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ヨリカカリ  作者: 栢瀬 柚花


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界人のマンション


 話しが全て終わると界人は白透に携帯番号を教えた。

「家に1台使ってないスマホがあるから持ってくる。白透にそれを渡すから俺との連絡専用に使って。青透を捜索するにも、家電しか連絡手段がないのは困るから」

 白透はスマホの受け渡しの日にちを決めたあと、真っ赤になった目で2人を見た。

「話を聞いてくれてありがと……。青透の捜索まで手を貸してくれるとは思ってなかった……。2人と出会えて、本当に良かった――」

 話しながらもまた涙声になっていた。

「白透、あたしも出来ることは手伝うから……。何かあったら言って」

 白透は少し笑って「ありがと」と礼を言うと、さらに続けた。

「琴は俺とはあんまり関わらん方がいいよ。接点が少ないほうがいいし……。琴に何かあったら界人に顔向け出来ん。たまには会って話したいけど、できるだけ控えた方がいい」

 琴は俯いた。事情を聞いたからには、無理に反論することが出来なかった。

 

 琴と界人は山本家をあとにした。

 もう14時だったがファミレスに行く気にはなれず、かといってすぐに自宅に帰る気にもなれず、いつも界人と別れる道まで来ると琴の足は自然と止まった。

「これからどうする?帰る?それとも食事する?」

 今は気持ちが一杯で感覚が麻痺し、空腹なのかよく分からなかった。 

「どうしよ……。今は家に帰りたいと思えん………。でもお腹空いてるかが分かんない。ただ……一人になりたくない」

 界人はうーんと思案すると「なら、俺の家に来る?」と尋ねた。

「話も出来るし……。どう?」

 少し悩んだ。

 界人の家。

 今朝方そんな話しを照れながらしたのが、遠い昔のようだった。あの時のような照れくさく、ドキドキした気持ちは失せている。

 一人になりたくないのは本心だ。白透の全てを知った今、消化しきれない気持ちを抱えたままでは居なくなかった。誰かと共有して納得してしまいたかった。

「うん……。行こうかな。界人とまだ話したいことがあるし……」

「分かった」

 界人は琴の手を握ると、マンションに向けて歩き出した。 


 彼のマンションは大学から徒歩10分という好立地にあった。バイト先のスーパーまでも15分以内だ。

 琴はマンションに来ることがそもそも初めてだった。一軒家の家にしか訪問したことがない。

 部屋は3階の真ん中あたり。階段を登って部屋の前で界人が鍵を開ている時、初めて緊張した。

 ガチャンと解除音がしてドアが開くと、「どうぞ」と界人が一方下がって琴を招き入れた。

「お邪魔します……」

 パチッと電気が付く。

 1Kの部屋で、ドアを開けると目の前に短い廊下。右手に冷蔵庫と2つ口のコンロがあり、左にドアが2つあってトイレとお風呂場のようだった。

 廊下を抜けてドアを開けると9畳の部屋で、ベッド、本棚、食器棚、テーブルなどほとんどの家具がそこにあった。

「好きな所座っていいよ」

 鞄を下ろしながら琴に声をかけると、お茶を淹れるためかキッチンに消えていった。

 琴はテーブルの前に腰を下ろした。一人暮らしの人の家は初めてで、どうにも緊張してしまう。

(思ったより広い……)

 キョロキョロすると自然と視線が本棚にいった。カメラやインタビュー、ジャーナリズムに関する本、小説、辞書、崩し文字についての資料、植物や野鳥の写真集など様々な本があった。

 何げなく写真集を一冊手に取り広げると、色々な写真家が撮った世界中の鳥たちの姿が飛び込んできた。日本のものは少なく、海外の写真家が撮ったものと知れた。パラパラと魅入っていると界人が入ってきて、

「あっ、それ綺麗な写真が多いじゃろ?」

 開いた本を見てそう言った。

「うん。写真集って今まで見たことなかったけど、面白い」

「特定の写真家の写真集じゃないから、アングルも色々で見応えあるじゃろ?」

「うん。勉強になる」

「持って帰ってもいいよ」

 気分転換にも良さそうだと思い「ありがと。そうする」パタンと閉じて本を持ってテーブルに戻った。

 界人は紅茶を淹れてくれていた。温まりたい気持ちもあって一口飲むと、ダージリンの華やかな香りが鼻をつく。以前琴が好きだと話した紅茶で、覚えてくれていたんだと嬉しくなると同時に、自然と溜息が漏れた。

「今日は疲れたな…」

 界人も一口飲むとボソリと呟いた。

「1日にしては詰め込みすぎな出来事ばっかり……。インタビューのこと半分も覚えてないかも」

「確かにな」

 お互いにもう一口ずつ紅茶を含むと、

「界人は白透の話、どう思った?」

 カップをコト、と置く音が響いた。外からは同じ大学の学生だろうか、会話の束が薄っすらと聞こえてくる。

「あたしはショックだったし悲しかった……」

 外の喧騒が聞こえる静かな室内に、琴の声がよく通る。

「俺は衝撃だった……色んな意味で」

 界人は重い湿り気のある声を出した。沈鬱な心境がうかがい知れた。

 界人は続ける。

「山本家の秘密も白透の体質も聞いてて辛かったけど、命を絶とうとまで考えたっていうのは、悲しかった」

「うん……」

 琴はコップを握りしめて紅茶に映った自分の姿を見た。そこには何の障害もなく、両親の元でぬくぬくと育ってきた苦労知らずの呑気な顔が自分を見返している。白透の境遇を思えば、自分が困難や苦労だと考えてきたことが何の重みもない出来事に思えた。

「白透は一人で抱えるには大きい過ぎるものを背負っとる。どうにか解放してあげられる術があればいいけど……それは難しいよな、きっと。蛇憑きからの解放とかどうすればいいか全然分からんし。一族が絶えるしか方法はないんかな……?」

 琴の疑問に、界人は沈んだ顔をした。

「憑き物筋について伝承を聞いたことはあるけど、実際に解呪したって話は皆無よな。その筋に詳しい教授もおらんし、霊媒師や祈祷師などの知り合いもおらん……。何処に相談すればいいんか、検討もつかん」

「高杉宮司はどうかな?」

 こういった類いの方相談はやはり神社かと思い、一応提案した。

「相談するには、まず山本家の事を話さんといけん。それをあのおばあさんが許可してくれるとは思えん」

 それは最もだった。

 不可侵を守っているあの祖母のことだ。こともあろうか、黒羽神社の宮司に救いの手を求めるとは思えない。

「きっと白透が知らんだけで、過去の山本家の人たちが蛇憑き解呪のために動いたこともあったと思うんよな。その資料が残っとればいいけど……」

 琴は蔵の中を思いだす。

 以前白透が見せてくれた資料は、道通神社に関するものだけだった。

 しかしあの場には他にも籠があった。

「蔵に入った時、藤籠と竹籠があったよな?あれが全部和綴じの本なら、その中にヒントがないかな?」

「可能性はあるけど……。白透に聞いてみようか」

「うん。あたしは捜索にあんまり参加出来ないなら、そっちの資料を探すよ。直接白透と関わる訳じゃないから、許可してくれるといいけど」

「蛇の嫉妬をかう線引きが分からんのが、一番厄介よな」

 界人はぐいっと紅茶を煽ると続けた。

「白透の話を聞いた感じ、トウビョウ持ちってこと自体はそこまで問題じゃなさそうだった。蛇憑き本人への体調の問題は無さそうやったし。難題は蛇の逆鱗に触れると起こる災いと、嫉妬の対象になることで発生する呪いじゃな。しかも発生条件が明確じゃないっていうのがさらに難易度を上げとる」

 確かにそうだ。嫉妬による呪いがなければ、白透がここまで孤独を選ぶ必要はなかっただろう。  

「そう言えば、蛇ってメスなんかな?」

「ん?なんで?」

「嫉妬の回避方法として作られた呪物は簪だったやん?それって女性しか付けんよな。と言うことは、トウビョウ持ちは男性だけなんかな?」

 言われてみればそうだった。男性の呪いを跳ね除ける呪物もあるのだろうか?

「仮にトウビョウ持ちが男性だけなら、呪われるのは女性だけ。男が対象外なら、俺は自由に動けるけど……。白透に聞いとけば良かったなぁ。何かの参考になったかも知れんのに」

「スマホ渡す時に聞いてみたら?」

「うん。忘れんようにメモしとこ」

 スマホのメモ機能に書き出している姿を見ながら、琴も浮かんだ疑問を口にした。

「あたしが黒羽神社に一人で行った帰り、白透に会ったって話したよな?どこか様子がおかしかったって……。あれ、もしかして青透だったんかな?」

「えっ?」

 界人が驚いて顔を上げた。

「白透と瓜二つだった。双子って知っとったらもっと観察したけど……。今思い返してみても、白透との違いは全然分からん。白透と青透の見分け方とかあるんかな?それも聞いて欲しい」

「オッケー」

 ポチポチと打ち込みながら「具体的に青透らしき人とはどんな話をしたん?」

 琴は思案声を漏らしながら思い返した。

「確か黒羽神社に行った報告して、天狗の逸話があったって伝えて……。あたしが神隠しにあったことと関連があるかな、って話したら不思議そうな顔するから、『忘れたの?』って聞いたら『覚えてる』って言った。『そうか、君か……』とか『そんな事もあったね』って言われて、なんか違和感があったんよな。あたしは神隠しの時の事全然覚えてないって伝えたら、悲しそうな顔してた」

「悲しい……?なんかおかしくない?」

「うーん、今考えるとそうかも……。あの時も違和感はあったけど、おばあさんから勝手な外出を怒られたとばっかり思っとったから」

 界人は引っかかるようで、手を口に添えて考え込んだ。

「琴が神隠しのことを覚えてないのが悲しい…。もしかして、琴って神隠しにあった当時、青透と会ってるとか?」

「えっ?」

「青透が消えたのが5歳、琴が消えたのは7歳。2人が神隠し後に同じ場所にいて出会ってたとしたら、覚えてないのは悲しくない?同じ経験をした者同士なのに、忘れられたとしたらショックよな?」

「そうじゃね……」

 言われて見れば確かに、と納得出来た。

 神隠しでどこに連れて行かれ、何をしていたのか。

 そう考えたことはあったが、連れ去られた先で他の誰かと出会っているかも、など考えたことが無かった。

「もしそうなら、あたしを連れ去った人と青透を連れ去った人は同じってこと?」

「可能性はあるよな。『人』なんかは分からんけど。青透が見つかれば、そこを聞けるかもしれんな。青透に会ったら聞くことリストも作っておこうかな」

 界人はまたポチポチ打ち込み始めた。

 

 琴はまた紅茶に視線を落とした。

 青透と会ったのは黒羽神社の近くだ。高杉宮司の発言とも一致する。捜索するならやはり、黒羽神社周辺からになるだろう。

 しかしそうなると別の疑問が頭をよぎった。

「青透が黒羽神社の近くにいるなら、なんで山本家に帰らんのんかな?」

 界人は顔を上げて琴を見た。

「黒羽神社と山本家はそこまで遠くないよな。あたしと出会ったあの辺まで来れたなら、山本家に行くことも出来たと思う」

「――確かにな」

 もし高杉宮司の言う通り、青透が幼い頃からずっとあの周辺にいたとしたら、15年も目と鼻の先にいたことになる。

「行動範囲が限定されてるのか、監視されてて帰れないのか………」

「――帰りたくない、とか?」

 界人が漏らした言葉に琴はチクリと心が痛んだ。

「自分のことを探しにこなかった家族の元へ帰りたくない。いらないって言われるのが怖い。そう思うのは自然かもしれんな。幼い子どもなら尚の事」

「―――もしそうなら……切ないな」

「こればっかりは青透に聞いてみんと分からんけど……。可能性は高いよな」

 琴は頷いた。僅か5歳の青透がそう考えるのも無理からぬ事だ。

 距離が離れていても、一緒にいなくとも、青透も白透も同じような境遇で一人孤独に耐えて生きてきたと思うと、やるせなかった。

「………青透、見つかるといいな」

「うん。見つけたあとが大変じゃろうけど……家族としても、社会的にも」

「社会的?」

「だって、5歳から20歳までどんな生活しとったんか……。一般常識とか勉強とか、現代知識をどこまで知っとるんじゃろうな?攫った人がずっと面倒をみとったんかも分からんし……。白透と同じ見た目なら、食うに困ってはなかったんじゃろうけど」

「そうじゃね……」

 琴が出会った青年が真実青透なら、少なくとも食事が食べられなかった、ということはなさそうだ。

「どのみち、今あれこれ考えた事でどうしようもないけどな…。妄想を膨らませた所で、青透が話してくれんと真実は何も分からん」

 青透の生きてきた境遇は本人に聞かないと分からない。

「琴がそこまで深刻な顔しても、仕方ないって。まずは捜索する所からじゃし」

 知らぬうちに眉間にシワを寄せて難しい顔をしていたらしい。

 界人が琴の頬にサラリと触れた。指先は熱く、また冷えていた琴には心地よかった。

「白透に、琴が青透と接触したかもって教えとかんとな。あとはおばあさんに話して、どんな反応だったかも気になるし――」

「うん。あたしにも状況は逐一教えてな。白透にあたしの連絡先も教えておいてよ?」

「分かってる。白透に渡す前に、俺と琴の連絡先を登録した状態にしとくから。琴にも白透の連絡先送るし」

「うん。あたしは青透についてお母さんに聞いてみる。黒羽神社周辺のおうちにもお得意様が居るから、見かけたことないか情報集めるよ」

「助かる」

 少しは捜索に関われるかもしれない。

 そう思うと少し安堵して紅茶を啜る。

(やっぱり界人の家に来て良かった)

 話をして疑問を口にした事で、少しは心が軽くなった。何も進展しておらず状況は変わりないが、何か出来ることがあるかもしれない。そう思うだけでも慰めになった。


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