ様に白透の話をしてからずっと堪えとったのに……。簡単に壊してくれる――」
「うん……ごめん」
「琴……少しだけ………ごめん」
白透は琴の肩に頭を預けると、さめざめと泣いた。
小さく震える体は幼子のようで、琴はそっとその背中を撫でた。
「ばあ様のあんな顔、見たことなかった……。青透の話をしたらずっと悔しそうで辛そうで……泣きそうで……。これ以上、苦しめたく無かった――」
こぼす言葉はどれも白透らしく、気遣いに溢れたものだった。
「おばあさんに心配かけたくないなら、食べれる物をリクエストして。ちゃんと寝て、愚痴でも何でもいいから白透の思いをぶつけてな。どうしても困ったらあたしや界人に言って。電話でもメールでもいいからしてよ」
肩で頷くのが分かった。
「どうしても食べれないし寝れないなら、病院行ってな?白透が倒れたらさらにおばあさんの心労が増すよ」
また頷いた。
「――琴」
「何?」
言葉にしかけて口を開いたが、ゆっくりと閉じた。
再び言葉を選び直して
「ありがと。友達になれて良かった……」
そう言った。
「うん。あたしも界人もそう思っとるよ」
白透はゆっくりと預けていた頭を離すと、
「おにぎりはあとで食べる。琴が握ってくれたなら、食べれる気がする」
「味がしたならそう言って。また作るから。リクエストも受け付けるよ?」
破顔して言うと、彼は眩しそうに目を細めた。
「うん。連絡する」
白透は小さなショルダーバック一つで出かけていった。水筒も小さな物だったので、今度プレゼントしようと考えながら蔵に向かった。




